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遺跡  作者: たいいつ
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灰色の世界

 冷たい。これは、床かな?またベッドから落ちてしまったのか……。そう思い体を起こしてみるが、どうやら違うらしい。床だと思っていたのは岩肌で、周囲を見回すと僕の部屋ではなく、アパートの一室の様な場所だった。


「あ!テレビ!」


 直前に何があったか思い出し、テレビを見てみるが電源は入っていない様だ。試しにリモコンで操作してみるが反応はない。ふとそこで、元希たちが居ない事に気付く。まさか何かあったのだろうか。今思えば、あのタイミングで気を失うのもおかしい。不安が過り遺跡を駆け出る。そのまま、落下した地点まで戻ってみるが、そこにはロープが垂らされているのみで、誰の姿もない。このロープがあるという事は、信が助けに来たのだろうか?とにかく、ろくな事を思いつかないのだから、考えるより先に行動することにした。一度強めにロープを引き、落ちてこない事を確かめるとさっさと登っていく。普段ならばこんなにすんなりとは登れないが、一刻も早く皆を見つけたい、という思いから火事場の馬鹿力でも発揮されたのだろう。

 地面まで登り切ると、そこには異様な風景が広がっていた。全てが一色に塗りつぶされていた。空は単に曇っているだけだと思われるが、草木も地面も、全てが灰色だった。それだけでなく、生き物の気配が感じられない。夏の森ならば、蝉の声は勿論の事、羽虫の飛ぶ音や、鳥のさえずり、風に揺られる葉の音が聞こえてくるはずだ。それらの音も一切聞こえない。

何が起きているのか理解できず、完全に思考停止に陥っていると、森から話し声が聞こえてきた。


「全く、何なのよここ!」


「もう私お家帰りたいよー」


「いやぁ、愛ちゃん。多分この様子だとお家も無事じゃないんじゃ……」


「そんな事解ってるわよ!」


 僕は急いで駆け寄る。するとそこには見慣れた三人の姿があった。


「皆!居なくなってたからびっくりしたよ?」


「おぉ、悠平も目覚めたか!」


「何で置いてったんだよ!」


「ばっかじゃないの?何回起こしたと思ってんのよ」


「悠平君、全然起きないから取り敢えず一旦置いて行こうってなったんだよ?」


「え、それはそれはお手数をおかけしました?」


「アンタ、宙吊りにしても起きなかったんだからね」


 どうやら意識がない間に幼馴染達は僕に虐待行為を施していたようだ。と言うか知りたくなかった、そんな事実。


「そーだ、信は?ロープがあるって事は合流できたんでしょ?」


「それが、ロープだけ垂らされていたのよ」


「そーそ。んで、今信を探してたんだけど見つかんないんだよ」


 おかしな話だ。ロープは信が持ってきてくれる手筈になっていた。


「え、じゃあ信は何処行ったのさ?」


「知らなーい。それよりもこの不気味な雰囲気の方が気になるよ」


「確かにね。取り敢えず、テントまで戻りましょ。もし無事なら信もその内そこに戻ってくるでしょ」


「でももし無事じゃなかったら?」


「それこそ私達だけでどうにかできる問題じゃないわ」


「確かになー。戻ってキャンプ場の人に伝えた方が賢いか」


「キャンプ場に人が居れば、ね」


「不吉な事言うなよ……」


 そんな訳で僕たちは、来た道を引き返し始めた。でも、どれだけ進んでも周囲は灰色の森で、心なしか先程通った時よりも鬱蒼と茂っているようにも思えた。幸いにもほとんど一本道だったため、迷うことなく進んでいく事が出来るが、進めば進むほど森は不気味さを増していく。


「なぁ、こんなに狭い道だったっけ?」


 元希が指摘したのは獣道に差し掛かった時だった。


「獣道なんて区別つかないわよ」


「いや、まぁ確かにどれも似たようなもんだけど」


 真央の言う様に獣道の多少の違いなんて分からないけど、元希の言う様にもう少し広かったような気もする。だがそれは、この森の不気味さが圧迫感をもって僕らに勘違いをさせているのかもしれない。


「そろそろね」


 テントを張ったはずの場所まで戻ってきた。遺跡探しに行った時よりも短時間で帰ってきたのは誰一人文句を言う者が居なかったからだろう。


「戻ってきた……んだよね?」


「そのはずよ」


「まぁ確かに地形はそっくりだよなぁ」


「いや、いくら何でもこれはないでしょ」


 僕たちがテントを張った場所。そこまで戻ってきたは良いが、肝心のテントがなくなっていた。いや、テントだけではない。僕たちの荷物は何も残っていなかった。代わりとでも言うのか、ただ一つ、扉だけが何もない所にポツリと建っていた。


「これ、洞窟の入り口にあったやつじゃね?」


「確かに似てるねー」


 壁があって何処かを繋いでいる訳でもなく、何かの入り口を密封している様にも見えない。何のために設置されているのか全く分からなかった。


「そう?って言うかよくそんなの覚えてるわね」


 僕は、扉そのものよりも、不自然な設置の仕方に共通点を見た。そもそも、あの遺跡の入り口だって扉なんか必要なかったはずだ。目の前にあるこれもここにある必要性がない。


「え――」


 気付けば僕は扉をおもむろに引いていた。ゆっくりと開く扉の向こう側には、本来見えるはずのものはなく、薄暗い空間から冷たい空気が流れ出てくるばかりだった。


「悠平、アンタまた何したのよ……」


「もうだめ、頭痛くなってきちゃった……」


「すげぇー!何々、どーなってんのこれ?」


 中が気になったので、ひと思いに手前まで引いた。すると石造りの壁が左右にあり、奥に別の扉が見える。壁は、最初の遺跡のものと似ている様な気もする。奥にある扉は今僕が握っているものと瓜二つだ。空間全体は、廊下の様な感じだ。


「ねぇ、これってもしかしてだけどワープ装置的なものなんじゃない?」


「いやぁ、流石にそれはないんじゃないかな?現に、遺跡入る前と後で場所自体は変わってないじゃん?」


「もう何でもいいから元の所に帰りたい……」


 元希に続いて真央もテンションが上がってきてしまったようだ。突拍子もない事を言いだす。

ここだけ切り取って見れば、扉の向こうが「異次元」的な何処かに繋がっているのは頷けるが、それだけでワープと考えてしまって良いのだろうか。


「どっちにしてもさ、あっちの扉開けてみればもっと判断材料にはなるんじゃね?」


「確かに現状じゃあ解らない事が多すぎるけど、あの先に何があるのか解らないのよ?」


「どうせここに居たって元に戻れる保証もないけどねー……」


 意気揚々と仮説を唱えた割には、消極的な真央に対し、元希は入って見たくて仕方がないみたいだ。


「僕ももう少し慎重になるべきだと思うけど」


「真っ先に扉開いた癖に?」


 一旦落ち着かせようと真央の意見に賛同すると、当の本人から噛みつかれてしまった。真央の言う通り、扉を開けた僕が言うべきではなかったかもしれない。


「じゃあこれからどーすんのさ?」


「解った、じゃあ僕が責任取るよ。奥の扉、開けてくる」


 キッと廊下の先の扉を見据える。正直、安全なのか危険なのかだけでなく、そもそもこの扉の奥に踏み入れること自体大丈夫なのか、何一つ情報はない。でも、最初にこの扉を開けた時の僕は、何も警戒していなかったわけじゃない。柄にもなく色々考えていた。それでも気付けば手をかけていたと言うならば、そうするしか他になかったのだろう。大体、この今いる場所が安全だと言う保障もない。あの扉に賭けてみたって、ここに留まるのと危険度に差はないと思う。


「何かあったらすぐ後ろに引っ張れるように三人で入りましょ」


 真央は元希と僕を交互に見ていた。


「そうだねー、四人入っちゃうとどうなるか解らないし?」


 愛ちゃんは言いながら、いつの間にか僕の手からドアノブを奪っていた。ついでに逆の手をヒラヒラと振っている。


「よっしゃあ‼悠平、行くぜ!」


 愛ちゃんの鮮やかな手際に全く気付く様子なく、元希の興味は最早扉の向こう側の景色に注がれていた。真央は愛ちゃんを見ながら溜息を一つ吐くと、覚悟を決めたように僕の方を睨んでくる。別に睨む必要はない気がするけど。


「ふぅ……。じゃあ、何かあったらよろしくね」


 ゆっくりと扉の奥に足を踏み入れる。特に変わった様子はない。取り敢えず、この細い廊下に罠が仕掛けられていたりと言ったことはない様だ。それでも恐る恐る奥に進んでいく。そんなに長い廊下ではないのに、十メートル以上あるような錯覚に陥る。元希の荒い鼻息と、真央の「ちょ踏まないでよ!」とか「急に止まんな!」とか言う文句を背に受けながら、扉の前まで来る。扉の向こうからは何も聞こえてこない。やはり灰色の森が広がっているだけなのだろうか、と考えながらドアノブに手を回す。すると逆の手をギュッと握られる。振り返ると、元希が握っており、その後ろでは真央が元希の手を握っていた。何故か言葉を発することが憚られる様な気がして、無言で頷く。二人も頷き返してくる。グッと手に力を込めると、光と共にザザーンと言う音が差し込んでくる。


「――っ」


 一気に押し開けると、目の前が真っ白になる。光量に目が慣れてくると、視界に飛び込んできたのは鮮烈な蒼と白だった。


「うぉお、すげー!」


「凄いけど……何か肩透かしね」


光の正体はキツく差す陽光、音の正体は絶え間なく打ち寄せる波の音だった。


「きゃー!何々?海?海?」


一番後ろで扉を開けていたはずの愛ちゃんは、何故か僕の背中越しに扉の向こう側を見ていた。と言うかこのキャンプに出てから一番テンション上がっている瞬間じゃないだろうか。


「あれ、愛ちゃん?扉は……」


 元希と真央が遅ればせながら気付いたようで振り返る。そこには先程僕たちがくぐった扉は跡形もなく、まるで始めからそうだったかの様に、壁があるのみだった。


「あ……」

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