孤島
「うん、まぁ、仕方ないよね?なくなっちゃったものはなくなっちゃったんだから」
「そうだね、でもそれを愛ちゃんが言っちゃダメじゃないかな」
退路を断たれてしまった僕たちは、仕方がないので砂浜に「上陸」していた。ギラギラと照り付ける日差しの下で、愛ちゃんは乾いた笑いを漏らしてる。
「はぁ……。でもまぁ、確かに過ぎた事を言っても仕方ないわね」
「それに、さっきより現実感あるとこに来れたんだし結果オーライじゃね?」
「起こったことは非現実的だったけどね……」
改めて見回してみると、僕たちが先程いた所よりもずっと緯度は下がっている様に思える。加えて、灰色の森とは打って変わって、視界には様々な色も飛び込んでくるし、見た所生き物もいる様だ。
「まぁ、それはいいんだけどさ。ここ、結局どこなんだろう」
波打ち際は左右に広がった後、内陸側に湾曲している。どうやら、島か半島といった地理の様だ。そして、内陸側に目を向けてみると、ジャングルとまではいかないにしても青々と茂った森が砂浜のすぐ側から始まっている。もう少し先には高い山が見える。活火山なのか、所々煙を吐いており、中腹より上は岩肌が露出している。
「パッと見、火山島かなー?」
「そんなの見れば分かるわよ。問題はどうやって帰るか、でしょ」
確かにそれは切実な問題だ。多少の食料は採れそうな島ではあるが、僕たちは所詮ただの高校生だ。信が居ればまた話は違ったのだろうが、助けが来るまでここで暮らしていけるかと言われると解らない。
「やっぱ、またあの扉探すしかないのかな」
「アレが何なのか解らない以上、当てにするのは良くない気もするけど……」
愛ちゃんの言う通り、あの扉を通じてここに来はしたものの、またあの扉でこの島を脱出できるという保証はない。そもそも、この島に別の扉が存在するのかも分からない。因みに、僕たちが出てきた扉は全員が外に出た途端、始めから存在しなかったかのように消え去った。
「どっちにしろ、今俺たちができる事は、この島を探索する以外にないと思うぜ?」
「そうね、そうしましょ。最低限水場だけでも確保しないと、すぐに干からびるわよ」
野生動物も居るかもしれないので、分散するのは得策じゃない、という事でまとまって行動することになった。取り敢えずは、扉と水場の捜索だ。
「っても水場なんて川辿ってけば水が湧いてるとこあんじゃねーの?」
「そうだねー。だからまず川探してね」
何かもう、元希は愛ちゃんから相手にされていないような気がする。これも幼馴染ならではと言えなくもない、多分。
「まぁ、川を見つける事はそこまで難しくないとしても、その後が問題ね」
「あー、あの山の天辺とかから湧いてたら気軽に行けねぇもんなぁ」
真央の言葉通り、十分も歩けば海に流れ込む川を見つける事が出来た。そこを起点に森の中へと入っていく。
「気を付けてねー、野生動物とかは川で水分補給したりするからー」
「うぇえ⁉気を付けろったってどうしようもなくね、それ」
すると、真央が二人のやり取りなど我関せずで進んでいく。三人でどうすべきか固まってしまっていると、先頭を行く彼女は足を止め振り向く。
「こんなせせらぎに水飲みに来る動物なんてたかが知れてるわよ」
そう言ってわざとらしく水音を立てながら川の中を歩いて行ってしまう。何もそこまでしなくても……と思ってしまうが、彼女一人で行かせるわけにも行かないので急いで追いかけようとする。しかし、その直後またしても彼女は動きを止めていた。
「ん?どうしたの?」
「いや……この川、ちょっと温かい」
皆で手を浸してみると、確かに人肌くらいの温度だった。川の水にしては充分高温と言っていいかもしれない。
「天然の温泉かなー?ちょっと浸かってみたいかもー」
「ここは入浴するには冷たすぎるなぁ」
水源を探していたら、思わず温泉を見つけてしまった。僕としてはお風呂よりも飲み水の方が大事だから、一緒に湧き水もあると良いんだけど。
「まぁ、どちらにせよ登っていくしかないわね」
温泉は飲み水としては適さないのか、登っていく過程で特に動物とすれ違うことはなかった。尤も、水源や源泉まで登ったわけではないため、もっと上に行けば遭遇したのかもしれないが、僕たちはそこまで登る事はなかった。では何故途中で登るのをやめたのか。それは、思ったよりも早く見つけてしまったからだ。
「いやぁ、本当にあるとは……」
古びた扉が、僕たちが来るのを待っていたと言う様に川のど真ん中に建っていた。どうせ出てくるならもっと早めに出てきてほしかった。思ったより早く見つかったとは言うものの、それでも結構山道を登った後だったのだ。源泉に近づいて川の温度が上がったからか、辺りには少しだけ温泉らしい湯煙が立っていた。
「取り敢えず、またさっきと同じ感じで行く?もし移動先が危険だったら戻ってきてこっちで救助待った方がいいだろうし」
「そうね……。でも今度は私が扉を押えるわ」
チラと愛ちゃんを見つつドアノブに手をかける。
「折角ならさっきと逆にしない?今度は僕が残るよ」
そう言って強引に扉の前を陣取る。何故だか真央にも愛ちゃんにもしんがりをやらせたくなかった。男としてのプライドだろうか。そんなものが僕にもあったのだとしたら驚きだ。
「えぇー何、悠平、ビビってんの?」
ニヤニヤしながら元希がわき腹を突っついてくるが、気にせず握った手に力を込める。すると、メキメキっと嫌な音が聞こえてきた。
「どんだけ緊張してんのよ。ドア壊さないでよ?」
呆れたように真央は言うが、そんなはずはない。いくら緊張で力加減が解らなくなったからと言って、僕の握力で鉄製のノブを壊せるわけがない。
「違う、これ扉からじゃ――」
次の瞬間、メキメキと言う音と一緒に煙が噴き出してくる。今ので、何処から音が出ているのか理解できた。僕らが立っていた地面からだ。それと同時に急いで扉を開く。
「三人共!早く!」
扉を掴んだまま振り返り、三人に呼びかける。所々の割れ目から赤いものが見える。悪寒が走った。僕のすぐ横に居た元希はすぐに扉の中に入る。一方の真央と愛ちゃんは揺れる地面に足を取られながらもこちらに向かってくる。先に辿り着きそうなのは真央だ。僕は目一杯腕を伸ばし真央を捕まえる。
「元希!僕を引っ張って?」
僕ら二人を廊下の奥の方に投げ飛ばす様にして引き上げる。頭を打って一瞬上下が解らなくなるが、すぐに元希の元へ戻る。今度は元希が腕を伸ばしている。
「愛ちゃん!早く‼」
急いでいるが、このままでは間に合わない。
「僕の足持って‼」
「お、おう!」
僕は体を扉の外に投げ出し必死に愛ちゃんの手を握ろうとする。愛ちゃんも同様に限界まで腕を伸ばしているが、あと少し、届かない。パッと顔を上げると、愛ちゃんは、いつになく優しく微笑んでいる。
「……ごめんね?」
そう聞こえた気がした。そう思った時には、目の前は大きな赤い壁に遮られていた。認識するのと同時に、熱風が僕の頬を撫でる。一瞬だった。ほんの一瞬、溶岩が噴き出し僕の視界を遮ったのだ。しかし、視界が晴れた時には既に、愛ちゃんが立っていた場所には、何もなかった。川は蒸発し、川底の岩はドロドロの溶岩と区別がつかない。
「……嘘だ」
僕は無意識に飛び込もうとしていた。だが、中の二人の、僕を引く力がそれを許さない。
「嘘だ」
断末魔さえ聞いていないんだ。絶対、どうにかして生きている。早く、助けないと。
「悠平‼お前まで死ぬ気かよ⁉」
引きずりあげられながら僕は必死に抵抗した。そんなはずない。
「何言ってんだよ⁉早く、行かなきゃ‼愛ちゃんがまだなんだ!」
だが、僕の必死の抵抗もむなしく、力で勝る元希に止められてしまう。肘を入れたり、引っかいたり、何をしてもびくともしない。ただただ、悲しそうな顔をするだけだ。
「真央、扉を……」
「え、う、うん……」
その短いやり取りだけで何をしようとしているか解る。解ってしまう。ふざけるな。愛ちゃんが。愛ちゃんがまだなんだ。泣きじゃくりながらも、真央が小走りで熱気の方へ向かう。
「待てよ!何をっ、何をしてるのか解ってるのかよ⁉」
「お前こそ解ってるのか⁉折角助かったお前や、真央まで殺すことになるんだぞ⁉」
扉が完全に閉じられる。扉のあった場所は、始めから何もなかったかのように、何事もなかったかのように石積みの壁になる。
「うっ、うぅぅぅうっ……」
その場に崩れ落ちた。そうすることしか、出来なかった。喚き散らすことも、二人を責め立てる事も、出来なかった。ただ、泣き崩れるしかなかった。そっと、隣に真央がしゃがみ込む。サラサラと、僕の髪を撫で始めた。
「……ごめんね?」
「――っ」
つい、顔を上げてしまった。今の僕はどんな表情だろう。きっと、クシャクシャの顔に、鼻水だって垂れているかもしれない。だって、その言葉は、同じだから。何気なく発せられた、彼女なりの、僕への気遣いの言葉。僕が最後に聞いた彼女の言葉。
「取り敢えず、ここを出よう。辛い事、思い出すだけだ」
元希が、新しい扉を開く。僕は、もうしばらくここに居たい。けれど、同じくらい、この場に留まりたくはなかった。よろよろと立ち上がり、扉の向こうに広がる夜闇へと踏み出した。




