第27話 それは吹き荒れる嵐のように
――これは丁嵐と平山が七天学院に編入する前の出来事。約1年少し前のお話。
大帝国高校。都内に堂々と聳え立つ当時最強と呼ばれていたこの高校は各地より名選手を掻き集め最新のトレーニングマシンや特待生制度を完備し、夏の大会では過去3度の優勝を誇っていた。
ガッキィィィン‼︎‼︎
大きな音を響かせ美しい放物線を描いた打球がスタンドへと吸い込まれていく。
「さっすが丁嵐先輩!半端ないぜ」
1年生の平山は怪物の相変わらずの打撃に息を呑む。
丁嵐醍醐、2年の春。リトル時代から非凡な才能を見せていた彼は、この最強の高校に超VIP待遇でスカウトされ入学後はその才能を存分に開花させ、さらに進化させようとしていた。
本日は招いた練習試合の相手から全てウイニングショットを打ち砕いての3本のホームランである。相手も全国レベルの強豪校で決して弱いわけではない。
丁嵐醍醐はゆっくりと無表情でダイヤモンドを一周する。この丁嵐という男はいつどんな状況でホームランを打っても喜ぼうとしないし、表情一つ変えない。
「よし……俺も」
この平山岩雄という選手も名門シニアの出身であり、1年でありながらこの日スタメンに抜擢され下位打線で2本のシングルを放っていた。入りたての1年の戦績としては上々である。
そして平山に打席が回ってきた。
「さあ来い」
1球目 直球 ボール
2球目スライダー ストライク
3球目 スライダー ボール
4球目 直球 ボール
5球目 スライダー ファール
投じられた6球目――
ガッキィィィン‼︎
平山のバットはウイニングショットのフォークの落ち際を完璧に捉えた。
打球は放物線を描きスタンドへと飛び込む。ホームラン。
丁嵐の真似をして相手のウイニングショットを狙い打った打席だった。
もう大差がついた試合なので自軍ベンチでも喜ぶ者はいない。しかしそんな中にあって明確に彼に対し悪意を抱く者がいた。
「こりゃあベンチ入りすらヤバイんじゃねーか?幕川」
「……チッ」
◇
試合後、平山は他の1年と同じように片付けや整理をする。どんなに活躍しても雑用は1年の仕事だ。
「平山、お前すっげえな」
「羨ましいぜ」
「おう、ありがとう」
1年生の中でも平山は頭一つ抜けた存在であった。彼らは純粋に同輩の活躍を喜び、彼を讃えるもの達が多数だった。
しかしそんな平山に魔の手が忍び寄っていた。
「平山お前すげえじゃねえか、ちょっと話聞きたいからこっち来てくれよ」
3年の幕川という男が平山に話しかけてきた。セカンドのポジションは平山と被っていて、今日はあまりに彼が打ちすぎたために出場機会が無かった。
そんな彼がわざわざ話しかけて来てくれたのだ、無下にする訳にはいかない。
「あ、ありがとうございます。幕川先輩。掃除が終わったらすぐ行きますんで」
「何言ってやがる。そんなんいいからすぐ来いよ」
少し強硬な幕川の態度に平山は戸惑い、ムッとなるが同輩の1年が行ってこいと後押ししてくれたので掃除を中断し、渋々幕川に着いて行くことになった。
それが破滅への道だと知らずに。
◇
バキィィィィィ!
「ぐっ!」
「おい、聞こえなかったなあ?もう一回言えよ、おい」
平山が連れて行かれた先は校内に多数ある部室の内の一室だった。
複数人の上級生に押さえつけられ、平山は幕川に殴られていた。
彼らは幕川の友人の3年と息のかかった子飼いの2年だった。
彼が殴られる理由は――
「てめえが練習試合でホームランを打つ度にこうやって焼きを入れてやる。それが嫌ならわざと凡退を繰り返すことだな。わかったか?あ?」
この学校は100人を超える野球部員を抱える。当然競争も激しく、3年の夏をスタンドの応援団で終える選手も少なく無かった。幕川はベンチ入りメンバーの当落線上にある選手だった。
「大体よお、許せねえぜ、3年間頑張ってきてポッと出の1年にスタメン取られちゃよお!恥ずかしくて引退後も地元に帰れねえぜ!なあ?」
幕川は特待生枠で遠くからこの名門校に進学していた。親や地元の同級生からの期待も大きく彼にとってベンチメンバー落ちは耐え難いことであった。
「ほら、この可哀想な先輩を助けると思って頷いてくれないかなっ!っと」
「ガッ!」
幕川は今度は膝蹴りを平山の腹にめり込ませる。もはや彼の暴力は拷問の域に入っていた。
「ハアハア…恥ずかしくないんですか?こんなことして」
「ああ?今何て言った?」
それでも平山の目は死んでおらずこの愚かな先達に言い返した。
「スタメンが欲しいなら実力で勝ち取ればいいでしょう!こんなことでしかスタメンを奪えないんですか?あんたはクズだ!そんなあんたの言うことなんか聞けない!」
平山という男も頑固な男だ。やめておけばいいのに更に火に油を注ぐようなことを言ってしまった。
みるみる内に幕川の顔が真っ赤になり眼光が鋭くなった。
「もういい。わかったぜ。てめえには何を言っても無駄だってことがよう」
そう言っておもむろに金属バットを掴みあげた。
「おい、幕川それはやめとけ」
流石に3年の1人が止めるが幕川の頭には血が上っていた。彼は乱暴な質でこうなると何も聞かない。
「うっせええ!利き腕折っとけば当分試合には出られないだろ?良かったなあ平山。もう俺と遊ばなくて済むぜ!」
「うう、やめろ」
幕川は平山の右腕に向けてバットを振りかぶった。その時だった
――ガチャリ
見張りを立たせ閉めていたはずの部室のドアが開いた。幕川が激昂したのでそれを止めようと見張りの男が部室に入ってきてしまっていたのが原因だった。
180センチを超える大男が他の部員なんて見えていないかのようにのしのしと部室を歩く。
そして自分のロッカーを開けるとスポーツドリンクと栄養剤を口へと流し込んだ。いつものルーチンだ。彼には後輩が羽交締めにされて絞められているこの状況が見えていないのだろうか。
そうして彼は鞄から新しいタオルを取り出すとスタスタと入ってきた扉の方に向かって歩き出した。
彼のあまりに堂々とした態度に全員が一斉に固まっており一歩も動けなかった。
しかし幕川にとっては彼をこの場からタダで帰す訳にはいかなかった。
「待て待て待て‼︎丁嵐!」
この不遜な巨人の名は丁嵐醍醐。この状況でこんな無神経な態度が取れるのは地球広しといえど彼くらいであった。いや、もはや無神経を通り越して人かどうかも疑わしかった。
丁嵐は無言でゆっくりと振り返る。その顔は相変わらずの無表情だった。
「おいこの現場を見てタダで帰す訳にはいかねえ。てめえと言えどな」
丁嵐醍醐はその才能ゆえ監督やスタッフからは明らかな特別扱いを受けていた。そして見るからに威圧感のあるその風貌でアンタッチャブルな存在となっていた。
「何も見なかった、と誓え。丁嵐。それから回れ右して部室から出て行け」
そう言われると巨人は7、8人にも上ろうという先輩部員と同僚、そして平山を交互に見比べてじっと考えこんだ。
この静寂の時すらこの場にいる上級生にとっても恐ろしいものだった。
そうして巨人は思考を終えるとポン、と手を叩き発言した。
「ああ、幕川お前、下手くそだから平山をしめてんのか?みっともないな」
彼は先輩や監督に対してすら敬語を使わない。全てタメ口だ。悪気はないのだが、この場で幕川を怒らせるには充分だった。
「はあ?ふざけんなよ丁嵐!誰が下手くそだって?それにタメ口聞いてんじゃねえぞコラ!」
「お前だよ幕川。下手くそだから枠取られそうな後輩しめてベンチメンバーにしがみつこうとしてんだろ?みっともねえからもう野球やめろや下手くそが」
丁嵐の言葉に幕川は激昂し、矛先を彼へと変更する。前から丁嵐が気に入らなかった数人がそれに同調して丁嵐に詰め寄った。
「ちょうどいい!丁嵐てめえもしめてやんよ!前から気に食わなかったんだわ」
「しょうもない奴だな幕川。無駄な3年間過ごしやがって。てめえに野球はもったいないわ。今すぐ引退しろハゲ」
言い終わる前に幕川は金属バットを丁嵐に向かって振り下ろした。
「丁嵐さん!」
平山が叫んだ。と同時にガイイン!という金属の鈍い音がした。
見ると丁嵐が幕川の振り下ろしたバットを掌で受け止めていた。
「見るに堪えねえな幕川。夏までと言わず俺が本日をもっててめえを引退させてやるよ」
丁嵐の掴む金属バットにバキバキとヒビが入る。見る間にヒビはバット全体に広がり、パキャ!という音を立てて粉々に砕けた。
あまりのことに丁嵐に詰め寄った5人が再び固まる。彼らはとんでもない相手に喧嘩を吹っかけてしまったのだ。
「おっと…おいおい勘違いするなよ。金属疲労だ。握力で割れるかよ」
確かにこの使い古された金属バットの故障原因は金属疲労であった。しかしこんなことができる人間がそうそういるだろうか?
「さて、引退式だったな。じゃあな幕川。てめえは神聖な野球を汚した」
そう言うと巨人は幕川の顎に向けてフルスイングのアッパーを放った。
「ゲプッ!」
ガチンッ‼︎という何かが折れる嫌な音を立てて幕川が放物線を描いて吹っ飛ぶ。
ドサッと着地した幕川の顔は顎がひん曲がり変形するほどの骨折をしていた。
更によく見ると幕川は白目を剥き失禁までしていた。
「ちっ、部室を汚しやがってクソ野郎が」
「アタラシィィィ!」
それを見て幕川の友人の3年2人が丁嵐に殴りかかった。
しかしその拳が丁嵐に届く前に2人はアイアンクローで吊り上げられる。
「お前らも同罪だ。2度と野球するんじゃねえ」
そう言うと掴んだ2人を振り回しロッカーに向けて思い切り投げ込んだ。
頭から突っ込んだ2人は頭部から裂傷を負い出血していた。
首謀者である幕川とその取り巻きが瞬殺され、残りの5人にはもはやこの巨人に立ち向かう気力は無かった。我先にと先をこぞって逃げ出そうとしていた。
「ウッワアァァァァァァ!逃げろ!早く逃げろ!殺されるぞぉぉぉー!」
「はっ!1人も逃さねえよ!」
巨人が逃げ出す1人1人の後ろ襟や袖を捕まえ次々と投げ飛ばす。まるでボーリングの球でも転がすように。そのダメージは誰もが軽傷程度では済まなかった。
一通り投げ飛ばすと丁嵐は倒れてる幕川を乱暴に揺り起こした。
「おい起きろよ小便垂れ」
「ひ、ヒィィィ!」
起きた幕川は悲鳴を上げた。もはややり返そうという気力はない。
しかし丁嵐は幕川の襟を締め上げる。一片の慈悲さえ与えない。
「いいか、次にお前が野球してる姿を見かけたらそれがどこであろうとぶっ殺す。『今日は』ゴミ箱で済ませてやるが、次は焼却炉に突っ込んでやる。わかったか?」
「ヒャ、ヒャイ……」
顎の骨が割れてうまくしゃべれない。しかしもはや幕川は頷くしかなかった。
「よしいい子だ、ゴミ野郎」
そう言うと丁嵐は幕川の襟をつかみズルズルと引きずるとゴミ箱の前まで連れてきた。
「ゴミはゴミ箱へ」
「⁈オゲェェェェェェェ!」
幕川の襟を掴みあげ頭からゴミ箱へと投げ入れた。
部室の隅にゴミ箱の外に人間の足が突き出た妙なオブジェが誕生した。
「ゴミ掃除終わりっと」
そう言うと丁嵐は呆然とする平山に一瞥だけくれると何事も無かったかのように部室を出て行った。
後から聞いた話だとこれだけの事件を起こしながらも、その日事件が発覚するまでこの男はいつも通りの練習メニューをこなしていたらしい。
これが丁嵐醍醐と平山岩雄の大帝国高校での最後の1日であった。




