第二章 35 【罪深き、彼ら世界の救世主】
空は青く、太陽は朗らかに照らし。快晴の空の元、あらゆる緑が生い茂る豊かな庭園。
大きな円形の噴水、魚の泳ぐとても深い水場、そして大理石が地面に敷かれた何とも情緒ある床を歩くのは蝙蝠以上にドス黒いコートを着た僕と徹頭徹尾真っ黒な燕尾服の顔が良い彼。
「やあ、みんな。任務ご苦労久しぶり」
日光を遮る円形の屋根、ソレを建てるは朝顔の茎の様に巻き付きた装飾の施された大理石の細い柱。その下には木製の座り心地の良い椅子と中央に穴の開いた大きな円卓。
“傲慢”のヒュブリスを侍らせて“強欲”のグレゴールは目的の場所に到着したのと同時、太陽と同じよう朗らかにその場に居る自分を含めた男女八人―――皆をねぎらうも反応は皆無。ただ、視線だけをこちらへと向けるのみ。
「はぁ、もう」
だろうな、と分かっていた皆の反応に呆れつつ前へと進み、傲慢な彼に椅子を引いてもらって皆と同じ円卓を囲むべく着席。
「久しぶりにみんな集まったんだ。もっと、こう……仲良くおしゃべりしようよ?」
言い淀む“強欲”グレゴール・ライフマンの提案に手を上げるのは、スコーン片手に紅茶を飲みながら、お腹を鳴らす藍髪の“暴食”ケルゼ・ロスベイル。
「そうしたいのは山々なんだが……―――腹減ったわグレゴールさんよ。茶請けのスコーンだけじゃ味気ねーし、肉とかない?」
刺々しい藍色の長髪は彼の足元まで伸びており、口元を覆う程の大きい襟は三つのファスナーで紡がれて、服を彩るのは両肩に均等にある留め具。
白を基調とした服には赤のラインが伸びている。袖口は中の腕が見える様、正方形に穴あき。スマートなズボンは黒と赤のライン入り、髪とは正反対の色合いの靴を履いた彼だ。
「―――……ヒュブリス、冷蔵庫に魔獣の肉があったはずだ。軽めに調理して持ってきてくれないか?」
少し考えた後、打開案として提示した言葉―――――グレゴールの提案にヒュブリスは珍しく従わず。
「お言葉ですがグレゴール様、ケルゼを甘やかしすぎです。もう少し彼の自制心を促してください」
「そういうものなのか? だが、彼の権能は――――」
一歩と、主人より下がって傲慢に執事を務める彼がグレゴールの反論を諭そうとするも、待ちぼうけの“暴食”はそれを許さず二人の間にすぐさま介入。
「そうだぜ、ヒュブリス。オレはいつも腹が減ってんだ、しかたねーんだ……――――――」
何かを思い出したケルゼは自身の言葉を言い終わる前に、脳裏に閃いた事柄をニマニマと笑みを浮かべながらに口に出す。
「つーか何か? この前俺に負けたから、ソレの腹いせか?」
「いいえ、違います。それと、模擬戦においては私が寸での所で止めなければ貴方は今頃死んでましたよ?」
「ほーう……―――もういっぺんオレの<紫電>を骨の髄まで味わいたいらしいな?」
即答とはこの事。おちゃらけたケルゼの問いをすぐさまに否定し、ヒュブリスは表情を少しも崩さず。
二人の間に文字通り、見た通りの青と紫の火花が散る。しかし、
「若気の至りというのは良い事である。だがな、時と場合をお前達二人はその立場に置いて考えなければならないぞ?」
「タージェ様…」
面倒そうに二人へと笑いかける老爺によって、散らす火花は鎮火。
ヒュブリスは深々と一礼して定位置に戻り、ケルゼはおどけて茶を濁す。
「ハッ、わあったよ。でも、腹がすいてんのは本当なんだ。しかたねーだろ?」
理解は示すも引き下がらない彼に呆れたヒュブリスは今度は軽く一礼し、その場を離れれば二分足らずで料理…というよりは肉の丸焼きが上品なティーワゴンに乗って運び込まれる。
「おー、あんがとさん」
定位置に戻るヒュブリスにしっかりとお礼を申し上げて、カリカリに焼いた芳ばしい香りの漂う丸焼きをナイフを使ってケルゼは食べ始めようとするも、
「んだよ。アエリア、バニティ?」
突き刺さる視線は仲間からのモノ。彼女らは悲嘆そうに口を揃え、
「ああ、我らは悲しい…」
「お腹が空いた仲間にお肉をくれないなんて」
懇願するは、二人の容赦のない視線。
これにより食事をしようと留まっていたケルゼは根負け。仕方なく、切り分けた肉を予備であった皿に盛りつけて受け渡すのであった。と、また視線を感じれば、金髪で傷のある顔を紫パーカーのフードで覆った彼女がこちらを見ている。
「……レベッカもいるのか?」
流石にもう取られるのは勘弁ならん嫌そうな表情のケルゼに、彼女は否定の意を示す。
「違うよ。アタシ達を呼び出した理由をそろそろ聞きたいだけ」
単純にケルゼを見ていたのは暴食過ぎる彼に呆れていたそうらしく、口下手な彼女が話の取っ掛かりを作る為であった。
「そうだね。そろそろ本題に入ろう……―――――と、言いたい所だけど各員の経過報告が先だ。まずは…」
手を上げるのは“色欲”のリア・ルクス。
露出の少ないゆらゆらと揺らめく桜色の矢印を螺旋状に巻き付けたドレスを着た彼女は、持っている扇子を口元に当てて、答える。
「では、私達からの報告です。ケルゼ」
「おう」
食べながらに器用に相づちを打つ彼が懐から取り出し、グレゴールへと差し出したのは黒いモノ。
「鉄と硝煙の国では、技術革新が今もなお続いています――――はぁ、全く…あの場所は綺麗な場所だったというのに…」
目を伏せ悲しむ視線は遥かの彼方。そんなリアの報告を聞きながら、渡された物をグレゴールは吟味する。
握りやすく人差し指を掛ける場所には引き金。ソレの臭いを嗅ぎながら、ボタンを押して中身を取り出せば、弾は五発。
「数百年前まで火縄式だったのにも拘らず、この技術進化………流石は永世帝国の吸血皇帝。いや、プレイヤーか」
それはいわば銃と呼ばれるモノ。彼が最も嫌う、文明の負の遺産が一つ。
「まあいい…他に収穫はあったかい?」
頷く彼女が瞳に浮かべていた悲しみは、呆れに変わる。
「また戦争が始まってますわ。希少鉱石ゴールディダイヤの鉱山を巡っての紛争ですが…状況から見て、いずれ諸外国を含めた大きなものになると思います。」
全ての報告を終え、一礼する彼女にねぎらいの言葉を掛ける。それから続き、口を開くは老爺“怠惰”のタージェ・スロノス。
「それでは此が報告をば」
小麦の錆びついた色の長い髭を弄びながらに空中へと手を伸ばし、掴み渡すは革袋。
ヒュブリスがそれを受け取り、グレゴールへと手渡せば重さはおおよそ五百キログラムだろう。中には袋を二重にして白い粉末が入っている。
「エル・ダ・ルルエド帝国で仲の良い貴族が居ましてね。ソイツに融通してもらったのですが……今流行りの嗜好品だそうで…――――――」
淡々と報告をするタージェは息を飲み、言葉を詰まらせた。
帝国での調査。その結果である革袋を渡した途端、空気が変わったのだから。
“強欲”のグレゴール・ライフマン―――彼が目に見える位に激しく怒っていたのだ。単純に、その怒りは軽蔑を示すモノ。単調に、その怒りは強欲の範疇に無い憤怒を示すモノ。
だがしかし、爆発する寸での所。彼の怒りは潮が引きように何事も無く収まった。
「すまない、ちょっと動揺した。それとみなまで言うな、当てよう――――『アヘン』とか言うふざけた名前の物だなコレは?」
表情が凍る、感情が燻られる。抑えられたはずの怒りの余波に噛み砕かれて。
誰も彼も。肉を頬張るケルゼも食べる事を自制し、皆々が口を噤む。そんな中、ただ一人口を開いて答えるは、肉を食べ終わり口元のガスマスクを元にも戻す、若緑色の髪の黒いローブフードを纏った痩せ気味色白の線が細い彼女―――“虚栄”のバニティ・フニティ。
「その通り。調べた所、王国から流れてて極度な依存性と禁断症状の激しいモノでさ、言葉にするなら退廃を促す劇物。王国の策略とも見て取れるけど…」
「いや、違うな」
グレゴールは怒る。最も忌み嫌うモノが、世界に少しでも広まっているというのだから。
「そこまでするか、プレイヤー!!――――いや、そこまでするか、当然か」
当たり前だと、目の前の事実を噛み締めて、
「どんな願いでも叶う魔王の玉座を求めて、そこまでしなくて何が魔王か!!?」
静かに荒げる声は沈むように収まる。
「で、どうすんのさグレゴール?」
バニティの問いかけに暫くの時間を掛けて落ち着いて、
「幸いにも人間以外の種族は向こう側に居るんだ。奴らが何の考えでクスリをばら撒いているのは知らないが、最悪土地さえ確保できればそれに越した事は無い」
「じゃあ、今は様子見で?」
「ああ、そうしよう。」
その流れから最後に話を振られたのは、レベッカとアエリアの二人。
「アタシタチは特にないよ」
「ドワーフ、エルフの国。どちらとも変化はありません」
しかし、管轄する場所では特に報告するような事は無し。現状は平和そのもので目立った話や出来事も聞かないとの事。
「あ、いや、金剛月華会を名乗る連中がうろうろしてるな」
傷のある顔の彼女が思い出したように話をするが、心配はない。
「些事だ。彼等のやる事は精々が魔物集め、自分たちの土地から魔物を根絶やしにしたから富んだ土地からありったけかっさらう――――しかして、全く度し難い」
皆々の報告は終了。頃合いを見て、グレゴールはタージェと同じように空中から一冊の金装飾の本を取り出した。
「まず初めに、今は亡き彼の提案によって彼の人皮を使った予言の書。その能力は予言の一行を最後に新しき彼女に譲歩された。」
その報告は聞くまでも無かったようで、当然至極にレベッカは納得。
「世界の理を捻じ曲げてたんだ。アイツのモンがここまで持ったのが奇蹟だろうさ」
「ああ。だからこそ、弔わねばな。」
グレゴールは指を鳴らし、円卓の中央から燃え盛る青白い炎を出現させる。
「ありがとう、イワガミ」
一同は彼への感謝をしつつ、彼の最後の断片を炎にくべて最期を看取り、終えた。
「イワガミを見送ったことだし、次に移ろう」
重苦しい伝えなければならない事実。グレゴールの口にした言葉は、その場にいた彼以外の彼等の表情と動揺の声を漏らす程。
「あの姉妹が倒された、と?」
「そうだ。ギフトを僕らと同じように自身の能力としたアキラ・トシカワ。そして――――」
「最後に世界へと来たプレイヤー、ロー・ハイル・ヘルシャフトのチーム“白銀”。これらがサティ、スティの手下共々を殺害しました」
気が付けば、白衣を着た人の形をした人でなしの血まみれ指先をかみ切る男がそこに。
「“探求”のエスト・プロフェット………彼が言うのなら事実なんだろうね――――弔い合戦でもするかい?」
軽口とは裏腹に仲間を殺されたバニティの瞳には僅かながらの怒りが宿る。も、それを制するは怒り終えていたグレゴール。
「待てバニティ、今回は情報の共有を旨とした会合だ。――――それと、イワカミの予言を見て良い作戦を思い付いた」
勢いよく鎮座していた椅子から立ち上がり、“強欲”なる男は命を下す。
「アエリア、君はエルフの国から退却しレベッカと合流。リアは一工夫してから、ケルゼと共にエルフの国でバラバラになった魔呪全書の捜索をしてくれ」
十人十色の良い返事。
罪深き、救い手である彼らは世界を救済する。
「さて、世界を救いに行こうじゃないか!!」




