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37粒目

「ぬふーん……」

露天などではなく温泉でもないけれど、獣連れが多いためか個室が多くあってとても有り難い。

街の手前の風呂屋。

狸擬きは、テコテコと我に付いてきたけれど、個室の前で、男に小脇に抱えられ、四つ足をジタバタさせながら隣の個室へ連れて行かれた。

大回りして湖のある森を抜け、長く長く蛇行する川沿いに出てからは、小豆をしゃきしゃきし放題だった。

これが。

(「パラダイス」と言うものの)

つい昔の癖で、


「ひーととって食おーか♪」


と、ご機嫌に歌ってしまい、隣で煙草を吹かしていた男に、真顔でたじろがれた。

備蓄の菓子たちが空になる頃、視界には大きな畑や果樹園が広がり始め、標高も若干下がった。

そして。

「……お城の?」

元の世界の和の城ではなく、絵本に出てきそうな、西洋風のこじんまりとした古城が、街の奥に聳え立っている。

「あそこに、王様とやらがいるのの?」

山から流れる川に沿って半円を描く高さはないけれど、街の城壁は珍しい。

攻めいるどこぞの対国用ではなく、獣避けであろう。

男は、思い出すようにしばし視線を虚空に飛ばし、

「えーと、……あぁ、そうだ」

と口を開く。

「随分昔の話だけれど、この街に来た旅人と、たまたま街に遊びに来ていた王様の一人娘の姫が出会った。

結婚は反対されるだろうと、2人は駆け落ちをしかけたけれど、大事な一人娘、王様が折れて、旅人を受け入れた。けれど、数年経っても、子供は授からないいまま。

でもそれは、まことしやかに、旅人が、旅を続けることを諦めきれなかったから、とも囁かれていたんだ」

「ふぬ」

それは、(さが)とでも言うのであろうか。

「そうだ。でも本当かは分からない。

昔は今より『跡継ぎ』が大事だったから、純粋に子供が、跡継ぎが出来ない呵責もあったのかもしれない。結局、旅人は、お姫様を連れて城から逃げ出したんだ」

なんと。

旅人の真意は分からぬけれど、少なくとも城の生活は窮屈だったのだろう。

「王様は勿論、追手を出したけれど、城には人を追うことなど慣れない家来ばかりだ、姫を連れているとは言え、旅慣れた旅人に追い付くわけもなく、傷心で床に伏せがちになった王様の弟の息子が、成人を待ち、後を継ぐことになった」

そんなお話があるお城だと。

「ふぬ」

それぞれの街に国に、歴史あり、の。

喜劇も、悲劇も。

目を凝らしてよく見ると、確かに城は年季が入っている。

「でも最近は、城の一部を解放して、カフェにしているそうだ」

「ののぅ」

平和そのものな世界だから出来ることであるの。

しかし、城に入れるとは。

「記念にはなるの」

「行ってみようか?」

「の、城に獣など、門前払いの」

狸擬きに留守番させてまで行く程でもない。

いや、

(美味な菓子があれば少し考えるけれどの)

心を読まれたか、隣に座る狸擬きの爪が、つんと我の裾を摘まんでくる。

「あぁ、ここは『獣の街』とも呼ばれているんだ。人と同様に、どこでも入れるし、泊まれもする」

「ほほぅの」

珍しいと思うけれど、この世界ではそうでもないのだろうか。

それでも。

「無駄に肩肘張りそうでもあるし、遠慮するの」

道沿いで、散々しゃきしゃきしてきた川とはまた違う、深く堀を掘られた、人の手の入った川沿いを進むと、街に入るための、大きな馬車もすれ違える、石の橋が掛かっている。

その手前に、風呂屋と思われる石の建物が、どんと建っており、しかし受付は小さく。

1つでも多くの個室をといった体で、それは風呂屋近くの、風呂のない宿屋からも客が来るため、利用客を1人でも多く捌くためだと思われる。

街から橋を渡って歩いてくる客が、昼間からちらほらいる。

久々の湯船を堪能し、軽く髪も拭き個室から出ると、受付場を兼ねた狭い広間へ向かいながら。

(薄々は気づいてはおったけれどの……)

我が妙に視線を浴びるのは、このまっすぐな黒髪もさることながら、この世界ではやはり、我の着ているこのトンチキ衣装もまた、とんと目立つのだろう。

(元の世界でも、街中でもこれはさすがに目立つからの……)

そして、獣の街と聞いていたけれど。

正確には。

(狼の街、の……)

大きく勇ましい、あの白い狼を思い出す、同じ種族と思われる狼たちが、人間の相棒と風呂へ向かったり、受付で話を聞いている。

狼だけでなく、人の肩に乗る鳥もいる。

「フンフンッ」

聞き覚えのある不満げな鼻音に振り返ると、風呂から出てきた男と、狸擬きがやってきた。

「……」

たっと駆け寄って男に両手を伸ばすと、

「お?」

どうした?と抱き上げてくれるけれど、周りの視線が半分は減り、男も、我が一人ぼっちだったことを思い出したのか、

「あぁ、そうだな。悪かった」

トンチキ衣装だけでなく、この子の親は、連れはどこだの視線も当然多かった。

端にいくつか置かれている長椅子で、狸擬き共々、髪を乾かしてもらう。

狼の毛を乾かしている人間もいる。

(ふぬん……?)

狼たちとたまに目は合うものの、特に向こうから話しかけてくることもなく、狼たちが皆が皆、話せるわけではないらしい。

(しかしの……)

「……?」

なんと言うか、無関心さと言うべきだうろか。

初めて会話したあの狼のお陰で、狼はもっと愛想や愛嬌のあるもの「フレンドリー」な印象があったため、意外にも思う。

狸擬きが毛を乾かされている間も、さりげなく見ていると、どうも数匹は、心ここにあらずといった、微かに胡乱(うろん)に感じる瞳。

ただ、長旅で疲れが出ているだけなのかもしれない。

けれど。

(……何か)

何だろうの。

うまく言語化が出来ない、この違和感。

街中は、馬車は旅人でなく、行商人のみ、そのままの通行が許可され、馬車移動の旅人は、橋からすぐの、指定された馬車専用の宿泊所に馬車を置いて、徒歩で街の移動になる。

車輪で傷付けられる道の劣化を防ぐためらしい、と男から聞いた。

(何やら「美意識」が高い国の)

組合などで発行される行商人の持つ、少し大きめのコインがあるらしい。

男も、街の橋の前の小屋の前に立つ、少し厚着をした若い女にそれを見せて、馬車の許可を貰い、街の中へ入っていく。

標高が下がったとはいえほんの若干。

水辺は更に冷えるから厚着は当然か。

城と同じで建物もどれも白っぽい、石灰か何かで塗られ、けれど城を目立たせるため、建物の高さはない。

山から吹いてくる北風のためか、店は看板の有り無しで、店が開いているかは分かるものの、ドアを閉めている店も珍しくない。

歩いている人間は、住民半分、外から来たもの半分。

街の活気は、人の数に比べて控え目な気がする。

こちらは早く長い冬に向けて、若干閑散期になりつつあるのかもしれない。

住人たちは決して華美ではない服装や佇まいだけれど、生活には余裕がありそうに見える。

活気のなさは逆に金持ちの余裕なのだろうか。

実際、この辺りの道を抜ける場合、他に大きな街がないため、集中してお金も落ちやすいと男が教えてくれる。

話を聞きながらも不思議に思うのは、獣の国と言う割に、街の人間は獣を全く連れていない。

歓迎はするけれど、自分達はそうではない、と言うことなのだろうか。

「……?」

矛盾を感じる。

隣の狸擬きは、いつもなら興味津々でキョロキョロしているくせに、今日はじっと隣で、まるで借りてきた猫ならぬ、借りてきた狸になっている。

もしかして、まだ風呂に放り込まれたことを根に持っているのか。

街に入るためには仕方なかろうてと、すっかりチリチリも元に戻っている狸擬きの背中を撫でると、狸擬きは、おとなしくこちらに身を寄せて来た。

「……」

宿屋は、奥の城の周りに満遍なく散らばるも、馬舎があり、馬車を置ける宿は決まっているため、選ぶ余地もそれほどない。

男は、城から離れた、馬舎があるだけでなく、馬を放牧もできる宿に向かい、大きさは宿の中では真ん中程度の、四角く長細い宿屋の前に、馬車を停めた。

受付の空間は無駄のない、飾りは城が描かれた絵画だけ。

大きさの差はあれど、全ての宿は当然のように獣の同伴が許されていると聞く。

男が鍵を受け取り、石の階段を上がると、廊下の嵌め殺しの窓から馬たちが芝生で佇んでいるのが見え、部屋はベッドが2台。

壁際に、簀の子に似た板の上に、古めの布団が敷かれている。

多分、それが獣用のベッドなのだろう。

土足禁止で、ドアの脇のスペースに、桶に入った水と布が用意されている。

布を絞ってから狸擬きの足を拭いてやると、狸擬きは獣用のベッドを見て、不満そうな顔で、我を振り返ってきた。

「風呂敷をベッドに敷くから、そこで寝れば良いの」

獣はベッド禁止の注意も特になかったしの。

部屋の小さめの窓から城が見えたけれど、無意識に、なぜか眉がちらと寄る。

そう。

なぜ我は、眉が寄る。

「よく見えるな」

背負っていた荷物を下ろした男が隣に立った。

「の……」

男とは、ここ数日の移動の間で、話せぬ時間の方が短い程になっていた。

手を伸ばして男の指を握ると、

「城の一階は、土産屋もあるらしい」

男は手を包むように握り返してきた。

随分と俗物な観光地化をしておるの。

「行ってみるか?」

「……ぬ、まだいいの」

かぶりを振る。

なんと言えばいいのか、久々の街で、人酔いでもした気がする。

自分の中に「酔う」という感覚があることにすら、正直、驚いているくらいだけれど。

感覚的には、これは「酔い」に近いのだと思う。

正確には、悪酔い、とやらに近い方だとも感じている。

「お主は仕事があるなら行ってくれて構わぬの」

邪魔するつもりはない。

けれど、男はちらと我と狸擬きを見ると、

「いや、仕事は明日でいい。……そうだ、風呂の後だ、髪を梳かそう」

と座るように促してくる。

確かに、風呂の後は、髪を乾かしてもらうだけだった。

小さな丸テーブルと椅子が2脚。

1つによじ登ると、男が丁寧に髪を櫛で梳いてくれる。

「ふぬん……」

少し力が抜ける。

(ぬぬん、何だかの……)

土地にも、様々な相性があるのは知っている。

どんなに川の水が澄み、人気がなく穏やかな場所なのに、どうしてか追い立てられるような感覚の土地は、元の世界でもあった。

ここがそうだとは言わないけれど、この世界に来てからは、それを初めて感じた。

余所者感、だろうか。

ううぬ。

(少し違うの)

でも、違和感の正体へは辿り着けない、ごくごく微量なもの。

うまく言えないけれど、何かを、こう、誤魔化されている様な。

それでも男に髪を梳かされている間は、安堵できる。

櫛が頭のてっぺんから流れる頃、ベッドでうつ伏せになっていた狸擬きがふっと顔を上げ、数秒後に戸を叩く音がした。

客人の予定はない。

「……待ってろ」

男の低い、警戒した時の低い声に、狸擬きもベッドに四つん這いになる。

小豆を手に少量出すと、男がドアを開き、その男の背中の隙間から、女の腕や服の裾が見え、更に女の感激したような声が上がる。

男の背中から緊張が抜け、それでもそのまま外に出て、ドアを閉めてしまった。

(ほほぅの)

やはり隅には置けぬ男よの。

「そういうこと」

なのだろうか。

言葉には品がないけれど、現地妻、的なあれだろうか。

ドアの外の男の気配が薄くなる。

椅子から降りると、狸擬きがまたうつ伏せになりぺたりと顎を落としたベッドに腰を掛け直し、

「……の、お主はどう思う?」

窓から、ちらと見える城から目を逸し、訊ねてみる。

「……」

「我は、身体も心も存分に鈍い、ある意味、常世、常夜の様な存在。その我が、笑ってしまうが、なにやら気持ちが落ち着かない」

「……」

狸擬きはなにも言わず、代わりに我の手を、伸ばした前足の肉球で撫でてくれる。

そして。

『常夜の様な存在だからこそ、解るのではないですか』

「……ぬ?」

声が聞こえる。

「お主、話せたのか」

『多少。無口なもので』

意外にも若い雄の声。

(てっきり老いぼれ狸かと思っておったの……)

「無口なのは知っておる。……しかし、お主も我と似たようなものだろうの」

『似て非、なるもの』

そうなのか。

『城にまだいるのでしょう』

「ぬ?」

城にいる?

何が?


『遥か昔に、屍と成り果てた姫と旅人が』


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