第34話 万々歳で終わらないのが現実、待っているものは後始末
全ての悪は去った、俺はその場に残された白い粉の小山に目を移す。
それは嘗て人だった何か、神々のいたずらによる犠牲者の名残。
「アレンジール公爵閣下に申し上げます。あちらの床に残った白い粉を集めておいていただきたく存じます。あれは神々の力が籠った聖なる塩、魔を退ける効果のあるものとなります。
それと状況が落ち着いてからで構いませんので、庭園に様々な料理を並べてアレンジール公爵家をお守りくださった精霊ポーネリア様と妖精様方に感謝の宴を。
この事態が解決に向かったのは全て精霊ポーネリア様の加護があったればこそ、その慈悲深いお心に感謝し、これからも王都を守る守護精霊ポーネリア様と共にアレンジール公爵家が繫栄していくことをお祈り申し上げます。
では我々はこの辺で、ガレンドールコロシアムまでの馬車をお願いできますでしょうか?」
俺の言葉に口を開けたままフリーズするアレンジール公爵閣下、おでこのお札がなくなってくれたお陰で腹筋に対するダメージを受けずに済んで助かります。
俺は透かさずエリーゼさんの背中を押しながらこの場を“ガシッ”・・・脱出に失敗してしまったようでございます。
「あの、ローレシアお嬢様、いかがなさいましたでしょうか? 私見ではありますが、当面の危険は去ったものと思われますが」
「ん。どうもありがとう、ノッペリーノにはどう感謝していいのか分からない。感謝ついでに手伝って欲しい」
そう言いおれの腰にしがみ付きながら上目遣いで訴えるローレシアお嬢様、周囲には気を失って倒れるアレンジール公爵家の人々。
・・・うん、最後まで面倒を見ろと、そういう事ですね。
勇者選定会、もう決勝戦始まっちゃったかな~。俺は心の中で涙しつつ、エリーゼさんと一緒にアレンジール公爵家の皆さんの目覚まし(二回目)に奔走するのでした。
「エリーゼ様、ノッペリーノ殿、この度は我がアレンジール公爵家を御救いくださり本当にありがとうございました」
場所は変わりやたら横長の広い部屋に馬鹿みたいに長いテーブルが置かれた食堂のような所、テーブルの上にはこれでもかという量の料理が所狭しと並べられています。
これ、お屋敷の料理人たちが急ピッチで作ったんだとか、もう厨房は戦場そのもの、各所で怒号が飛びかっていたんだとか。その様子はつまみ食いに向かった精霊様とポーネリア様がすごすごと帰ってきて教えてくれました。
「流石にあの場で摘まみ食いをするのは申し訳ないと思ったのだ、全員目が血走っていたのだ、オーガより怖かったのだ」
「そうね、あれは洒落じゃすまなかったかも。時々こちらに気が付いているのかってタイミングでギロリと睨まれるんだもん、退散一択だったわ」
精霊様も厨房という名の戦場に立つ修羅たちには敵わなかったようでございます。一緒にくっついて行った妖精様方がブルブル震えてたくらいだから相当だったんだろうな~、俺は大人しくしていてよかった。
で、そんな精霊様方と妖精様方が今どうしているかといいますと、アレンジール公爵閣下がお言葉を述べているのもマルッと無視して大食事会をですね。
しかも今回の作戦に参加しなかった妖精様方も集まってきたもんだから凄い事になっております。
あっ、ここから先には手を出さないでくださいね、引っ叩きますよ?(ニッコリ)
「いえ、私たちは何も。先程ノッペリーノも申しましたが全てはアレンジール公爵家の皆様と守護精霊ポーネリア様が深い絆で結ばれていた証左、守護精霊ポーネリア様の加護にほかなりません。
私たちはほんの少しお手伝いをさせていただいただけの事でございます、ですがアレンジール公爵閣下のお言葉はありがたく頂戴させていただきます」
エリーゼさんはそう言葉を返すと、アレンジール公爵閣下に向かい深々と頭を下げます。俺もそんなエリーゼさんに倣い一緒に頭を下げます。
長い物には巻かれろ、習うより慣れろの精神の如く、この場はこうした状況に慣れておられるエリーゼさんに付き従うのが正解ですね。
折角命を助けたのに無礼討ちに遭うだなんて冗談じゃない、お貴族様の逆鱗がどこにあるのか分からない以上、用心に越したことはありません。
アレンジール公爵閣下はそんな俺たちを温かく見守っておられるご様子、どうやら選択肢は間違っていなかったようです。
「ん、そんな事より食事にする。我が家の調理人が感謝を込めて一杯作ってくれた、ノッペリーノにはたくさん食べて欲しい」
そう言い瞳をキラキラさせるローレシアお嬢様、それは某大食い大会のチャンピオンに向ける観客たちの眼差し。でもすみません、ローレシアお嬢様の夢を壊すようで申し訳ありませんが、ご期待に応えようとすると俺のお腹が壊れちゃうんです。
「ローレシアお嬢様に申し上げます。まずは素性確かでない俺をこれ程素晴らしい宴にご招待いただきました事、感謝申し上げます。
そのうえでこのような事を申し上げる事は大変心苦しいのですが、俺はそれ程たくさん食べることが出来ません。アレンジール公爵閣下は既に俺の素性をお調べになられご存じかも知れませんが、このノッペリーノは魔力と闘気がございません。
通常どのような者でも使うことが出来るとされる生活魔法すら俺は使うことが出来ないんです。
そんな俺が旅立ちの儀を機に家を出て旅に向かう。これまで住み暮らしていた山間の村が廃村になったため致し方のない事ではあったのですが、俺の身を心配された精霊様が共についていくと仰って下さった。
精霊様は普通の者には見る事の敵わない神聖なる存在、精霊様がこの世の中を見聞きしお食事を楽しまれていても他の者たちはその存在に気が付くことが出来ない。
つまり俺が沢山の料理をいただいていたのではなく、精霊様がお食事を楽しまれていたのです」
そう言い俺が手を向ける方向、そこにはこれでもかと並べられていた料理が瞬く間に消えていく光景が。
「おぉ、これは何とも。精霊様方は健啖家でいらっしゃるのですな」
そう言いやや顔を引き攣らせるアレンジール公爵閣下。そりゃそうですよね、今はお姿を隠されていない人形サイズの精霊様と妖精様方がお食事中。その食べた物は一体どこに消えてしまうんだろうと俺も何度思った事か。
「あっ、因みに健啖家なのは精霊様だけで妖精様方はそこまでではないのでご安心ください。精霊様は五人前から十人前くらいの量を食べられるかな? その日の気分によって違うようですが」
俺の言葉に「それは大変だったね」とのお言葉を下さるアレンジール公爵閣下。そう、大変なんです、主に食費が。
俺たちはその後暫く談笑しつつ、事態の終息を祝い楽しく食事を続けるのでした。
「ところでノッペリーノ殿に聞きたい事があるのだがよろしいだろうか?」
これまでの柔和な表情を引っ込め、真剣な顔をしたアレンジール公爵閣下。まぁそうですよね聞きたい事は沢山あるかと。
「はい、おそらくですがアレンジール公爵閣下がお聞きになりたい事は俺が今回の事態に対し余りに詳し過ぎた事、状況の説明もそうですがこうした現象に慣れている事に対する疑念といった事でしょうか?」
俺の言葉にゆっくりと頷かれるアレンジール公爵閣下。公爵夫人とローレシアお嬢様の視線も俺に向けられます。
エリーゼさんと言えば俺の隣で優雅にティータイム、すっかり公爵家の御食事を堪能なさったようで結構でございます。
「そうですね、おそらく神代の頃には俺と同じ様な存在がいたのやもしれませんが、簡単に言えば俺は前世の記憶持ち、それもこの世界とは異なる世界の記憶を持った人間です。
その世界ではこの世界のようにスキルのようなものはありませんでしたが、多くの神々がまるで隣人のように存在しておりました。
ですがその事は一部の者たちにしか知らされておらず、神々が人の生活に溶け込んでいるような国や、その国の国民の心の支えとして敬われている国など、様々な国が存在しておりました。
そうした世界で俺は神々と深く交友を持ち、時には人と神々との間に立って問題解決の手伝いをするような事もしていた、少し特殊な人間だったんです」
“カチャッ、スーーーーー”
俺は一度言葉を切ると、テーブルのティーカップを取り口を付けます。爽やかでありながら軽い酸味とほのかな渋みを感じるそれは、結構お高い紅茶なのかも。流石公爵家のメイド様、淹れ方が完璧でございます。
「今回アレンジール公爵家で起きたような事象は、その世界では“神の試練”と呼ばれるものでした。要するに神による悪戯、人の命を弄ぶ遊戯だったんです。
まぁ巻き込まれた人間の方は堪ったもんではありませんからそれなりに対処はしていたみたいですが、結果は何とも。俺は結構上手くやってた方なので、その界隈ではちょっとした有名人でしたが。
先程俺が取った方法は封印術の一種ですね、符術師などは御札に悪いモノを封印したりするんですけど、その方法の一つで写し絵に悪いモノを封じる方法があるんです。
これはその写し絵を一瞬で行う道具ですね、前世で使っていたものなんですがどうも俺の魂に紐づけされていたみたいで、女神様から授かったスキル<ポケット>の中身として収納されていたんです」
俺はそう言い上着のポケットにしまっておいたスマホを取り出し、アルバムから前に撮ったエリーゼさんの写真を写し出します。アレンジール公爵閣下はその画像をじっくり眺め、余りの精巧さにほうとため息を吐かれるのでした。
「うむ、完全に理解できたわけではないが、ノッペリーノ殿が嘘をついている訳ではないという事は感じ取ることが出来た。
それで今回の原因となっていた神とやらはそのスマホという道具に封印されているという事なのだろうか?」
「いえ、すぐに削除してしまったんでアレはもういません。ですがあれが仮に神もしくは神の眷属であった場合、時間は掛かりますが復活するでしょう。それでもそこまで力の強い相手とも思えないので、早くても千年くらいは掛かるでしょうが。
神とは基本的に意志を持った自然現象のようなものなので完全に消し去ることが出来ないんです。それでも弱らせる事は出来るんですけどね、忘れ去られた神、信仰を失った神は弱いですね。
身近な例ですと三千年前に倒された創造神でしょうか、以来この世界は女神様の手に渡った、恐らく創造神が復活したとしてその力は全盛時とは比べ物にならないくらいに弱っている事でしょう。
ですので必要なんですよ、再び創造神を信仰してもらえるようになる状況が。舞台は着実に整おうとしています、そして勇者は召喚された、後は悪役である魔王を準備するだけ。まぁ今回は失敗してしまいましたけどね、他所でも似たような事をしているんじゃないんでしょうか。僕からすれば段取りが悪いなって感想しか浮かびませんが」
俺は再び紅茶を一口、小皿に盛られたクッキーをパクリ。うん、流石はセレブとても上品なお味ですこと。
「だがそうなると今後の各地で被害が、この事を広く世界に知らせねば」
「いえ、それは止められた方がよろしいかと。それに今回の試みは心配せずとも失敗に終わるでしょうから」
俺の言葉に再び皆の視線が注がれます。そんなに見られても大した答えは言えませんよ?
「先ほども言いましたけど、今回の黒幕、おそらくは復活した創造神だと思うんですが、段取りが悪いんです。これは想像ですが、神代の頃はあまりある力を無駄に振り撒いて、神力のごり押しで物事を進めていたんじゃないんですかね。計画性ってものの欠如がですね。
大体信仰を集めたいがために誰かを魔王に仕立てあげたいのなら、先にやらないと。勇者を呼んじゃってから魔王を準備するって馬鹿としか思えない。普通どう考えたって魔王の被害が甚大だから勇者を呼ぶって流れじゃないんですか? 呼び込んだ勇者を使えるように鍛えて、その間に適当な魔王を準備するって、やっつけ仕事にもほどがある。
それにそんな付け焼刃の魔王なら“金色の斧”のジークか“自由の翼”のレイン辺りに倒されちゃうと思うんですよね。各国も独自の勇者を擁立しているみたいだし、召喚勇者が使えるようになる前にみんな倒されちゃうと思うんですけど。
で、そんな状況で女神様全盛の中創造神への信仰が高まると思います? 異世界の勇者を召喚した事で力も相当使ったと思うし、神代ほどの悪さは出来ないと思うんですよ。
下手に今回の件で注意喚起なんて行なったら、世間の注目を浴びた創造神が力を増すかもしれませんしね。ここは無視を決め込んだ方が、創造神にとって収支がマイナスになるんですよ」
そう言いニヤリと笑う俺に、何故か皆してドン引きといった顔になるんですけど?
え~、いいじゃん放置で。どうせもうこっちにちょっかいを出す事なんて出来ないだろうし、向こうも眷属らしき偉そうな奴がどうやって倒されたのかなんて分からなかったと思うしね。
俺は“勇者選定会の様子は新聞でも購入して調べるか~”とか考えながら、再びティーカップの紅茶を口に運ぶのでした。




