第28話 王都の闇に触れる (人怖)
暗殺、それは人の世が作り出した闇の芸術。
毒殺、刺殺、遠方からの狙撃、その手法は多種多様。だが作り出す結果はただ一つ、ターゲットの死。
暗殺者は求めない、驕らない。自身を殺し、殺意を殺し、ただ静寂を齎す現象となることではじめて依頼を達成できるという事をその身を以て知るが故に。
暗殺者に狙われる者、それはなにも弱者ばかりではない。力ある者、権力者、自衛の力を持ち、自衛の手段を有した多くの標的たち。
一流の暗殺者とはそんなターゲットとの命を賭けた語らいを繰り返して来た一握りの者であるのだ。
“スーーー”
音もなく開かれた扉、音を殺し、気配を殺し、姿を隠す魔装を身に付けた暗殺者に気付く者はいない。
懐から取り出すのはターゲットの命を確実に刈るための装備、万が一ターゲットに身を躱されたとしてもかすり傷一つで絶命を齎す毒と呪いの殺意の塊。
侵入は完璧であった、その場の者は誰一人として侵入者に気付く事も出来ず、意味も分からずターゲットの死を目にするはずであった。
「桃ちゃん、出番だよ!」
何故か鮮明に耳に残る言葉。
“ドゴンッ”
激しい衝突音と衝撃に一瞬にして刈り取られる意識。暗殺者は一体何が起きたのかという事を考える事もなく、これまでの全てを手放すのであった。
―――――――
“ドゴンッ”
激しい衝突音が室内に響く、公爵様と奥様らしきご婦人は咄嗟に身をかがめ、周囲にいた護衛騎士や使用人の方々がお二人の上から覆いかぶさる様にして身の安全を確保する。
テーブル席に座っているお嬢様の前にはメイド様とエリーゼさんが盾のように立ち音のした方に警戒の目を向け、王都の守護精霊であるポーネリア様とエリーゼさんの契約妖精であるマルベール様、そして我らが精霊様は食事の手を止めることなく視線だけを向けておられます。
・・・ぶれない、精霊様方ぶれない。何が起ころうと人の世の事象には我関せずを貫くその姿勢、素敵です。
「えっ、はぁー!?ノッペリーノ、あなた一体何しちゃってるのよ!?公爵閣下の御前での無礼は捕縛どころじゃすまないのよ?
普通に首が飛ぶのよ?極刑よ?」
状況が理解出来たのか大きな声を上げるエリーゼさん。そんな彼女の声に反応し次々に顔を上げる公爵家の面々。
「どうどう、エリーゼさん落ち着いて。
桃ちゃん、元の大きさに戻ってもいいよ~、どうもありがとうね、素晴らしい一撃でした。侵入者一撃ノックアウト、流石桃ちゃん、そこに痺れる憧れる」
“フルフルフルフル♪”
枝に付いた葉っぱをくるくる回してどうだとばかりに自己アピールする桃ちゃん、超かわいい。
「イヤイヤイヤ、何言ってるのよ。私にはノッペリーノが公爵様に向けてその棒を伸ばしたようにしか“ドサッ”・・・えっ?」
俺が壁に向かって伸びた桃ちゃんに縮んでくれるようにお願いした途端ドサリと床に落ちる侵入者。公爵様ご夫妻を守る様にして俺に対し剣を向けていた護衛騎士も、その音に慌てて目を向けます。
「えっと、もしかして皆さん見えていらっしゃらないとか?
・・・えっ、マジ?それってヤバくない?
それじゃそうだな、エリーゼさんとそこの執事さん、こっちに来てくれます?」
俺は侵入者が横たわる壁際に向かうと、エリーゼさんと執事さんを呼び寄せるのでした。
「まぁ大体こうした場合は何らかの道具による効果って考えた方がいいよね~。怪しいのはこのぼろぼろのローブと仮面?外した途端に死んじゃうとかだったら運が無かったって事で」
俺はそう言いながらローブを脱がせ仮面をはず“バシュッ”・・・運がないのは俺の方?
え~、そこは自害用のギミックが発動するところじゃないの~、なんで暗器による攻撃が発動するかな~。死んでもターゲットを始末しようとする気概に満ち溢れてません?
「えっ、なんか人が現れたんだけど?って言うかノッペリーノは大丈夫なの?
いま“バシュッ”とかいう音がしなかった?なんか変な罠でも働いたんじゃ」
「いや~、失敗失敗、仮面を外そうとしたらなんか毒針みたいのが飛んで来まして。
えっとメイド様のどなたか、そこの箸と小皿を取って貰えます?おそらく致死性の猛毒か何かが塗られてますんで、下手に触ったら危ないですから」
俺の呼び掛けにビクリとしてから動き出すメイド様。
「って駄目じゃない、というかなんでノッペリーノは平気な顔をしてるのよ!?」
「ん?あぁ、俺その手のものは効かないんですよ。子供の頃集落の調薬師の家で誤って猛毒の木の実を食べちゃって、「これ、旨いですね、もう一つ貰っていいですか?」って言ったらドン引きされた事がありますんで」
そう言いメイド様から貰った箸で毒針を小皿に移す俺氏。えっとなんでみんなして俺にそんな不気味なものを見るような目を向けるのかな?もっと心配してくれてもいいのよ?
「それとこのナイフはあれですね、所謂暗殺用ナイフみたいなものでしょうかね。鞘はどこかにってありましたね、危険物は一旦収納させていただきますよ、<ポケット>」
床に転がる毒々しいナイフを侵入者の懐から取り出した鞘に納めスキル<ポケット>に収納、ついでに仮面とぼろいローブも仕舞っちゃいます。
「それで侵入者さんはっと、女性の様ですね。束ねた髪が超怪しい。護衛騎士さん、ナイフか何かありません?この髪切っちゃいましょう。本当は剃り上げて坊主頭にしたいんですけど、応急措置ですね」
「えっとノッペリーノ君、何もそこまで・・・」
堪らず声を発したのは公爵閣下。でも公爵閣下そのお考えは甘いっす。
「公爵閣下に申し上げます。こちらの侵入者はおそらく相当に訓練を積んだ暗殺のプロ、先程の殺意の塊のような仮面のギミックもそうですが、ターゲットである公爵閣下を仕留める為なら手段を選ばない様な者であるかと。であるのなら自身の髪に毒を仕込む事や束ねた髪の間に暗器を仕込む事など基本中の基本。
暗殺が成功すればよし、仮に失敗して自身が捕まるようなことになっても、その背後を探るために拷問に掛けられることは容易に想像出来る。であるのなら自身の身体の各所、髪や爪、歯や口の中、胃の中や肛門、女性ですので子宮の中などにも暗器の類を隠していると考える必要があるでしょう。
流石に訓練の末に血液や唾液といった体液まで武器にしているとあってはどうしようもありませんが、そうした事を行う者もいるという事をご承知ください。
と言う訳でメイドさん、簡素な着替えを用意して貰えますか?この者の着ている衣服は全て武器や毒の類と考えた方がいいでしょう。
相手は公爵様のお命を狙った極悪人です、いくら女性とはいえ容赦は出来ません、いえ、してはいけません。あなたたちの僅かな心の隙間をこの者は狙って来ます。その先に待つのは自身の命ばかりでなく大恩ある公爵閣下のお命が失われる事と心得てください」
俺の言葉に首をブンブン縦に振るメイド様方。若干青ざめた顔は事の重大さを理解してくれたものだと思いましょう。
“ジョリジョリジョリ”
護衛騎士様にお借りしたナイフで侵入者の髪を切り上げる。ここははさみの出番だと思うが緊急時だから仕方がない、我ながら酷いことしてるなと思わなくもないけど。
そんでもって顎の付け根に掌を当てて捻る様にしてうりゃ!“ガコッ”
反対側もうりゃ!“ガコッ”
「ちょっとノッペリーノ、なにやってるのよ!?」
エリーゼさんドン引き、そりゃ顎が外れてダランとした顔っておっかないもんね。
「精霊様、ちょっと見てくれる?」
「どれどれ、しようがないな~。特別にこのDr.Zが診察してあげるとするのだ。
あっ、見っけ。上手い事偽装してるけど奥歯八本と犬歯上下四本が何か仕込んであるみたいなのだ?
痛くないですよ~、うりゃ!!」
“ズボッ、ズボズボズボズボズボズボズボズボズボズボズボッ”
おそらく何らかの魔法でも掛けているのか勢いよく抜けて行く奥歯と犬歯、口からドバドバと血が流れだすので、俺は慌ててエリーゼさんに<ヒール>の魔法を掛けてもらいます。
傍目には俺が何やらぶつくさ呟きながら侵入者の歯を抜いているように見えるんだろうな~。さっきから周囲の視線が痛い痛い。
ついでにエリーゼさんに<クリーン>の魔法を掛けてもらってきれいさっぱりしたところで着ている物を脱ぎ脱ぎ。
まぁ出るわ出るわ、暗器の見本市ですなこのお方。案の定下着にも確りワイヤーが仕込んでありました。
下着にワイヤーが仕込んであるのは普通?えっ、女性って皆下着に何か仕込んでるの?怖いんですけど!?
まぁそんな冗談はさておき先程言った事の内容はマジの話なんで後ほどきちんと確認するようにとよくよく言い聞かせて、侵入者を引き渡した俺なのでした。
「さ~て、なんか変な事がありましたけど試合です試合、ゴタゴタしたせいで第三試合を見逃しちゃったじゃないですか、もったいない。
次の第四試合ですけどエリーゼさんはどう見ます?俺は“荒野の大剣”が頑張ってくれるんじゃないかと思ってるんですよ。
実は俺、この二人とは面識がありましてね?王都に向かう魔導列車の中で席を一緒しまして。
こういった時ってどうしても面識のある人間を応援したくなるもんじゃないですか~。ですんでかなり期待しちゃってるんですよってどうしました?」
「「「「「どうしましたじゃないから、何サラッと何事もなかったかのように振舞ってるの?さっきのって暗殺者だよね、暗殺者による襲撃だよね?物凄く大変な事態だと思うのは私だけ?」」」」」
何故か一斉にツッコミが入るんですが一体・・・。
「えっと、公爵様っていうのは国の重鎮で常に命を狙われるお立場の御方じゃないんですか?常に護衛騎士をお傍に置かれているのってそうした事が理由ですよね?
であるのなら暗殺者が現れるのなんて日常?特に驚く程の事でも・・・」
「「「「「イヤイヤイヤ、無いからね?いくら公爵家の者でも常日頃から命を狙われ続けてなんかいないから、そんなんじゃ怖くて屋敷から出れないから」」」」」
うん、これは平民とお貴族様の認識の違いですね。俺なんかは王様とか公爵様といった国の重鎮は常に命の削り合いをしている修羅の国の人々だと思ってたんだけど、どうも違ったようです。
某少年探偵の周りみたいに殺人事件ばっかりって訳でもないと、イメージとの落差って大きいのね。
「あっ、いや、うん。何か驚きの連続で大事な事を伝え忘れてしまっていたよ。
ノッペリーノ君と言ったね、どうやら君には危ない所を助けてもらったようだ、本当にありがとう。本来であれば我が家に招待してこのお礼をと言わなければならないのだろうが、立場上そうも行かない事を許して欲しい。
ローレシア、すまないが試合見学はここまでだ。状況が状況だ、当面は家から出る事が出来ないが納得してはくれないかな?」
膝を折り目線を合わせて諭すように語り掛けるアレンジール公爵閣下、ローレシアお嬢様は首を横に振り分かってるとばかりに椅子を飛び降ります。
「ノッペリーノ、お父様を助けてくれてありがとう。またいつか一緒に遊んで欲しい」
「ノッペリーノさん、夫の事、ローレシアの事、本当にありがとうございました。事が落ち着きましたら是非我が家に招待させてくださいね」
それぞれお言葉を述べられ部屋を出て行かれる公爵家の面々。
「・・・ポーネリア様、皆様お帰りになられますよ。一緒に行かれなくてもよろしいのですか?」
「えっ、ちょっと待って、私まだオクトパスボールを食べてないのよ。あーん、もう、私を置いて行かないでよ~~~!!」
ガシッとタコ焼きを掴んで公爵家ご一行様の下に飛び去って行く小動物。サイズ的にクッションを抱えて飛んでいる様にしか見えません。
「エリーゼさん、それじゃ俺たちも自分たちの席に戻りましょうか?流石にいつまでもこの場所にいるのはまずいでしょう」
「そうね、流石にこの特別室は私たち平民が居座っていい場所じゃないし、厄介事しか起きないものね」
俺とエリーゼさんは互いに顔を見合わせ乾いた笑いを浮かべます。そんな中精霊様だけが「なに、食べ放題が終わりだと!?」と物凄いショックを受けたお顔をなさっておられるのでした。
あとで屋台巡りをしますから我慢してください。




