第二章 32 【加虐と嗜虐】ー2
「ははははははははッッ!!」
「ハハハハハハハハッッ!!」
若紫に黒百合の加虐は優雅に嗤い。似て非なる、しかして、同じくにある若葉の黒百合は身の丈以上の大鎌を存分に嗜むように振るい踊り狂う。
優雅とも、狂気とも見て取れるその乱舞は、高速に俊足。目で追いつくのが精一杯の動きに、英雄は対策を指し示す。
「散開!」
演劇の一部が如く“白銀”の彼の声は響き渡り、瞬時に五人は行動を起こす。
「逃がしませんわよ、スティ?」
加虐の姉は高らかに、
「はい、お姉様。ワタシはあちらをば」
嗜虐の妹は朗らかに―――――狙うは最初に非力な二人。対して、迎え撃つ彼らは二手に分かれ、戦闘には丁度良くの半壊し広々とした場所で陣を敷く。
(そう来ると思っていたさ)
PVPの白兵戦において、まず最初に順序に沿って始末する者がいるとすれば人物は『遠距離攻撃が得意な魔法使い』や『正面切っての戦闘が不得手な暗殺者』など――――つまり、『直接戦闘が得意でない者』達だ。
読み通り、作戦通りに大鎌を持つ姉妹は各個撃破に移る。アキラと炎煉はフィリアナと、ニーナと自分ら“英雄”二人は立ち向かう。
「えーいッ!」
刃は鋭く、殺気も鋭く。間の抜けた声ながらに加虐の姉は命を刈り取り来る。
「シィッ…!」
奏でる刃の金切音は、鋭き業物の高音と鈍く堅牢な重低音。一つ二つと間髪入れず、すさぶく雨の如く鳴る。
当然に勿論の事、ローの凶戦士の刃はソレを弾く。しかしながら、高所からの抉り取りを喰らえば、手に残るはその細腕に似合わず膂力が同等にある事実。
(強い……だが――――、)
握った刃に今しがた力を籠めて、判断する―――――勝てない事は無い、上回れない事は無し。続き、縦横無尽に振り回すのは命を抉り無残に散らす連撃の先手。
「いいわ。英雄さんはとっても強いのね」
彼女の身の丈以上もあり、ロー自身よりも大きな刃。
ソレを振り回す英雄と打ち合っているのにも関わらず、鈴音の様に澄み切った響く声音でなんとなしに軽口を叩くのは強者の証。
「で・も!」
「グハッ…?!」
そして、勝利への一歩を進んでいるという事―――余裕があるというヤツだ。
「残念。私達の“力”に適うモノなんてありませんので」
瞬きの間に打ち、斬り合っていた大鎌は変形し、ローの右肩へ深々と突き刺さり、抉る。
肉は裂け、骨は砕けの振り下ろし。パックリと血で作られているのなら、そのぐらい出来るのは当然だろうと自身の浅はかさにローは少しばかりの落胆と勝利の一歩を覚える。
「ニーナッ!!」
「はッ!」
至極色の少女の口から深い紫色の半液体が飛び出して、加虐の死神の顔面に直撃。同時、投げるナイフはその細腕へと突き刺さる。
「アア……」
であるがこそ、そんなもの意図せずにサティは頬を染めるのみ。突き刺した鎌は進行を緩めず、深々にめり込んでくる。
「ぐッ……!?」
肉の焼け焦げる臭いが漂う、自身の内側から灼けていく。傷は治らず、獰猛な死の毒が流し込まれている。
(体が灼けるようだ……早く、コイツを抜かねば…!!)
急ぎ刃を持ち替えて、雑に掴めど一筋縄には抜くことならず。気付かぬ内に抉る業物に“返し”あり。
「ああ、いいわ。その苦悶の表情をもっと見―――」
ダメ押しに抜けぬならとローは足元にあった赤っぽいクッションの付いた椅子を蹴り飛ばす。当然の事、避けられはする。だが、今だ勝利への一歩は損なわず。
「あら?」
「ぐ…オオオオオオオォォォォッッ!!」
抜けぬのなら、そのまま突っ切ってしまえば良し。右肩にあった猛毒の鎌を無理矢理に肩の肉ごと引き上げ、爛れ離れるが問題はない。
距離を詰めるべく、そのまま一気に跳躍。思い切りにローは加虐の姉へと刃を突き刺した。
「ペインキル姉妹とこれから戦うわけだが、奴らの“力”はどんなものだと思う?」
十教皇城の近道に乗り込む少し前。道筋に劇場へと赴く彼らは、簡略な作戦会議。もとい、改めて情報の照らし合わせも含めた話し合いを行っていた。
「多分ですが―――」
この毒の霧に関するモノだろうと答えるべく口を開くも、眼前の“英雄”は口元に人差し指を添え、言わぬようにさせて自身の考えと注意点を述べる。
「私も君と同じ考えだし、姉妹であるためおまけの何かがあるのは確か。それと…聞かれている以上、口に出す情報は最小限に」
囚人トヅマ・ノイの話により、この霧がペインキル姉妹の力の末端である事は周知済み。故に、彼が提案するのは作戦とは言えない、もはや方針と呼ぶに相応しいモノ。
「ならばこそ。“なる”前に倒さなければならない」
つまりは彼女らの“力”によって毒の霧に『変貌する』前に倒さなければならないという事。ソレができなければ―――――
「<ヴァン・ル・テューヘン>!」
第九級魔法<ヴァン・ル・テューヘン>は不浄な物全てを弾き返す強力な魔法の盾。フィリアナはそれを五重に構え連ねて、最上の防壁を築く。
「そんな安っぽい壁、意味ないわ!!」
頬まで裂けたような口元は赤黒に染まり、嗤いながら嗜虐の妹によって振るわれる大鎌は、いともたやすくパリンと音を奏でて防壁を斬り壊し、
「<火炎の魔法陣>」
「あららん?」
見事に罠へと誘導成功。魔法を無効化する前例を知る以上、対策は万全にする。
手に持つ大鎌が魔法を何ともしないのなら、その本体へと攻撃すれば良し、だ。火炎の柱はごうごうと罠に陥ちた嗜虐を焼き焦がす。
皮膚は爛れて、呼吸器官は滅茶苦茶になるであろうその魔法。
「ハァアハハハハハハハッッ!!!」
狂気―――ソレは全ての感情をごちゃ混ぜにし狂いながらも、その気は一点にある様。
細腕に張り付いた皮膚は真っ赤に焼け爛れ、水分のある個所全てが滅茶苦茶になっているのにも拘らず、狂気の笑顔で彼女は嗤い来る。
「シネェェェェェッッッッ!!!」
火炎の中から鋭き勢いで飛び出すは、痛みを嗜む彼女。
そんなものがどうしたと。焼かれながらに恍惚の表情を浮かべる嗜虐は、刈り取るべき命が射程距離に入った事で喜々として武器を振るう。
「なっ?!」
フィリアナは無詠唱で魔法の障壁を張るも、この距離では間に合わず。が、
「こっちだ、サド女。――――今だ、アキラ!」
「ええ、<パルプ・フィクション・ガム>!!」
地を響かせる炎煉の一撃により大鎌の軌跡は移り変わって、高級感あふれるマットへと突き刺さり、アキラが鋼色の歯車の巻き付いた“力”を発動させる。
その両腕の拳で行うは動かぬ鎌を殴りつける。
「シャァァァァァァッッ!!!」
一発、二発で終わらない拳の連撃は轟音を響かせて、止むことなく殴る。
<パルプ・フィクション・ガム>の腕力はかなりのモノで能力を使わずとも丸太の五、六本程度なら殴り抜ける事が可能。ましてや、このような薄っぺらい刃物であればへし折るのは簡単。
(…ッ、やはり駄目か……?!)
故、能力を使いながらも腕力を扱いに全力に殴り抜けても破壊はならず。
この大鎌は血が凝固したものであると予測立ててはいたが、正直言って外れた。どうやら、
(血は自らの一部であり、無機物ではない…?――――とすると、あの鎌には血が通っている?!)
血の大鎌は伸縮自在の千差万別。
毒の霧という“力”以外、全くの情報が無い未知の敵へと考えを張り巡らせるが、その隙は与えず。
「アナタがアキラ・トシカワね?」
嗜虐の彼女より弾んだ楽しげな声が、
「同じギフト持ちなんだから、楽しませて」
反応が遅れていたら死んでいたであろう。
語尾に愛らしく、美しくの声音を乗せた彼女の意志は瞬間、突き刺していた鎌の形状を変化させる。
鎌よりいでしは血の槍の柱―――ソレが、すんでのところを掠め取った。
「こっちだ、つってんだろ!?」
炎煉は高くかっ跳び、重力と最重量の合わせ技を振り下ろす。刹那、スティ・ペインキルは標的を変えて、突き刺さった大鎌を敵の方へと横なぎに形状を変えて、狙うは脇腹。
「炎煉さん!」
嗜虐の彼女が狙う当たりは確実な一振り、形状は薙ぎ払うを体現した薙刀が如し。阻止すべく、アキラは“力”を発動させて、急ぎ半分まで作った槍を投げる。
「多人数で痛めつけてくるなんて、野暮よヤボ。」
「なに?!」
投げつけた槍は呆気なく弾かれて、砂鉄に逆戻る。炎煉の一撃も新たに形成された右手の盾により防がれた。
「あら、お姉様の方はズルいです。こっちは全然歯応え無くて……」
「コイツ…不死身か?!」
凶戦士の刃は致命的なほどに敵を深く穿った。
常人であれば即死の串刺し、穿つ刃渡りは胸から腹にかけての背まで貫通している。しかし、
「ああ、いいわ…もっと、もっと奥まで…快楽を……!!」
頬を赤く染め、口元からは唾液と混じった粘性のある新く真っ赤色の血液をどろりと溢す。貫かれた身体からは深紅の粘液が同じように零れ落ち、若紫の瞳は蕩ける快楽に委ねながら悦楽の感情に彼女はあった。
(いや、そんなものは存在しない。何か――――――)
「血刺爆散」
「ロー様、危ない!!」
指を一つとして動かす事も無く、思考を張り巡らせる猶予も無かった。
突き刺して身動きの取れなかった加虐は、仕留めた後に僅かばかりの考えをあぐねいていた彼へと血の無数の槍を体の内から向かわせた。
「ニーナ……!」
防ぐ盾を構えようにも遅く、また剣を引き抜き回避する術にも遠い。瀕死になる寸前、腕に抱く彼女の助けが無ければ死んでいたであろう。
「大丈夫じゃ……今は、敵の事に…集中せい………」
庇ってくれた瀕死の彼女は、伝える事だけ伝えればそのまま意識を失った――――大丈夫だ、まだ息はある。
ニーナがローを押し退けることによってギリギリに彼は一命を取り止めた。が、庇った彼女はもろに攻撃を受けてしまい、あるべきはずの左下半身は吹き飛んでいた。
気持ちを切り替え、敵を睨む。刃は相変わらず突き刺さったままで、
「そうね、スティ。貴方は嗜むから良いのであって、与える、与えられる私は楽しみ過ぎたわね」
悲しみ、怒る暇などは与えず、何事も無かったかのように味気なく。
妹の意思を汲んで加虐は霧散し刃を外して舞台へと上がった。同じく、姉に合わせて嗜虐も舞台へと登壇。
そうして、呪文が――――――――
「ドゥレリ、ヴェーツ、シア―――――『生を蝕む、死の痛み』」
「ドゥレリ、ヴェーツ、シア―――――『生を蝕む、死の痛み』」
何もかもが包まれる、ソレは青く輝く霧であった。
生者は全て死に絶える。直感で分かった、理解できた――――アレには猶予などない。
すぐさまに足元まで場を包む獰猛な毒の霧は、まず初めに双方自身の肢体に鎌を貫く姉妹より現れ出でる。そして、肉の残骸となっていた彼等をすぐに腐らした―――――――いや、痛めつけ、改めて殺し食い散らかした。
絶望が迫る。全てを殺す痛みの具現がすぐそばにせま――――
「アキラッッ!!」
ふと、自身の名を呼ぶ声がした。同時、頭へと何か硬いモノがコツンと当たっ――――そうだ、彼は霧の外より現れた英雄だ。
投げられたソレは彼に考えあって事だろう。と思えば、姿は見えず、また自身も霧の只中に何時の間にかあった。
「ゴハッ…か………くそ―――聞けアキラッ!! 勝利はお前の中にある。人間は困難に打ち勝つことができ、成長することができるのだ!! “英雄”となることができるのだ!!!」
段々と霧は濃くなり、聞こえる彼の血反吐の混じった最後の叫び潰えた。周りにいた彼女らも、いつの間にか姿形残さずに消えてしまい、
『はははハハハはハはハははハハハはハはハはハははハハハはハはハははハハハはハはハはハハハはハはハははハハハはハはハハハはハはハははハははハハハはハはハははハハハはハはハはハハハはハはハははハハハはハはハハハはハはハははハハハはハはハははハハハはハはハはハハハはハはハははハハハはハはハ!!!』
澄み響き渡るは、加虐と嗜虐の嗤う声だけだった。




