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流れ星の願いを  作者: 青井在子
9th 流れ星の願い
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「あ……」


私のものよりも断然暖かいその手の主を見上げて、思わず声が漏れた。彼女は私の左手を両手で優しく包み、笑顔を浮かべて頷いた。


――護ろう。共に。


確かにそう聞こえた。璃久の声で。私は涙をぽろぽろと零しながら何度も頷く。握られた手から光が流れ込んでくる。


「璃久がいたら、百人力だよ……」


身体も命も心も何もかもを捧げてこの世界を護った璃久がいてくれるなら。

右手をカランバノに、左手を璃久に預けた私は大きく息を吸う。唄は何重にも重なり、そして幾度となく繰り返される。そのたびに世界は光に包まれ、少しずつ癒されていく。


――あと少しだ。環奈。

「うん……!」


そして詞を紡ぐ。璃久と私の声が重なり、混ざり合う。


――海は歌い風は踊り山は猛る――

私は唄う。想いびとを亡くしたひとが再び幸福を信じられるように。


――姿を手に入れた姿なきものたち――

私は唄う。弱さを隠すことしかできなかったひとが自分を認められるように。


――祈ろう 我らの地に癒しが齎されんことを――

私は唄う。大きな優しさがこれからも誰かを安心させてくれるように。


――星 天より流れ落ち 我らの痛みを癒さん――

私は唄う。子を想う親の愛が無力ではなかったと証明するために。


――田を耕し街を築き世を創る――

私は唄う。最愛のひとと共に在るその幸福が永遠に続くように。


――恐れを抱くか弱きものたち――

私は唄う。小さな恋が大きなものに遮られることなく実るように。


――祈ろう 我等の地に赦しが与えられんことを――

私は唄う。誰もが自分を否定することなく受け入れられるように。


――星 天より流れ落ち 我らの過ちを赦さん――

私は唄う。滅びに救いを求めないように。


私は唄う。大切なひとたちが傷つくことがないように。

私は唄う。誰かを護るために他の誰かを傷つける必要がないように。

私は唄う。暗闇のなかで立ちつくす誰かの灯となれるように。

私は唄う。孤独のなかに置き去りにされないように。

私は唄う。全てを擲ち世界を護った少女の願いを果たすために。

私は唄う。これからもずっと大切なひとたちと、ともにあれますように。

そう願いながら。

 

――天より星来たりて 我ら 今手を取り合わん――


璃久と私の声に、この世界の全てのひとの声が重なる。過去現在未来すべてのひとの声が輪唱となり、光に変わる。光はやがて優しい雨となって大地に、干上がった海や川に、枯れ落ちた木々に、街に、ひとびとへと降り注ぐ。


その光はもはや私が生み出したものではない。ひとびとの願いや祈りや想い。その全てが具現化したものだ。ひとを傷つけ、世界を滅亡へ誘おうとしていたそれらこそが、今ひとびとの罪を赦し、世界を癒したのだ。


――よくやった。


璃久が微笑み、そして光となって雨に溶けた。


「璃久ほどじゃないよ……」


その瞬間、身体が支える骨が抜き取られたかのようにぐにゃりと曲がり、世界が歪んだ。


「あっ……」


と思ったころにはもう私の足は地面を離れていた。どういうことかするりとカランバノの手からもすり抜けていた。きらきらと輝く光の粒子が、落ちていく身体とは反対に空に向かって舞い上がる。


毛先から光に変わっていく。指先から光に変わっていく。口元から光に変わっていく。胸から光に変わっていく。瞳から光に変わっていく。全ての皮膚という皮膚から光に変わっていく。私という存在が、光に変わっていく。


光に姿を変えながら、地上に落ちていく。


舞い散る光の粒子を見ながら、綺麗だと思った。


璃久と同じだ。私も光になってこの世界に還る。恐怖からは程遠い、陽射しの当たる暖かい場所でまどろんでいるような、穏やかで満たされた心地だった。


もう少しで眠りに落ちる。そんなときだった。


「やはり人間の姿のほうが都合がいいな」


耳元で声がして、身体中にぬくもりを感じる。白にも淡い青色にも見える、氷山を思わせる色をした髪が風にはためいている。薄青色の瞳が今、私を映す。


「カラン、バノ……」


光の粒子に混じって涙が風に攫われていった。


「この姿のほうが、お前を抱きしめやすい」

「なにそれ……」


私は笑った。だってまさかあのカランバノがそんなことを言うなんて。プリマヴェラさんにも聞かせたいなあ。


落下のなかで私はいつかのように強く抱きしめられていた。

そうして彼の腕のなかで、私は光になった。


「カンナ、おまえのことが」


このひとがいつまでも幸せであるように、願いながら。            

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