五の段
あれからハルは睨むのを止めてくれた。
一部の野球部員はまだ睨んでくるけど、ハル本人じゃなければそこまで気にならない。
ただ………たまに遠くからハルの視線を感じる時がある。
でも私は、また睨まれるんじゃないかと思い、視線を合わせることが出来ない。
だから、ハルがどんな表情で私を見つめていたかなんて知らなかった。
「ほら、コレ」
相良先輩が私にコンビニの袋を寄越す。
中を覗いて見れば、新商品のコンビニスイーツが入っていた。
「約束したろ? あ、それ俺の分も入っているから全部食うなよ! ちょっと飲み物買ってくるから、待てだぞ。勝手に全部食ったら泣くからな! 」
先輩が小走りで自販機へと向かった。
ちなみに私たちは今、学校の近くの公園にいる。
受験間近のこの時期に外でコンビニスイーツでお茶、先輩が風邪を引かないことを願っています。
「ほら、これ」
そう言って先輩が温かい紅茶を私に渡してくれた。
先輩は生意気にもブラックコーヒーなんて飲んでいる。
「先輩、無理してブラックコーヒー飲まなくても良いんですよ? 」
「無理してねーわ! お前、アレだな? 自分がブラック飲めないからって俺を貶めようとしているな! 」
「いえいえ、私は優しさから無理することないですよ、と言っただけです」
いつもの感じで先輩と戯れる。
こんな時間があとどれくらいあるんだろう?
先輩は受験が終わればすぐに卒業だ。
意外にも頭の良かった先輩は、ここら辺では一番偏差値の良い高校を目指している。
私の今の学力ではその高校はあまりにも難しい。
「うん? なんだ急に黙って。ほら、せっかく買ったんだから食え。そして嫌なことは忘れろ」
そう言って先輩は自分の分のスイーツを食べ始めた。
私も口に入れる。
甘い………だけど、なんか胸がいっぱいだ。
どうして先輩はこんなに優しいんだろう?
本当は受験で忙しいのに私に付き合ってくれる。
私はこの優しい人に何も返せていない。
「ねえ、先輩。先輩は何かほしいものないですか? 」
「うん? なんだ貢ぎ物か? そうだな………」
先輩はそう言って私のことを見てきた。
あれ? なんかちょっとドキドキする………かな?
「じゃあ、俺が無事合格したら俺の欲しいものをもらおうかな〜。お前に用意出来るかな〜? 」
先輩は笑いながらそんなことを言う。
だから私は。
「良いですよ! 合格出来たら先輩の欲しいものってやつを準備しましょう。まずは合格して下さいね? 私はまだ先輩の成績を疑っています」
「おい! お前まだ疑っていたのか? 何故だ………こんなに素敵な先輩を何故信じられない! 」
「うん、そういうところですよ、先輩」
頑張って下さいね、先輩。
受験までもう少しというある日、私が本屋に行こうと家を出たらアキ姉に会った。
「理沙ちゃん、この間ぶりだね? 」
「うん。この間はありがとう」
アキ姉もちょうど欲しい本があるということで、一緒に出かけることにした。
そういえば珍しくナツ兄がいない。
「も〜う、理沙ちゃん、別に四六時中一緒にいるわけじゃないのよ? あいつは今日、学校の友人たちと出かけているわ」
「えへへ、いっつも一緒にいるイメージだったからね。じゃあ、今日は私が独り占めだね? 」
「ふふ、そうよ。今日は理沙ちゃん専用だから他はお断り」
私たちは笑いながら本屋を目指した。
あえてハルのことは話題に出さなかったけど、その本人が少し離れたところにいるのが見えた。
誰かと一緒にいるようだ。
私の様子が違うことに気が付いたのか、私の視線を追ってアキ姉もハルに気付いた。
「ああ。今日、確か野球のグローブ見に行くって言ってたわ」
なるほど、だから隣にあの野球部のマネージャーがいるのか。
一緒に買い物行くぐらい仲が良いんだね。
「あ、あの子こっちに気付いたみたい。………あちゃー、なんでこっちに来るかな〜」
アキ姉が言うように、ハルはマネージャーを引き連れてこっちへやって来た。
マネージャーは私に気付くと、何故か勝ち誇ったような表情になった。
なんかやたらと喧嘩売ってくるんですけど。
「二人で出かけるなんて珍しいな」
ハルがそう言ってくれば、アキ姉が。
「外で偶然会ったのよ。で、あんたは何しに来たのよ? 」
そこで何を勘違いしたのか、マネージャーの子が割って入ってきた。
「あの、ハル君の幼馴染の子のお姉さんですか? ハル君は今私とお出かけ中なので責めないであげて下さい。そうやってすぐにハル君を悪者にしないで下さい」
私とアキ姉が、ぽかーん、となってしまった。
今のやり取りのどこに、悪者のくだりが出てくるのかわからない。
前から思っていたけど、このマネージャーの子ちょっと関わりたくない人種だ。
「あっそ。別にあんたらに用はないわ。ハル、あんた付き合うにしてもコレはないと思うわよ? さあ、行こう理沙ちゃん。どうやら私はハルの姉から、理沙ちゃんのお姉様にランクアップしたみたいよ? でも、それも良いかも! 私、理沙ちゃんが本当の妹なら毎日可愛がるもの」
アキ姉はそう言うと、私の手を握って歩き出した。
後ろであのマネージャーが何か騒いでいるけど、あとは任せたハル。




