彼らの罪と罰
アイザック様に抱きかかえられて連れて来られた先は、王宮の中をいくらか歩いた先にある立派な部屋、だった。部屋に入るとソファやテーブルがあり、奥にはドアが二つ見えたから、奥にも部屋か何かがあるのだろう。私はその部屋のソファに降ろされた。
「アイザック様、ここは?」
「ああ、陛下に賜っている私の私室だ」
「私室…」
そう言えば、上位貴族で重職にある人は、王宮内に部屋を賜る事があるのだと聞いた事がある。それはかなりレアなケースで、部屋を持っている人は限られているらしいけど…陛下の甥で黒晶騎士団長のアイザック様なら納得だ。
そう言えばローウェル侯爵家の執事さんが、以前のアイザック様は王宮で寝泊まりしていて、滅多に屋敷には帰ってこなかったと言っていたっけ…ここがその、王宮で寝泊まりしていた部屋みたいだ。
「まずは怪我の治療をしよう。手以外は?」
「えっと…手、だけです。頭も叩かれましたが…血は出ませんでしたし…」
「頭だと?」
「え?ええ、その…私も逆上させようとして、煽るような事を言ったので、それで…」
「……」
(しまった、さっき足の鎖を見て大魔神化してしまわれたんだった…やっと宥めたのに…)
そうは思うが、口から出てしまった事は仕方ない。それに…別に庇う気もないからいいだろう。どうせ何をされたか、洗いざらい話さなきゃ許してくれなさそうだし。
「…すまなかった。私が離れたばかりに…」
手の傷の消毒をしながら、アイザック様が謝って来られた。
でも、それはアイザック様のせいじゃない。悪いのはロクでもない事を企んだあの二人なのだ。
「アイザック様のせいじゃありませんわ。それに、私も隙があったからですし」
「いや、彼らの存在を知っていながら離れてしまったのは私だ」
「彼らがその気だったのです。今日防げても、いつかは起きた事ですわ」
そう、今回防げても、いつかは起きた事だったと思う。彼らはずっと機会を伺っていたのだから。今日アイザック様がずっと私に付いていてくださっても、この先もずっと…は無理だ。だったら何れは起きた事だったように思う。ストーカーの執念は甘く見てはいけないのだから…
「でも、今日の件で彼らはもう二度とやらないでしょう。それに…この事が広まれば、私に何かをしようと考える人は出てこないと思いますわ」
「そうだろうか…」
「アイザック様があんなにお怒りになったのですもの。駆けつけた騎士達から、今日のアイザック様のご雄姿はきっと広がりますわ」
アイザック様が何だか落ち込んでいるように感じたので、私は努めて明るく言ってみた。実際、あの大魔神っぷりを見たら私に手を出そうなんて考える猛者はいないと思う。
「それに…セラフィーナの名誉を回復して下さってありがとうございます」
「礼を言われるほどの事ではない。貴女の名誉は、私の名誉でもあるのだから」
「それでも、です。本来のセラフィーナも喜びます」
「そうか」
そう、アイザック様が回復してくれたのは、本来のセラフィーナの名誉であり、これからの私の名誉でもあるのだ。この人はこうして何でもないような風で私たちを助けてくれたのだ。本当に懐が大きいなぁと思う。
「さ、これでいいだろう」
「ありがとうございます」
きれいに巻かれた包帯に、この人が何度も戦場に出てこうして誰かの傷の手当てをしていたのを感じる。きっともっと酷い怪我を間に当たりにした事もあるのだろう。そして騎士団長という最も高い地位にいても、この人は怪我人の治療をしてきたのだろうな、と思う。でなければ包帯をこんなに綺麗に手際よく巻いたり出来ない筈だから。
「…あの二人は…どうなりますか?」
「そう、だな…階段から突き落としたのは傷害罪、薬で眠らせて部屋に閉じ込めたのは誘拐と監禁に当たるが…前者は罪に問えても、後者は未遂だから大した罪にはならないだろう」
「そうですか…」
「貴女が許せないというのであれば、それなりの報復も考えるが?」
「報復…ですか…」
どうなのだろう。正直言って、この世界ではどれくらいが妥当なのかがわからない。日本では未成年だから情状酌量で軽くなりそうだけど、こっちの世界は年齢もそうだけど、平民か貴族かでも刑の軽重が変わってくるのだ。ちなみに貴族の方が刑が重いのは、それだけ責任ある立場だからなのだろうけど…
「今日の事はアイザック様にお任せします。ただ…セラフィーナにもどうしたいか、聞いてみたいです」
「セラフィーナ嬢か」
「ええ、実際に被害を受けたのは彼女ですから」
そう、階段から突き落とされたのも、噂を流されたのも、セラフィーナその人だったのだ。彼女にも彼らの罰をどうしたいか、聞く必要があると思う。被害者の感情は大事だから、そこは私が勝手に決めていい話ではないと思う。
「そうだな、貴女の言う通りだ。彼女にもどうしたいか聞いてみる事にしよう」
「ありがとうございます」
セラフィーナー今はクローディア―にゲイル伯爵令嬢の件を聞いてみたところ、思うところは色々あったみたいだけれど、既に終わった事で彼女なりに気持ちの整理も付いているという事で、特に罰への要望は出なかった。
それもあってか、ゲイル伯爵令嬢は一年間の社交禁止と奉仕活動の参加という罰が下った。これが重いのかどうかはわからないけれど、高位貴族にとって社交禁止は、期間の長さに関わらずかなり不名誉な事らしい。これからの社交界は本人だけでなくその家族も相当居心地が悪いだろうとの事だった。
当然、まともな縁談も来ないだろうから、いずれは修道院に入るのではないかと言われている。
そしてストーカー監禁男のギース伯爵令息は、以前セラフィーナに懸想して婚約解消した事が家族の怒りを買い、二年間隣国に留学させられていたのだが、またやらかしたという事で完全に信用を無くしたらしい。
伯爵家は弟が継ぐ事になり、本人は一族が持つ子爵家を受け継ぎ、領地に追いやられる事になった。領地は王都から遠く、またローウェル侯爵家の領地とも離れているのが幸いだ。二度と王都の社交界には出てこないだろう。
こうして、波乱に満ちた夜会は終わり、私とセラフィーナも一つの区切りを迎えた。




