第21話 総統オフィス
【国際政府首都グリードシティ】
クリスター政府首都を脱出して3日。私は真夜中の国際政府首都グリードシティへと辿り着いた。飛空艇離着陸場に到着すると、すぐに政府親衛騎士たちによって、総統オフィスへと半ば無理やり連れられる。
1800年の歴史を持つ元老院議事堂の最上階にある総統オフィスへと、私は足を進める。政府親衛騎士たちとはエレベーターで別れた。
濃い赤色のじゅうたんや壁。かつて来たときと何も変わっていなかった。壁には何かの植物を模した黄金の装飾が施され、天井からは金色のシャンデリアがいくつもぶら下がっている。
私は大きな赤色の扉を開け、薄暗い不気味な総統オフィスへと足を踏み入れる。広い部屋の奥に、1人の男性がいる。国際政府と連合政府の支配者――マグフェルト・パトフォーだ。
「ただいま戻りました、マグフェルト総統閣下」
私はその場でひざまずく。マグフェルトは私に背を向け、大きな窓ガラスを見ていた。そこからは首都グリードシティの明かりが差し込んできている。
「パトラー=オイジュス将軍、よくぞ無事に戻った……」
私はこれまでにないほど、緊張していた。あの男がいつ襲い掛かって来るか、パトフォーとして私を殺しに来るか、マグフェルトとして私を捕えて処刑するか……
「……君も知っているであろうが、クラスタはかつて連合政府の将軍であった。彼女は連合政府に裏切られ、我らの下にやってきた。それが反逆とはなぁ…… 恩知らずとはこのことよ……」
「…………」
「フェスターは元老院議員。かつて、彼はわたしと何度も議長選で戦った。議長に当選できず、大臣にもなれず…… だからこそ彼は反逆を起こしたのであろう。愚かな男よ……」
マグフェルトはゆっくりと私の方を向く。黒い瞳が不気味だった。私は身体の震えを止めることができなかった。
「フィフス、スロイディア、ホーガム、ピューリタン…… 国際政府軍人でありながら、その責務を忘れ、国賊となるとは実に哀しいことだ……」
彼は私の方にゆっくりと歩いてくる。パトフォーを倒す、という気持ちはどこに吹き飛んだのか、ただただ怖かった。怖くてしかたなかった。
「アーカイズ、ソフィア、ムース、アバランチ、サンドクス…… クリスター政府は、逆賊と連合政府にいた反逆者の集合体でしかない」
「…………っ!」
「ちっぽけなものよ。伝統も歴史もない小国。それがクリスター政府」
マグフェルトは、私のすぐ目の前に立つ。
「君はその愚か者の手から逃れられた。……それとも、我らを内から壊す為に戻った国賊か?」
「……ち、違いますっ」
私は声を振り絞るようにして言う。だが、彼の言う事の半分は合ってた。私はお前を倒すために戻った。そして、国際政府を再生させるんだ……!
そうだ、何を私は怖がっているんだ。彼は所詮はただの政治家。間違いなく世界の頂点に立っているんだろうが、人間であることに間違いはない。彼とエデンなら、後者の方が遥かに強い。
「そうか、それを聞いて一安心…… なら、わたしの命令を聞いてくれるな?」
「…………。……はい、何なりと仰せください」
今だけだ。いずれ、お前を倒す……!
「――実は今、我らは極秘の計画を進めている」
「極秘の計画、ですか?」
「そう。君も知らぬであろうがな…… “帝国守護艦隊”の準備だよ」
帝国!? それに守護艦隊……?
「大陸北西部のコールド州の北で着々と進めている。君にその工事の監督をやって貰いたい。なに、もうほとんど終わっているがな……」
「……その守護艦隊は国際政府最強の“スカイ艦隊”とは別のものでしょうか?」
国際政府にはスカイ艦隊と呼ばれる飛空艇の艦隊が存在した。超大型飛空艇1隻と大型飛空艇10隻からなる大艦隊だ。今はクェリアという女性将軍が管理官をやっている。
「帝国守護艦隊はスカイ艦隊を発展させたものだ。……工事現場に行けば分かる」
マグフェルトはそう言い、再び私に背を向けて歩き出す。帝国については触れない方が無難だな。恐らく、彼は国際政府を帝国に変貌させ、皇帝にでもなる気なのだろう。
「……分かりました。必ずや責務を全うしてみせます!」
私は力強い口調で言う。その帝国守護艦隊とやらは見ておいた方がいいかも知れないな。そんなものがあるなんて、今まで全く知らなかった。クラスタやフェスターも知らないだろう。
「では、直ちに行くといい…… 連合政府が大陸北西のルイン島に拠点を移した。帝国守護艦隊を奪われれば一大事だ。戦況が引っくり返されん」
「…………。……分かりました。それでは、直ちに出発致します」
「頼んだぞ。連合政府は卑劣な組織。十分に気を付けたまえ」
パトフォーとして命令すれば連合軍は動かないだろうに。いや、何か別の狙いがあって言っているのか……?
私はそんな疑問を抱きつつも、立ち上り、総統オフィスを後にする。今、後ろで私を見送るマグフェルトは、何を考えているだろうか……?
「…………」




