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72粒目

小鳥が、

「またのご利用をお待ちしております」

とピチチと鳴きつつホバリングし、飛んで去っていくと、男の馬に乗せられた。

「自分も乗りたい乗りたい」

と、短い足をジタバタさせる狸擬きは無視して森を超えて山道を登っていく。

「フーン!」

「何を言ってる。お主が案内する役であろうの」

この馬は走るのに適してはいるものの、山登りは大丈夫なのかと心配になる足の細さ。

けれど、馬は軽快に山の中を楽しげに上がっていき、心配は杞憂そうだ。

代わりに、

「ぬっぬぬっ」

「狸に乗るか?」

と男に聞かれるほどに、山道の乗り心地はお察し。

「へ、平気の」

慣れればまた違うのだろうけれど。

舌を噛みそうになりながら答え、振り落とされないようにしていると、滝まで着いた。

すると、想像以上に朝の早い猟師が、水を飲みに来た獲物を狩りに来たのか、洋弓銃を片手に現れ、馬に乗る男と我の姿に気付き、驚きすぎて硬直している。

狸擬きは、

「何か美味しいものを持っていないのか」

と猟師の元へテーンテーンと駆けて行く。

「世話になった者の1人の」

男が先に馬から降り、男に抱き上げられつつ降ろされ、そのまましがみついていると、男が猟師に挨拶し、猟師も帽子を外している。

その猟師が、まだ君は屋敷にいると思った的に背後を指差し、

「……黙って出てきたのか?」

「あんな早朝に迎えに来るお主が悪いの」

「……」

男が空を見上げて、はぁーと大きく溜め息を吐き、猟師の仕方なそうな苦笑いに。

(ぬ、我は悪くないの)

馬に滝の水を飲ませてから、男が馬を引いて屋敷へ向かう。

狸擬きは、今度こそ自分を馬に乗せろと、タップダンスでも踊るようにジタジタしていたけれど、馬の方が、

「4つ足の獣を乗せる義理はない」

と言いたげにツンと澄ましているため、

『……』

狸擬きも諦めたのか、ノコノコと我を抱く男の隣を歩く。

通りすがりの猟師の山小屋を興味深そうに眺める男。

男たちの会話の邪魔をしない、黙っている代わりに、目一杯、男の匂いを嗅がせてもらう。

(ぬーふー)

しかし、

(ぬぬ。服には少し知らぬ香りも混じっているの)

「……」

離れていた時間の長さを、嫌でも感じさせられる。


屋敷へ近付くと、大きな扉からメイドの1人が出てきて、こちらに気付いた。

2階の客室にいるはずの我が、知らぬ男に抱かれているため、

「???」

2階の客間へ視線を向け、またこちらを見てと忙しそうだ。

男の挨拶で客間に案内され、男の膝に股がりしがみついていると、

「会えて良かったな」

猟師の声がはっきり聞こえる。

「ぬふん♪」

先に客間にあらわれたのは執事で、男が我を抱いたまま立ち上がり、丁寧に挨拶を述べている様子。

メイドが朝食のサンドイッチを運んでくると、急いで身支度を整えたらしい姫も現れ、挨拶に忙しい。

「食事を頂こうか」

「ぬぅ」

渋々男から離れると隣に座らされ、サンドイッチに齧り付きながら、聞こえない会話に耳を澄ませる。

時々混ざる男の声に安堵しながらも、その男は、少し休息をと勧められたらしい。

我が借りている客室へ案内すると、メイドと共に着いてきた姫が、なにやら酷く狼狽え、

「?」

「いや、……男女が同じ部屋なんて、と言われている」

「またかの。昨夜の肌着と言い、とんだおねんね姫の」

「……肌着?」

何のことだ?と男の声が低くなり、

「のっ、とりあえず中に入ってしまえの、服でも抜けば姫は即逃げていくの」

「……」

納得はしていないようだけれど、我をベッドに座らせ、服を脱ぎ出すと、案の定、扉から上半身裸の男を見た姫が、小さな悲鳴と共に扉を閉め、男と顔を見合わせて笑う。

「我も二度寝の」

腰の肌着1枚でベッドに横たわる男の胸の中に忍び込むと、

「君に会いたかった」

と、強く抱き締められた。

「……ぬん」

我もの、と、男の肌に額を擦り付けたけれど。

「……」

ふっと我を抱く力が抜け。

「……?」

男は、気絶するように深い眠りに就いていた。


「だいぶ無理をしたんだろうな」

「ぬぅ」

確かに、馬に乗ってからは休みなく走っていたのではないか。

客間のソファに座り、思った以上に無理をさせたのかもしれないと、力なく足を振ると、

「いい男だな」

猟師の書いた文字に、

「ふふぬ♪」

拍節器の様に頭を振ってしまう。

けれど、

「まぁ、お主も大概良い男よの」

我の言葉に、猟師は怪訝な顔をするため、

「一国のお姫殿に慕われておるのだ、すっとぼけるでない」

「う……」

珍しく山へ行かずに腹を見せ、向かいのソファに仰向けに寝そべる狸擬きが、ゴロリと寝返りを打つ。

「そういえば、姫君はどうしているのの?」

「今は、他国の言語をお勉強中です」

お茶を運んできたメイドが書いて教えてくれる。

料理や掃除といい。

「勉強熱心の」

「姫様にも、色々とお考えがあるのでしょう」

そう言いつつ、紙を硝子の灰皿に燃やすと、メイドは狸擬きの隣にそっと腰を降ろし、狸擬きはビクッと警戒している。


たまに男の寝る客室を覗きに行くも、男は起きる様子はなく。

(ふぬ……)

昼食の時間にも起きず。

(……ぬん)

おやつの時間も。

(……ぬー)

「……んん?」

夕食前に、やっと身動ぎをして起きた男は、ベッドに四つん這いになり男の顔を覗き込む我を見て、

「……まだ夢か?」

片手で我の頬を包んでくる。

「ここは浮世の」

男の手の平に頬を擦り付けると、片手で髪を背中に払われる。

「もう起きぬかと思ったの」

我の呟きに、

「……何日経った?」

男の手がギクリと強張ったけれど。

「ぬ、まだ半日の」

男は我の言葉に目を見開き、大きく息を吐いて安堵してから、

「君は案外せっかちだな」

とベッドを揺らして笑う。

「お主に散々待たされたからの」

「あぁ、そうだった」

悪かったと男が目を細める。

その男は、

「……髪が伸びたの」

だいぶ伸びている。

「そうか?」

「の……」

その男の髪に触れ、頬に触れ、唇に触れると。

男が唇を開き、指を噛む真似をする。

「我を食べるのの?」

「君に食べられたい」

「……」

男の身体に股がり、首筋に顔を埋める。

あむあむと吸い付くように食むと、

「くすぐったい……ははっ」

男が笑い、

「あーむ」

「あははっ……こら……っ」

今度は肩に歯を立てるふりをして、きゃっきゃっと笑ってると、

「……ーー!?」

開きっぱなしの扉から姫が顔を覗かせ、男と、男に股がり戯れる我と見て、またお手本の様な見事な悲鳴を上げた。


この姫は、我が猟師とベッドを共にしたことを知ったら、卒倒するのではないか。

「なぜ姫に、男女の勉強をさせぬ?」

「姫様には必要がないからです」

「いちいち悲鳴を上げているではないか」

「あなたたちの存在が例外的なのです」

歓迎していないわけではないですが、と我の隣で、ソファでうつ伏せになった狸擬きの背中に顔を埋めながらも、脇に置いた紙に、美麗な書き文字で教えてくれる。

(き、器用であるの……)

けれど。

「姫が自国の街に出た時はどうしているのの」

我と男を見てすらあれなのだ。

街の若者達のスキンシップは、健全ながらも姫には刺激が強かろう。

「事前に多少の人払いはしていますので」

あぁ、なるほと。

小麦の国の蛙王子のお茶会を思い出す。

狸擬きは、おやつ分は身体を差し出そうと、大人しくソファに埋もれている。

しかし。

「……姫は何があるかわからないからと、自発的に料理などをしているではないか」

賑やかな夕食後、時間的にこれからの移動は到底無理なため、男共々、このまま屋敷に泊まらせてもらうことになり。

男は風呂に入ると部屋へ向かい、猟師はまた明日来ると、山小屋へ帰って行き。

姫は、

「あまり集中できる気分ではありませんが……」

と再び勉強のために机に向かうと言い、自室へ消えて行った。

我は、男のいる客室へ向かおうかと思ったけれど、メイドに、

「おやつです」

と、ジャムを挟んだビスケットを出され、狸擬きと共に客間で食後のデザートを堪能していた。

「姫様が考えるようなことは、一切起こりません」

メイドは我と話すこと、狸擬きの毛に顔を埋める仕事とで、非常に忙しそうだ。

「第一王女の次期女王様も、末っ子の姫様のことは、妹と言うより娘の様に可愛がっております」

だからこそ、この屋敷か。

「姫様は特に小説の物語などを好まれて読まれているので、想像力も人一倍なのです」

それでも。

「他国への『贈り物』。あれは姫の妄想の賜物や嘘ではないのだろうの」

「……」

無言。

「……この間の姫様の誕生日のお祝いの席で、姫様への求婚を幾つか賜りました」

「ふぬん」

思ったより早い。

「どなた様であろうとも、婿に来られることはなく、お嫁に行かれるため、姫様は城に囚われ続けることもありません」

「この土地では、姫の年齢での婚姻は普通の?」

「若干早くはあります。けれど、姫様のことを考えてのお話かと」

「なるほどの」

しかしこのメイド、とうとう狸擬きの背中で文字を書き始めた。

狸擬きは慣れてきたのか、欠伸までしているし。

「大事にされておるの」

「それはもう」

メイドがやっと身体を起こし、顔を埋めすぎて乱れた髪を整えている。

「の」

我は幼子、良し悪しの本質は分からない。

それでも。

「はい」

「我がこの屋敷から出てから、姫にも伝えて欲しいの。この国は、良いところもたくさんある、との」

これから花の国は、更に華やかに咲き誇り栄え始める。

それくらいは、解る。

メイドは、目を見開いた後、嬉しそうに微笑むと、

「妹様からの心よりの伝言、必ず、我等が姫にお伝え致します」

約束してくれた。


「お主に髪を梳かしてもらうのも久しぶりの」

「久しぶりだ」

手の平で髪を掬い、唇で触れているのが、ちらと振り返る目の端に映る。

「お主は、我の髪が好きの」

「髪も好きだ」

ぬぬ。

男の旅路の話は聞かない。

男も特に話さない。

聞けば答えてくれる。

けれど聞かない。

(なぜの?)

解らない。

『……』

狸擬きが客室のソファでぽすぽすと尻尾を振って、ちらとこちらを見てきた。

「……」

(ふぬ、そうの)

それは我自身のことだけれど、我の預かり知らぬ処。

理解できぬ、紐解けぬ感情。

ただ。

「美味しいものはあったのの?」

「そうだな、船の中で、魚の挟んだサンドイッチを食べた」

「の?」

「脂が乗っていて、なかなかだった」

「ふぬ、我も食べたいの」

「あぁ、食べに行こう」

男の胸に抱かれて眠るのも久しい。

ぴったりくっつけば、男もしっかり抱き締めてくれるけれど。

やはり。

「肉が落ちているの」

「多少だ、君と食事でもすればすぐ戻る」

君は変わらず温かく柔らかいと、頭に頬を擦り寄せられる。

「んぬ……」

久々に感じる、雛鳥になった心地。

その日の夜は、小さな巣から、親鳥に包まれ、空を見上げる夢を見た。


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