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67粒目

翌日。

この屋敷から出ていくつもりだったけれど、適当に旅をしつつ男と合流するつもりだと、馬鹿正直に話してしまったせいか、ならは、しばらくはここにいればいいと引き留められてしまった。

「の……」

確かに、目的も予定もないけれども。

狸擬きを見れば、賛成と言わんばかりに尻尾を振り、食事処へ一目散に駆けていく。

姫の隣にいる執事もニコニコしながら頷いているし、

「あなたを連れてきたあの人も、あなたがいきなり居なくなったら心配するし、きっと寂しがるから」

と。

朝食は、ふかふかのパンに、我等には珍しい、卵のオムレツ。

新鮮な野菜にスープ。

どれも美味。

出されたものは全て美味しく頂き。

姫は、いつ何があってもいいようにと、何に備えているのか、メイドに掃除や料理を教わっているのだと、今は食後の皿洗いをしている。

それならばと、大して役にも立てないけれど、広間の掃除を手伝っていると扉が開き、男がぬっと顔を出した。

「……」

何となしに駆け寄ると、こちらに気づいた男はニッと笑い、屈んで抱き上げてくれる。

多分、

「良く眠れたか?」

的な事を問い掛けられている気がする。

その猟師は、山はまだまだ寒い日があるため、裏で薪割りをすると手振りで教えてくれ、

「ならば我も行くの」

適材適所。

万能石もあるけれど、広い部屋などには薪を使うのが一般的だと。

木は、我にはとても柔らかいものとして認識している。

特に鉈と言う優秀な刃物のお陰で、豆腐の様に切れる。

しかし、

(斧、良いの)

持ち手が短く我でも扱いやすい。

投げナイフの様に、ぶん投げて使いこなしたいものだ。

軽く目標分をこなすと、男が驚きつつも手を叩いて褒めてくれた。

「んふー」

狸擬きは、とうに山の中へ、テンテコ散策へ向かっている。


屋敷では、姫と一緒にメイドに料理を教わってみたり、菓子を作ってみたり。

たまにでもなく、姫の羨ましそうな視線を感じつつ、猟師の狩りに付いて行き、

「ふふぬ♪」

猟師と、兎狩りで数を競おうと、猟師は父親が好んで使っていたと言う、和弓よりも細く長い洋弓、我は猟師の使っている洋弓銃を持たせてもらい、狩りに挑む。

屋敷に城からの馬車が来る日は、猟師の住む山小屋で大人しく。

許可を取り屋敷の書庫から持ち出した本を読んだり、料理本を眺めたり。

向かいに座る猟師も、文字の読み書きと練習を始めた。

我の存在は伝わらない方がいいだろうと、一応は満場一致で存在は隠されている。

はず。

たまに猟師と狸擬きと滝まで行き、小豆を研いだ。


「……の?」

男から手紙が届いたのは、東の方に猟師と少し遠くまで狩りに出たその日。

本格的な春の始まりを控え、近く獣たちも活発に動き始めるであろう晴れた日の朝。

猟師に抱っこされて山の更に奥へ向かおうかと足を進めた時。

中型の鮮やかな緑色に黄色い嘴の鳥が木々をすり抜けて、猟師の帽子の上に着地した。

「……!?」

「すまぬ、我の客の」

筒から手紙を取り出すと、

「君に会いたい」

ただそれだけ。

けれど。

「……」

(我もの……)

狸擬きに、鳥の予定を聞いてもらう。

時間に猶予はあると言うため、

「狩りが終わるまで同行してくれの、礼も今は持ち合わせていないの」

と告げると、鳥はピヨヨ、と可憐な鳴き声で答えてくれる。

猟師が、

「返事をしたいだろう」

と、また片手でペンを持つような仕草の後、猟師は我を抱き上げたまま、山小屋まで急いでくれた。

猟師にしがみつきつつ、山小屋へ戻りつつ、返事を色々考えたけれど。

『花の国から少し離れた森の中の屋敷で世話になっている

ここは旅人などにはめっぽう見付かりにくい森の奥

なのでもし迎えに来ることがあれば、事前に知らせよ』

と書き、

「……」

(「我も会いたい」)

とは最後まで書くか迷い、結局書かずに丸めて筒に仕舞うと、姫からおやつとしてもらっていた、胡桃のケーキを鳥に見せた。

鳥は喜んで啄んでいる。

狸擬きの羨ましそうな顔。

残りの分は紙に包み紐で結び、鳥の首から掛けてやると、感謝の礼か、我に頬擦りしてから飛んでいった。

(愛嬌があるの)

しかし、男からの別れ際の、頬への長い接吻を思い出し、

「……」

唇をきゅっと噤むと、元気を出せとでも言うように、猟師に頭を優しく撫でられた。


姫が、年に一度、自分の誕生日に城へ帰るだけではなく、城に2泊程、泊まらはくてはならない日が来ると、その2日は猟師の小屋へ泊まらせて貰うことになった。

勿論、屋敷に居てくれていいと言われたけれど、貴重なメイドの休暇の日でもあるだろうし、主不在の屋敷に居残るのは、何となく落ち着かない。

憂鬱なため息を吐く姫を見送り、1人だけ残ったメイドのいる屋敷から、猟師と手を繋いで山小屋へ向かう。

猟師の字の上達は見事なもので、

(ぬぅ、我より上手の……)

大きく太い指で、しかし器用に美しい文字を書く。

猟師が、今日は自分の話し相手兼、文字の練習相手になって欲しいと言うため、テーブルに並んで座り、書きながら話す。

その猟師の一番の興味は我の力で、

(長年の小豆洗いの賜物の)

とは言えず、

「旅をしていたら自然に」

と答えるしかない。

それと、これまで出会った獣の話。

猟師は、熊には大昔に一度遭ったと言い、仕留めた話で盛り上がる。

向かいの席には、珍しく山へ行かず、大人しく折り紙を折っている狸擬きにも、甘い牛の乳を淹れてくれてから。

「君を見た時、あの滝の、水の神様だと思った」

と書かれた。

「の?」

「山の中の滝、小さな子供が、怯えてるわけでも、泣いてるわけでもない、ただ凛として1人、岩に座っている」

と。

(あぁ……)

だからあの時、猟師は敬意を示すような仕草をしてくれたのか。

鹿も逃がしたしの。

「獣と話せるのか?」

「ほんの稀にの、通じないことが殆んどの」

「罪悪感はないのか?」

「言葉が通じる獣を狩ることにの?」

「そうだ」

「ないの。奴等は大変に美味の」

猟師は絶句した後に、声を上げて笑う。

「あの不思議な食べ物はなんだ?」

とも聞かれた。

「赤飯おにぎりの」

「せきはんおにぎり」

不思議な食感だったと男がまた思い出す顔をすると、おとなしくしていた狸擬きの腹が、ぐーっと鳴った。

猟師の作る肉肉しい肉まみれの料理に、狸擬き共々舌鼓を打ち、ふと浮き島の話をしてみたけれど、猟師は知らなかった。

「そんなものがあるのか」

と。

興味深そうな顔をしているため、

「お主もいつか探しに行けばいいの」

「……」

猟師は、何を言いたいと、我に聞きたげに見つめてきたけれど、すっとぼけて、猟師から花の国の話を聞く。

猟師は姫が来るまで、大きな街があることは、勿論、知っていた。

たまの買い出しで、父親と山を抜けて行くことはあったけれど、街中ではなく、端に並ぶ行商人や旅人の店が集まる一画で必要な買い物は済ませられたため、街中へ行くことはなかった。

1人になってからは、あの屋敷が建ち、こちらが必要なものはほとんど用意してくれるため、街に行く必要がないと。

我と狸擬きから見たら低い山と思っていたけれど、あの雪山などと比べて低いと思っていただけで、安易に抜けようと思うものがいないくらいには、中規模の山らしい。

確かに、人の気配を感じることはなかった。

姫のことを訊ねると、

「詳しくは何も知らない。

けれど、やんごとなき身分であろう人間がこんな僻地に居る事、ごく稀に、先が見えないとの呟きから、何かあることは察している。

定期的に来る馬車の積み荷が貧相になることはなく、むしろ豊かにすらなっていることを(かんが)みても、財政難などの解りやすい理由でないこと程度は解る」

と。

(ぬん……)

今の女王の寿命が来た時が、第4王女の行く末が決まる時だと、あの姫も察している。

第1王女は野心家らしいけれど、その第1王女が女王になれるならば、これっぽっちの野望も希望もない第4王女は脅威とは真逆、真逆の末っ子姫は、今のこのままを、現状維持を望まれるのではないか。

暮らしぶりからしても、決して悪くなく、むしろとても大事にされている。

でもそれは、今はまだ女王、国王共々に健在だからだろうか。

王族の血やら政略結婚とやらはあるのか、そこいら辺はどうなっているのやら。

興味がないせいもあり、男に聞くこともなかった。

(のの……)

つらつらとあまりよくない頭でじっと考えていたせいか、気付いたら狸擬きが、猟師に簡単な折り紙を教えていた。


「の。肉料理が大変に美味だったの、明日もまた食べたいの」

夜、昼間に少し干しておいたからと、今は使われていない、亡くなった父親の部屋のベッドを借り。

猟師にそう書いてせがむと、

「あぁ、約束しよう、おやすみ」

とその場で書かれた紙を見せられ、猟師が出ていく。

「美味だったの」

今日も枕代わりに狸擬きの腹に寝転がると、

『……』

「ぬ?赤飯おにぎりが恋しいと」

『……』

無言で揺れる尻尾。

ふぬ。

肉より勝るとは。

明日は炊飯器を持ってハイキングでもしてみるか。


翌朝。

屋敷まで向かい、いつでも人を招けるピカピカな広間に感心しながら、借りている客室から炊飯器とザルを取り、メイドに見送られて屋敷を出る。

猟師を連れ、いや正確には滝まで行きたいとせがみ、猟師に抱き上げられて滝壺まで連れて行かれると、小豆を研ぎ、1枚岩の上で炊飯をする。

「今朝は少しぬくいの」

天気も上々。

「旅先でも、こんな風に食べていたのか?」

「そうの、でも雪山ではほぼ荷台の中だったの」

湯を沸かし、お茶と赤飯おにぎりの食事。

狸擬きは、赤飯おにぎりを飲み込む勢いで食べている。

(もしやこれも麻薬の一種の……?)

「これを食べると気力が湧く気がする」

猟師の言葉に、瞬時、疑惑が確信に変わるけれども。

(いや、違うの)

「米はエネルギーの塊の」

これだろう。

「この、すいはんき?と言うものは大きな街では売っているのか?」

「ふふぬ、これが我の魔法の」

胸を張って見せると、

「……凄いな」

言葉は伝わらずとも、そう驚かれたのはその目を見開いた様で解る。

狸擬きが、裾を引っ張り、

「の?」

『……』

森を散策してくると言う。

「あまり汚れでないの」

と跳ねるように森へ消えていく狸擬きに声を掛けるけれど。

(無理かの……)

ふと湿った風が、ふんわり身体を纏う。

猟師はまだ感じないらしく、空を指差し、雫を幾つか描いて見せると、炊飯器とザルを手にした我を抱き上げてくる。

小屋に戻り、猟師の使うナイフなどを研ぐところ、洋弓銃の手入れの方法などを興味深く見せてもらっていると、雨が降りだしてきた。

けれど、狸擬きは戻ってこない。

「昼からで済まぬが風呂場を借りられるかの?」

猟師は、

「?」

と言った顔をしたけれど、狸が戻ってきたら自分が洗おうと腕まくりしてくれる。

(どうにも、世話になってばかりの……)

風も強くなったきた頃、扉の外に狸擬きの気配がし、

「……お主、誰の」

泥の妖怪か何かかと思われる泥と枯れ葉やらにまみれた生き物が、もそりと立っており。

「お主の」

『……』

男がまあまあとでも宥めるように狸擬きを風呂場へ連れて行き。

(男たちは皆たぬぞうに甘い)

テーブルに並べられたままの、狩りの解体道具を眺める。

本格的に狩りが仕事のために、あの男より遥かに道具が多い。

「あ、そうの」

いつか鍛冶屋のおじじから貰った、我の手にちょうどいいナイフを研いでもらおう。

と思ったものの。

(……荷台に置いてきているのだったの)

「ぬぅ……)

ままならぬ。

何とも。

(ままならぬの……)

おとなしく机に頬杖を付いて、目を閉じる。

足を揺らしながら。

雨の音を聞く。

(雨音は、どこも変わらぬの)


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