第6話_トニーサ湖決戦(後半)
ミコが黒い手に見せた銀色の惑星儀と硝子製の羅針盤を目の当たりにして、周りの者達の目の色が変わる。あるものは魅せられ、あるものは慄き、またあるものはわけもわからずとりあえず固まる。その反応を大元のミコは楽しんでいるのだろう。至極ご機嫌な様子で説明を始めた。
「わかってるようね。わかってないようね。これは銀の天候儀と硝子の羅針盤。銀の天候儀はこの惑星の天候を映し、且つ所有者にこの惑星儀越しに介入を許す。これでもってカーレントの海水処理に助勢した次第。もうひとつは硝子の羅針盤。ベクトルメーター、フォースコンパスの異名を持つ力の処理機。これでこれからこの鬱陶しい地震もひと思いに消させてもらいます。でもこれふたつとも、しかるべきペアを組まなきゃ使えないのよね。だからカーレントを呼んだわけ。さて、もうひとつ、地震の方は……」
「わたしの出番だねー」
そう言って名乗り出たのは杖を持ったコスモス。若者達は「なぜ?」と首を捻るが大人達は澄まし顔。代表して同じ花一族、同じ委員、そしてなにより同じ女であるスイートピーが相槌を打つ。
「ぱー、成程納得ナイスチョイス。そうだ、コスモスは音の秘術を使えるんだったね」
「そうだよー。伝承楽団に対抗すべくこの身に修めた音の秘術。音を出すものならなんにでも介入できるんだよねー。正直この地震はやっぱわたしかー、でもめんどくさいなーと思ってたんだけどねー。だけどミコちゃんが硝子の羅針盤で負担減らしてくれるんなら望むところだこんちくしょー!」
真っ直ぐな杖を振り回し、ミコと並ぶ位置にまで進み出るコスモス。ミコと二人で敵を見据え、「いくよ」「いきましょー」と阿吽の呼吸で行動に移す。
コスモスが、揺れる湖面に杖を打ち付け、ミコの羅針盤がくるくる回転する。すると万事がくるりと回り、うまい具合に元通り♪
広い大地と凍った湖面を揺らし続けていた地震は、あえなく鎮まったのだった。
それと同時に“ウェイブ”に肩を貸していた“クエイク”の膝ががたついた。最大展開出しつくしていた『地震』という力を失い、“ウェイブ”同様に弱ったのだと、スイートピーが語ってくれた。
となればすぐにでも、幕引きである。
「ウィンド! カーレント! スノウ! コスモス! スイートピー! 行くわよ!」
「アイアイマム!」
ミコの号令に従って、ウィンド、カーレント、コスモス、スイートピーの四人が“クエイク”と“ウェイブ”に向かって最短距離を突進する。敵は逃げることさえ適わなかった。号令をかけられながらもその場に残ったスノウが、足元を凍結接着させていたからだ。
「スノウちゃん!」
敵のあがきを遠目に確認したサクラと萌枝が叫び振り向くと、スノウは両手を湖面に着けていた。なるほど、そうして冷気を送っているのか――納得する二人にスノウは上目遣いで綻ぶ笑顔。溜息混じりに告げるのだ。
「ま、わたしはここで足止めよぉ。まだ子供だし。成長期であって全盛期じゃないし……しょうがないよねぇー」
泣ける! 少女の健気な告白に、心打たれた同年代。あふれる感動ありあまるありがとう。気付けばサクラと萌枝の二人は、スノウに「ええ子や〜」と賛辞を贈っていた。
そんなありきたりな詞を受け止めてくれたスノウは、「さ、前を見てぇ。見届けてぇ。わたしたちの憧れる、レインさんたちの闘いぶりを!」と助言する。
促されるままにサクラ達居残り組は視線を前に、ミコ達の背中に向ける。遠ざかる背中は小さくて……だけどとても印象的で、そしてなにより眩しくて。その活躍は未来を夢見る少女達の瞳に焼き付けられる。
カーレントが得物と思しきナイフを投擲し、“クエイク”と“ウェイブ”を切り離す。個々に別れた敵二名にコスモスとスイートピーがさらに加速し第一撃。しかし敵もいうことを聞かない身体を叱咤して回避行動、かすりこそしたものの、二人の攻撃は花と散る。
が、続け様にミコとカーレントが時間差で第二撃。特筆すべきはミコの影帽子から飛び出ている黒い腕。銀の天候儀と硝子の羅針盤をすでに戻したフリーの手二本に、もう一対の手が握っていた剣と良く似た形状の影が現れ、同じ影にも関わらず、黒い手はその剣状の影を握ったのだ。三本に増えたミコの剣、そのうちなぜか影の複製分二本だけが両翼に別れた“クエイク”と“ウェイブ”に牙を向く。足を動かせない敵に対して秘刀一閃。かすり傷を負わせ、その勢いのまま敵を置き去り去っていく。当然ながら、周囲は当惑。敵でさえも困惑する。敵は揃って後ろに振り向く。それが虚を衝く致命的失敗。
敵が通り過ぎたミコ達に顔を向けた際、スタート地点に残っていたサクラ達の目に映ったのは――。
無防備な背中への、破壊的威力を誇る見えない第三撃だったのだ。
「かはっ……!」合格点スレスレの断末魔を零しながら姿勢を崩す“クエイク”と“ウェイブ”。側にいるスノウが凍結の度合いを再調整したようで、その身体は凍らせて固定していた足が「ポッキリ(痛)」とはならず、ちゃんと足が繋がったまま、凍った湖面に倒れ込む。その一番近くに、いつの間にか消えていたウィンドが姿を現したのだ。
「ウィンドさん! いままでどこに……」
一部始終の戦闘観察に夢中ですっかりその存在を失念し、それだけにとっても驚いたサクラ達が驚嘆の声をあげると、スノウがとくとくと説明してくれた。
「ウィンド姉さんはねぇ、型の秘術を使って自分のカタチを変化変動させられるんだぁ。自分を構成する物質を、原子分子単位で自在に動かせるのぉ。さらに変身さえもできる。わたしたち気象一族ではカタナシと呼ばれるウィンド姉さん。今回見せたのはさらに奥の手、レインさんとのコンボ技だよぉ」
「コンボ技?」萌枝が確認すると、スノウは首肯した。
「ウィンド姉さんは風化して自分を透明な風にして第三撃、最後のトドメとして攻撃した。風は透明だから、当然見えない攻撃。しかも今回はひとりじゃない! ほら、レインさんの天雨乃原が展開されているからウィンド姉さんの影法師も透明になって一緒に突撃したってわけぇ。影の秘術と型の秘術を掛け合わせた高等連携『見えざる影』だよぉ!」
「インビジブル・シャドウ……」
サクラ達取り残された若者達はその技の名を反芻しつつ、目の前の光景に固唾を飲む。
凍った湖面に倒れて躯となった敵と、その向こうで背を向け佇む6体のシルエット。
ミコ=R=フローレセンス、コスモス、スイートピー、カーレント、ウィンド――。
そしてウィンドの影法師、計6名が戦場跡に「生き残りし者」としてそこにいた。それは、勝った負けたという概念とは程遠い。もっと別の、どこか詩的な哀愁を誘う、絵画のような美の一式だった。見る者誰もが見惚れてしまう、儚くも鮮烈な光景。
「めっちゃ綺麗やわあ……」
「そりゃそうだ。なぜなら俺達がいないからな。俺やこいつらみたいに生粋の戦闘バカがいないからこそあの構図は成立する。俺らじゃ達成感にかまけて踊りだすのが関の山だ。あいつらだからこそ、この印象が得られるんだよ」
ツバキの告白を聞いて、皆合点した。だから最後の攻撃に戦闘部隊のツバキとデルタフラワーズは使われなかったのかと。
そんな余韻に浸っていたら、聞こえてくるミコの声。こっちにいらっしゃいと呼んでいる。それは終焉の合図。サクラ達は疑うこともせずミコ達の方へ歩を進める。それが日常の中に奇跡的に現れた芸術を破壊することだとわかっていたが、日常の中の芸術だからこそ、終わらせないわけにはいかなかった。人は未来に進むもの。決して絵画ではないのだと、知っていたから。
スノウを先頭に、サクラ、萌枝、ツバキ、ビンカ、サザンカ、ホウセンカのデルタフラワーズにその影法師達。さらに影法師に意識を転送され、解放された本体を持っているシクラメン、アキレギア、スオウバナ。暴れた本体を潰されたクエイク、ウェイブ。あとイヴァンとミヒャエル、カーレント、コスモス、スイートピーの影法師達。総勢27体にも及ぶ有象無象の観客達が、魅せるだけ魅せたミコ達のいる場所へと歩み寄った。ただひとつ注意したところといえば、湖面がスノウの放った冷気でまだ凍っていたので、滑らないように気を使ったということくらい。ま、中には悠々とスケートするヤツもいたのだが。
「つきましたよぉ。レインさん。これで全員集合ですかね」
「そうね……全員。あ、忘れモンがあった」
「お?」
スノウの到着報告を是として受け止めたミコであったが、遠い目をしてそんなことをつぶやくと、影帽子から新たにふたつ、黒い腕、そして黒い釣り竿を取り出して思いっきり針を投げる。ふたつの釣り針は遠く凍った湖面に落ちると、巻かれ戻り来る最中あるものに引っかかった。遠くの話なので当然サクラ達には見えていないのだが、ミコの黒い釣り竿がクンと背伸びし、いわゆるアタリを知らせたので事態の把握は容易だった。そこからミコがくいっと腕ごと釣り上げたのは――身体の構成情報をぬいぐるみに書き換えられた挙句みんなから散々に攻撃され、しまいにはミコに轢かれスノウに氷漬けにされたこの事件きっての好戦派、自然学派のイヴァンとミヒャエルの本体だった。黒いリールの気持ちいい機械音が鳴り止むと同時に、みんなの目の前にその姿を見せた自然学派の二名。針が足の方に引っかかっていたので、まさに古占札のひとつ、「吊るされた男」そのものの風体だった。実に笑える。
「ぱるほど……確かにこいつらを忘れちゃったら、後々面倒だよね」
スイートピーの指摘はみんなの総意。こいつらには用はないのだが、影法師を戻してあげる必要がある以上、身体は必要である。
「さて、敵対勢力も抵抗できないように躾けたし、影法師ちゃんたちには戻ってもらいますか。もう天雨乃原で惑星を覆う必要もないでしょうし」
「ん? それはそうでしょう。闘いは終わったんですから」
ミコの意味深な発言に萌枝が疑問をぶつけるが、返ってきたのはミコを除く大人達の豪快な笑い声と、くすくすと口元を緩めながら放たれたミコのコスモポリティックな答えだった。
「萌枝ちゃーん、それにサクラちゃんや他の子たちも気付いてないようね。“クエイク”は今まで封じていた地震エネルギーを解放していたのよ? わたしとコスモスが処理するまでの間、実際揺れ続けていたでしょ? 津波の処理を先にしたとはいえ、あの揺れの被害は看過できないものだったわ。問題はあれど利用価値はヒストリークラス・ユニオンスケール。しかも封印型だしね。あいつは惑星の半分程を揺らして相当の被害を与えたつもりだろうけど、そうはわたしが卸さないわ。わたしの展開した天雨乃原はね、ここ一帯でこそ効果は影法師の実体化と躍動だったけど、他全域では影と本体の繋がりを強化して、揺れの影響を抑えてたのよ」
「ってことは、まさか……?」萌枝は詞を詰まらせる。その先の真実に驚いて、声が出ないのだろう。ミコはそれを咎めることもせず、ただ微笑んで頷いた。
「そう、影法師躍動空間・天雨乃原の展開範囲はこの惑星全域だったのよ。これ言や納得してもらえると思うけど……わたし、レインとしてもデイリークラス・プラネットスケールなのよ。影の秘術だって惑星レベルで展開できるわ」
「あ……あは、ははははは!」
返答を受けた萌枝も、聞いていたサクラ達も皆、既に笑っていた大人達=事情を知っていた大人達と一緒になって笑い出した。何に笑っているかは違っているが、ミコが笑わせてくれたことだけは全員一致、疑問を挟む余地もない。なら笑われたっていい。腹の中で何を笑うかなんて些細な問題だ。詮索などせず、笑いの和音を奏でれば、それだけで楽しい。面白い。なんと素敵な人生讃歌か!
サクラ達は今生きていること、笑っていること、楽しんでいること、そして幸せを感じていることを実感していた。これこそが人生を謳歌するということなのだと、子供心に理解した。比類なき爽快感が身体中に迸る。
「さて……そろそろ戻すか。クエイク、ウェイブ、こっちおいで。自然学派の影法師ちゃんたちも。売り子ちゃんたちはそこでいいわ。本体を今意識のある影法師の前に出して」
ミコがてきぱき指示を出す。それを受けてクエイク、ウェイブと自然学派の影法師達は本体の前に横に移動し、シクラメン、アキレギア、スオウバナは抱えていた本体を前に出して首締める。とてもつっこみたかったが、ミコの邪魔になるのでサクラ達は我慢した。
そのすぐ後だった。自然学派をのぞく5体の影法師達から黒い矢が飛び出て、本体の方に刺さり消える。以前とは真逆のあらまし。しかし見ていて十分に結果は予想できた。これで意識が本体に戻るのだろうと。
事実それは正しかった。黒い矢の刺さった本体の方から、クエイクやシクラメン達の声が聞こえたのである。
「戻りました!」「ほんまやわあ」「ボクの身体、怪我してないかな?」
先に詞を喋ったのはシクラメン、アキレギア、スオウバナの花売り子達。戻れてよかったね――サクラ達はそう共感しつつも、もう片方の静けさを訝しんでいた。そう、身体を自然現象の意思そのものに使われたクエイクとウェイブが、全く微動だにしないのである。
「なにかあったのかしら? あの二人」
「全く喋らず動かず……まるで彫刻ね」
「だいじょーぶだよぉ。驚いてるだけ」
「驚いてる?」サクラと萌枝のヒソヒソ話に同年代にして事情知ってるわかってると思しきスノウが後ろからこっそり声をかける。その発言に釣られてサクラと萌枝は後ろのスノウに顔を振り向けた。ガバッと回るふたつの顔、でも二人が見たのは非常に愛想よく待ち構えていたという風のスノウのニコニコ顔だった。しかも彼女はこんなことを言う始末。
「顔の位置を戻して。このまま振り向いていたら決定的瞬間を見逃しちゃうよぉ」と。
決定的瞬間というフレーズは非常に心揺さぶられるものがあったので、サクラと萌枝は素直にこくりと頷いて顔を所定の位置に戻す。すると間もなく本当に、決定的瞬間が訪れた。
「軽い……軽いぞこの身体! なんだ、なんなんだこの高揚感ウキウキ感! まるで体重がないかのようじゃないか!」
「開放感に溢れてる……邪魔者はおらず、わたしを遮るものはなにもない! お姉ちゃんありがとう! 封印をリセットした後の身体が、こんなに心地いいだなんて、わたし知らなかった!」
クエイクとウェイブの二人が突如狂ったかのように叫び、笑い、はしゃぎまくる。なるほど、これが決定的瞬間というわけね――サクラと萌枝はまず呆れてから納得、最後になって祝福した。
「封印していた自然現象のエネルギーをミコさんの策略で出し切った後の身体でしょ? 禁断症状もなくなった……そりゃ使い心地がいいでしょうね」
「よくよく考えたらわかりそうなもんだったね。最初固まっていたのも今思えば感動から来る放心とその後へのタメだって気付きそうなものだったのにねー」
サクラと萌枝は肩の力を抜き、脱力しきってもの申す。周囲もそれに同調し、呆れ眼で二人を見やる。おまえら、その解放を願ってこの事件を起こしたんだぞ。忘れたとは言わさねー、ってな感じに、胸中ツッコミしまくりだった。が、口には出さない。みんな優しい。君達の苦労もわかっているからね――と、生暖かく見守っていた。それだけだが。
その一方、ミコがただ一人目を閉じて、なにやら黙する様子を魅せた。その様子を見やっていたサクラと萌枝は「見るに耐えなくなったのでしょうか?」と予測したが、すぐ近くにいたスノウとウィンド、カーレント、コスモスにスイートピーが口に人差し指を当てて「しーっ」と沈黙要請の合図を出す。言いたいことも飲み込まされ、黙ってその場を見守らせる。するとすっかり忘れたころに、今の今まで実体化していた影法師達が元の影として、二次元の地表水面に戻り返っていったのだ。そう、このときまでミコは意識を戻す黒い矢を射っただけで、天雨乃原の解除はしていなかったのだ。目の前に夢中ですっかり忘れていたその事実がサクラや萌枝、花売り子達の頭をくらくらさせる。それもこれも今日経験した出来事があまりに濃密すぎるのが悪い。今日の経験・記憶の質と量は今までの日常の平均値と比べればざっと19倍はあるだろう。それだけのデータとフィーリングを備蓄できるだけのキャパシティはサクラ達にはない。そうでなければくらくらなんてしないだろうに。
ともあれ、現実に目を向けると影法師達も元の鞘に収まったことでようやく戦闘の終結を実感することができた。時間は正午前一時間ほど、発表会は午後二時から、余裕だ。
「ぱて……シクラメン、アキレギア、スオウバナ」
「は、はい! スイートピー様!」
一息ついてからスイートピーが事件の当事者たるシクラメン達に声をかける。顔を向けないところが実にうまい。どんな顔をしているかわからないという謎と恐怖が威圧感を倍増させているのだ。大変勉強になったと、サクラは心底感心していた。
「盗んだリバムークの種は、どこにあるの?」
スイートピーが真っ直ぐに問い質す。サクラ達追撃部隊はシクラメン達に同情した。騙されたとはいえ、加担した責任は追及される。さぞかし肩身の狭い重いでしょうね――という具合に、先の先まで展開が予想できていた。
だが、事実は小説より奇なり。シクラメン達の分不相応な余裕の態度、そして返ってきた返事に皆が唖然とさせられたのだ。
「ああ、種でしたら大宝庭の別の金庫に戻してありますよ」
「こっそり移し替えたんやよね。クエイクはん達騙すのは難しいかな思てたけど、杞憂やったわあ」
「ボク達、のせられることはあっても、タダでは利用されないもんね!」
ポカーン……。
開いた口が塞がらないとはまさにこのことだろう。全員二の句を継げられず、しばし時が止まる。が、その体験を経て、大人達は気付いたようだ。
「そうか、これか! お前ら、上級奥義幻惑粉紜で花隠しをやりやがったな!」
「はい♪」
ツバキのアクロバティックな奇行挙動から放たれる解答を「正解です」と認めるシクラメン達。サクラ達は驚くよりも頭を抱えた。こんな(パッとしない&華のない)先輩達にまんまとしてやられたという事実に頭が痛くなったのだ。しかも使ったのは上級奥義? だめ押しであった。もう勘弁してほしいとさえ思うくらい、元気が搾り取られてく。
そんな風に皆が呆然としている中、いち早く己を取り戻し対応に走った女がいる。なんとそれはミコではない。コスモスだった。いつ出したんだと突っ込みたいほど唐突に持っている携帯電話に向かって自称永遠の少女を名乗る女委員は話しかける。
「カトレア、聞こえたー? シクラメン達持ち出したんじゃなくてー、別の場所に隠してたんだってー」
『ええ、今大宝庭。委員専用特権コードで全ての金庫を開いたらあったわ。リバムークの種のケース。中身も本物間違いなしです。非常に癪に障るけど、そこの花売り子達にしてやられたみたいですね。まさか上級奥義とは……』
電話越しに諜報工作員統括兼審査部門管轄委員のカトレアが奪還目標であったリバムークの種を確保したことを伝えてくれた。それ聞いてようやくみんなの顔色が戻る。問題が解決したことへの安堵感が、色々掻き乱された気持ちを整えてくれたのだ。
それにしてもやはり、濃密な一日だった。ミコが一息つきながら放った詞がそれを如実に表していた。
「あー疲れたあ。踊らされて引きずり出されて、有無を言わさず闘って、現象処理に被害軽減、それで実は種は盗んでいませんでした、だって。色々ありすぎて気晴らしにもなりゃしない」
その通りだとサクラは深く同調した。朝からバタバタ忙しくして、相当生命を削ったのに、まだ正午前なのだから。絶対気晴らし、もしくは休憩が必要である。
「さて……愚痴もほどほどに、そろそろ戻りますか。でもあいつが来ないとな〜」
「来たわよ。ここに」
ミコの謎めく詞に応じたのは誰のものでもない声。つまりは新たな人の声。敵? その疑惑を拭いきれずサクラ達は大慌てで身構えるが、取り越し苦労に終わった。
見えたのはミコや気象一族、さらに我が花一族の大人達に囲まれる人気者の姿だった。
見たところミコ達よりも年上、30代は確実に行っている……いや、熟女と言ってもよさそうな年頃の、でも女優みたいに輝いている容姿の美女が、ミコ達の接待を受けていた。
「久しぶりね、エレーヌ。でも遅いわ。あなたに処罰してほしかったイヴァンとミヒャエルは、この通りよ」
そう言ってミコは黒い釣り竿に目を向ける。そこにいるのは影を取り戻しつつもやはり吊られたままのイヴァンとミヒャエル。エレーヌと呼ばれた女性はぬいぐるみと化した二人をみて、冷めた目つきでこう言った。
「手遅れか……ごめんなさいね。ウチのバカ共が迷惑かけて」
女性――エレーヌはそう言うとミコの釣り竿からイヴァンとミヒャエルを引き取ってその場に落とすと、ポケットから取り出したチケットらしきものを取り出しすぐにもぎる。するとなにやら珍妙なことに、イヴァンとミヒャエルを支えていた凍結湖面が異空間じみた澱んだ色の穴になり、二人はその穴に落ちていった。有無も言わさず、あっけなく。
「はい、終わったわ。あいつらは移動用チケットの谷底トンネルで自然学派の本拠地に強制送還致しました。これから処罰研究科の面々がきっつーいお仕置きをしますから、御安心の程を。なんてね」
「は、はあ……」サクラや萌枝に花売り子三人娘、そして気象一族のスノウとクエイク、ウェイブも戸惑い気味に詞を返す。その反応の悪さを見て、女性は「やば、外しちゃった?」と唐突に慌てだした。どんな神経だ。
そこに彼女を囲っていた大人達からの冷たい指摘がザクザク入る。
「ちょっと奥さん見ました? エレーヌったら自己紹介もなしに初対面の子供達にネタ振ってますわよ」
「見ましたわー。なんて恐れを知らない女なんでしょー。本人はフランクで人見知りしないってゆー美徳だと思っているんでしょーけどー、子供達からしてみれば見知らぬ大人は通り魔露出魔御邪魔虫だって気付いてませんですことよー」
「怖いわー」「ヒクワー」「ナイワー」「やーねー」
ミコとコスモスの会話に続いて、ウィンド、カーレント、スイートピー、そしてツバキの毒舌が立て続けに浴びせかけられる。それを受けて参ったかと思いきや、女性はようやく自分の不覚に気付いたようで滂沱の涙を流しながらミコ達に振り向き「ありがとう」と礼を言うと、一旦後ろを向いて丁寧に涙を拭い、顔を整えてから再びサクラ達の方を向いた。さっきすれ違いざまに見た泣き顔とは、全然イメージの違う、『女優』って顔で。
「改めまして。こんにちは。自然学派の学部長、ミコ=R=フローレセンスに呼ばれし機械仕掛けの収拾役専門女優、エレーヌ=神鳥谷です。有望な若者達に会えて光栄。スポットライトが眩しいわ。なんてね」
「ひ、ととのや?」スオウバナが難しい苗字を復唱するが明らかに変拍子。エレーヌは「ノンノンノン」と指を振って至極丁寧に講義する。
「私の苗字の読みは『ひととのや』。漢字表記の単語でね、『神』の『鳥』の『谷』と書くの。私達自然学派は特殊加護を司る自然の名を苗字に宿す。私は当然、谷なのです」
以後、お見知りおきを――そう締めくくるエレーヌの仰々しい口調に、サクラ達初対面の面々は圧倒されて声も出ない。ただ惰性任せに「あー、はい」と不器用な返事を返すだけで精一杯だった。
それというのも学部長という自然学派での大層な肩書きに、なによりその濃すぎる個性のせい。自然学派は学長を筆頭に学部長、教授、講師、博士、修士、学士とランク付けされているということを知っていたので、学部長という肩書きには静かに衝撃を受けたのだ。学長に次ぐNo.2のランクを持つ(もちろんその肩書きを持つのは複数人いると知っているが)人物に会わされたこともびっくりだったし、それに追い討ちをかけたのがエレーヌ学部長本人のキャラクター。滅多に会えないであろう希有な性格の持ち主――本音で言うところどえらい変人・傾奇者と会わされて、ただでさえ消耗していたサクラ達の耐久力は限界に達していた。気を抜いたら即気絶、そんなとこまで追い詰められていた。
そこにミコは気付いたらしい。コスモスが手に持っていた携帯電話を掠めとると、電話口のカトレアに交渉とは名ばかりの、要求を押し付ける。
「カトレア、わたしたちこれから栄華会館に戻るけどさ、疲れたみたいだからサクラちゃんと萌枝ちゃんは休ませてあげて。ま、発表会はわたしたちの隣でお世話係ってことで。シクラメン達の処分は任せるわ。あと発表会の席だけど、わたしの他にウィンド、カーレント、スノウ、エレーヌの席加えといてね。じゃ、芝生で会いましょう。もう戦闘も終わったから、この公園の周りに配備させている諜報工作員さんたちも帰してあげて」
『了解です。それにしてもエレーヌ学部長を呼ぶとはね……適任だけど、おかげでストック様のご機嫌がうなぎ上りですよ。仲人キターって。席は目立たないとこにしときますね。それでは。お帰りをお待ちしております。ごゆっくりどうぞ』
そう告げてカトレアと繋がっていた電話は切れた。ミコは困った子供を見るようにその携帯電話を見つめると、なにやら諦めたようにそれを所有者であるコスモスに返す。コスモスは阿吽の呼吸で受け取りしまうと、杖で凍った湖面をひと叩き。すると氷にみるみる罅が入り、あっという間に湖面は氷から水へと元通りになったのだ。
「うわっ、とっ、とっ、と……」
この中で唯一の一般人である萌枝がちょっと動揺するが、ミコが雨水で作っていた装甲までは解除されていなかったので、その装甲効果でなんとか水面に立っていた。親友のピンチを放っておけず、すぐにサクラは肩を貸す。そしてちょっと驚いたことに、反対側では、今日知り合ったスノウが肩を貸していたのだ。二人に支えられた萌枝は、素直に「ありがとう」を口にする。なんだかとってもこそばゆい。
と、ここでミコが今まで影帽子から出していた黒い腕と剣と鞘、道具一式を全てしまうと、湖面に座り込み手をつける。すると影帽子のがま口チャックからとんでもないものが飛び出てきた!
何ってそれは……なんと飛行艇。
どうやったって入らなそうな輸送用飛行艇が、一個人の被る帽子の中から出てきたのだ。影の秘術とかなんとか理由はあっても、「異常」とか「ありえねー」と言いたくなる。言ってもバチは当たるまい。
だがサクラ達は引きつった口元を作って乾いた笑いをするだけだった。なぜ言えなかったのかは正直自分でもわからないが、慣れたからかもしれないと、心の奥底でふと感じた。ミコさんなら、神様の問題も解いてみせたミコ=R=フローレセンスならこんなことでもどんなことでも不思議じゃないような気もしていたのだ。そう、ミコのスケールの大きさに慣れてしまったから――苦笑してしまうのだろう。
「ぱはは、すごいじゃんミコちゃん!」
「まあね。たまには乗り物運転するのもいいかなって。栄華会館横の敷地、駐機場にはうってつけでしょうし。さあ、みんな乗った乗った!」
ミコの指示を受けると、なぜかみんな乗ってしまう。ノッてしまうの間違いじゃないかとサクラは秘めた考えに頭を揺らしたが、きっと両方あるのだろう、掛詞みたいにと一人納得して締めた。飛行艇の中は真ん中を通路として左右に3、3に座席が振り分けられていて、奥も結構座れる雰囲気、ざっと見ても100人は運べそうな結構大型の飛行艇。サクラは萌枝、スノウと三人一組で前列左側の3席を占領。ちょうど反対側にはシクラメン、アキレギア、スオウバナの花売り子達が座っていた。全くの偶然なのだろうが、重心バランスを考えても、なかなか理に適った配置となった。
その他の面々も空気を呼んだのか最後尾には誰一人いかず、往々にして同体中央付近の席に着席。最後に入ってきたミコが「ちゅうちゅうたこかいな……」と頭数を数え、18名全員の搭乗を確認すると、一人颯爽と操縦席に潜り込み、すぐにエンジンを始動させた。
震える機体、回るプロペラ、そして波打つ湖面の水。進み出した飛行艇は徐々に徐々にとその速度を上げ、湖の果てに至る前に、無事離水と相成った。
「おお〜飛んだ飛んだ〜」
どこからともなく、誰かは知らないがキャッキャキャッキャとはしゃぐ声。大きな窓の切り取る景色に魅入っていたサクラ達三人は大人げないな〜と思いつつも心の底では同調していた。生命自然の力でもって空を飛べる花一族に気象一族だが、それだけにこういう機械仕掛けで空を飛ぶメカには心くすぐられるものがあるのだ。意思も持たぬ機械のなりで、空を飛び交うこの偉業。自分達よりもよっぽど凄い。
もう高度は地上数百メートル。眼下にはガデニアの全てが見える。上手い具合にゾーン1、栄華会館は左側なので機体は間もなく左旋回。下に落ちそうな圧倒的な俯瞰風景をサクラ達は小さな眼に焼き付けていた。




