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アブナイ工房主

 俺の雇い主、ジル・サンダーは変人だった。データを取ると言って、俺たちの会話を箇条書きして、いちいち言ったことを復唱する。それ自体は悪いことではないんだが、その書いている事柄が、研究に全く関係ない雑談であっても事細かに書かれていたり、何度も念を押すように冗句を繰り返すあたり、お前は一体何を目指しているのだと、首をひねりたくなることもしばしばだった。


 そして、それだけなら、まだ良かった。彼がお湯で走る車だけではなく、お笑いの方も研究しているのだというので納得できた。

 だが、その内この工房主はついに何もない壁に向かって相づちを打ち、言い合いを始めたのだ。だんだんと語りは白熱している様子。だが、いかんせん相手がいない。みんなが

(ヤバいぞ、こいつ……)

とどん引するのもものともせず、その相手との攻防を続けていたが、その相手に指摘されたかのように、

「えっ、みんな? うわっ! ヤバい……」

ようやくみんなの目線に気づいたジル・サンダーは、盛大なため息を吐いた後、

「みんなには見えないんだけど、ここにさ、ミニョーリって女の子がいるんだよ」

と、開き直った表情でそう言ったのだった。それを聞いて、

「なんだ、やはり二重人格者か」

と、納得したようにキーベル・マウリッツがそう言う。やはりということは、家族が医者のキーベルはジル・サンダーがカミングアウトする前から、そういう心の病だと予想を立てていたのか。だが、それを聞いたジル・サンダーは

「そんなんじゃないよ。ミニョーリは、異世界から来たからなのか、実体を持たないだけで、本当にここにいるんだから!……そうだ!」

と憤慨し、何かを思いついて工房のミーティング用のデスクに小麦粉をぶちまけた。呆気にとられる俺たちを後目に、

「ねぇミニョーリ、何か言ってやってよ」

と言うジル・サンダー。これは相当重傷だと思った時、あり得ないことが起こった。なんと、机にぶちまけた小麦粉がするすると動き出し、そこに文字が浮かび上がったのだ。

『私の名前はミニョーリ。信じられないかも知れないけど、ここにいます。仲良くしてほしいな』

と書かれたそれは、明らかにジル・サンダーの筆跡ではなかった。小麦粉で書かれたということもあっただろうが、字が覚えたてのように幼かったし、何よりジル・サンダーは小麦粉を撒きはしたけれど、その後いっさい机には触れていない。

何かがいるというのは明白だった。 


 結果、俺たちはミニョーリのことを受け入れた。後々、実体化したミニョーリは、

「ホント、あれだけでよく信じてくれたよねぇ。ジル・サンダーが悪い霊にとりつかれたと思ってもっとどん引きされても仕方なかったし、そうじゃなくても、トリックだと思われても仕方なかったのに」

と、苦笑しながらそう言っていた。

 なんでも、砂鉄に小麦粉をまぶして白くし、誰かが机の下に潜り込んで磁石を机に当てれば、それなりに動かせるという。しかし、

「いっかな下手くそだとはいえ、下から出来上がりが見えない状態で文字を書くのは無理に等しい」

と俺が返すと、

「下手くそだけはよけいだよ」

とむくれていたが。

 俺が言いたいのはそこじゃない。俺たちが見えないミニョーリを悪霊認定しなかったのは簡単だ。彼女の進言することが、このミラクロアの発展を願ってであることがありありとわかったからだ。

「最初印象よくして騙すつもりだったらどうすんのよ」

それを聞いてミニョーリはそう言って笑ったが、騙すつもりの奴が働き手を亡くした未亡人の生活を心配なぞしないし、俺たちの採用にしたってそう。優秀な人材であれば、長子末子の別なく採用したいはずだ。それを長子以外に限定すると言ったのは他でもない彼女だ。その採用基準がなければ、そもそも俺たちはここにいられなかったかも知れないのだ。感謝こそすれ、敵対するつもりなど微塵もない。


 そして、その判断は間違ってはいなかった。ミニョーリは次々と新しいものを作りだし、このミラクロアを飛躍的に発展させたし、俺に限って言えば一生の伴侶まで得られたのだから。

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