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63粒目

「またの」

「……」

「はよ行くの」

あの後。

組合へ向かい、組合から鳥を飛ばしてもらうように頼み、男は長めに書いた手紙を丸めていた。

元々、男の叔父が行商人をしており、それに憧れて男も行商人になったと。

年頃になると一緒に回らせてもらったりし、反対する家族の中で父親が味方になってくれ行商人になれたのだと、組合へ向かう途中に教えてくれた。

人で賑わう賑やかな街中を抜けながら。

「我と言う厄介者は置いて行くの」

我を抱いた男が足を止める。

「大きなお船にも乗る距離なのだろうの」

我がいたら、いちいち食事、風呂とまでは言わずとも寝場所、と世話を焼くのは目に見えている。

「立ち止まらず、先を急ぐの」

狸擬きも、さすがに何も言わずにトテトテと付いてくる。

(飲み物はもう少し待つの)

家族などは勿論いたことはなく、そこは獣よりも遥かに感情も希薄で、それでも、人にも獣でも、仲のいい家族も、そうではない家族もいることくらいは知っている。

そして、今までの男の様子と話を聞く限り、別に仲は悪くはないのだろう。

むしろ、関係は良好に思える。

「我は先に宿に戻っているの」

「いや……。……あぁ」

一先ず向かった先の組合で、組合の人間と中型の鳥を選別してる男に声を掛けると、男はあからさまに狼狽えたけれど、組合の人間の問いかけに、

「悪い、頼む……」

目を伏せた。

(そんなに気にせんでも良いのだけれどの)

狸擬きと宿まで歩き、昨日も受付をしてくれた宿の人間から鍵を預かり、部屋へ戻る。

背伸びをして部屋の鍵を開け、部屋で赤飯を炊きつつ、

「これは男に持たせる分のおにぎりの」

と念押ししたけれど、狸擬きは解っているとでも言いたげに、ベッドの上で身体を丸めてしまう。

普通の赤飯おにぎりではない、何日かは持つだろう。

馬車ごと船に乗るのか、身一つで乗るのか。

男が戻ったのは、炊飯がとうに終わり、握ったものもすっかり冷めた頃。

「何とも酷い顔をしておるの」

身内の危篤なら当然か。

立ち上がり男の前に立つと、我の身体を掬う様に持ち上げ、そのまま強く抱き締められる。

「……何の?」

「……一緒に行こう」

「我は、せかせかした旅は好まぬの」

「……」

「別に、二度と会えなくなるわけではないの」

「……」

我も、我を抱き締めるこの男とはまた会いたい。

目一杯、男の匂いを嗅ぐと、

「時は一刻を争うのだろうの」

男に話を聞くと、荷物が乗らぬため、行商人ではほとんどいないけれど、旅人や、特に急ぎの用のある人間は、馬に乗っての移動も珍しくはないと。

我らの荷を引く馬と荷台は、組合のそう大きくない敷地を、長い間占領するわけにもいかず、男が向かう港街まで、組合が依頼した運転手に寄ってゆっくり運ばれると。

「その運んだ荷は?」

馬車を運んでもらうついでに、港で馬を手配している業者に馬共々に預かってもらうと言う。

君も、御者が走らせる馬車で港まで行けるし、港の宿で過ごすことも可能だし、手配することもできると言われたけれど。

「……」

必要ないと、黙ってかぶりを振る。

宿の荷の置かれる裏口まで向かい、狸擬きに背負わせるために、あの石の街で買った鞄に、最低限の荷物を詰める。

食料はどうにも都合よく生物は使い切っており、このまま荷台に積んでおけるも保存食ばかり。

しかし。

それでも。

「増えたの……」

荷台に置いておけるドレスも含め、ほとんどのものは荷台に詰めたままなのだけれど。

パンパンになった鞄でも、狸擬きは問題ないと尾を振るため、

「すまぬの」

男は、組合で馬を借り走り港まで向かい、そこから船に乗ると言う。

「お主は荷物が少ないの」

背中に背負った、大きいけれど鞄を1つだけ。

「船も食事が出る、君の握ってくれたおにぎりもある。あとは着替えだけで十分だ」

馬車の移動は、宿の方にもう頼んでいると言う。

組合まで男に抱かれて向かいながら、君の今持つハンカチを預けてくれないかと囁かれた。

「の」

懐に忍ばせている小さなハンカチを取り出すと、

「ありがとう」

短い返事。

組合の前には、足の長く細い馬が、組合の人間に引かれてやってきたけれど、何とも澄ました顔をしている。

「……港街で鳥を手配する」

我を抱いたまま男が低く囁いた。

「鳥の?」

「俺と君のみを繋ぐ鳥だ」

それはまた大層、値が張りそうだ。

「組合ではないからな。けれど民間だから組合は知らない」

「ふぬ」

「君から貰った大金があったからできた。手配さえできればどこにいても、どんなに遠くても俺と君は繋がれる」

「文通の」

大まかな位置は勿論、渡したハンカチの匂いで鳥に追跡させるらしい。

「……すぐに迎えに来る」

男が我を下ろし、片膝を付き、我を見つめてきた。

「……」

いつか話していた狸擬きの言葉が本当なら、我の一部は、守り札の代わり位にはなるだろう。

小指を口に含み、唾液をまぶし、ぬめる小指で男の下唇を、一本の線を引くように、スッとなぞる。

「……っ」

「これで少しの怪我や病気などには、かからんはずの」

男の舌先が下唇をなぞり、

「……はっ」

目を伏せて大きく息を吐く。

「平気の?」

「とんでもなく甘い」

男がにやりと唇を歪め立ち上がりつつも、我の頬に、唇を触れさせてきた。

(の……)

「行ってくる」

そして慣れた様子で馬に声を掛けて飛び乗ると、外に出てきていた組合の人間にも男は声を掛け、男は最後にこちらを見てから、颯爽と馬車道を駆けて行った。

組合の者たちには何と言ったのか、我が保護される様子はなく、狸擬きを促して宿へ戻ろうとしたけれど。

「あぁ」

『……』

「……その前に飲み物だったの」

『……』

人が多い分、多少幼子が一人でいても、この街の人間だとでも思われるのか、好奇の目は多くない。

立ち並ぶ店を眺めつつ歩くと、狸擬きが立ち止まり、スンスンと鼻を鳴らした店は、店の前にテーブルなどは並んでおらず、一見、少し躊躇する、閉じられた扉の茶屋。

中では小太りのおじんが、丁寧に珈琲を淹れており、薄暗い店内で、カフェオレと、狸擬きには甘い牛の乳とサンドイッチを頼んだ。

「これからどうするかの」

『……』

男は、何も言わなかった。

待っていろとも、どこへ行けとも。

「迎えにいく」

それだけだ。

「お主はどうしたい?」

「フーン」

おにぎりと訴えられ、

「宿に帰ってからの」

あの短時間で、男はあの宿には、君が居たいだけ居られるように交渉したと伝えてくれた。

それでも、明日には引き払うつもりだ。

もくもくとサンドイッチを食べ終えた狸擬きが、テーブルをタシタシと肉球で叩き、

「なんの?」

「……フーン」

自分も主様の唾液が欲しい、と訴えてきた。

「あっは、お主は欲張りよの」

思わず声を出して笑ってしまうと、小太りの店主がやってきた。

『文字は読めますか?』

書いた紙を見せてくる。

「……の」

おかしな気配はなく、狸擬きが選んだ店の店主だし、問題はないだろう。

「なんの?」

問うてみせると、店主は同じテーブルに腰を下ろし、

「佇まいからして、旅の方と見受けられます」

訊ねられた。

「の」

「世界は、広いですか?」

ふむん?

「まだ旅を始めたばかりだけれど、広そうではあるの」

旅を考えているのかと訊ねれば、

「この国を出ようかと思っております」

狸擬きは書き終えた紙で、折り紙を折り始めている。

「……なぜの?」

「……」

男は戸惑うように口を開きかけ、閉じる。

静かな店内。

外から、誰かの演奏する知らぬ楽器の知らぬ演奏が聞こえて来た。


花の国。

花の国。

春には花が咲き乱れる花の国。

初夏には、城の裏に咲き乱れるは何の花。


今はなくとも、匂いで分かる。

どんなに遠くとも、揺らめき漂う。

過去は過去でなく、今尚佇む危うい馨。


この男の記憶だろうか。

ふっと歌の様なものが、外の演奏に合わせて脳内で響いた。

(なんの……今のは)

「その、一度もこの国から出たことがないため、一度くらいと思いまして」

男が止まっていた筆を動かす。

「良いのではないか、この世界は皆、人がいい」

布の国から出ていく人間がいるように、花の国から出ていく人間もいる。

「通り過ぎる旅人に、珈琲を飲ませてゆけば良いの」

「それは夢がありますな」

「あぁ、雪山には行かない方がいいの、獣は出ても珈琲は飲まぬからの」

我の残したカフェオレを、前足で手許に引き寄せていた狸擬きが、

『……』

そっと冷め掛けたカップを手に取る。

「例外もあるの」

我の書いた言葉に、店主は声を出さずに、身体を揺らして笑う。

我は明日にはここを立つと話すと、出発の前に是非お立ち寄りをと、見送ってくれた。

宿に戻ると、狸擬きのために赤飯を炊き、男に貰ったこの辺りの詳細な地図を広げる。

男は遥か南へ向かった。

馬と船なら、わりかしに早いらしいと聞いたけれど。

小豆を1粒、今いる地点に落とし、飛んだ方向へ行こうと思ったけれど、3回とも来た方へ戻るように転がり。

「ぬぬ、どうしようかの」

小豆に頼るのは止めて、狸擬きの横たわるベッドへよじ登り、寝転がる。

またしばらくは地べたに寝ることになるかもしれない。

ベッドを堪能しておこう。

しかし。

「雪も飽きたし、人混みも好かぬ」

「……」

小さく振られる尻尾。

そうだ。

「夜は風呂の」

「……」

寝たふりをするな。

夜は男もいないし一緒に風呂場に入り、狸擬きを洗ってから自分の髪と身体を洗い流す。

(の……)

髪を乾かすものがいない。

宿の者に頼むか迷ったけれど、ゴシゴシ拭いて終わりにする。

狸擬きもゴシゴシ拭いて、

「乾くまでは床にいてくれの」

風呂敷を敷く。

静かな夜。

外のざわめきは届くけれど。

コツ、コツと窓をつつく音。

「の?」

青い鳥が窓をつついていた。

「新たな職場で、あの方が1人旅立たれたと聞き、改めてのお礼を言いそびれた次第です」

と狸擬きを通じて礼を伝えられた。

「この国はどうの?」

「素敵です、華やかで賑やかで、食も豊か」

ピチチ、ピチチとその場でホバリングする姿は愛らしい。

「それは何よりの」

我等も明日にはここを出ると伝えると、

「また、この国に来られることはありますか?」

と。

(そうの……)

どう変わってくのか。

目を細め、

「そうの、また覗きに来るの」

ゆっくり頷く我を、じっと見つめてくるのは狸擬き。

小鳥が帰って行き、薄暗くした部屋。

久しぶりに、狸擬きを枕にして眠る。


(あぁ……)

我は。

また。


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