第15話 ぬ、脱がないよ?
夏休みに入った俺は、以前から計画していた海に訪れていた。夏休みのない詩乃さんはいいなぁ学生は」と愚痴っていたが……
互いの都合を合わせて、海に来たわけだ。
「いい海日和ねぇ」
それに、青空の下で呟く姉ちゃんも。三人の予定が合った今日、雨でなくて本当によかった。
海に来た方法は車だが、運転してきたのは三人の誰でもない。
白のワゴンカー。運転席から顔を出すのは、口紅が光る女性口調のいかついフェイス……
バイト先の店長だ。
「ありがとうございました、店長」
「いいのよ。気にしないで」
なぜ店長が、送迎をすることになったのか。実はよくわかっていない。
ただ、確かなことは……
「助かったよギブス。アタシら海でビール飲むつもりだから、運転できなくて困ってたんだよねー。
いやあ、持つべきものは頼れる筋肉だね」
「なにそれ意味分かんない。ふふ、楓ったらまったく」
なぜか姉ちゃんと店長が、親しげにハイタッチしている。
この二人、いつの間にか会っていて、しかもプライベートの話をするほど意気投合したらしい。
しかも『ギブス』なんて妙なあだ名まで付けて。
店長の名前は武蔵 権蔵だ。どこのなに要素だよ。
「じゃ、帰りにまた来るから。
んふふ、楽しんできてね、イロイロと」
ともかく、ありがたいことに変わりはないが……
最後に店長が、俺に向かってバチンとウインクをした。
まだ昼飯食ってなくてよかった。もし食べてたら今頃胃の中は空っぽだ。
車が去っていくのを見届ける。
「さて、まずは場所取りを」
「うん、しょ……」
「って、なに脱ごうとしてんだ!」
当たり前のように服を脱ぎ始める姉を見て、それを止める。
へそまで捲った状態で、姉ちゃんは笑った。
「大丈夫、下は水着だから。安心してください、履いてますよ」
「そういう問題じゃない!」
「えー、着てんだしいいじゃん。ほれ見てみ?」
「スカートをチラチラさせるな!」
俺も下に着てはいる。場所取りの後に脱ぐつもりだったが……男と女では、別だ。
大勢の人がいるところで……! 我が姉ながら、羞恥心なさすぎないか?
「アタシのこと心配してくれてるのー? 嬉しっ」
なぜこんなにテンションが高いんだ……?
海は人を開放させた感じにさせると聞くが……
こんな姉ちゃんを見て、詩乃さんはなにを思うのだろう。ちらっと視線を向けた。
「……ぬ、脱がないよ?」
「なにも言ってませんけど!?」
「やだもー、甲斐のえっちー」
「なにも言ってないって!」
ただ心配しただけなのに、とんでもない誤解だ。解せぬ。
ともあれ、場所の確保に成功。
荷物は俺に任せ、二人は着替えに行く。
「こういうとき男は楽だよな、っと」
手早く服を脱ぐ。休みの日に買いに行った、黒のトランクスタイプだ。変じゃないよな?
あとは二人を待つだけ……特に詩乃さんを。
以前、どんな水着を買ったか聞いた時「当日のお楽しみね?」とウインクしていた。すげえ楽しみだ。
「……えっ? し、白鳥……?」
ふと、驚いた様子で俺を呼ぶ声があった。
「え、築野さん?」
クラスメイトであり同じバイト先の先輩でもある、築野 浪さんがそこに居た。
驚いた表情だが、多分俺も同じ顔をしている。
なんでここに、と聞くのは野暮だ。海にいる理由なんて一つしかない。
とはいえ、まさか同じ日、場所で被るとは。
……そう言えば、店長が去り際に意味深なこと言ってたな。
築野さんも来ることを知っていたのか? 偶然会うかもしれない、と思って?
「ぐ、偶然だね白鳥……」
「本当に驚いたよ」
恥ずかしそうに話す築野さんは、新鮮なイメージを感じさせる。
いつもポニーテールだが、髪を解いているからかな。
ワンピースタイプの水色の水着も似合っている、が……いきなり水着褒めるとか、気持ち悪くないかな?
でも、昔から姉ちゃんには「女の子のかわいいは褒めなさい」と言われているし。
「あれ、お兄ちゃんだ!」
「わ、わ! ホントだ!」
なにが正解か……と考えていると、幼さのある明るい声が聞こえた。
築野さんの後ろから顔を覗かせたのは、小学生くらいの、男の子と女の子……女の子は、駆け寄ってくる。
……そうか、あの時の。多分、築野さんの弟と妹だ。
「おにいちゃん、あのときはたすけてくれて、ありがとう!」
「……ん、どういたしまして」
俺のことを覚えてくれているのか。
それに、ここで会ったのは偶然だ。つまりこの子は、自発的にお礼を言ったってことだ。賢い子だなぁ。
あれから二年……立派になったな。
「無事でよかったよ。もうお姉ちゃんから離れないようにな」
女の子を安心させるため膝を折り、目線を合わせてから頭を撫でてやる。
……つい、頭を撫でてしまった。
「ぁ……ぅ、うんっ……」
顔は真っ赤にした女の子は……こくこくとうなずき、築野さんの後ろに隠れてしまった。
さすがに馴れ馴れしすぎたかな。怒っては、ないよな?
「おぉい、待たせたわねー……
おや、こんな綺麗なレディを待っている間、女の子をナンパしてたの? そんな軟派な男に育てた覚えはないわよ、なんぱだけに」
「やかましいよ!」
そのうちに、姉ちゃんたちが戻ってきた。早速うるさい。
黒のビキニというなかなか攻めた水着。でもスタイル良いから似合ってるんだよな。
酒もたばこもやってんのにな……なんでか腹立つ。
「って、子持ちの女性をナンパ? マジ引くわ!」
「どう見ても姉妹だろ!?」
「なっははは、冗談冗談!」
……ったく、相変わらずだな。ま、どうでもいいが。
俺の目的は、姉ちゃんの後ろに隠れている詩乃さんだ。
ほらほら、と促され、と恥ずかしがりながらも詩乃さんは出てきた。のだが……
「……やっぱり、恥ずかしくて……」
グレーのパーカーを着て、全部チャックで閉め、完全防御態勢。
それを見た瞬間の俺は、どんな顔をしていただろう。
「ったく、せっかくの海よ? 開放的になりなって!」
「楓ちゃんは、なり過ぎだよ! 布面積小さくない!?」
開放的な姉ちゃんに対し、閉鎖的な詩乃さん。あそこまで開放的になれとも言わないが、もう少し……もう少しくらい……!
そう、詩乃さんはもっと開放的になるべきだ。シラフで。
決して、水着を見たいから……ではない。
「あの、こんにちは」
築野さんが覚悟を決めたように、一歩出た。
わざわざ挨拶してくれるなんて、やっぱり律儀だ。
「はい、こんにちは? 甲斐のお友達?」
「は、はい! 築野 浪です!
白鳥……か、甲斐くんとは、同じクラスで……」
「あらやだ、めっちゃ可愛い」
緊張しているのか、ガチガチの築野さん。
対して姉ちゃんは、彼女を今にも抱きしめてしまいそうだ。かわいいもの好きだからなぁ。
「お姉さん、こんにちは!」
「にちは!」
「キャーッ、なにこの子たちぃ!」
足下に寄ってきた築野さんの弟と妹を、姉ちゃんは素早い動きで抱きしめた。
二人の顔はむぎゅっ、と胸に埋まる。遅かったか。
「初対面の子供になにをしてんだ!」
「だってぇ、かわいいんだもの! あぁ、ほっぺたもちもち、お目目くりくり! ねえねえ、全身舐めまわしていいかな!?」
「ダメに決まってるだろ!」
海のテンション……で済ませるには姉が怖い。シラフでこれとか怖いよ!
酔っててくれた方がまだ救いがある。
「あの、お久しぶりです。甲斐くんにはお姉さんが二人いたんですね」
「うん、お久しぶり。でも私、実はお姉さんじゃないんだ」
「え?」
あぁ、築野さんと詩乃さんが向こうでややこしいことに! ちゃんと誤解解いてなかったから!
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