第6話_戦いの後は…取引
神様連中との勝負に勝った、エレーヌ達人間無勢。
しかし一時でも感じた優越感が思い上がりに過ぎないことを、今はっきりと感じさせられていた。
闘いに参加していなかった9名の神様。エレーヌ達はミコから貸し与えられた招待看破用のコンタクト(もしくは片眼鏡)で、その通り名と名前を読み取っていた。
母性の神、葵=ジャッジメント。
情報の神、紫=ミュージアム。
骨董の神、雅=プロフェッサ。
数の神、始=フィナーレ。
記念の神、迷=アンティック。
本物の神、絵=パッション。
寓話の神、哉=アリバイ。
絆の神、祝=エイプリルフール。
そして神々の中心にいる……旅の神、魚=ブラックナチュラル。
誰も彼もさっきまで自分達が闘っていた神様達を上回る『なにか』を会得しているように見え、その存在が放つ気合は正に次元違いの格差を感じる。特に迷、絵、哉、祝、魚の五名は在り方そのものの違いを感じた。どうすればあんな個体になれるのか――畏怖とともに疑問の尽きないエレーヌ達であった。
そんな怯え気味のエレーヌ達にミコが気楽に励ましのひとことをくれる。
「気負いしてる? 当然ね。なんせこの神様達は実力でトップ25に入る強者達の集まりだからね。特に迷さん、絵さん、魚さんは設計図の文字数と通り名の文字数を重ねがけて導き出される神様の格の高さが別格なんだもの。わたしも最初は固まったもんよ。結局、そこの九名からは誰からも設計図取ってないしね」
「へー強者さん達かー。確かに、相手にしたくないって思わせるほどの威光が見えるねー」
能天気な喋り方ながらも適宜を得たコスモスの発言。ミコを除く六人は、みんなそれに同意した。なんか本当に『神様』って感じる存在なのだ。闘った神様達よりも。はるかに。
すると件の神様の一体、魚が茶褐色系のロングスカートを靡かせこっちへ歩み寄って来る。その様は見ていて非常に優雅だった。人間としても十分美人の領域に入る可愛らしい顔立ちに整った体型。しかしなにより特徴的なのは濃いと淡いの絶妙な濃度バランスに染まった赤紫の長い後ろ髪を紙袋に入れて保護し首筋の高さで持ち上げ、紙袋の穴を通り、後頭部を半周してこめかみのところで先の金具で固定されている、まるでカチューシャを水平に倒したかのような位置で紙袋に入った後ろ髪を支えている神様特性ゴム紐ヘアグッズ。よく見ると持ち上げて上下逆転した紙袋の入口部分もやはり金具で閉められており、こと後ろ髪の防護は厳重だった。前髪とはえらく扱いが違う。
そんな魚に呼応するように、ミコもまた並んでいた人の列から一歩踏み出し前に出る。文句を言うものは誰もいない。ここに来たそもそもの目的が、今果たされようとしているのだから。そう、ミス・ブラックナチュラルこと魚が落札したリバムークの受け渡しである。ミコは今それを果たそうとしているのだ。
両者の距離が狭まって、互いに握手できる位置で立ち止まる。そしてミコは影帽子のがま口チャックを開けて花君ストックから預かったリバムーク入りの絹袋、そして闘いの中で神様を閉じ込めた黒い封印状を九枚、魚に手渡す。魚は受け取った銀色に輝く祝袋をうっとりと撫でながら懐にしまい、次に不覚にも封印された神様仲間が入っている黒い封印状を手元で広げ、札束を数えるように一、二、三、四……九枚と確認する。確認が終わると魚は封印状の束を無造作に後ろに放り投げる。見向きもせずにだ。でも上手い具合にその束は宙を舞い、後ろにいた神様仲間の一体、葵の手にすっぽり収まる。まさに神業。
「はい、確かに受け取ったよミコちゃん。わたしが俗世土産の一番として買った新種のお花、リバムーク。綺麗な花を咲かせてくれると嬉しいな。そうだなあ〜、日替わりアートみたいな感じなんか楽しそうだなあ〜」
「喜んでいただけてなによりね。その代わりと言ってはなんだけど……」
「ええ、わかってるって、ミコちゃん」
魚が頷いて指を鳴らした、とっさのことだった。エレーヌ達の背後になにかが回り込み、首筋に睡眠信号を付与した一撃を六人全員に食らわせたのである。余りにも速く、余りにも的確なその打撃を避けることは適わず、エレーヌ、ウィンド、カーレント、カトレア、コスモス、スイートピーの六人はその場に俯せに倒れ込んだ。
それでもまだ意識は遠のかない。みんな首より上の頭を必死に持ち上げてミコの姿を真ん中に捉える。
「どういうことよ、レインちゃん。せっかくの再会、せっかくの共闘、あとは久しぶりの添い寝でしょう!」
ウィンドが強面判事も蒼白になりそうな論理を叫ぶが、ミコは背中を向けたまま、何処吹く風と詞を返す。
「確かに呼んだし、闘った。でもそこまでよ。わたしは旅人。寝るのはひとりでってもう決めたんだ。それはわたしが今のわたしであるために守らなきゃいけないことなのよ」
「じゃあレイン、お前、最初からこの闘いが終わったらトンズラするつもりだったのか?」
「まあね。旅人は野宿もできる人種でね。この先移動しながらでも座れりゃ文句は言わないわよ。夜の旅人には旅人星の加護があるんだから」
そう言って一度詞を区切ったミコは、改めて六人に別れを切り出す。
「謎めいた暗号文を解いた報酬、そして再会して闘ってくれた神様からわたしへのお礼がこれよ。わたしは不特定多数の人間に背中を押されて旅立つ趣味は持ってないからね。ひっそりと消える必要があったから。ここにきて神様に協力を仰いだのよ。それでもウィンド、カーレント、コスモス、スイートピー、カトレア、エレーヌ。あなたたちには感謝してるわ。人間の底力を神様に示せたし、色々出会いの仲介やら再会のお節介やらできたのは、あなたたちの助けがあってこそだもの。ありがとね」
それじゃ、さようなら――ミコのその詞を最後に、彼女達の意識は微睡みに沈んだ。
ミコが連れて来た6人の強者達が睡魔に負けて沈黙すると、手を下した祝と哉が魚の元へと急いで、だけど何処かコミカルに走って戻って来る。神材の層の厚さが、62体いた神様の売りの1つだった。俗世にゃ一切伝えてないコピーだが。
いい仕事をしたよと懐く弟子2名を褒める魚が、ミコに本題を語りかける。
「さて……実力行使戦闘行為ではミコちゃんはおろか人間にも負けると証明できたいいタイミングで言伝です。神様はあなたから設計図を奪還すべく勝負を挑みます。大事なことだからもう一回言うね。勝つためのゲームを開発中なのです」
「ふーん」ミコは「あーやっぱりそうなるんだー」とか、まるで判りきっているかのような顔と目で魚の詞を聞いていた。そのぶっきらぼうぶりに祝と哉が続け様に質問する。
「ミコおねーちゃん、驚かないの?」
「あんまりね。扉も極もくたばったこの現状であなたたちがわたしから設計図を取り返すなら、神様有利のゲームを開発するくらいはすると思ったから」
「ミコはホント頭回るね。ソノ回転の1割でもアソコの連中に分け与えられたならコウイウ結果も判ろうもんなのに」
「哉さん、それは厳しいっすよ。こういうのは天分と変異分に因るものなんだから。天分は生まれた瞬間に、変異分は生活の中の奇跡のような巡り合わせに決定、変化する。人生狂わすような出会いなんて、そうそう起きやしませんわ」
ミコの砕けた口調から発せられる回答に場の空気は殺伐としたものから和気藹々としたものへと変わる。此処までやっといてさらに勝負を突き付けるなんて宣言、普通なら周辺空気の悪化を招くものだが、詞を投げた相手が良かった。ミコ=R=フローレセンスは、気紛れだが、こういうことで直ぐ怒るほどでもないのだ。
更にミコは目の前の魚達3体の背後にいる残りの戦闘不参加神様達、そして参加しつつも生き残った神様達に集合をかけたのだ。
「残りのみんなも。一年ぶりでしょ? 積もる話もあるんならまだ少し時間があるから、こっちに来てお喋りしましょうよ」
そう言って、影帽子のがま口チャックから特大サイズのキャンプ用シートを取り出しさっさと腰を下ろすミコ。魚、祝、哉はもはや予測不能の其のマイペースぶりに少し呆れつつも大きく感心し、靴やブーツを脱いでシートの上に腰を下ろす。そして魚が後を向いて頷くと、状況を見ていた迷、絵、葵、紫、雅、始の戦闘不参加神員に、カトレアのホームランバットの前に降参した失と幽、そしてコスモスの大技を見て戦意喪失した整、帳、熱の合計14名の神様達がミコのシートに座ったのだ。
「あれ、希はダウン?」開口一番発したミコの疑問文に、非戦闘参加員の葵、紫、雅が夫々の経験を答える。先ずは希のことに関して、葵が答えた。
「あの子はわたくしが駆けつけた時――と言ってもまだここに建物があった時ですが、もう気を失っていましたよ。それでも悔しかったのでしょうね。歯を食いしばり、閉じた瞼には涙の痕が残ってました。またも見逃されたことの意味を、感情的に捉えたようで」
「希にはどうもわたしの気持ちが伝わらないのよねー。他は?」
「はいはーい。次はワタシ、紫ことゆかりんが話そうではないか。ワタシはまずミコに真っ先に挑んで負けた羽達の拘束姿をきちんと写真に撮ったからね。あの恥ずかしい&情けない姿はいいカードになってくれるって直感したね。で、羽も羅も扉も海水引いた後も全然動かせなかったから他の子の成れの果てを見ようと思って回ったんだ。そしてゆかりんが見つけたのが極達だったんだよ。いや〜暗殺の神である人間無関心な極と詰られるの大好きな完の2名が完膚なきまでに負けてるところ、“ベストショット戴きました!”ってガッツポーズ取っちゃった。しかしみんな相手が悪かったみたいね。語と彰なんか操られて人形にされた挙句、極と完にやられてあのザマだもん。同じ神としてありゃ避けたくなったわ。うん、見るに耐えなかったな。一応記憶はしたけれど。当事者には見せない方が賢明だとゆかりんは判断します。そこでメビウス・ラウンズ崩壊。だからワタシはそこでお終いなのだ。ホイ次、雅!」
「うむ……私はまず海水が引いた後の回廊店舗一階床に倒れていた禊殿、巴御前、萌御前を発見した。幾ら摩っても起きないので取り敢えず個別に防護境界を張っておいた。そうしたら風の匂いで次の戦場が判ったから其処に向かった。すると刀御前と翔殿が雨風に打たれて倒れていたのだ。先輩達もまた無反応だったのでな、防護境界で保険を施し、更に次の戦場へ向かった。向かった先は駐車場。其処で地面に腰を抜かしていた失御前と幽午前を発見した。子犬のように震えていたので葵御前程ではないが優しく保護した。其の直後だった。終焉の一撃が落ちたのは」
紫の愉快痛快な語りに雅の慇懃で丁寧な説明。特に雅と合流した失と幽は雅に心からの感謝の詞を口にする。
「あ、あ、あ、ありがとう有難……う。み、み、雅が来てくれてたすかった助かっ……た」
「幽の言う通り。失達腰が砕けて怯えててあの“終わり”にはとても2体だけじゃ対処できなかったわよ。雅が助けてくれたおかげだね」
「もういい……感謝の詞は、短い方がよく伝わるから」
「あ、雅照れてる〜。写真に……」「やめて」
「でもそうでしたのね。希にかまけていた隙にわたくしの母性を発揮する最大の好機は雅に掻っ攫われたと。残念ですね、ちょっとだけ」
戦闘に不参加でありながら戦場其の物は“観察”していた葵、紫、雅の証言に生き延びた失と幽が闘った事で感じた“思い”を口にする。其処に割り込むように加わってきたのが、同じく敗北者の焰と熱だった。
「ミコの御眼鏡に適う人材……正直甘く見ていたわ。コスモス……だっけ? 音の秘術をあそこまで極めた女がいるってだけでビックリ。俗世に降りた意味もあろうってもんよ。熱もあの一撃を目の当たりにして、戦意喪失したわけでしょ?」
「認めよう。その通りだと。それまで激しく熱く滾っていた小生の戦闘意欲が、あの一撃の余波を防ぎきった後、綺麗さっぱり鎮火されてしまった。人間とは何たる者か。これほどの力を持つ者なのかと小生の研究意欲に火がついたなって、あ痛っ!」
「闘って畏れをなしたと思ったら一転、研究対象としてみるのー? 熱おにーちゃん、なんか軽ーい」
「祝の言う通りだな。ソレは逃げだぜ熱。素直に『人間の力の凄まじさに負けました』って言う方がマダ正直だよ。ソンナンだから普段は風紀律している焰に叩かれるんだよ」
熱の勢い任せの巧みな言い逃れに、焰は自身の怒りではなく、神格を律する者として、一撃与え、其の熱と焰の心中を祝と哉が割り込み語る。周りも魚の弟子である2体の言い分に頷くばかりで、熱の味方は誰もいない。
かと思いきや、意外な人物が熱に助け舟を出した。ミコが会話に割って入った。
「研究対象として見る。大いに結構なことじゃない。みんな今日の闘いを通して人間の底力を知ったんだし。でも哀れかな。時期を逸してるわ。もう少し早ければ、わたしに問題を解かれ、設計図を盗まれることもなかったのにね」
痛烈な皮肉。熱はぐうの音も出せずに顔を俯せる。やたら濃い顔の影が、中々如何してか様になっている。
ともあれ、雑談は一段落を見た。闘いに関する諸々の話が終わったので、次の話題に移ることになる。ミコに関すること、ミコ個人の話題へと話の流れが分岐・切り替ったのだ。
口火を切ったのは闘いにも参加しながら碌に闘わなかった、整と帳のペアだった。
「しっかし懐かしいなあお前さんの姿をこうして直で見るのはよ。“気味悪さの設計図”を渡した時以来だかんな。およそ一年ぶりか。何もかも捨てて一人出奔した一年間。何か得るもんはあったのか?」
「整、詞選びが悪いですよ。ごめんなさいねミコ。わたしと整は情報探索チームとしてあなたの道筋を辿っていた――いわばあなたの旅をリピートしていたのですよ。でも繰り返しにも差異はある。本物がどういう感情をあの道に抱いていたのか、興味があるということなのです」
「闘いに参加したのもお喋りの時間が得られるかもって期待からだろ〜? どんだけお前らはミコが好きなのさ?」
「紫、茶化すのはおよしなさい。話がこんがらがってしまいます。それと告白してしまえば、わたしは最初からミコには好感を持っていましたよ」
「そうだね。紫の割り込みは今必要だったとは思えないわね。大事なことだから二度言うけど、もう紫の出番はありませんってことだよね」
「そんな! ゆかりんショック!」整と帳のミコに対する質問を茶化しただけで帳に牽制され更には魚に止めを刺され、紫はまるで舞台女優が死の間際の演技をするようによよよとシートに倒れ込んだ。だが誰もそんなの気にすることなく、ミコの返答を待ち望む。ミコもそれを分っていたようで、勿体振らずに語ってくれた。
「得た物はたくさんあったわよ。モノばっかりじゃなく、思い出、感情、エトセトラ。でもね、本当に……手を伸ばしてでも捕まえたいもの。抱きしめ離したくないものには出会えてないわね。それを探すために名前も変えて、気象一族も出奔したっていうのに。だから今までの旅路で得てきたものの価値なんてまだ0なの。いつかわたしが“それ”を見つけて、泉さんが待っているあの場所へと旅立てるとき、初めて価値がつけられるのよ」
星天に手を伸ばして語るミコに真っ先に反応してきた者達がいた。文字数5文字の設計図を持つ魚に匹敵する実力者コンビ、あの御両所、迷と絵だった。
「みいこはさ、やっぱ泉の死の瞬間とか苦し紛れの言い訳とか目撃していたわけ? あの黒い紙切れの招待状に封印された透やそれに準じる連中。そこんとこ知りたがって根掘り葉掘りってしつこいし暑苦しいのなんの」
「迷、そんなのうぃには関係ないことだよ。どうでもいいことでしょ? 真相なんて。泉は死んだ――そのにゅーすを受け入れればわかることはいっぱいある。まあうぃもうぃの中にあった泉が消えたときはしょっくだったけどね。一年も経ったら61のうぃにすっかり適応できちゃったよ。別に神様の定員が62でなければならないなんて不文律なんかないんだよ……? それよりうぃミコには“この先”について訊きたいね。泉が待っている場所へ行くって君は言った。そういう旅のすけじゅーるになっているのかい?」
真相を(面白半分に)問う迷にミコの見ている先を(軽い気持ちで)問う絵。どっちもあの日、泉が死にレインと名乗っていたミコが大半の設計図を強奪した時、謎のままに隠れた真実。この2名、そういう風には見えずとも、御両所と呼ばれるだけあって、趣味嗜好は良く似ているのだ。
でもミコは、この件に関しては「そーねー」と珍しく滑舌が悪い。夜空を見上げ、詞を選び吟味している様子だ。何が出るのか迷と絵の期待は高まるが、待たされた割に返ってきたのはこんな返答。
「泉さんはね、もう生きることがないって言って消えたのよ。歌を歌い、嘘を吐き。その生活を満喫きしってしまったがゆえに召されてしまったわけですよ。そしてわたしも、この身体を使うことを避け、影の秘術に手を出して使いまくったばっかりに、同じ宿命を背負っちゃったわけです。だから正直言って時間無いんですよ。『残すもの』を託せないと、ひょっとしたらわたしは、泉さんが最後に作った曲もろとも、この世界から消えてしまうのかもしれないのだから」
何気なさそうに語られた抽象的な詞。しかしインパクトは絶大だった。迷も、絵も、輪の中に入って聞き耳立てていた魚達も、みんな神妙にその内容を聞き留める。一言たりとも忘れないように。
「そうか……泉の部屋はそのままじゃったが、選りにも選って一番大事なもんをお前さんが持っておったのか。しかしあの小娘、わしより先に逝きおったか。わしも知らんような場所へ」
一番目の神、始まりの神。数の神始=フィナーレが老獪さを醸し出す深みのある声で語る。それが合図だった。会話の終幕。別れの時。それでも最後は締めなければならない。神様の代表は、魚だった。
「ミコちゃん、あなたは旅をしている。わたしたちも随分追っかけたけどこうしてやっとの出会いだった。でも違った。追っかけるんじゃない。単に呼べば、同じように動いていれば会えるんだってこと、神様がすっかり忘れちゃっていたよ」
「そうよ魚さん。わたしもね。逃げてるとかよく言われるけど逃げてんじゃなくて旅をしているの。だから捕まらないのよね。逃亡者には追跡者が付くけど、旅人に追跡者なんて付くはずがない。だからわたしは今までも、そしてきっとこれからもけして捕まることはない。わたしがまだ旅をしている限り、呼んでくれれば応じるわよ。ただし、わたしは極めつけの面倒くさがりやかつ気まぐれだけどね」
「そう……なら大丈夫ね。今準備しているゲームは、きっとミコちゃんも楽しめるはずだから。そうね、いいかえるなら“燃える”はずだから――かな?」
「できたら呼んでね。楽しみにしてる――ああ、旅の楽しみがまたひとつ増えたわ」
そう告げてミコはよっこらしょと軽そうな腰をわざわざ重たそうに上げ立ち上がる。促されるように神様達も立ち上がり、靴やらブーツやら履いてシートから離れる。誰もいなくなったシート。ミコはそれを“自分の手”で丁寧に畳み、影帽子のがま口チャックの中へとしまった。
そしてミコは踵を返し、神様達に背を向ける。魚が一番待ち望んでいた時間だった。
なにも背負わず見えるくせに、全てを背負い込み、そして魅せるミコの背中。
魚にとってそれ(背中)は、絵の入れ込む絵画より眩しく、誰よりも大切な祝と哉に、是非にでも目に焼き付けておいてほしいものだった――それだけの“夢”があるから。
そして立ち去ろうとした直前、ミコは神様達にこんなことを口走った。
「祝ちゃんと哉ちゃんに眠らされた六人だけど、イタズラしてもいいよ」と。
そう告げてミコは空中に瓦礫や衝撃波が“停まっている”空間――魚の本とペン、“フィール”と“R”が二次災害を防いだ場所をポンポンポンといとも簡単に脱出した。
見事なものよ――神様がそう褒め称えたくなる位に。それは圧巻の移動劇。
ミコの旅立ちを視認した魚達14名の生き残った神様達。夫々に抱く思いは様々だが、悪い気だけはしていなかった。此処に来なかった零と21名の勝負用ゲーム製作開発チームにも、傍らで行動不能となっている敗者共にも、感じさせてあげたいと思う“なにか”を秘めた、旅人の歩みだった。
「さて……」ここで、魚が首飾りに小さくして掛けていた“幻視画本・フィール”とそれに介入できる“羽根ペン・R”を持てるサイズに拡大し、開いたフィールの見開きにはこの現状を映して、Rの方はまるで煙草かパイプの代わりと言わんばかりに口にくわえて思案する。旅の神魚=ブラックナチュラルが心中考え事をしている時に決まってする様式美。
その企みが良いか悪いかは別問題だが……魚の頭に巡っていたのは下記の点。
①停めたままの瓦礫を置く場所。それにはこの穴が丁度よい。
②祝と哉に眠らさせたこの人間6人の処理。実はちょっと仕返ししたい。
③防護境界の解除と脱出。境界を消すタイミングが大事。
思考、一巡。
くわえていたRを吸った後の葉巻のように指で挟んで一息吐く魚。考えは纏まった。周りは直ぐに集まり魚の考えた作戦を聞く。その内容は神様の溜飲を下げるに相応しい、取って置きの逆襲プラン。
やられた者も、見てただけの者も、乗らない者などいなかった。皆一様に悪い顔になり、「ククク」「ケケケ」と邪悪な囁き。そして諸々に道具を取り出し、作戦を遂行する。
そう、神様とは旅人に負けず劣らず気紛れで、そして誰よりも質の悪い連中を指す詞なのだ。




