養女にする理由は?
異母兄が「聖那」がリット子爵家の養女になったと言ってきた後、私はセラフィーナに連絡を取った。直ぐにセラフィーナから返事があり、翌日、私達はマクニール侯爵家に集まった。
「聖那が養女にだなんて…」
「リット子爵家か…確かにマイルズ殿とライナス殿の関係は友好らしいが…」
「でも、こんなに簡単に養女に出来ちゃうものなの?」
そうなのだ。平民が貴族の養子になるのは簡単ではない。相続の問題も絡んでくるから養子を迎える事など滅多にしないし、その為には年単位で相手の人柄を見極める期間を設けるのが一般的だ。いくら異母兄やリット子爵が森で聖那を保護したとは言え、半年あるかないかなのだ。
「誰か、高位貴族が絡んでいるんだろうね…」
「ええ?何のために?」
そう、いくらルシアに同情的だとはいえ、リット子爵家にはルシアを養女として迎えるには旨味がない。ハットン子爵家との繋がりを…とは言っても、ハットン子爵家は裕福でもなく、自慢できるような何かがあるわけでもない。
異母兄だって、特別出世するわけではない。騎士団においてはある程度上の位になると爵位も重要だから、子爵家の異母兄では中隊長くらいが限界らしい。
そりゃあ、セラフィーナがアイザック様と結婚したら、多少の恩恵はあるかもしれないけど…それも今は解消の方向に向かっているし…
「でも、そう考えなきゃ、こんなに短期間で養子になんか出来ないよ。既に陛下の印もあったんだろう?普通、この手の申請は月単位で時間がかかるんだよ」
「そんなに?って事は、本当に陛下に近しい方が?」
「だろうね。願えばすぐ陛下に会える方じゃなきゃ、こんな短期間では無理だよ」
クローディアに言わせると、陛下の謁見は事前予約制で、それを省略して謁見できる人間は限られているのだという。それこそ高位貴族、それも侯爵家以上か、大臣などの要職についている者、又は王族―いわゆる身内だ。
「フレデリク王子じゃないよね?例えば…クローディアが寝ている間に王子の意識が戻って…なんて事は…」
「それは…ないんじゃないかな?そうなれば侍従が何か言ってくるだろうし」
「それもそっか」
「ライナス殿と聖那と結婚してメリットがある人物…って事になるよね」
「まぁ、単純に考えたら、そうなるけど…じゃ、誰が…」
そうは思うのだけど、三人ともこれと言った人物が思い浮かばなかった。こういう場合は主家のレイトン侯爵家が何か…と思わなくもないが、あの侯爵だったら直球で命令してくるという。こんな面倒な事をしてくる御仁ではないらしい。
「リット子爵家の事はよく知らないけど…子爵家のある地方は昨年水害があったと聞くが…」
「でも…ハットン家には援助するほどの力もありませんわ」
「その通り。第一、結婚するにしてもお金がかかるんだ。養女にして嫁に出すとしても…そんな余裕があるのか…」
なるほど、リット子爵家の事情はわかった。それでも何もわからなかったが。
しかし、既に養女になってしまっただけに、あの異母兄が諦める事はないだろう。これで主家のレイトン侯爵が許可すればクリフォードさんも反対出来ないだろう。異母兄は近日中にはレイトン侯爵に話をしに行くと言っていた。すっかり結婚する気でいる異母兄は、反対されても何度でも許しを請いに行きそうだ…
「こうなってくると…ライナス殿の勘当もないだろうし、セラフィーナとアイザック様の婚約が自動的に解消する可能性も低くなってしまったね」
「…ええ…」
「それに…ここで聖那が消えるとなると…両家にも影響が出るかもしれない…」
「ええ?まさか…」
「それも、ここまでお膳立てした相手によるけどね。目的がはっきりしないから何とも言えないけど…」
クローディアの言葉に、私は返す言葉が見つからなかった。それでは…元の世界に戻れないじゃないか。王子もどうなっているかわからないし…でも、こうなったら…
「一度…聖那の中にいる王子と話をするしかないわね。せめて記憶があるのか、それだけでも確認しないと」
「でも、どうやって…」
「そこはまぁ…権力を使うしかないんじゃない?ね、クローディア、何とかならない?ううん、何とかして?」
そう言ってクローディアに笑みを向けると、彼女は驚きの表情を浮かべていたが…直ぐに苦笑とも取れる表情に変わった。
「聖那がそんな風に言うなんて…」
「でも、もう時間がないでしょ?王子の事も心配だし、私だって自分の身体が異母兄と結婚は…勘弁して欲しいし」
「そうですね」
さすがに悠長な事を言っていられる余裕はないと感じた私は、実力行使に出る方を選んだ。クローディアもその意図を察して協力してくれるからには、気持ちは同じなのだろう。彼女だって王子が心配なのは間違いない。どちらにしても聖那の中にいる人物と直接話をしないと身動きが取れないのだ。
さすがは才媛と名高いクローディア、行動も早かった。翌日にはフレデリク王子の名を使い、聖那の身柄を確保してしまったのだ。表向きは森での事を聞きたいからという名目だ。話を聞くだけで、終わったらすぐに返すと言えば、異母兄も赤晶騎士団も何も言えなかった。
最初からこうしておけばよかったのかも…と思ったけれど、王子が興味を持ったとなると無駄に目立つので避けたかったのだという。よからぬ事を考える輩は多く、特に大人しい性格のフレデリク王子は餌食になりやすいから危険なのだという。上位貴族の世界は魑魅魍魎が蔓延る伏魔殿だった。




