突破口
「行くぞ、サーシャ!」
「あれ、ぬれるから嫌い」
「そう言うな。ぬん!」
グアータは大きく飛び上がった。
「はあ…」
サーシャは、けだるそうに両腕を前へと伸ばした。
「ザバアアッ!」
水の柱が、形を保ったまま前へと傾き始めた。太い水流が地面に近づき、水平になりながら、地面に接するギリギリで浮いた状態になった。長い水流の先が前方へと伸び、水でできた巨大な道のようになっていた。
「よし、突き進む!」
グアータは空中から落下しながら、水の上に飛び乗った。金属の靴が、水面からわずかに浮き上がっていた。
「もう…」
サーシャは眉をしかめながら水の上に飛び移り、両手でグアータの肩をつかんでいた。
「よし、行くぞ!」
「バシャアアッ!」
周囲に水しぶきを飛ばしながら、二人の体が前へと進み出した。水の上を波乗りでもするかのように、長く伸びた水の道を、勢いよく進んでいった。
「はえ~…なんだよ、あれ……」
アルは口を大きく開き、二人の様子をじっと見つめていた。
「ハッハッハ!悪いが先に行かせてもらう!」
「グアータ、あまりしゃべっちゃだめ…」
「ハッハッハ!!」
大きな笑い声と共に、二人は島の奥へと去っていった。
「なんだったんだ…」
「にぎやかな連中じゃな」
「アル君、後ろ!」
アルの後ろから、黒いサソリが近づいてきていた。
「やべっ、さっきのやつか!」
「わしにまかせろ!」
ロンはねずみ色のローブを揺らしながら、大きくジャンプした。
「はああっ!」
空中に高く飛び上がり、機械のサソリへと大きな蹴りを入れた。
「ドガッ!」
サソリの体が後ろに傾いた。
「フンッ!」
ロンは着地した瞬間に素早く駆け出し、サソリの方へと近づいた。密着した状態で、サソリの頭に両手をあて、手のひらを広げていた。
「はああっ……白虎勁!」
「ドゴオオッッ!!」
サソリの体に大きな衝撃が走り、激しい音と共にバラバラになった。頭と胴体は完全に分離し、長い尻尾がちぎれていた。
「す、すげえな!」
「フッ。さすがロンさんだ」
ルーナは目を輝かせ、誇らしげな顔をしていた。
「よっと!まあ、こんなもんじゃ」
「今の、どうやったんですか?」
「ちょいと、中に衝撃を送ったのじゃよ」
「内側から破壊したという事ですか?」
「そんなところじゃ。うまくいったわい。だが、あの数は、少し厳しいかのう」
ロンは鋭い目つきで遠くを見つめていた。水流によって倒れたサソリの群れが起き上がり、黒いハサミを揺らしながら、ゆっくりと近づいてきていた。
「キュイーンッ!」
「うわっ!」
黒いサソリ達が、次々に光線を撃ってきた。
「散らばるぞ!」
ルーナは後ろへと飛びのきながら、アル達に向かって叫んでいた。
「ボワッッ!」
白い光線が地面に降り注ぎ、周りから火が立ちのぼっていた。
「ドゴッ!ガガッ!」
二体のサソリが、横並びになりながら、連続でハサミを突き刺してきた。地面の至る所に、大きな穴があいていた。
「あ、危なっ!うわっ!」
「くっ、これでは逃げる事しか!」
ルーナは空中へと飛び上がった。
「ブウウンッ!」
金属のサソリが、尻尾を大きく振り回した。
「きゃあっ!」
マリーは態勢を崩し、地面に仰向けに倒れた。
「マリーさん!」
「キュイーン!」
一体のサソリが、尻尾の先をマリーに向けていた。
「ほっ!はっ!むう、いかん!」
ロンは三体のサソリと戦いながら、マリーの方に視線を移した。
「間に合わん!」
「ボワッ!」
「くっ!……え、アル君?」
アルは、マリーをかばうように立ち、両腕を前へと伸ばしていた。アルの手のひらからあふれた水が、丸い円を描くようにして盾となり、光線を防いでいた。
「シューッ…」
「はあっ、はあっ」
「アル君、ありがとう!」
「へへっ。こ、これでも護衛なんで。無事でよかった」
「フン、あいつ……」
ルーナは鳥のように高く滞空し、空中からアル達の姿を見つめていた。
「ほう!アルもやるのう!とりゃっ!」
ロンは右足で大きな蹴りを入れた。金属のサソリが、後ろに勢いよく吹き飛んだ。
(………)
ルーナは腕を組んで下降しながら、全体の様子を観察していた。
(今のところ、まともに戦えるのはロンさんだけだ。このままでは……)
ふと、後ろの方に目をやると、ロンがバラバラにしたサソリの破片が散らばっていた。
(ん…?)
サソリの体のパーツは、金属の鎧のような形をしており、中が空洞になっていた。
(中に動力源はないのか?ばかな!いや、もしかして……)
ルーナは右手をついて地面に着地すると、マリーのもとへ駆け寄った。
「マリー!ニブリーナは使えるか?」
「霧の魔法ですか?はい、使えます!」
「よし!私と一緒に、ありったけの範囲を包んでくれ!」
「わかりました!」
マリーは真剣な表情でうなずき、後方へと走り出した。サソリの群れの攻撃は激しさを増し、ロン以外は、逃げ回るだけで精一杯になっていた。
「はあっ!」
黄色い髪を振り乱しながら、マリーは右手を上にかざした。しなやかな指先から黒い霧があふれ、周囲を包み込んでいった。
「ドゴッ!」
マリーから少し離れた所で、黒いハサミが地面にめりこんだ。ルーナは目の前の攻撃を避けながら、空へと高く飛び上がった。
「ふうっ。よし、この距離なら…!」
ルーナは鋭い目つきで、サソリの群れの上に滞空していた。
「ルーナさん!」
「くらえ!」
宙に浮きながら、ルーナは両手を下に向けた。大量の霧が、地面へと噴き出した。
「これで!」
「シュオー…」
金属でできたサソリ達の体が、黒い霧に包まれた。
「ギギギギッ!ピーッッ!!」
サソリの群れは、大きな音を発しながら動きを止めた。
「はあっ、はあっ、よし!」
ルーナは息を切らしながら着地し、地面に両膝をついた。
「と、止まった…すげえ」
「ようやったぞ、ルーナ!」
「いったい、何したんだ?」
黒い霧が立ち込める中、アル達がルーナのもとへと集まってきた。
「はあっ、はっ、ザラを、遮断した」
「遮断?」
「あのサソリ達は、ザラによってあやつられていたんだ。本来、ロボットならエンジンのようなものがあるはずだが、やつらの体は空洞だった」
「なるほど。それで霧を使ったんですね」
「霧?あ、確か、感知されにくくなるってやつ?」
「ああ。あの霧には、ザラを遮断する力もある。しばらくは動けないはずだ」
「よく分析したのう」
「でも、あれだけの数、いったいだれが……」
マリーはうつむきながら眉をしかめた。
「詮索は後だ。今は先に進もう。さっきの二人組も気になる」
ルーナは静かに立ち上がり、島の奥へと伸びる水の道を見つめていた。
宙に浮かぶ水の道に沿って、アル達は前へと歩いていた。サソリ達と戦った場所はかなり遠くなり、黒い霧が雲のようになって浮かんでいた。
「いやあ、ほんと、死ぬかと思ったぜ」
「わしも、ひさしぶりにヒヤリとしたわい」
「アル君、さっきは本当にありがとう。助かったよ」
マリーはアルの顔を見つめながら、優しく微笑んでいた。
「い、いやあ、そんな!ははっ!」
アルの顔がほのかに赤くなった。
「で、でもあんな機械もあるんですね!おれ、びっくりしました!」
「ほんとに、おどろいたね」
「ロボット兵って言うんですかね?しゃべらないから、怖かったですよ」
「厳密には、少しちがうがな」
ルーナが口を開いた。
「あれは、魔法をもとにした古代の兵器だろう。機械だけで作られたロボットの類は、もうほとんど残っていないはずだ」
「メタル・シヴァ・ショック……」
マリーは目を細め、真剣な表情になった。
「え?なんですか?」
「機械の歴史の事だよ。二百年ほど前に、高度な機械は全て、破壊されてしまったと伝えられているの」
「ニ、ニヒャクネン?」
「うん。人間同士の争いを終わらせる為にね。機械の兵器やロボットは、そのほとんどがこわされてしまったという言い伝えがあるの」
「へえ!」
「当時を知る人はいないから、本当のところはわからないけどね」
「強い力を持てば、争いも激しくなる。ふくれあがった戦争を止める為の、最後の手段だったらしいがのう」
「へえ。お、あれは……」
アル達の前に、石でできた巨大な階段が現れた。灰色の石が段になって上へと続き、横幅はとても広く、一度に二十人は登れそうな余裕があった。天へと伸びる階段の先には白い霧がかかっていて、頂上は見えなかった。
「なんとも大きな階段じゃな」
「うわあっ、高え!先が見えないぜ!」
「それよりも、これは…」
ルーナは背中を丸めて震えていた。
「ルーナ、どうしたのじゃ?」
「この先から、すさまじいザラを感じる。なんだこれは……」
「こ、これ、どういう事です?膨大なザラが」
マリーは体を後ろにそらし、巨大な階段を見つめた。額から、冷たい汗が流れていた。
「そ、そんなにすごいんですか?」
「うん。人間のものではないと思う。大きすぎる。こんな感じは初めて……」
「引き返すか?」
ロンが後ろを振り返った。
「…いえ、危険ですが、行ってみましょう」
マリーは静かに目を閉じ、両手を前にかざした。
「テレーベ!」
「あ、これって確か、体が軽くなるっていう」
「うん。風の魔法だね。皆さん、何かあったら、すぐに逃げるようにしましょう」
マリーはゆっくりと目を開き、階段の先を見つめていた。
(おれが、マリーさんを守らないと……)
アルは拳を強く握りしめた。