62粒目
翌日、小鳥をこの国にある組合へ連れていき、預けた。
狸擬き曰く、小鳥は、
「大変に感謝している」
とのこと。
組合も大きく、すぐに受付にいた他の小鳥がピチ、ピチチと飛んで来て青い鳥に声を掛けている様子。
この国にいる間なら、一度くらいはすれ違えるかもしれないの。
(他の青い鳥と区別がつくかは、甚だ疑問だけれど)
今朝はしっかり寝過ごしてしまったため、男が組合で何か話している間に昼近くになり、狸擬きと壁際の椅子に腰掛け、他の行商人や旅人たちの物珍しげな視線を感じていると。
「悪かったな、お待たせ」
男がやってくると、我の巫女装束姿にふわりと微笑み、軽々と抱き上げてきた。
「クレープを食べに行こう」
「場所は分かるのの?」
「あぁ、店は何軒もあるし、おすすめを聞いてきた」
特に甘味に特化した店を聞いてきたと男の言葉に、膝下をぶんぶん振ってしまう。
観光がてら歩きつつ、狸擬きも忙しそうに頭を振って街を眺めている。
昨日と印象は変わらず、異国の絵本の様な景色。
「建物は三階までと決まっているんだそうだ、特例は女王様たちの住む城だけ」
「あそこに見えるのの?」
これぞ城と思える、いくつもの急角度の屋根のある、絵本で見た城そのもの。
けれども。
「……」
(ふぬん)
どうしてか、頭の端で揺れる花弁たち。
城の前にも立派な背の高い城門が聳えている。
「城の裏は?」
「ん?」
城の奥に低い山が連なっているのは見えるけれど、城と山までは距離はある。
我の唐突な問いに、男は立ち止まり、
「城の裏?」
聞き返してくる。
「何か、聞いたことはないかの?」
男は立ち止まり、しばらく思い出すように片眉を寄せていたけれど、
「確か、女王の畑、花畑があるとかないとか聞いたことがあるな」
ほんの世間話にもならない、通りすがりに聞いた、そんな程度だと男は付け足してくるけれど。
少女たちが目を輝かせる、お姫様の庭、憧れや羨望となる、美しい庭がある、そんな「にゅあんす」なのだろう。
しかし男は、城でなく、我に視線を向けてくる。
なぜ、城の裏などを気にすると。
それには答えず、
「の、店の売り物も色鮮やかな装飾品が多いの」
我は身体は勿論、瞳も幼いためか、もしくは元々の性質か、地味な色より、色合いのはっきりした色彩に興味が湧く。
歩いている者たちも老若男女問わず、色彩のはっきりした物を身に付けているし、それぞれに個性や拘りを感じる。
何なら男の身に纏う服より、形はともかく色だけなら我の巫女装束の方が馴染む位に皆艶やかだ。
まだ雪の残るこの時期にでも人が多く、祭りとまでは行かずとも、活気のあった石の街より遥かに人が多い。
(まぁ、あそこより何倍も大きいから当然かの……)
狸擬きも、人の多さ故に、男の足許にしっかりくっついて歩いてくる。
石畳の馬車道は、立派な装飾の施された派手な馬車も、時たま通り過ぎて行き、立ち並ぶ店は花屋は勿論、苗や種屋が多いのも特徴か。
若い娘たち向けの髪飾りや耳飾りの店も多く見られ、目にも楽しい。
お目当てのクレープ屋は、ずらりと軽食屋が並んだ店の1つで、周りの店もそこそこに賑わっていた。
「どれにする?」
大きな木の看板に図解と共に描かれた果物やクリーム。
「ぬぬぬ……」
狸擬きは、パシパシと看板に描かれた1つを指差したけれど。
「クッキー?」
クレープは、クッキーをも挟むものなのか。
「ほほぅの」
驚きつつ、
「我はこれがいいの」
山苺とクリームのクレープ。
店の前に小さなテーブルが並び、特にやはり娘たちや、若い男女が楽しげに食している。
(ふぬん……)
至極平和よの。
(よきかな)
ここからでも見える城を眺めていると、狸擬きが我をじっと見上げてきた。
「我等が念願のクレープの」
笑ってみせれば、狸擬きも尻尾を振ってくる。
小さなテーブルには椅子は2脚。
1脚は狸擬きに座らせ、男の膝の上に座り、夢にまでは見ていないけれど。
それに近いものはあり。
「ぬぬん、これの」
クリームがたっぷり絞られたクレープにかぶりつけば。
「ぬふーぬ♪」
正に、至福。
薄いほんのり甘い生地に、想像していた通りの、口の中で消えていく、甘い雲のようなたっぷりのクリーム。
甘酸っぱい山苺に、煮詰めた蜜のような山苺の果実煮。
男の指が、我の鼻先を掠め、
「の?」
指に付いたクリームを舐める。
食べるのに夢中で気付かなかった。
男の頼んだ柑橘系のクレープを口に運ばれれば。
「ふぬふぬ♪」
(んん、クリームの甘さと微かな酸味がまた合うの)
こちらもまた美味。
最後の一口まで夢中で食べきると、男に布で口許を拭われた。
「ぬぬん。……大満足の」
「それは良かった」
「もう少し街を見て回りたいの」
「あぁ、そうしよう」
狸擬きがぴょんっと椅子から跳ね降りる。
街中の川沿いに出ると、
「……の?お舟があるの」
荷物だけでなく、何やら飾り付けられた立派な小舟に、お洒落をした男女が乗っているものもある。
「乗ってみようか」
「の」
いつか、小舟に浮きながらの小豆洗いはどうだろうと考えながら船乗り場へ着いたけれど。
「のの?お主は乗らぬのか?」
狸擬きは4本足を突っぱねて、乗り場の階段前から動こうとしない。
「いや、別に無理強いはせぬがの……」
狸擬きの足なら余裕で川沿いを付いて来られるだろうし。
「やはり泥船に乗せられた記憶でもあるのかの」
我の独り言に男が、
「?」
船漕ぎの逞しい男に金を払いながら、こちらを不思議そうに見下ろしてきた。
「よっと」
先に乗った男にひょいと抱えられ、小舟に乗せられたけれど。
「ののぅ……」
(結構揺れるものなのの)
若干へっぴり腰になりつつ、男に支えられ並んで腰を下ろすと、船乗りの男が何か声を上げ、小舟は思ったよりも滑らかに、すうっと水面を進み始めた。
船乗りが話すことには、花の時期には、それはもうずらりと行列が出来ると。
もう少し暖かくなったら、舟底をひっくり返して洗い、春の本番に備えること。
夏は夏で涼しい風を切れる舟は人気で、秋は想い人と寄り添える男女がよく利用すると。
「冬はどうなのだの?」
男伝に訊ねれば、
「訳ありが多いと言っているな」
船乗りが振り向いてニカリと笑う。
「なるほどの」
狸擬きはテーンテーンと跳ねるよう走りながら付いてくる。
小鳥1匹減ったところで、珍妙な組み合わせはそう変わらない。
景色がするすると流れていく。
男も観光用の小舟に乗るのは始めてだと、馬車とは違う揺れ方に新鮮そうな表情を浮かべてから煙草に火を点け、うまそうに目を細めているけれど、煙草の減りが早いと笑う。
橋の下を通る時は、当たらないと分かりつつもそわそわすると、船乗りは身軽に身体を屈めるし、橋の下にかかり、船が橋の影になった瞬間。
(んの……?)
顔を寄せてきた男が、こめかみに唇で触れてきた。
「……ぬ、ぬん」
我はこの男からの、
「スキンシップ」
に慣れる日は、来るのだろうか。
午後は、季節外れの暖かい春風が吹いたらしく、茶屋のテラス席が賑わっている。
だいぶ下流まで来ても、店も人も途切れず、特にこちらは建築中の建物も多い。
小舟を降りると、男が船乗りに心付けと煙草を渡している。
川沿いを楽しそうに走って付いてきていた狸擬きが、トテトテやってくると、喉が乾いたと訴え、
「そうの」
男に告げようとした時。
「の……?」
中型の、何とも鮮やかな黄緑色の鳥が、宙に円を描いて舞ってくるのが目に留まり、どうやら男を目指している。
我の視線に男も顔を上げ、鳥に気付くと片腕を胸の前に出し、鳥がふわりと着地した。
周りも物珍しげに黄緑色の鳥を眺めている。
カラスを黄緑色にしたような立ち姿で、顔立ちに賢さと精悍さが現れている。
「なんだ……?」
男は少し眉を寄せながら、筒から手紙を取り出す。
こちらで見る紙より更に色が濃く、丈夫そうではある。
「……」
そして、男のここまで深刻な顔は見たことがなかった。
男の腕に留まる鳥に、ホテルで出されたクッキーを鞄から出すと、鳥はこちらの肩に留まり、一嘴でクッキーをさらって飲み込んでいく。
「お主はどこから来たのの?」
と訊ねてみるけれど、返事はない。
聞かれていることは分かっているけれど、通じない。
狸擬きがスンスン鼻を鳴らしても変わらない。
(珍しいの……)
『……』
(あぁ……)
あの小麦の国の若い女、あれの相棒の狼、あれと同じ匂いがする。
人といることで、獣の言葉を発しない鳥獣。
案外、珍しくもないのかもしれない。
男が、返事を書かずに、数枚の丸めた紙幣だけ筒に挿し込み、鳥を飛ばすと。
「親父が倒れた」
と我を見下ろしてきた。




