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カムイモノ  作者: 食食食御さん
第一章【白銀の英雄】
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第一章 8 【予定調和】

 大きく息を吸い、溜めて、一気に雄叫(さけ)ぶ。


「<ウオオオォォッッッ―――――――!!!>」


 召喚した魔物同士の戦いとは、召喚士の采配と支援で勝敗が分けられるシュミレーションのようなものだと考えればいい。

 魔法によって攻撃力を上げる、魔法の巻物(スクロール)で魔物全体の毒を無効化、自らが注意を引いて敵を陣の真ん中に追い立てての集中砲火などなど。 

 召喚し、ただ戦わせるのはド三流以下の召喚士でもしない。

 つまるところ、『シルベ』の行いは愚策の極み。つまるところ、ロー・ハイル・ヘルシャフトの行いは基本中の基本だ。


『プギィッ?!』

『グキャ…』


 戦場において数と地形の優位性とは、不変であって崩れることなどはあり得ない。愚策であっても物量とは恐ろしいモノである。

 ただソレは、戦う両者の強さが同程度だった場合の話で、空爆に対し遅滞戦術…いや、レベル三十前後の何の対策もしていない魔物が五十レベルの天使にまず勝てるわけがない。

 加えて、戦闘開始時に<戦士の雄叫び(シャ・グラフォ)>による支援にて、レベル三十以下の耐性の無い者は怖気づいて動きを止め、天使たちの攻撃力は一定時間底上げされる。

 おまけに今の雄たけびは全呪文詠唱に分類されるようで。


「お、オマエら!? 何で止まってんだっ?!!」


【ブレイスラル・ファンタズム】において魔法やスキルの詠唱には意味がある。

 無詠唱なら効力は半減し、呪文を唱えて簡略化した詠唱をすれば説明書通りの効力となり、呪文の全て…フレーバーテキストに記された呪言の全てを唱えるフル詠唱こと“全呪文詠唱”を行えば発動する魔法やスキルの効力は二倍となる。

 ただそれは【ブレイスラル・ファンタズム】を始めたばかりのプレイヤーのお話。

 ロー・ハイル・ヘルシャフト、フィリアナ・ルーゲル・フェンドルド、獄炎火煉、ニーナ・レイオールドの四人はその例にあらず。

 常時発動(パッシブ)されている能力(アビリティ)<幻重響音>により、彼らの魔法やスキルは無詠唱で通常の効力に、詠唱簡略化をすればその効力は二倍に跳ね上がり、呪文全てを言祝ぐ詠唱時は三倍の火力を叩き出せる。


(………)


 我が物顔で玉座にふんぞり返るシルベの怒声も露知らず。

 頭数の多いやっこさんに出来る事といえば、精々が三倍に跳ね上がった火力を持った真っ白なモーニングスターで、立ち竦んで硬直したままに頭蓋を引き潰されるぐらいだった。


(見え透いた挑発に乗り、彼我の戦力さも図らず全員を特攻し、戦況にあった魔道具も使わず、援護や支援もなし……レベル以前に戦闘経験がないのか。軽く様子見とも思ったが、これでは目も当てられん)


 命ぜられた天使達は黙々とゴリブ、オグンを殲滅していく。

 中には動ける者もいるようで果敢にも天使へと歯向かっていく者もいた。が、そいつの攻撃は盾で防がれて脳天に鈍器(モーニングスター)を振るわれて、見事に陥没。


『グゥゥウウ………』


 仲間が目の前で死んでいく恐怖は伝染し、一歩、また一歩と。

 残ったのは八匹のゴリブ、動ける彼らは司令官の方へと勇気を出して後ずさり。


「………」


「<なにやってんだテメェら!! サッサと動けッッ!!!>」


 ただ、流石はゴリブ系モンスターを意のままに支配するスキル<ゴリブ・アミズ>。

 命令を受けた配下の顔からは恐怖の二文字が消え失せ、後ずさりという選択肢は消えて、一心不乱に棍棒と爪を構えてこちらへと向かってきた。


『主より賜りし我らが盾、堅牢なり』


 応戦するのは聖歌天使の盾騎士(ドミニス・クォード)が三体。

 対するは策も弄せず突貫するゴリブの会心の一撃。

 どうなるかは明白だった。防がれ、弾かれ、姿勢を崩され、深紅の花を咲かせて事は済む。


「あー………」


 どのような場面でもいえる事だが、情報とは相手よりも先に得て頭に叩き込んでおくのが勝利への一歩である。【ブレイスラル・ファンタズム】の軍団規模のプレイヤー()()プレイヤー()でも同様にだ。


「いかがします? いつもの手はず通りに敵戦力を図りましょうか?」


 フィリアナが用意しようとしている魔法はその手順、勝利への一歩。本来なら戦闘前に済ませるのだが、今回は時間が惜しく怠ることになった準備の一つだ。

 まず、初めに。

 相手に虚偽の情報を見せる上級魔法<レパルフォク>、次に相手の覗き見を逆探知してランダムな精神攻撃での自動反撃を行う防衛魔法<レパルシク>。

 最後に洞窟内というフィールドに外部からのあらゆる干渉を阻害する魔法結界<シ・クラゴーエ>を唱えて、相手の身体数値(ステータス)を視る<ラヴァイト>を発動し、続けて情報を共有する<パネンス>を具現化させれば準備は完了。

 見る必要もないが万が一もある。と、ローはフィリアナの提案に頷いた。


「まあ、次期早々な判断はするものではない。『シルベ』の身体数値(ステータス)を見てから我々も動くことにしよう。天使ども、行け」


 露払いにと顎をしゃくって聖歌天使の盾騎士(ドミニス・クォード)五体を突貫させる。


(敵自体はお粗末だったがそれでも実りのある戦いだった。が、足りない分の埋め合わせは彼にして貰おう)


 実験的な実戦と覚悟していたが今回の討伐対象がまだ死んでいないというのであれば、許容範囲だとローは殊更に頷いた。


『我らが召喚者に対し、無礼を働いたその罪。死んで悔いるがいい!!』


「ハッ、遅せぇよッッ!!」


 シルベの声と同時、天使五体による壁の一角が崩れる。


『くうッ…?!』


「へっ、弱ぇな!!」


 続いて、二体目、三体目と天使が光る塵となって消えて、残る聖歌天使の盾騎士(ドミニス・クォード)は両端の二体のみ。

 思わぬ反撃に天使二体は狼狽えて距離を取るべく散開、シルベはというと天使を殺した事で刀身がより一層その赤色に輝いているククリナイフを挑発的にこちらへと向けてきた。


「弱い弱い、弱すぎるぜ。手下どもが簡単に死んでいったのには驚いたが、オレに掛かればなんてことはねぇ」


 玉座からすっ飛んで天使を斬殺したシルベは一歩、二歩、とローとフィリアナにナイフを向けつつ前進。

 すかさず、聖歌天使の盾騎士(ドミニス・クォード)がその間に入ってモーニングスターを振りかざすものの、彼の振るうナイフの連撃には耐え切れず塵となる。


「オマエらの手下はサクサクッとオレが殺したぜ。さて、次の相手は―――――」


「その武器は聖属性の天使特攻型ナイフ。レベル六十のキミが聖歌天使の盾騎士(ドミニス・クォード)を屠るのは簡単なことだ」


「あぁ…?」


 シルベの言葉を遮るように口を開いたのは、先の戦闘で敵の情報を集めきったロー・ハイル・ヘルシャフトその人であった。


「物理攻撃、防御力と体力が高めの典型的な戦士タイプ。レベルは六十、手下への支援を行わない所から見て戦術は素人以下。<レパルフォク>を自身に使用して見た目を誤認させ(弄っ)ているのを一応警戒したけど、武器防具は本当にイベントのログインボーナスで貰ったモノだけ………――――“弱いキミ”から得られた情報はこんなところか」


「ッンだと、コラァッッ!!!」


 調子よく卑下た笑みを浮かべていた優男の額に青筋が走り、その両足も同様に。


「<壁よ(ヴァント・マギア)>」


 シルベはククリナイフを両手で持ち、突き刺す形で突貫するも仄かに青白に輝く半透明の壁がソレを無意味とさせる。


「ッ、おんなァ………」


「貴方の様な者がロー様の話を邪魔していいはずがないでしょう?」


 フィリアナの諭すような言葉にシルベの怒りに火が付き、<魔法障壁(ヴァント・マギア)>に向かって一心不乱の斬撃連打。

 当然、いくら叩こうが切ろうが彼女の魔法の壁が崩れる事は無く。疲れる様子もなさそうなので、そのままの状態で話を戻す事に。


「コホン。だから、チャンスをあげようと思ってね」


「チ、()()()()だぁ…?」


 ワザとらしくした咳の後の突拍子もない言葉にシルベの手が止まり、聞く姿勢に入ったのを確認したローは淡々と彼に対してその有無を述べる。


「そう、私は人間ゴリブのキミを殺すように依頼された。しかし、いくら殺しの罪人とはいえ境遇的に、一方的にこちらの()()だけで命を奪うのはいただけない。キミだって道理があって昨日の蛮行に及んだのだろう」


 右手の人差し指を挙げて、ロー・ハイル・ヘルシャフトこと十川四朗は提案した。


「だから提案だ。この<魔法の壁(ヴァント・マギア)>を解いてから二分、私と戦え。それで私に膝をつかせたなら見逃すし、プカド村の一件は忘れる―――どうだい。いい提案だろ?」


「………チッ、舐められたもんだな。だが、まあ面白れぇ。いいぜ、受けてやるよ」


「ロー様!!」


 声を荒げようとしたフィリアナをそのまま右手で制止させ、いつでも魔法が解除できるようにと合図の準備として、その右手を高々に挙げる。


「この右手を振り下ろした時に魔法を解除してくれ。できるな?」


「で、ですがッ…」


 主が今から斬られるのを知って、動揺しない従者はいないだろう。

 当たり前の反応にローは喜ばしく思いつつ安心させるべく、彼女の方を向いてウィンクで問題無い(ノープロブレム)だと言葉なく告げ、


「それとフィリアナ。<魔法障壁(ヴァント・マギア)>以外の魔法は解かないまま、キミは洞窟の入り口に撤退だ」


 告げる。

 それがどういうことか、微笑む彼の顔を見て彼女は理解してそれ以上は何も言わず。


「守られてばっかの“お坊ちゃん”がオレに敵うはずねーだろーさッ。準備はいいか? 殺すぞ?」


「フィリアナ、皆には秘密にしておいてくれ。この悪行に手を染めるのは俺だけでいい」


「………はい。分かりました、お気を付けて」











 <魔法の壁(ヴァント・マギア)>とフィリアナが空間から消え失せたのと同時、人間ゴリブ『シルベ』は右手に持ったククリナイフを高々と振りかざし、ローとの距離を人外の速度で詰める。


「<武具招来>」


「チッ?!」


 振り下ろす朱色に輝くククリナイフにて、シルベは突然姿を現した巨剣を打ち、その反動で距離を取る。


「なんだそりゃ……手品か何かか? どっから出した?!」


 ロー・ハイル・ヘルシャフトが能力アビリティ<武具招来>によって何もない空間から(ショートカットで)取り出(装備)したのは一振りの剣であった。いや、剣とも呼べぬ()()()()だった。

 全長二メートル、幅四十センチ、厚さ八センチ。無駄な装飾は一切なく、無骨の文字を体現するかの如き長方形の大剣が一本。

 すごむ彼に対し、巨剣を差し向けてロー・ハイル・ヘルシャフトは淡々と疑問に答える。


「これの名は『神討(カミウチ)(マガツ)』物理攻撃力と防御力に全振りした道中の雑魚殲滅用の武器なのだが………設定からか、極めた片手剣と盾よりも妙に手に馴染んでね。最初はコレを使うとするよ」


「“使う”だぁ? そんなフラフラの体幹でどうやって」


 人間が扱うのもおこがましい巨大な一振り。シルベの目に映るのはそんな一刀をうまく扱えず、構えるので精一杯な敵。

 半身にもならず、踏み込みも甘く、持ち方は素人以下。

 自分の力のみで無用の長物である鉄塊を握りしめているだけに過ぎない力自慢の大馬鹿。


(こりゃ余裕だな。“膝をつかせる”? 馬鹿言うんじゃねぇ、ブッ殺してやる……)


 駆ける、駆ける、突っ走る。

 シルベは自慢のククリナイフを見せびらかすように振りかぶるフェイントを見せての横一線。


「クッ」


 からの縦横無尽に刻まれる連撃。たまらずロー・ハイル・ヘルシャフトは鉄塊のような一太刀を盾にするも、防御の隙間から刃は届き彼の身体をなで斬りに。


「ホラホラホラァ、どうしたァッッ?!!」


 息もつかない刃の嵐にロー・ハイル・ヘルシャフトができるのは、それらを紙一重で射に身をやつし致命傷を避け、受けつづけるのみだ。


「………ッ」


 殊更に人外の速度…すなわち、常識では考えられない速度で距離を詰め、鉄塊を弾き、防御を崩したところで凶刃にて純白のコートを赤く塗りつぶすべく、シルベはロー・ハイル・ヘルシャフトの顔面へと赤い刃を突き立てる。


「取った、死ねぇッッ!!」


 この世界に来てからというもの、シルベの内側には今までにない以上の生物的本能(設定)が沸き上がっていた。

 例えば、腕力と言った“力”そのものも同様に人間の身体であった頃とは違い、彼の肉体が熱を帯びて具現化するほどにだ。

 その魔物が放つ渾身の…洞窟内が若干に揺れ動くほどの斬撃。

 

「…………は?」


 急激なエネルギーの消費により、湯気を湧き立てて発熱と排熱を繰り返す自身の肉体。

 至高の一撃、空間を震え上がらせる暴力、突き立てれば生物は死ぬであろう渾身の一刺し。


「………」


 対し、ロー・ハイル・ヘルシャフト。

 真剣な眼差しにてシルベを見つめるだけ。そう、それだけ。

 窮鼠猫を噛むではない。“お坊ちゃん”と誹り余裕綽綽でこちらへと提案してきた男の表情はただただ無に無言。

 あれほどの斬撃に対して、シルベが今まで生きていた中でも類を見ない剛力で放った一太刀は何もなかった。あったのは、先の連撃で少し汚れたロー・ハイル・ヘルシャフトと静寂。


「……まだッッ――――」


 瞬間、シルベの内外の熱が恐怖の冷たさへと彩られていった。

 自負できる程の渾身の斬撃、鋼鉄の扉を軽く投げて捻るほどの腕力、天使を斬り殺すできるナイフ。それら全てが“効かない”“ヤバい”と彼の生物的本能(設定)が告げている。

 手を出してはいけない者を相手取ってしまった、と。


「いや、もう終わりだ」


 牙を突き立てる事の出来ない窮鼠が自分自身だったと気づき、シルベに出来ることと言えば一心不乱に…それこそ無下に扱った手下の如く、ロー・ハイル・ヘルシャフトの胴を足蹴に彼より距離を取ってみせるだけ。

 しかし。

 瞬きよりも早く、重く、何かが彼を後方十メートルへと吹き飛ばした。


「く、くぅうう………」


 ズシャリ、と鈍く濡れた音を奏でて彼は仰向けに固い地面の感触に身をぶつける。

 逃げるなんてのは不可能、これもまた生物的本能(設定)が告げている。だからと言って逃げないわけにはいかない。怖気に身をこわばらせながらも生きる為に感覚の鈍くなった左腕で身体を、


「う、うう、うわぁぁぁぁぁッッッ!!!」


 それは無理だった。

 当然、左腕がないのだから肉体をもたげるなんてのは出来るワケがない。彼にできる事といえば切り飛ばされた腕に驚愕し、恐怖のあまり全力で全身をくねるように用いてロー・ハイル・ヘルシャフトから距離を取るのが精々である。


「ようやくこの身体の使い方に慣れてきた。感謝するよシルベ君、これで馬車を投げ飛ばさなくともよくなった」


「はぁあ、な……に………」


「そして驚いた。自動回復(リジェネレート)による肉体の治癒の感覚、ゲーム世界とは違うルール……なるほど、どうやら怪我(ダメージ)というのは一定数与えられなければ外傷として現れないらしい」


「あ、あ、あ、あ………ありえねぇ…」


 そう、シルベのこぼした言葉通りに“ソレ”は、左腕を切り飛ばされたのを忘れるくらいに学のある彼の常識の中で()()()()()()()

 一応にあった擦り傷、彼が傷をつけた箇所全て、服装までも。

 両手の平や刃が討ち立てられた自らの身体の“ソレら”がみるみるうちに治っていく様をその男は凝視つつ、淡々と自分に解説するように説明を始めた。


「…見るのは初めてか。私はレベル五十以下の攻撃を四十パーセント吸収する<物理吸収>、レベル百以下の攻撃を四十パーセント吸収する<上位物理吸収>、レベル百二十以下の攻撃を二十パーセント吸収する<超位物理吸収>、<HP自動回復(リジェネレート)>等の能力(アビリティ)を会得していてね」


「なァに、意味わからねぇコト言ってんだよテメェはァッッ!!!」


「<自動防御オートカウンタ>もその一つだ。武器に依存した確率によるあらゆる攻撃の反射……この『神討(カミウチ)(マガツ)』は大剣で防御性能と防御力がある一方でただの大剣だから、キミに確率で反射されていたダメージは十パーセント前後。こちらの一振りが当たるまでダメージの蓄積に気づかなかった…いや、気づけなかったのはプレイヤー故かこの世界の法則か―――――ともあれ、その検証ができた事に感謝するよ………」


 自身の思案と経験とその結果を淡々と噛みしめるように感謝を述べたロー・ハイル・ヘルシャフトの目は、感情を殊更に押し殺し、ヤマシタシルベをただただ見下ろし告げる。


「……今からすることに対し、キミは私を恨んでも構わない。私はこれから倫理的に許されないことをする。そしてそれを肯定する」


 呪文のような説明を唐突しはじめるほど自身の身体を斬りつけられても淡々としゃべる余裕を持ったヤツに、ヤマシタシルベは今の今までの人生で出会った事も無いし、出会う事も無かっただろう。

 その相手の意味不明さが、恐怖に身を縮こまらせていたヤマシタシルベの身体を()()動かしたのだ。


「二分は過ぎたのだが……いや、これは正当な防衛か」


「うッッッッッッ―――――ウウウワアアアアァァァッッッ!!!!」


 シルベは初めて接敵した時のように無い腕も用いて両手でナイフを構え、相手の腹に突き刺す形で突進。


「…………あ、ぐぁッ?」


 突進したのだ。全速力で、人外の速度で。

 ただ、その結果は…無残なモノだった。


「あ、あ、ああああああうああああッッッ………?!!」


 カズヤが人外の速度を出せるのなら、それは常識外の力を見せた相手だって同様なのは当たり前。

 そしてその通り、彼は彼を上回る速度と力で思い切り蹴飛ばされて、玉座へと磔に。

 “なぜ?”と聞かれれば、それは自身が持っていた刃渡り八十センチのククリナイフで胸を貫かれて壁面へと串刺しにされたからだ。


(みみみ、ミギうデがぁッッ!!?)


 それだけではない。

 右腕を振り上げれば、あるはずの上腕から下が無かった。相手が巨剣を地面に突き刺している以上、恐らくは胴体に刺さったククリナイフで斬られたのであろう。

 その証拠に、男の足元には自身の右腕であった()()が落ちていた。


「う、あ………ぐ、あぁ…………―――――――」


 綺麗に斬り取られた断面からはドバドバと血が流れており、おおよそ二分もしない内に失血死は確実か。

 どんどんと寒くなる感覚に聞こえるのはシルベを追い詰めた男の声、こちらへと向かって来ている足音が聞いて取れる。

 怒りを覚えることも出来ず、反撃の機会も伺う事ならず。彼の意識はどんどんと薄れていき、


「<治癒(イルヒ)>」


 覚醒する。


「……ッハ」


 意識が戻り、最初に目が合ったのはシルベに高説を垂れた白いコートの男だった。


「なん、なんだ? こりゃあ……?!!」


 白コートの男の手から暖かな光が溢れ、シルベの意識と傷は着々と回復しており、これもまた彼の常識の範囲外の事象。


「なるほど…魔力を流し続ければ回復呪文を連呼しなくともいいのか。そして、切断された両腕は治療されたのと同時に塵となって霧散する―――――致死の重傷を負っても“希望が持てる”というヤツだな。いや、切断された部位によっては再生する部分が違う………質量が関係している? それとも……――――」


「ななな、治ってる…?!」


 切断されたはずの両腕を触り、掴み、軽く振って、歓心と驚愕の感情がシルベの内にうねり狂う。

 目が点になるような光景に彼は少しの間、硬直した。しかし、男の声によってすぐさま現実に引き戻される。


「キミに一つ聞きたいことがある」


「…………」


 殺そうとしたかと思えば敵を治療する男の行動原理がわからずシルベは沈黙を貫くも、関係なしにとローは問いかける。


「キミはプレイヤーか? それともプレイヤーから装備を奪った現地の魔物か?」


 しばしの沈黙。

 おもむろに口を開いたかと思えば、脅迫でも処刑宣言でもないその一言。

 いささか拍子抜けの質問にシルベは口を震わせながらもバツ悪く確かめるような言葉を先に投げかける。


「ぷ、プレイヤーって“ゲームプレイヤー”だよな…?」


「そうだ」


「じゃ、じゃあそうだぜ。()()()()()()()()()!」


 確信めいた答えにローは噛みしめるように頷く。

 彼の答えがどういった結果をもたらすのか、自分が今からやることに覚悟を持って。


「………そうか、そうか。やはり、フィリアナを下がらせておいて正解だったな」


「な、何が言いたいんだよ?」


 シルベの疑問にローは肩をすくめて首を振る。


「フィリアナ達はゲーム時代を覚えているようで、敵プレイヤーに関しては良い感情を持っていないのだよ」


「……?」


「ならば、今からやることを嬉々として望むだろう……それはダメだ。彼女らの理性は信頼に足るものだからこそ、こんな場所で手を汚してほしくはないのだよ」


 淡々と答える白コートの男にシルベの生物的本能(設定)が刺激される。ここで言う“刺激”とはアドレナリンの放出とか満腹感とか良い意味ではない。

 怖気、恐怖、悲壮感、おおよそ負の感情。背筋に走るはそれら全てを集めた悪寒で、白コートの男の言葉は言葉通りの意味ではない事の証左。

 シルベを心配している言葉ではなく。まるで、物を相手取っているかのような一言一句。


「だったら、オレの右腕を切り取ったのはなんでだ? オレの作戦をぶち壊したのはなんでだ? オレの夢をぶち壊したのはなんでなんだ!!? この悪魔めッッッ!!!」


 何故なぜ何故なぜなぜ何故なぜ何故なぜと、頭の中で響き渡ってその言葉を彼は口に出していた。


「…………必要な犠牲というやつだ。これも予定調和(テンプレート)が紡ぐ結末……渦中になるというのは存外に面倒くさいものだな」


 そう吐き捨てるもローの手は止まらない。

 生き残るため、これからの厄災を退けるため、彼はただただ結果を吟味し自分自身の手を血で濡らさんとする。


「それに俺は“裏切り者”と“敵”には一切の容赦をしない主義でね。ただ、それだけさ……ああ、あと俺は悪魔じゃなくて正真正銘の(ヒト)だ。設定云々はあるが、そこは譲れないよ―――――…さて、『神討(カミウチ)(マガツ)』」


 主人の声に地面へと突き刺さっていた巨剣が主の元へと瞬間移動(武具招来)

 

「オ、オレをどうする気だよ……?」


「剣の使い方なんぞ一つしかないだろ? まあ、お好み焼きとか焼きそばを作る事は出来そうだけどさ………」


 ロー・ハイル・ヘルシャフトの自主デザイン武器『神討(カミウチ)(マガツ)』。

 何の脈略もなしに、掛け声もなしに、ソレは振り下ろされた。


「待っ………」


 人間ゴリブ『シルベ』の意識は瞬間、真っ黒に塗りつぶされて、


「ッア?!」


 覚醒する。

 血をまんべんなく身体の中心に付着させて。


「身体を真っ二つに切って殺して蘇生すれば、引っ付くんだな」


「く、ァッ。ハ…カッアァ」


「じゃあ、次は真っ二つにした身体を離れさせて……どうなるのか見てみようか」


「待て、待ってく……―――――」


 人間ゴリブ『シルベ』の意識は瞬間、真っ黒に塗りつぶされて、


「エェエッッ、ぃし………」


 覚醒する。


「魔法をかけた方から肉が生えてくるのか。で、もう一方の左半身は塵となって霧散する……だが、どちらかといえば質量の多い方が残るといった具合だな」


「お、まえ、一体何をぉッッ?!!」


「魔法………いや、あらかたのスキルと武器を先に試すか。魔法で木っ端微塵にして蘇生するのは最後だな」


「ちょ…――――」


「<雷光剣>」


 人間ゴリブ『シルベ』の意識は瞬間、真っ黒に塗りつぶされて、


「ッ、ぃ……」


 覚醒する。


「『紅雀』、<次元斬・一の刃>」


 覚醒する。 


「<兜割り>」


 覚醒する。


巻物(スクロール)を手に持って……<火球(フォルボ)>」


 覚醒する。


「た、すけ…――――」


 覚醒する。


「いや、だ。いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ。もう止めてくれッッッ、もう殺さないでくれェェェェッッッッ――――――!!!!!」


「<衝撃(ヴィツィ)>」


 覚醒する。


「<電撃(エレクス)>」


 覚醒する。


「<爆発(エイヴァ)>」


 そうして、人間ゴリブ『シルベ』が安らかに死ねたのはローが洞窟に籠って一時間半後であった。











「あ、ローさん!!」


「やあ、お待たせ。無事で何よりだ」


 三分前に起きたモルダをよそに、ハンナ・カンベルトは獣集の漂う洞窟から無事に帰ってきた英雄を心躍らせながら出迎えた。


「やったんですね!」


「少々()()したがな。コレを見てみろ」


 “英雄”が差し出した右手には人間ゴリブ『シルベ』のククリナイフが握られている。


「あっ」 


 もう襲われる事は無い、もう村も私も安心だ。という証拠を見て、彼女の腰はその安心感からするりと力が入らなくなってしまった。


「大丈夫か? ホラ」


「あ………ありがとうございます」


 命の恩人、プカド村を救った人、そんな“英雄(カレ)”に手を差し伸べられて抱きかかえられれば、気恥しさに頬が熱くなるのは当然だ。


「さて、全て終わったことだし取りあえず君の村に戻るとしよう」


「は、はい!!」


 プカド村での小さいようで大きな事件が終わり、村へと向かうロー・ハイル・ヘルシャフト御一行。

 その後、村人全員から感謝されたのは言うまでもない。

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