71粒目
コツコツ、コツコツと窓から小さな音がし、
「ぬの……?」
目を覚ましたのは、まだ夜と朝の狭間。
(何の……?)
狸擬きもむくりを顔を上げ、窓に近づくと、小鳥が小首を傾げて、窓を開けろと催促していた。
「……ぬ?」
小さな金具を付けた小鳥。
紙を取り出すと、
「もうすぐ着く」
男の字。
「なんと」
瀟洒なテーブルの上に置かれたカヌレを与え、巫女装束を纏うと、
「頼むの」
と言う間もなく狸擬きは開いた2階の窓から飛び降り、
「ぬんっ」
その狸擬きの背中に股がるように飛び降りると、
「のっ!?」
毛を掴むと同時に、颯爽と森の中を抜けていく狸擬き。
夜中の小雨の名残の水滴が額に落ちるも、一瞬で霧散していく。
更に凄いのはカヌレを摘まんだまま木々を擦り抜けて付いてくる小鳥。
(あぁ、報酬を入れ忘れたの)
「すまぬ、謝礼は男に貰ってくれのっ」
木々をすり抜けながら隣を並走する小鳥に声を掛けると、
ピチチッ!
と一鳴きの返事のち、更に先へ飛んで行く。
あれが泣く子も黙る弾丸小鳥か。
確かにぶつかれば、打ち所が悪ければ死ぬ。
我を乗せる狸擬きの走りは、山など、我の手と手を広げた距離に思える程にあっという間の距離になる。
ターンッターンッと飛ぶように走る狸擬きからは、とても楽しそうな空気を感じ取れる。
この山に登る前に、一晩明かした麓の獣道にまで出ると、ゆっくりと大陽が顔を覗かせて来た。
ほんの瞬きの間に森から抜けると、
「……のの」
(ふぬ……)
馬に乗るために生まれてきた様な男よの。
朝日を浴びながら駆けてくるその姿は。
(なかなかに絵になるの)
狸擬きから降りると、弾丸小鳥が狸擬きの背中に代わりに留まり、カヌレを啄み始めたため、狸擬きの頭を撫でつつ、目の前に馬が止まり男が降りるのを待っていると。
「羨ましいな」
「の?」
「俺にもしてほしい」
「第一声がそれかの」
笑いながら両手を伸ばし踵を上げると、男にふんわりと抱き上げられた。
「の……」
久々に感じる男の吐息、体温、匂い、我を抱き締める腕の強さ。
(あぁ……)
久しいの。
とても。
とても。
目を閉じて、じっと男を感じる。
我の。
我の男。
「……」
男もじっと動かず、我の頭に頬を寄せ、我を全身で感じようとしているのは伝わり。
「……思ったより早かったの」
そのツケが、男の肉体に来ている。
「……お主、少し痩せたの」
「変わっていない」
「嘘を吐けの」
「早く君に会いたかったからな」
本当に直接的な物言いしかしないの。
「顔が見たいの」
肩に埋めていた顔を上げると、灰色の瞳がじっと見つめてくる。
じっと見つめ返すと、白い蝶々がふわりと視界を掠めて行き、男が唇を開いた。
「これから」
「……?」
「これからまた、君の忠実な従者として、改めて旅の同行の許可を頂きたい」
我がずっと見たかった、その甘く柔らかな微笑みと共に、問われた。
「ふぬ……」
(そうの……)
瞳を伏せてから、我を見つめたままの男を見つめ返し、
「なら、もう二度と我から離れるなの」
と、告げれば。
男は大きく息を吐き、
「あなた様のお心のままに」
不敵に唇を歪ませながら、我の手を握ると、その手を男の頬に押し当てた。
愛おしそうに、慈しむ様に。




