第一章 7 【ヤマシタシルベ】
プレイヤーネーム『SF』、キャラクターレベル六十、種族『ゴリブ・ロブル』、本名『山下導』。
物心ついた時から彼は父親、母親の名も顔も知らない。
いわば、親に捨てられた孤児。ただの普通の平凡に、民間の児童養護施設で暮らしていた少年。
「君が、カズヤくんだね?」
赤子の頃に捨てられて八年の月日が経った今日この頃、彼の人生を変える転機が訪れた。
「私は山下星辰。君の父親となりたいのだが………君は私をどう思う?」
『カズヤ』の里親になりたい。と、ある夫婦が施設に訪ねてきたのだ。
高級そうな革靴に黒いスーツで黒髪をオールバックに整えた黒一点の男性、彼に付き添うようにしている女性は薄紅の桜模様が美しい着物を着こなした黒髪美人。
正しく大和撫子、大和男児の二人だ。
住む世界…いや、次元が違うといっても過言ではない夫婦。
応接室の間で八歳の彼に投げかけられた質問は短く、しかして答える事は容易ではない問い掛け。
「………どうして?」
当然、答えるよりも先に。
ただ、胸の内にある不安という疑惑を『カズヤ』は言の葉にして口に出すのみ。
「『どうして?』ときたか……」
『カズヤ』は自分が特別な人間ではないと知っている。
運動会のかけっこの順位はいつも大体真ん中、勉強についてはまあまあできる位、特別な能力…例えば、超能力を持っている訳でもない。
何処にでもいる様な平々凡々な子供、それが自分。
そんな子供に、親に捨てられるような自分に、選ばれるような理由は幼いながらに見つからない。
なら、自分を選んだ理由を聞くのは自然で当然。
「ふむ、そうだね…」
その少年の問い掛けにいとも容易くあっさりと、
「君には“才能”がある………特別な“才能”がね」
少しの間を置いた後『山下星辰』は答えたのだ。
事も無く、簡単に。
幼いながら自己評価に不平も不満も何もない自分に。
「これが私の答えだ。それで、君はどうしたい?」
疑惑、疑念、欺瞞の目つき……自分に覆いかぶさっていたレッテルを剥がすかの如く。
「…………した」
「ん?」
平々凡々な自分に“特別な才能”―――――その一言。
『山下星辰』の言葉は、八歳の少年に決定的な起点を心へと深く根深く突き刺したのだった。
「……わかりました。よ、宜しくお願いします!」
「そうか……ありがとう。では、私からも一つ贈り物を送ろう。人を導くその名を―――」
○
『山下星辰』。
『山下累卯詩』。
実はこの二人、『ライフ&ピースマン社』というかなり幅広く事業を展開する大企業の社長夫婦で、身寄りのない子供を養護する施設も社の事業の一つだ。
子供の出来なかった二人は自らの肩書と利権を最大限に行使し、その施設から一人の少年を短い手続きにて引き取った。
理由は、才能を見出したから。これ以上もこれ以下もない。
それ故に『山下』の名に恥じぬ平凡ではない非凡な日々が彼の日常となる。
「シルベ。この男が今日からお前の家庭教師となる」
「は、はい。『山下導』です!! よろしくお願いします!!」
「そう、固くならんでもええで坊ちゃん。あっしはソロオユア・フォルネウス。雇われの外国人家庭教師やき――――でも、その姿勢はええ。みっちりと鍛えてやるけの」
引き取られてから一か月後。
学校が終われば、まずは水泳に始まり、柔道、空手、ピアノなどの習い事が二十時まで。
そうして習い事の全てが終了すれば、夕食と休憩を一時間づつ。後、二十二時から夜中の一時まで白髪の家庭教師と週七日間付きっきりで、ありとあらゆる帝王学と数学から美術、言語学、そして社交界の礼儀作法、などなどを叩きこまれる毎日…毎日毎日。
優秀な社長の優秀な息子といえる生活の日々『山下導』は喜々として挑んだ――――才能があるから。
望んで、臨んで、挑んで、その先にあったものは賞状、メダル、トロフィーという努力の結晶。その先々で手に入れたは山下導の労力の血脈という名の人脈。
子供ができない事を思い悩んでいた両親、こんな平凡な人間を養子に取ってくれた父と母。二人に恩を返す為、二人の期待を裏切らない為に望んで、臨んで、挑んで………―――――見いだされた才能にこたえるため。
「そうか」
と、それだけだった。
小学六年生の時。父に地区大会の自由形百メートル一位の賞状を見せれば、その返事だけだった。
「………ああ、シルベ。ごめんなさい。ちょっと今立て込んでて、手が離せないの―――――ハイ、山下です。その件でしたら……―――――」
と、それで終わった。
中学二年生の時。母に柔道県大会の一位のトロフィーを見せれば、その返事で終わった。
「ま、仕方ないで坊ちゃん。二人も二人で忙しいんや」
「………分かってます。フォルネウスさん」
フォルネウスの慰めの言葉は十分に理解していた。
ここまでの大企業を形作った父と母。その二人が忙しくないわけが無いのだ。
「あー、そうそう。今日は勉強なしやで坊ちゃん」
「………会食ですか?」
「そや。新島株式会社の勉くんの誕生日会があるけの………仲良かったろ? 付き人はあっしがやるけ、すぐに支度して出れるようにしてな…―――――ああ、忙しわー」
「…………はい」
会食というのも事前に食事を終えて、会話に注力するのが社会人としての基本だ。
勉君のことを祝って、新島社長に挨拶をして、関係各所に顔を覚えてもらって。
才能があるから引き取られた自分には簡単なこと。
「……………味がしない」
興味本位で口へと放り込んだカプレーゼ。
真新しい皿によそった一口を食べるも、口の中にはただ違和感だけ。
○
“優秀な社長の優秀な息子”。誇りとも言えるレッテルは、自身で努力が足りないと説明付けるヤマシタシルベの心をどんどんとすり減らし。
時は経って高校入学の日。
たった一人きりで桜吹雪く校門の前に彼は……山下星辰、山下累卯詩、ソロオユア・フォルネウス………父も母も親しい知人も居ない中で高校入学を噛み締めていた。
「や、止めてく…―――」
「うるせーよ」
心中にあったのは荒んでぐじゃぐじゃと絡んだ黒い配線。身体は健康でも心はもう戻れる場所にはなく。
山下星辰が理事長の大学付属高校という事もあってシルベの行いはごろごろと、ごろごろごろごろ、ほの暗い影へと進むのに拍車は掛かって誰も止めず。
端的に言えば、グレたのだ。終わりを見つけられないほどに酷く。
進学校でも当然に人間関係のカーストは存在する。彼は持ち前の帝王学と学力を持ってそのトップへと躍り出て、自由気ままに悪童に学園生活を謳歌した。
まるで、今までの鬱憤を晴らすかの如く。
あるいは……――――才能ゆえに。
先輩に勧められた喫煙に始まり、クラスの底辺に位置するヤツが「止めてくれ」と懇願しても金を巻き上げたり、気に入らない教師が居れば自らの権威を振りかざして黙らせたり、先輩を引き連れてオヤジの純ドイツ製モトラッドを無免許で乗り回したり。
人には自慢できない事ばかりをした結果、もちろんヤマシタシルベは警察にもお世話になった。
無免許飲酒運転、恐喝、暴行、強盗、犯罪の数々。留置場に入れば、三日と待たずに両親が金を積んで釈放される日々。
「そうか」
と、そう言い流すだけだった。
どんなに悪行三昧をしようとも、あまり興味が無い様な素振りで山下星辰から掛けられた言葉はそれだけだった。
「………」
○
大学に入って卒業するも、今までの経歴から快く受け入れてくれる会社など皆無。
「山下導ッす。よろしくおねがいしゃっスー………」
そうして、ヤマシタシルベが親の会社に勤めることになったのは自明の理。
「あ、センパイ。こっちの喫煙所空いてますよ!」
「何言ってんだ…あっちは“坊ちゃん”専用の喫煙所だ。オレ達は二階の喫煙所で吸うんだぞ」
「でも、誰も居ませんし時短になりますよ? エレベーター長いですし」
「馬鹿。もし“坊ちゃん”が来たらどうすんだ? アイツに関わるとロクな事がねぇんだぞ? 三か月前に経理の姫川さんが辞めたはアイツのせいだって噂が立ってるんだしよ。触らぬが善だ」
「あ、じゃあ仕方ないっすね! ちゃっちゃと吸って、ちゃっちゃと仕事に戻りましょう」
「そうだな。―――――しっかし、次期社長ってワケでもないのに星辰さんは何であんなのを本社に置いてるんだか………つーかオマエ、転勤の準備はできてんのか? 何かあれば言えよな」
「モチできてますよ。ああ、でもセンパイに聞きたいことが………――――」
ただ、彼に働く気など毛頭なし。歓迎されることも同様になく。
「…………チッ」
会社に来たとしても大抵喫煙所か屋上近くの非常階段で暇を潰し、さっさと帰って大学時代の友人とクラブで金をバラ撒き、ハシゴして朝まで飲み明かすのが日々の生活だ。
「シルベ、このゲームを進めておけ。本体はもうお前の家に届いているはずだ」
そんなある日。
社長室に呼び出されて山下星辰、父から手渡されたのはライフ&ピースマン社開発、販売の一本のゲーム【ブレイスラル・ファンタズム】のアカウントメモとアクセスキーだ。
話を聞けば、デバッグ等ではなく単純に“一消費者として遊べ”という仕事だった。
別段ゲームは好きでもないし、嫌いでもない位置付けだ。正直言ってやる価値が無いしどうでもいい。だが、一応社長命令という事もあり、進めたは進めた。
名前こそ決められてはいたが、レベルを六十まで上げてストーリーは中盤に差し掛かった頃合い―――――飽きてしまった。
それこそ、ゲームにログインはしていたがこれ以上進める気にはならなかった。
在宅勤務という体で遊ぶ方がよっぽど価値のある行いだ。
○
「シルベ、仕事だ」
月日は経ち、山下導二十二歳。
未だログインだけで“仕事”を済ませていた【ブレイスラル・ファンタズム】。そのVRA版テスターをしてくれないか、との社長命令でシルベはその仕事を受けることに。
「こんな場所があったんだな…」
「ああ。本社地下十階は一般職員立ち入り禁止の場所だからな。お前が知らないのも無理はない」
父親に連れられてエレベーターから降りれば、ガラス越しに墓標にも似た電子コンピュータ群が左右に沢山と並ぶ薄暗い廊下が久しぶりの正装のシルベを出迎える。
「なんで、こんなに頭数揃えてんだ? VRA版、てのは一般販売する商品なんだろ?」
「…違うぞ。これは【ブレイスラル・ファンタズム】のサーバーだ。今回の仕事はこの廊下の先にある」
「へぇ…」
話半分に説明を聞きながら、墓地のような冷気漂う狭苦しい廊下を抜けて自動ドアをくぐれば、二人が足を踏み入れたのは一軒家が丸々すっぽり収まるだだっ広い空間。
「なんだよココ。まるで、悪の秘密結社だな」
「フッ……お前にしては面白い冗談だ」
そう思うのも無理はないだろうとヤマシタシルベは眉を顰める。
コンクリートの灰色の壁面が囲う吹き抜け構造の部屋の右手には、長机とパソコンが段畑のように備え付けられており、カチャカチャとキーボードを操作するのは白衣の社員が三十人ほど。
前方上部にはVIP席のような医療ドラマで見たことのあるガラス張りの突き出た小部屋があり、そこにはなんと母の姿といつしかの家庭教師フォルネウスが見える。
そして、白衣の社員二人が立っている部屋の中央。この場の全員が見下ろす形で存在している直径三メートル強の黄色い鳥かごのような機材――――今回の仕事で使用するモノだと、聞かなくとも理解はできた。
(でも、何なんだよ…この感じは………)
少し肌寒いという事もあってか、その鳥かごを見た途端にヤマシタシルベの身体はブルリと震えた――――いや。
まるで、今から自身の身にとんでもない事が起こるかのような感覚だった。
「怖いか?」
息子の青ざめた顔を見かねてか父は尋ねる。
「なら、やめても構わないが…どうする?」
「ハッ! 別に怖くなんかねーよ。さ、サッサと始めようぜ」
軽口を叩いて、肩をすくめて、会話は終了。
(ビビってる? んなワケねーだろ……)
首を振り、無駄な考えを取っ払って機材の元へとシルベは向かう。
もうこれ以上言う事がないのか、山下星辰も早々にガラス張りの小部屋へと歩いていった。
「シルベ様。今回はテスターという事ですので、コチラの装置をお付けください」
機材の左側に立つ白衣の社員がそう言ってシルベの身体に張り付けたのは、服の上からでも張れるピンの付いたパッドでその数は三十。心電図電極パッドの簡易版に似ており、伸びた配線は似ているものとは違って右手のパソコン群へと伸びている。
〔これより【ブレイスラル・ファンタズム】VRA版の運用テストを始める。シルベ、準備はいいか?〕
「ああ、いつでも」
ガラス張りの小部屋へと移った社長からマイクでの指示が飛び、すべてを付け終えたシルベは鳥かごの中央に立って準備完了と手を振った。
〔よし。では、ヘッドセットを装着しろ〕
「シルベ様、こちらです」
「おう」
右に立っていた社員からヘッドセットが手渡され、おもむろに装着。
「軽っ?!」
〔当然だ。VRA版は動き回る事を想定しているからな。わが社の軽量化技術でヘッドセットの重さは84gとなったのだ〕
付けてあるかも分からないくらいには軽く、ヘッドセットの固定もしっかりとできている。
これなら快適なプレイを長時間できるだろうと自社の技術力の凄さに単純にシルベは目を見張った。
〔さて………ゲームを起動しろ〕
「了解、起動します」
「システムチェック…オールグリーン」
「エンジェルダスト起動………成功です」
「成功率70…80……90……98!!? いつでも!!」
その言葉に始まり、室内には電子機器特有の高音がけたたましく鳴り響く。
(聞きなれない言葉が多いが………専用のシステムでも組んでんのか? まぁ、ゲームは売れてるらしいし、そこまで手の込んだことはするか…)
そして、社員の焦りと緊張が混じった様々な用語が飛び交い。
「おお、凄いな…!」
専門用語が飛び交って終わった後、指示の通りにヘッドセットを被っていたシルベの眼前に広がるのは眩しいくらいの青空、匂いまで感じられそうな草原と透き通る川辺。
歩けば川の方へと赴くことができ、その水面を覗けば自身の作ったキャラクターの顔が映し出されている。
ゲームもここまで進化したのかと、感心の声を漏らしたのも恥ずかしくないぐらいには凄かった。
〔【ブレイスラル・ファンタズム】………――発動だ〕
感心を覚えた後に彼の身体は違和感に包まれる。
(あ、え………?)
意識はあるが肉体は動かない。
「…か、あ……えけ………」
その違和感に乗じてか、先程まで両足で立っていた身体は勢いよく地面へと激突。
動けない、動かない。
まるで、睡魔が意識を奪うかのような。
〔ほぉ~、この数値は凄い。あっし純粋に感動感激よ〕
〔ルーシー…どう思う?〕
気の抜けるフォルネウスの声に続き、聞いた事の無い名前を呼ぶオヤジの声が聞こえて。
シルベは自身に残った精一杯の力でヘッドセットを地面にこすりつけながらに外し、見た。
〔……いい、いい。順調ですわ、良好ですわ。――――でも、シルベの魂魄の感受性が強すぎて、異世界の定められた時間軸には飛べないでしょうね〕
母だった。
今の今まで聞いた事の無い大和撫子をぶん殴るかのような饒舌っぷりで、こちらを見下ろしている声の主は薄紅の桜模様の着物を着た山下累卯詩であった。
〔少し早すぎたと…?〕
〔いーえ、実験は成功よ。因果律も作用してくれるはず………シルベには感謝しなくちゃーね〕
〔…そうだな。やはり“特別な才能”があったからこそ、この結果………ありがとうシルベ。もう聞こえてないかもしれないが、オマエの働きで人類は己らが科してしまった理から脱却することができるだろう〕
意味の分からないことを言っている父親、実験とか因果律とかオカルト混じりの文言を吐き出す母親。
精一杯の力でヤマシタカズヤは母の方に視線を向ける。
「……………!?」
その影はもはや人ではなく、怪物でもなく、正しくは“魔”―――――異形の存在、十二の羽を生やした母親であった“影”がこちらを見下ろしていたのを最後に、ヤマシタシルベの意識は暗黒へと沈んでいった。
●
「…………う、うぅ。ここ、は…?」
目を覚ませば、あのコンクリートの天井ではない澄み切った青空がヤマシタシルベの眼前に広がっていた。
「………~ッ」
先程まで何をしていたか思い出そうとするが頭痛が酷くて頭が上手く回らない。
仕方がないので気分転換として身体を起こし、辺りを見回す。
「おいおいおいおい………なんだよコレ、ドッキリ?」
どこぞの古いPC画面で見たような草原、澄み切った小川、田舎にしては簡素過ぎる風景。しかも、周囲には自動販売機も電柱も道路も車も、町すらも見当たらない。
驚きたいのは山々だったが、頭痛がさらにひどくなってきた。
「み、水………」
二日酔いの倍ぐらいに痛くなってきた頭を押さえつつ、ぎこちない動きで川辺へと歩く。
「う、おぁッッ!!?」
辿り着いて縋るように。
水欲しさで透き通る小川を覗き込めば、その異形にヤマシタシルベは仰天して後ずさり。
「こ、これって……あのゲームの顔だよな」
気を持ち直して恐る恐るじっくりと水面を凝視すれば、映っていたのは緑白色の肌をした化け物……いや、自分。
同時にその驚きのあまり頭痛も掻き消えて、泡沫の如く直前の記憶を思い出す。
「テスターとしてゲームをプレイして…それから、幻覚か何かを見て…………もしかして! まだゲームの中とかかッ?!!」
水面に映る自分ではない自分自身の頬を抓り、歯をむき出しに笑顔を作ったりするが現実は何一つとして変わらず。
これがもうゲームの世界でない事はその困惑を口に出した故に、ひしひしと実感できていた。
(ああ、そう言えばこんな格好してたよな…)
赤い上着にズボン、シューズ、腰には刀身が赤く発光している近未来的な刃渡り八十センチのククリナイフ。
ゲームでよく見た格好だ。
揃えてみたのは良いものの、内心すごくダサいと思っていた服装。だが、いざ自分が着てみるとなると意外にもしっくりとくる。
『ギグキキ……』
自身の置かれた状況を確認していると背後から何とも言えぬ気配がして、振り向くと比喩でも何でもなしにその存在には目が点になった。
「はぁ?」
遠目から見れば子供と見間違うほどの身長。だが、この至近距離なら見間違うはずの無い異形。
暗い緑色の肌、額にはでっぱりみたいな小さな角が二本、手には棍棒、顔は醜悪。そいつらが十匹、ヤマシタシルベを囲うようにしていつのまにか居たのだ。
「…ゴリブ?」
先程までゲーム云々を思い浮かべていた為に、その類似する容姿、名前を口にすればどうやら当たりだった様子。
『我ラ、アナタ様ニツイテイキマス。ナンナリト、ゴメイレイヲ』
リーダー格らしいゴリブの一匹が前に出て、しわがれた声でたどたどしい日本語を用いながら話しかけてきた。
「………は、い?」
ゲームでしか見た事がないモンスターが現実に居るのに驚きだが、そいつが日本語を喋って頭を下げて唐突に忠誠を誓われたのは更に驚くほかない。
「よ、よし…」
この状況を理解し、良い考えが浮かび、ヤマシタカズヤは大いに笑顔を浮かばせる。
(そうだ、そうだ。思い出した。“異世界転生”――――――高校ん時、よくパシってたデブの林田が読んでいた本の内容だ)
オレツエーとか、ハーレムとか、くだらない内容ばかりの願望を詰め込んだ本。
その状況によく似ているのが今ではないか―――――――だったら、やる事は決まっている。
「よーし。なら、お前らの住処に連れていけ。そんで、準備ができたら町か村にでも行って女と食料をかっぱらうぞ」
ヤマシタカズヤは平伏するゴリブ共へと最初の命令を下し、リーダー格のゴリブは顔を上げて命令に恭しく従った。
『ハイ、コチラデス』
都合のいい女は勿論ほしい。
飯も美味い物をたらふく喰いたい。
気に入らないヤツは殺せばいい。
色々とヤることを妄想しながらヤマシタシルベはゴリブの案内に付いて行く。
「この世界に来たことを受け入れないより、受け入れる方が良いだろうよ!」
天を仰ぎ高らかに。
異世界ってのはそういう場所で、自分の邪魔をするヤツなんか誰一人居ない平和な世界だとヤマシタシルベは笑う。
「だから好き勝手やらせてもらう。前とは違ってここならオレはッ、オレらしいことが絶対にできる!!」
自分を見限って認めなかった父も母も、こんな異世界に来れた才能の前には路傍の石。
「……そうだ。世界征服なんても夢じゃないかもな。なあ?!」
淡い妄想に浸りながら、高笑いしながら、砂埃を払い、ゴリブを従えて。
ヤマシタシルベは癇癪のような計画を実行に移し始める。




