第8話 私とデートしようよ
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翌日、俺はバイトの面接に望んだ。
気合い充分だが、気負い過ぎてもうまくはいかない。適度に肩の力を抜くようにと、詩乃さんからのアドバイスを思い出す。
……時間にして約ニ十分。緊張はしたが、わりと話せたと思う。
結果はわからないが、やり切ったつもりだ。
「なんとか終わったな。これからどうしよ」
現在、昼前。朝から外出して、このまま帰るのはもったいない。
近くのスーパーにでも寄ってから帰るかな……
「おーい、甲斐くーん!」
携帯で時間を確認していたところ、俺の名前を呼ぶ明るい声が響く。
近くの大木を囲っている柵に腰掛けていた女性が、手を振っていたのだ。
白のTシャツに青のラウンドネックのカーディガンを羽織り、デニムパンツを履いている詩乃さんだった。
「詩乃さん!? どうしてここに?」
「面接の時間は聞いてたから、そろそろ終わるかなーと思って待ってたんだ」
駆け寄ってきた詩乃さんは、屈託のない笑顔を浮かべた。
わざわざ、待っててくれたの……!? 感激……!
「甲斐くん、この後は予定なかったよね。
だから、私とデートしようよ」
「!?」
目を細め、口端を上げる詩乃さんからの衝撃の言葉。いきなり過ぎない!?
その魅惑的な言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
デート……詩乃さんとデート……!
「行きましょう!」
「お、おう」
詩乃さんから、デートに誘われたんだぞ!? 行かないわけがない!
勢いよく答えすぎて、提案した本人にちょっと引かれてるけど、関係ないね!
「行きます、絶対。たとえ友達との約束が入っていたとしても、放り出して行きます」
「それはお友達を優先してあげよう? 先約ならなおさらだよ」
「大丈夫です、休日に遊ぶ友達なんてまだいないので」
「う、うん?」
詩乃さんとのデートがあるなら、この後姉ちゃんと会う予定があろうと学校に呼び出されようと、すべて蹴って詩乃さんに捧げる。
金も時間も全部捧げますとも。
……なんか、貢いでる男みたいになってる。
「ともかく、しよっか、デート。
それじゃあまずは……」
……俺はこれまでにデートをしたことがない。男女複数グループで遊んだことはあっても、それはデートではないし。大前提として、異性との交際経験すらない。
デートってなにをすればいいのか……実はよくわからない。
これは大問題だ。男たるもの、主導権を握りたいのに……
きゅるる……
「……」
恥っっっず! 今、俺の腹の音が鳴った!
なんでだよ! ちょっとは空気読んでくれよ、俺の腹!
今の、聞こえちゃったか……!?
「ふふ、かわいい音。じゃあ、お昼にしよっか」
聞こえてた! めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど!
俺の腹の音、かわいいか!?
くそう、俺は俺の腹が妬ましい。
「ファミレスの前だし、ちょうどいいね。落ち着いてお話も出来るし」
……話か。確かに最近、食事をするため毎日のように会うようになった。だが、落ち着いて話をしたことはあまりない。
主に、詩乃さんがすぐに酔っ払ってしまうから。
落ち着いた空間での食事は、デートらしい……と言えるのかな。
「それじゃ、行こう」
ともあれ、断る理由もないのだ。
俺たちは、店内へ足を踏み入れる。女性店員の案内に従い、席に移動。
ファミレスと言えば、『入学祝い』を思い出すな。……姉ちゃんが先に帰っちゃったんだよな。
俺の分を奢るつもりが、誤って詩乃さんに任せる形になってしまった。
あの後、ちゃんと立て替えてもらったようだが。
「なに食べようかな」
「どれも美味しそうですね」
メニュー表を開き、しばらく思案。
注文する料理が決まったところで、店員さんを呼ぶ。
近くにいた女性店員が「はい!」と元気よくやって来る。
「お待たせ致しました。ご注文はお決まりですか?」
はきはきとした声が、メニュー表を眺める俺の頭上に振った。
先に詩乃さんが、料理の写真に指を滑らせる。
「私は、ミートスパゲティをお願いします」
続けて俺も、同様に注文する。
「俺は、天津炒飯を……あれ、築野さん?」
「え……し、白鳥!?」
メニューを見ながら料理名を口にして、最後に顔を上げた。
そこで、目が合ったのだ。ファミレスの制服を着ている、築野 浪さんと。
彼女はぽかんとした表情で、口を開けている。
「道理で、聞き覚えのある声がすると思ったら……まさか、築野さんだったなんて」
「こ、ここでバイトしてて……」
へぇ、バイトしてるとは聞いていたが、なにをしているかは知らなかった。
まさかこのファミレスだったなんて。
学校とは違う、新鮮な姿。似合っていると思う。
ただ、短めにした赤茶色のポニーテールは学校と同じだ。
「甲斐くん、お知り合い?」
横から疑問を口にするのは、蚊帳の外になっていた詩乃さんだ。
いけない、ちゃんと紹介しないとな。
「詩乃さん。こっちはクラスで一番仲の良い女子の、築野さんです」
「! い、一番仲の良い……!
……っ、つ、築野 浪です。こんにちは」
「こんにちはー」
軽くではあるが、クラスメイトだと紹介。
築野さんはなにかに感激したように、なにかを噛み締めていた。が、すぐに自己紹介をして軽くお辞儀をした。
やっぱり礼儀正しい人だ。
今度は築野さんに、詩乃さんを紹介して……
「築野さん。こっちは俺の……」
「どうもー、甲斐くんのお姉さんの詩乃でーす、はじめましてー」
「!?」
……なぜかこの人は、自分を俺の姉だと言い張り……ニコニコしていた。手を振っていた。
そりゃ、姉のような存在……であることは間違いない。だが、今の言い方は『本物の姉』のようではないか。
これは、詩乃さんなりの冗談なのか? それにしてもわかりにくすぎる!
「あの、姉って言っても違くて…………」
「……あっ、え、えっと、ご、ご注文を繰り返しますね! ミートスパゲティと、天津炒飯で、お間違いありませんか!」
「大丈夫でーす」
これは冗談だと伝えようとしたが、築野さんは先ほどの注文を確認し、ペコリと頭を下げて行ってしまった。
て、訂正する間もない……
「あー、もっとお話ししたかったけど、お仕事中は難しいか」
「詩乃さん、なんであんなこと言ったんです?」
非常に誤解を招くことだ。
いや誤解されたからって、まずい案件でもないんだけどさ。
「ごめんね。でもあの子、かわいくて……無性に、からかいたくなって」
「どういう事!?」
……一切の悪意がない言葉だった。彼女は、とても純粋だった。
からかいたくなった……って、初対面の高校生になにしてんだこの人は……!?
もしかして、昼前から酔ってるなんてことないよね!?




