風の宮
「よろしいのですか?」
「何がだい?」
ゼルナンは宮殿の廊下をまっすぐに歩いていた。
「あの石です。強引にでも、手に入れておいたほうがよかったのでは……」
隣を歩く男性がゼルナンの方を向いた。口元には、整えられた黒いひげが生えていた。
「青い石の事かい?」
「はい。万が一、他国に渡った時には、我が国への脅威になるのでは」
「確かに、ザラを増幅する事ができるなら、軍事への転用も可能だろう」
「ならば、今からでも…」
「ラウの使者がいる。手荒な真似はできないよ。それに……」
ゼルナンは、歩きながら笑みを浮かべた。
「ロンさんがついている。心配は無用だよ」
「それですか」
「フッ。あの人には、色々と教えこまれたからね」
「いかに強いといえど、もう老兵です。過度な期待は禁物であると思いますが」
「そうかな。いずれにせよ、あの石にはまだ未知の部分が多い。手に入れるのは、危険性を確かめてからでもよいだろう」
ゼルナンは静かに足を止めた。
「今は、ラウとのつながりを強めておきたい。北からの脅威の為にもね」
「アル君、気をつけてね。しっかり足元を見ないと、踏みはずすかもしれないよ」
マリー達の周りには、深い霧が立ち込めていた。階段を進むほどに視界が悪くなり、先の景色は見えなくなっていた。
「はい!」
「もうすぐだ」
ルーナは腕を振りながら、じっと前を見ていた。
「よし、着いたようじゃ」
長い階段が終わり、石でできた広い祭壇のような場所が現れた。白い霧が徐々に晴れていき、アル達の少し先には、緑色の球体のようなものが浮かんでいた。
「これは……もしかして、石?」
マリーは前へと進み、緑色の球体を見つめていた。宙に浮かぶ球体は、人間の頭と同じくらいの大きさをしていた。
「そのようじゃな」
「すげえ、浮いてる」
アル右手を前に伸ばしながら、浮遊する球体に近づいた。
「え、あれ?」
「アル君、どうしたの?」
「いや、なんか進めない……」
アルは、球体から一メートルほど離れた所で右手を広げ、見えない壁にぶつかっているかのように動きを止めていた。
「な、なんだこれ?」
「もしかすると、魔法による結界かもしれないな」
ルーナは腕を組み、じっと球体を見つめていた。
「これは……ルーナさん!」
「マリー、どうした?」
「何か書いてあります」
宙に浮かぶ球体の下には、四角い台座のようなものがあり、文字が刻まれていた。
「古代文字か?」
「そのようです。すごい、全然劣化していない!これならすぐに…」
マリーは中腰になり、台座に刻まれている文字を読み上げた。
「風…の……力を…ここに……封印……す」
「風?どういう事ですか?」
「ふむ。何かがかくされているという事かのう」
「この石から、強力なザラが発生しているのは確かだが」
ルーナは顔を横に動かし、周囲を見回した。浮遊する球体以外には何もなく、霧の晴れた先に、青い空が広がっていた。
「そういえば、さっきの二人組はどこに行ったんでしょうか?」
マリーは後ろを振り返った。
「そういや、いないですね」
「……」
「マリー、どうした?」
「いえ、なんでもありません。ルーナさん、この石を持ち帰る事は難しそうですね」
「そうだな。結界もあるが、何よりこれだけのザラ…」
「ええ。正直、ここにいるだけで少し怖いです」
マリーは、不安げな表情で球体を見つめていた。
「私もだ。一度、村に帰ろう。皆、体力を消耗している。これ以上は危険だ」
「でも、どうやって帰るんだ?」
「光の柱で、最初に着いた所まで戻ろう。推測だが、おそらく、森まで降りる事もできるはずだ」
「ええ、そうですね」
石の球体は、緑色の美しい光を発しながら、台座の上で静かに浮遊していた。
「いやあ、少し疲れたわい」
ロンは、歩きながら腰を叩いていた。
「ロンさんでも疲れる事があるんですね」
「ルーナよ、年には勝てんぞ。昔はこんなもんじゃなかったのだが」
「今でも充分すごいと思いますよ」
「ほう、そう言ってもらえると嬉しいのう」
「ん、あれは……」
ルーナは腕を組みながら立ち止まった。
「ガシャッ!ガシャッ!」
遠くから、黒いサソリの群れが近づいてきていた。
「げっ、またかよ!」
「そんな、もう復活して…」
「いや、ちがう。体に傷がついていない」
「どういう事じゃ?」
「ボゴオッ!!」
目の前の地面が大きく盛り上がり、土の中から機械仕掛けのサソリが現れた。
「うわあっ!」
「こういう事だ!みんな、走れ!」
「ドゴッ!」
金属でできた鋭いハサミが、地面に突き刺さった。
(まずいな。もう、あれほどの範囲は……)
ルーナは険しい表情で前を見つめていた。
「マリー、ザラはどんな感じだ?」
「かなり消耗しています!」
「私もだ。魔法で足止めするのは難しい。なんとか、前を突破しよう!」
「キュイーン!」
サソリの群れが、次々と光線を撃ってきた。白い光の線が地面にあたり、炎が立ちのぼっていた。
「キャッ!」
「くっ!なんて数じゃ!」
「さっきより多いぞ!このままでは避けきれない!」
「ボワッ!」
ルーナの目の前に、まばゆい光線が放たれた。
「くっ!」
アル達は足を止めた。立ちのぼる火の後ろから、漆黒のサソリが近づいてきた。
(みんな、かなり疲れてる。おれがなんとかしないと…!)
アルは両腕を前に伸ばした。
(マリーさんを…おれが……)
「アル君?」
「守って見せる!」
「ザバアアッ!」
アルの両手から、大量の水があふれ出した。うねりを上げた水が空中にただよいながら、龍のように形を変えた。
「なっ、これは?」
ルーナは目を見開き、宙に浮かぶ龍を見つめていた。
「いけえっ!」
水の龍が、サソリ達に襲いかかった。
「ガゴッ!ドガアッ!」
サソリの群れはアルの攻撃を受け、大きく態勢を崩した。金属でできたハサミや尻尾が、次々にこわれていった。
「す、すごい……」
「マリーさん、今のうちに行きましょう!」
アルは前へと走り出した。
「う、うん!」
マリーは困惑しながら前を向き、アルの後ろを追いかけた。
「ぐっ!」
「つ、強すぎる…」
なだらかな丘の上に、二十人近い兵士達が傷を負って倒れていた。体から血を流し、苦悶の表情を浮かべる兵士達の後ろで、茜色の夕陽が美しく輝いていた。
「……」
夕陽を背に、赤い髪の男が丘の上に立っていた。黒いマントを身にまとい、目の位置に穴のあいた面をつけているようだった。右手に持った丸い水晶が、陽の光を受けて輝いていた。
「…という事だ。グアータ達は、上手くやってくれたようだ」
水晶の玉から、男の声が響いていた。
「そちらはどうだ?」
「問題ない。もう少しで、ヘウルーダに着く」
「そうか。ギルでの件もある。中央に進むにつれて、警備は厳しくなるだろう。油断せぬように」
「ああ」
「バサッ、バサッ!」
赤いドラゴンが、翼を広げながらゆっくりと地面に降りてきた。分厚い翼を力強くはばたかせ、面をした男の背後に着地した。
「フッ。まあ、お前ならなんの心配もいらないだろうが……では」
水晶の声が消えた。
「……」
男は空を見上げた。鮮やかな夕焼け空の中に、細長い形をした雲がいくつも浮かんでいた。
「行くぞ、フレイヤ!」
「グルオオッ!」
翼を広げたドラゴンが、大きな叫び声を上げた。




