第13話 WAT強襲
同時刻、長机を並べ臨時のロワイエ軍司令室となった官邸の一室では、ネイビーブルーの軍服を着た数名の男たちが、10以上あるモニターを見つめていた。
ロワイエ製の超小型ドローンからリアルタイムで送られている映像である。
モニターには、頭部にバラクラバの上からバリスティックヘルメットを被り、完全武装した男たちが官邸のフェンスを超える様子が映し出されている。
WATの突入が開始されたのだ。
警告や交渉無しで、おまけにこのスピードでの特殊部隊の投入。これは通常の措置ではない。
よっぽど手紙のプレゼントを気に入ってもらえたのだろう。
年配の白髪の男が言った。
「招待状は受け取ってもらえたようですね」
間を置いて、金髪の巨躯の男が答える。
「デハ客人ヲオ迎エシテクダサイ。クレグレモシツレイノナイヨウニ」
「はっ」
「アユクンハ黒サンヲエスコートシテクダサイ」
アユと呼ばれ同様の軍服を着た少年は黙って立ち上がった。
「中庭クリア」
「こちらも異常ありません」
特殊急襲部隊制圧一斑20名は、静かに、しかし力強く官邸への歩みを続ける。
今回の強行突入は黒羽部長の強引な主張により急遽決定した。
相手の人数も武装も、素性すらも分かっていない段階での強襲は危険だ。
しかし、今朝テロリスト達から解放された官邸の事務員や警備の警官、そして鈴木大臣の情報を統合すると、敵は50名前後、老若男女様々な世代の人員で構成されている、ということまではわかった。
制圧一斑班長竹田は実弾の入った手元の89式5.56mm小銃をしっかり握りしめる。
『多少手荒になっても構わない』
部長の言葉とその昏い瞳を思い出し、竹田は少し背筋に冷たいものを感じた。
この装備が先ほどの黒羽の言葉が本気だということを表している。
黒羽の圧力は、歴戦の竹田をして萎縮させるほどのものがあった。
黒羽は優秀だが、部下や内外からの評判はよろしくない。
今回も裏で誰とどんな取引があったのか分かったものではなかった。
しかし、と竹田は考える。
人質には我々の内ゲバなど関係ない。こうして任務に就いたからには絶対に人質を安全に取り戻す。
竹田は心の中でそう決意を新たにした。
「玄関にバリケード多数」
制圧一斑は、長い中庭を前進し玄関手前まで到達していた。
見ると、玄関には土嚢と鉄条網を組み合わせたバリケードが施されていた。
竹田は考える。バリケードを排除してから官邸に進入するか、それとも別のルートを探すか。
「迂回して別のルートを探す」
一瞬迷ったが、竹田はそう決断を下した。
そのときだった。
「うあぁ!」
「ぐあああぁぁぁ!」
部下の3、4名がいきなり突っ伏して倒れた。声も無く倒れる者もいた。
「全員伏せろ!攻撃されている!」
竹田は素早く命令した。
特殊一斑は倒れた者を引きずり、体を隠す場所を探そうとする。
敵の姿は確認できない。
「班長、発砲許可を!」
「視認して、確実に敵と確認できたなら撃っていい!」
だが、敵の姿は確認できない。竹田達は戸惑う。
何処から撃ってきたのだ。
倒れた隊員の反応や微かな音からして、今通り過ぎたはずの中庭からの射撃と推測できるが、すでにそこには何もないと確認したはずであるし、現在も何も視認できない。
そうしている内に、伏せている部下達が次々と撃たれていく。
麻酔弾。
正確には「眠らされている」ようだった。
防護服や防弾チョッキを貫通するほどの威力もあるようだ。
おまけに射撃技術も高い。
こいつらは何か妙なガジェットを使いやがる。
「全員撤退する!」
竹田は戦況の不利を悟り、撤退を決断するがもう遅かった。
「はい残念」
竹田はその声に振り向くと、パシュッという音と共に倒れた。
しばらくすると、ぼうっと人影が浮かびあがり、徐々にその輪郭が露わになる。
そこには青い軍服のロワイエ軍の兵士4人が地球の形状とは違う小銃を構えて立っていた。
1人が通信機器らしいデバイスを取り出し報告を始めた。
「こちら正面玄関αチーム、客人は全て眠りにつきました オーバー」
「3階廊下人影は見えません」
「よし、次だ。高度をあげろ。」
同時刻、偵察ヘリの中には操縦士含め5人の男の姿があった。
彼らはSAT偵察班。
ヘリを飛ばして、官邸の哨戒を行っている。
制圧班の突入と共に任務を開始したが、未だ敵影も人質の影すら発見できていない。
とにかく情報が欲しい。
そういう思惑で飛ばされたこのヘリだったが、このクルーズは突然の終わりを迎えることになる。
『うわあぁぁぁぁ!』
『こちら制圧一斑攻撃されています!指示を!』
通信機から味方の窮状を知らせる情報が入る。偵察班も俄かに騒めく。
「どういうことだ?こんな事は初めてだ。」
現場は相当混乱しているようで、通信の情報では状況が全く理解できなかった。
そうこうしている内に、制圧一斑の通信が途切れた。全滅したのだろうか。
「くそっ!」
偵察班の1人が拳を振り上げ、座席をドカッと叩く。このニュースはこの場の全員の注意と集中力を奪うには充分だった。
「◯◯もやられたのか・・・」
「××は無事だろうか」
全員が、倒れたであろう味方の安否を気遣い、テロリストへの怒りを露わにする。
「おい、どうした。予定と違うぞ。」
気がつくと、ヘリは官邸屋上のヘリポートに着陸しようとしていた。
これは予定にはない。
「おい、待て!敵陣真っ只中に降り立つバカがあるか!」
隊員の1人が操縦士に抗議する。
「状況が変わった。まず、引き返すんだ。隊長の指示を仰ぐぞ」
「すいません。もうすぐなんで」
「おい!」
操縦士はその抗議を無視してヘリポートに着陸した。
隊員達は辺りを見渡す。とりあえず人影はないようだ。
再び操縦士に抗議する。
「おい!早くヘリを飛ばせ!」
隊員たちは操縦士の顔を覗き込み、驚く。
操縦士は彼らの知ってる男ではなかったからだ。
隊員は拳銃をその男に突きつけた。
「お前誰だ?」
その鼻梁の通った、それでいて体格の良い若い男は白い歯を見せ、ニッと笑いながら、こう答える。
「初めまして。俺はテガ・ルーノーワタです。官邸へようこそ」
男の挨拶が終わると、ヘリの周りは小銃を構えたテロリストたちに包囲されていた。
特殊急襲部隊制圧ニ班は官邸に通ずる地下道を急いでいた。
ここを抜ければ、一階のキッチンダクトから官邸に侵入できる。
人員は一斑と同じく20名。2方面から協力して敵を叩く予定だ。
「キッチンにトラップは無さそうです」
先ほどから進入路のトラップの有無を吟味している。どうやら大丈夫なようだ。
「よし、ここから進入する。」
隊長の村田はそう決断した。素早く、しかし慎重に遂行せねばならない。
制圧ニ班はキッチンを抜け、一階の廊下に出る。
静かに、しかし素早く廊下を急ぐ村田率いるニ班はふと何かを発見して立ち止まる。
村田が隊員たちを手で制止する。
人影・・・?
数十メートル先に二つの人影がうっすらと見えた。
村田たちは小銃を構え、ゆっくりと進む。
テロリストかそれとも人質か?
人影の顔が見える距離になってから、村田たちは小銃を下す。
女?
人影は軍服を着た2人の女性だった。
しかし、警戒は崩さず村田が声を掛ける。
「あなた方は?」
青い軍服が月光に映えてとても美しい。
女性たちは愛らしい微笑みで、胸に手を当て、お辞儀して答えた。
「初めまして。私はマフユピュ・イェネンと申します。」
「私はメオ・ブノフと申します。」
女たちの瞳が月明かりに妖しく光る。
月光に薄く照らし出された彼女たちの面差しは、この様な状況であっても隊員達の胸に漣を立てるには充分過ぎるほど美しかった。
「今晩は御茶会へようこそ」
「おい、制圧ニ班応答せよ!どうなっている!何か答えよ!」
現場指揮の岩田が通信機に向かい、叫び続けている。
突入から約10分。制圧班と偵察班からの通信が全て途絶えた。
黒羽は冷静だった。
この男はミッションが失敗に終わったことを理解していた。また、テロリスト達がこの僅かな時間で我が国選り抜きのエリートであるWATを殱滅できる実力を持っていることも理解した。
さあ、これからどうするか。
俺のキャリアは終わりか?
異星人?奴らは異星人とか名乗っていた。
異星人に終わらされるならそれでいいか。
あれからは「おまけ」のような警察人生だったんだ。もうやりたい事はやり尽くした。
黒羽は頭の切り替えの速い男だった。
せめて金田だけでも道連れにしてやるか、と考えた時、彼に声を掛けるものがあった。
「黒羽さん?」
少年の声だった。
黒羽が声の方を確認すると、軍服を着た少年が暗闇に立っていた。
「こんばんは。僕はアユ・シア・ロンスツァノ。これからあんたをティーパーティーに招待します。めんどくさいけどね、命令だから仕方ない。じゃ、よろしく。」
その言葉を聞き終わると黒羽の意識は急速に遠のいていった。




