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ヒーロー  作者: 山都
第七章 覚悟
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犠牲 2

 だから思う。このままでは駄目なんだって。

 いつまでも弱音を吐いて、答えを見つけられなくて、そして誰かを殺し、殺されていく。

 この繰り返しを続けているだけなんて、何の意味もない。

 闘わなくちゃ。僕にはまだ、力がある。

「ごめん。天月……もう、大丈夫だから」

 僕は立ち上がる。弱音を吐いて、少し楽になった。

 田上が憎くてしょうがなかった。だから殺した。正義とか悪とか、そんな事は関係なしに。それで結果的に多くの人を救えたんだ。

 正義を持っていても、きっと誰かは死ぬし、正義がなくとも、誰かを助ける事はできる。なら正義って、なんなんだ? 必要のない、都合のいい言葉でしかないのか。

 ずっと欲しかったものは、僕の手には手に入らなくて。どうすればいいのかも、全然わからなくて。でも、その答えが出なくても、闘える。

「ありがとう。本当にごめん」

「いいの。巻き込んでしまったのは、私だから」

 天月はそんな事を言う。

 違う。天月は何も悪くない。結局、僕が選んで、僕がやらなくちゃならなかった事なんだ。

「もう、決めたんだ」

 正義が欲しい。その思いは今でも変わらない。僕はヒーローになりたい。誰も泣かない世界が欲しい。けれど、それだけじゃ守れないんだ。

「僕は闘うよ。闘える。大丈夫だから」

 けれど、僕の言葉に天月は頷いてくれない。






 父さんの死体は庭に埋めておいた。血は一応雑巾が消してふき取っておいた。黙々とした作業。悲しみや苦しみの感情はわきあがってこなかった。後始末をこなしただけ。

 僕はリビングでカップラーメンを食べていた。

 その正面には天月。まだ帰ろうとしていない。僕を一人にしたくない、と言って。天月は天月なりの考えがあるようだ。僕を心配してくれているってことははっきりとわかる。

 僕は僕で、いろいろな事を考えていた。

 果たして、正義というのはなんなのか。

 僕は変異種を殺した。それは多分、世間的にみたら正しい行いだ。でも人殺しは人殺し。悪のはずだ。なのに、正しい。

 それは正義なのだろうか。答えは否だ。

 ならば悪なのだろうか。それも否だ。

 どちらでもない、グレーのエリア。白と黒をはっきり見分ける事ができない。善悪を一概にそうとは言えない。

 人を殺した現実は、未だ僕の目の前にはっきりとある。これから一生、薄れる事も消える事はないだろう。

 理由はある。けれど、それは果たして人の命を奪うに値するのだろうか?

 人は自分自身がなくなればそれで終わる。誰か一人を犠牲にして百人を助けても、百人がその先の未来を掴んだとしても、誰か一人の世界は閉じて消滅する。

 絶対正義というのは絶対悪が存在しなければ成り立たないものなのか。完全な悪でないものに対しては絶対正義はありえないのか。

 命を守る為に命を奪う。だが、そんな事はいつもやっていることのはずなんだ。

 動物の命を奪って、僕らはそれを喰らっている。そうしなければ生きられない。それと同じで、人を殺さなければ生きられないのなら、それは善や悪などの概念を飛び越えるのだろうか。

 生きることの前に、正義も悪も霞むのならば、それは曖昧で都合のいい言葉でしかない。けど違うはずなんだ。あるはずなんだ。確固たる正義はきっと、この世にあるはずなんだ。

 それは淡い期待。そうであればいいという願望。そして、僕の心の底からの欲求。

 正義なんて、無くたって生きられる。間違ってても正しくても、生きていける事に変わりはない。けど、それじゃあ駄目なんだ。正しいことのために、僕は力を使いたい。

 内藤君が死んだ。遠藤が死んだ。父さんが死んだ。田上が死んだ。でも、僕は生きている。

 僕の力の近い道を、僕はまだ選べるんだ。

 目の前の天月は、テーブルの上においてあるコップを見つめている。無言で、水をただ眺めている。

 天月はこれまでどんな思いで闘ってきたんだろう。そういえばまだ、聞いた事がなかった。

 カップラーメンの安っぽい具を口に入れる。スープの味の濃さが具の味をほとんどかき消している。

 ――正しい、道か。

 世界がもっとシンプルで、単純だったらよかったのに。

 テレビのように、漫画のように、善人は善人で、悪人は悪人だったらよかったのに。そうだったら何も迷わなくていいのに。

 





 目の前の久坂君は、黙々とインスタント麺を食べ続けている。

 さっきもそうだった。自分の父親の死体を、淡々と運び、埋めていた。血塗れの床を吹き、吹き飛ばされた家具を調え、当たり前のようにしていた。

 ――きっと、一人じゃあいつは壊れちまう。

 遠藤君がそう言っていたように、彼の心は今、壊れかけている。正義を求める事で、なんとかごまかしているだけ。

 正義や悪なんて、人が作った便宜上の言葉でしかない。正義とは正しい事。悪とは悪い事。それだけだ。彼はそこに揺るがないものを求めいている。

 彼の憧れていたヒーロー達は、確かにそれを持っていた。正義という正しさで、悪という悪さを倒し、世界を守っていた。

 でも、本当の世界はそんなシンプルなものじゃない。

 物事には必ず理由がある。絶対悪がないとは言わない。けれど、そんなものは極少数。

 例えば、空腹で所持金のない子供がパンを盗むように。完全な悪で人間は行動しているわけではない。 

 変異種もそう。思考が本能に犯されてしまっているだけ。

 悪ではないそれを殺すのは、きっと久坂君にとって許される事ではないはず。悪だとしても、彼はためらいをみせるかもしれない。それでも、変異種は倒さなくてはいけない。

 私は生きるためにそうした。そうしなければ、生きることができなかったから。

 久坂君の求める正義とは程遠い、自分勝手な理由。生きるために誰かを殺す。正義や悪なんて、考えた事がなかった。考えないようにしていたのかもしれない。そうすれば、心が楽だから。

 けど、久坂君は考えてしまう。

 正義を求めるが故に悩み、苦しみ、そして壊れていく。それでも正義を渇望し、その欲求によって自分の心を保っている。彼の中にあるヒーローは、絶対に正しいヒーローは、いつか答えをくれるのだろうか。

 結果はもうわかっている。

 だから私は、一緒にいなきゃいけない。私が彼と一緒にいて、彼の心に変化があるか、正直なところわからない。でも、遠藤君に頼まれた。私自身もそう決めた。私が、久坂君を守るって。

 けど、私はまた彼を巻き込んでしまった。彼もそれを望んでいる。そして一ノ宮博士も、確実に。

 久坂君を状況から引き剥がせないなら、せめて久坂君の心だけでも救いたい。

 そう思いながら、私はコップの中の水を見つめている。

久坂以外で一人称やってみました。これから多用するかもしれません。

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