77粒目
猟師は、クレープ5個程度は足りないだろうと、屋台の並ぶ通りに出て、おまけで食べ歩きを楽しみ、男とは半分こしつつだったけれど。
「ぬー、ぽんぽんが破裂しそうの」
食べ歩きと言いつつも、歩かずにひたすら抱っこ抱っこで、当然腹はこなれず。
通り過ぎる店に並ぶ、愛らしい雑貨や花のモチーフの小物を眺め、
「同じもの……?」
男と猟師に訝しがられながらも買っていく。
「ふふぬ、我も行商人の端くれの」
これはのちのち、役に立つはず。
勿論、自分の宝箱に仕舞う用も厳選しているけれど。
そうだ。
「少し寄り道を頼みたいの」
親切にしてくれた店があるのだと、より賑やかな通りの川沿いの方まで、猟師を付き合わせ、男に連れて行って貰ったけれど。
「のの……」
「ここか?」
「の」
店は閉まっていた。
「……」
きっと、あのふっくらおじじも、旅に出たのだろう。
いつか会えたら、珈琲を御馳走してもらいたい。
我の買い物と散歩に男たちを付き合わせた後は、珍しく街中にある旅人用の店で、男と猟師が、色々と話しながら物を選び始める。
「の、我を降ろすの」
そう広くない店では、品物を選ぶにも抱っこは邪魔であろう。
代わりに手を繋がれて、飾り気のない、丈夫さ頑丈さだけが売りの品物が並ぶ店内。
岩の街の金物屋のおじじの店を思い出していると。
「……のの?」
店の外の広い通りを、何やら顔も姿も派手な人間たちが、大きな手を振りながら、口笛を吹きながら歩いて来た。
続いて我等の馬車よりも大きな、派手に飾り立てられた荷馬車、それらが何台も連なって、道を通りすぎていく。
屋根なしの荷台の人間が持つ、やかましい棒やボール、カラフルな使い道の解らぬ輪っかなどを掲げて、楽しそうに手を振っては手を叩き、街中の人間の視線を集めている。
その最後を、手を振りながら歩く、1人の背の高い男。
非常に痩せ、腕も足もとにかく長い、スマートと言えばいいのか、そんな男が。
ふと、男に手を繋がれた我を見て、正確には我の黒髪と巫女装束に目を留め、驚いた様な顔をしたあとに、どうしてか、ニッと笑顔を向けて通り過ぎていった。
「……」
「曲芸団の一座だな。春の祭りの催しのために呼ばれたのかもしれない」
我が動かずじっと見送っていたせいか、男が教えてくれる。
「どこの国の人間の?」
「どこだろうな、1つの国からではなさそうだ」
ぬん。
「お主は観たことがあるの?」
「規模の小さな物を一度だけ」
(……ふぬん)
無意識に唇を尖らせると、
「観に行こうか?チケットも早々と売り出されるはずだ」
男がまた我を抱き上げながら、そう言ってくれたけれど。
「平気の、もうこの国の華やかさ賑やかさだけで、お腹いっぱいの」
別に悪いもの、嫌なものは感じなかったし、曲芸団という大道芸の興業には、少しばかりの興味はあるけれど。
(……?)
あの長細い男の、好奇心よりも何か、一瞬で上から下まで、まるで観察をするような目の動きが気になった。
長めの濃い栗毛を派手な帽子で更に目立たせ、白い肌、瞳は深い翡翠色。
男曰く、特にどの国にいても別に珍しくはない組み合わせの髪色と瞳の色だと言う。
あの長身さと細さは、あのひょろながノッポ特有か、身長の高い国があるのかは、男にも分からない、とも教えてもらった。
「何か気になるのか?」
「のの、ただの、小さな好奇心の」
男と猟師が、それぞれに何やら見慣れぬものも含め、色々と買い込み。
荷物を置きに宿に戻ろうと、雲のかかったままの街中を抜けると。
宿の部屋では、
「の?お主、あのおにぎりを全部食べたのの?」
二日酔いではなく、今度は食べ過ぎで、けれど満足そうにベッドに引っくり返っている狸擬きがいた。
「まぁ、よいけれども……」
部屋だと狭いため、宿の受付のある1階の広間。
窓際に並ぶテーブルの1つを陣取り、地図を広げ、男がまた地図を指差しながら話し、猟師が熱心に備忘録、メモを付けている。
地図は、石の街の方のもの。
その猟師に、
「君たちはこれからどこへ向かう」
と問われたらしく、男が、隣に座る我を見て、
「どこへ行きたい?」
と訊ねてきた。
そう言えば決めていなかった。
「ふぬ……」
どこがいいだろう。
首を傾げる我を見て。
「ゆっくり決めようか」
「の」
そうの。
猟師は、まだ行き先すら決めいていない我等を見て、瞬時呆けた顔をしたあとに、声を出して笑い、
「自由だな」
とはっきり聞こえた。
(ふーぬ?)
おにぎりの数ではなく、共にした時間の多さが、言葉の通ずる鍵なのか。
(しかしの……)
時間で言えば、この目の前の猟師より、若干、姫の方が長い。
(謎の……)
互いへの干渉や興味、触れ合い。
(単純な接触行為の時間かの)
あまり良くない頭で考えていたけれど。
やはり、
(何とかの考え、休むに似たり、の……)
答えは出ず、諦めて、隣に座る男に抱っこをせがむ。
男とテーブルに挟まれて、
(何だか眠いの)
この薄暗くぼんやりした、妙に湿度の高い天気のせいか。
男のシャツにしがみついて、うとうとしていると、宿のドアが開き、外のざわつきが中にまで入ってきた。
言葉は聞こえないけれど、
「……ぬ?」
「大道芸の人たちが、張り紙をさせて欲しいと頼んでいるみたいだ」
男が頭を撫でながら教えてくれる。
「大変の」
こんなに人がいても、まずは知られること、それから始まるのだ。
「宣伝」
というものの重要さを、ひしひしと感じる。
ちらと男の胸から顔を上げてみると、
「……」
あの曲芸団の最後を歩いていた、非常に背の高いノッポ、もしかしたら、座長なのかもしれない。
その男が、窓にも張り紙をしたいのか、こちら見ており、はたと、しっかりと目が合った。
「……」
ふぬ。
(……我は、やはり眠いの)
男の胸に顔を埋め、目を閉じる。
「……眠いのか?」
硬くなる男の声、
「うぬん」
頷くと、我を寝かせて来るとでも言ったのか、我を抱いたまま立ち上がり、あの背の高い男から隠すように、広間を横切って行く。
部屋では、狸擬きがまだベッドに引っくり返っていたけれど、何だと言いたげに、大義そうに寝返りを打ち、こちらを見上げてくる。
ベッドに降ろされ、下駄を脱がされた。
「食事の頃に迎えに来る」
「の」
前髪越しに額に唇を触れられ、男が部屋を出ていくと、狸擬きがポンとこちらのベッドに移り、寄り添ってきた。
「食べ過ぎと天気の悪さ故か、なんだか眠いの」
『……』
あの男が少し緊張を見せていた、と狸擬きが伝えてくる。
「あれの、どうやら、身寄りのない子供を善意で引き取るとか言う触れ込みの、大道芸が街に来ておる」
『……』
「我と男は見た目からして、明らかに血の繋がった身内には見えないしの、それにこの格好、座長か何かしらの気を引いたのかもしれぬの」
人攫いなどではなく、純粋な善意なのだろうけれど。
もし、万が一にも、引き取りたいなどという話があるならば、大きなお世話でしかない。
狸擬きは、微かに鼻を鳴らすと、
『……』
主様と旅を始めてから、まだ僅かな時ではありますが、その真っ直ぐな黒い毛、その血の色をした瞳、どちらにも遭遇したことは御座いません。
「の」
『……』
人間としては大変珍しいため、いい見世物として、目を惹いたのかもしれません、と狸擬きは告げてくる。
「ふぬ」
そうかもしれぬ。
「けれどもの」
そもそも、あんな曲芸団などと言われる場所、絶えず人がおるのだろう。
騒がしくて賑わしくてかなわぬ。
それに何より。
「獣の様に芸を仕込まれるなど、面倒で堪らぬの」
『芸なら、すでにあるではないですか』
「の?」
唐突に話すの。
『その小さな手から溢れます不思議な豆』
「あぁ、これも一芸と言えるの。ま、地味で金にはならぬの」
『あの「おにぎり」が作れる道具も』
狸擬きが視線だけを、棚に置かれた炊飯器に向ける。
「くふふ、そうの。……なら我は、曲芸団では、きっと飯炊き要員で重宝されるであろうの」
いやしかし。
「それを言うなら、お主の方がよっぽど芸達者の」
獣のわりに器用に何でもこなす。
『いえ、それほどでも』
尻尾が揺れている。
どうやら満更でもないらしい。
更に何か言葉を続けようとしていた狸擬きは、
『……』
しかし唐突に口を閉じた。
(……ぬ?)
狸擬きはベッドの上で四つん這いになると、ドアの方に鼻先を向ける。
微かに、足音が近づいて来ていた。
明らかに、こちらに意識を向けている足音。
歩幅の大きさから、かなりの長身。
(ふぬ、我の男が警戒している中で、よく来られたの……)
男は、あの場では、男と我が一緒にいない方がいいと瞬時に判断した。
もし「何か」から逃げるにしても、我が1人の方が身軽だし、移動手段となる狸擬きもいる。
だから部屋に連れてきたのだろう。
にしても、部屋まで知られているとは。
どうやって。
匂い、音、直感。
視力は除外、ならば宿の人間に、こちらの情報を漏らすものがいたか。
もしくは、あの男の足幅、歩数で戻ってきた時間で計算をしたか。
(ぬん、それはあまりに現実的ではないの)
片手に小豆を握り、まぁここは2階であるし、開いた窓からでも簡単に飛び降りれると、窓に横目を向けていると。
「……」
ドアの前で足音は止まった。
長身の男は、扉の前に佇み、動かない。
「……」
ゆっくり10を数えた後、しかし扉を叩く音はなく、足音が更に廊下の奥へ、通り過ぎて行く。
「……」
気配がなくなると、
『……例の男ですか?』
固い声で訊ねられた。
「の。……どうやら我等の明日の旅立ちも、正解らしいの」
行く場所すら、まだ未定であれども。
この国の花が満開になる頃には、我には、もう賑やかすぎる街になる。
ノッポの気配が霧散し、ベッドにごろりと横になる狸擬きに、猟師が青のミルラーマへ向かうそうだと伝えると。
『それはまた、……物好きな男ですね』
と半分呆れたような声でそんな感想を漏らす。
「本当にの」
その言葉には同意しかない。
とは言え、遠く遠く離れるけれど、一国の姫の加護もあることだ、特に問題はなく進めるだろう。
猟師には、金にものを言わせた鳥を付けられるのだろうし。
狸擬きに習ってベッドに寝転がると、
「?」
ふと、涼やかな鳴き声と共に、開いた窓の出っ張りに、オウムに似た鳥が留まった。
「……」
身体を起こして、そのオウム擬きを眺める。
何より印象的なのは、その真っ白な毛と赤い嘴。
そのオウムは、さも休憩です、と言わんばかりに小首を傾げてくるけれど、オウムには、足首に金具はなく、筒もない。
たまたま飛んできた野生の鳥と思う程、我は能天気でもメルヘンでもなく。
あの雪山の宿の主と鳥は、話までは出来ないと聞いたけれど、かなりの意志疎通は出来ていた。
(ふぬん)
一座のノッポが、我のいる部屋を知ったのも、このオウムのお陰か。
普通の人間ならば、誰かに飼われている鳥が逃げ出してきた、とでも思うのだろうけれど。
こちらとしては、
(レディの部屋を無断で覗き見とは)
大した度胸である。
「マナー違反」
と言える行いと判断せざるを得ない。
そんな覗き見オウムに、すでにこちらから話し掛ける気はなく、小豆を1粒、指先に滑らせる。
狸擬きが僅かに身動ぎしたけれど、そっと片手で止め、
「……」
目一杯力を込めて、オウムのスレスレを掠めるように小豆を指先で飛ばすと、小豆はオウムの片目の下を掠り、向かいの建物と建物の間を弾丸のように通り過ぎて行った。
「……」
『……』
「……ぬ?」
窓の縁で、微動だにしない鳥。
(……の?)
おや。
案外度胸があるの。
(これなら、話くらいは聞いてもいいかもしれないの)
そう思い、口を開きかけたけれど。
『いえ、起きた出来事を理解し、失神しております』
狸擬きの解説に。
「なんと」
更にほんの数秒後、オウムはそのまま頭から後ろに引っくり返り、下に落ちていった。
宿の花壇があるからそこに落ちるだろう。
地面に落ちたとしても、知らぬ。
淑女の部屋を許可なく覗き見など、人だろうが鳥だろうが、どこの世界でも、一律にして重罪なのである。




