第5話_実演と誤解、そして思わぬ犯行声明
そしてこれを機に大人モード・仕事モードに入ったのか、12名はさっきまでのおちゃらけた雰囲気から一転、八面六臂の行動力と対応を見せたのだ。
「未だ鳴り響くこの警告音……鳴らしたのはあなたたちね? キク、カーネーション、コスモス」
「はっ。我々三人がリバムークを取りに金庫を正常なる手続きにて開けましたところ、既に中のリバムークは花も種も御座いませんでした。これは非常事態と即刻判断。私共の判断で警告・施設閉鎖に踏み切った次第です」
「なるほどね、事実非常事態だったわ。報告を受けたとき、私とツバキ以外は腑抜けてしまったのだから」
キクの返答をストックは至極道理ねと評価する。そして同時にストックの詞通り腑抜けてしまっていた八人――ミコに影殻招待で呼び出されストックの爆破アラームで起こされた八人が、ただでさえ膝まづいて低い位置にある頭をさらに下げて、自分達の不甲斐なさを詫びる。八人全員、男も女も、一字一句も違わずに。
「申し訳ありません! よもや発表会当日になって目玉の花が奪われるなど露程も思っていなかったのであります。それにここ大宝庭のセキュリティは数ある都の中でも強固な部類と自負もしておりました」
「それは自惚れですが確かな評価とも言えましょう。我が花一族の誇るこの宝物庫大宝庭は選ばれし一族の者でなければ開けることなど到底不可能ですからね。まずは手がかりです、カトレア」
「はっ!」呼ばれた女――諜報工作員総括兼審査部門管轄委員のカトレアが女らしさを押し殺した中性的な低音ボイスで応える。その返事を待って、ストックはさらに続ける。
「犯行はリバムークを最後に確認した昨日の夕方からでしょう。その時間帯から今に至るまでのカメラの記録を全てチェックなさい」
「御意。直ちに」
言われて応えてすぐにカトレアは金庫のコンソールパネルのさらに横、管理者権限でもってのみ使うことのできるオーナーズサーバーにアクセスし、現在進行形で録画されているこの大宝庭入口を監視していたカメラの映像を、先程キクが使っていた壁面埋込型のディスプレイに映像を高速で遡らせ、再生させる。その様子をサクラ達他の面々はしばしの間注視していたが、それも短命に終わる。ストックが手を叩き、注意をこっちに向けたのだ。
「さて、調査はそれ専門のカトレアに任せるとして……私達になにができますか?」
すかさず上がる一本の手。持ち主は経理・予算編成担当の男委員、タンポポだった。
「社長、残る我らにできることと言えば真相を推理することだと思われます。ここには気象一族屈指の探偵と呼ばれたレインことミコ=R=フローレセンスもいるのですから」
「ふむ……王道にして常道でしょうね。ではミコちゃん、あなたの意見を……」
振り向きざまにそこまで言ってストックのセリフは途切れた。そこにいたのはサクラと萌枝、だけ――。
「あれ、ミコちゃんは?」
ストックがそう発して初めて、そこにいたサクラも萌枝も、そして他の委員達もミコがいないことに気付く。予想だにしない事態、誰も彼もが動揺するが、特にサクラと萌枝の狼狽えぶりは相当だった。だってさっきまでいたはずなのである。花君ストックが声をかけるまで、確かにミコの『存在』はここにあった。だからこそミコが消えたことに誰よりもショックを受けていたし、それを隠せなかった。キョロキョロ顔を振り向かせ、前後左右を探すサクラと萌枝。それに釣られるようにストック他残りの面々も顔を動かしだした。
そこに聞こえる鶴の一声。もといミコのやたら通る声。
「おーいみんなー、どこを見てるの? わたしはここよー」
「えっ?」声のする先発信元を見るみんな。そこは――。
「げっ?」と驚くカトレアの隣、大宝庭金庫のコンソールパネルの前だった。
「えっ、嘘!」「さっきまでここに居たのに!」「いつ消えた!」サクラや萌枝達のツッコミが入るが、ミコは背中を向けたまま、コンソールパネルの方を向いたまま詞だけを寄越す。
「カトレアと同時にわたしは動いていたわよ。あなたたちが『わたし』だと思っていたのは残像、残響、残影よ。飛ぶ鳥後を濁さずというけど、ちょっとみんなの動きを見てたら勝手に動くのは場をしらけさせると思ってね。かといってわたしとしてはそれに付き合う趣味はなくってね。それでこうしたわけ。理解した?」
二の句も継げないサクラ達だったが、唯一ツバキだけは、苦笑いしながら両手を上げた。
「……たく、お前は。急がないのがモットーでありながらその実時間を本当にうまく使いやがる。これをお前流に言うなら、無駄な時間を生きないって言うのかね?」
そのマイペースぶりに脱帽降参と言った感じでツバキが告げると、ミコは嬉々とした声で肯定した。
「正解。ちょーっとやってみたいことがあってね。思いだしたら止まらなくってさ」
「なにがしたいの?」ストックが尋ねると、ミコは平然とこうのたまった。
「キク達が気付くまで警備システムは何の問題も報告しなかった。ということは今回の窃盗行為は至極真っ当なものだったってことよ。犯人はあなたたちの決めたルールに則り真正面から勝負を挑んだ。そして奪って消えた。そゆこと」
「……ん?」サクラは頭を傾げる。ミコの説明を聞いてもいまいち話が掴めなかったから。というよりミコの話は話すにつれて抽象的になりすぎて答のイメージがぼやけるのだ。まるで意図的にピントを合わせさせないような、嫌がらせ的なものを感じたくらいに。隣の萌枝と目を合わせるが、萌枝もまた顔を横に振った。
が、上司達は違った。ワナワナガクガクプルプルと小刻みに震えながら「てめぇ……」とかなんか、聞こえるかどうかの音量で呟いている。しかしそれも唐突に終わる。その仲の一人、都市管理・政治運営対策の男委員、ヘレニウムが実に渋いバリトンボイスでミコに自分達の受けた衝撃を告白する。
「つまりあれかね? お前は、犯人はこの中に、我ら花一族の中にいると――そう言いたいのかね」
「ええっ!」サクラと萌枝はまたも驚きを隠せず幼い悲鳴を響かせた。それでも一言で済ませたのは、二人して互いの口を手で抑えたからである。子供だって肌で感じる。場の空気がどういうものか。これ以上の喧騒は大人達を怒らせるだろう――そう判断した結果である。
しかし、口は抑えても頭の中はパニック状態のままだった。ミコの指摘が、まさか花一族の身内を疑っているものだったなんて、幼いサクラにとっては予想の斜め上もいいところだったのだ。完全に視野の範囲外。受ける衝撃は大きく、深い。遅まきながら、サクラと萌枝も震えだすが、それさえ刹那の感傷で終わる。
口を互いの手で塞ぎ合うサクラと萌枝の背後に現れる大きな影。目だけで見上げたのは不覚だった。なぜならその影の正体は、花君ストックだったからだ。
(はっ? ストック様……)
サクラは遅まきに慌てだすが、遅まきと言うだけあって、遅かった。というよりストックの方が早かった。サクラの敬愛する花君様はその手をサクラと萌枝の頭に優しく被せ、優しい手つきで撫でてくれたのだ。その途端、サクラの頭に幸福の素となる信号が感じられた。頭から足元まで、五臓六腑に染み渡る。愛おしさの満足感に萌枝の口を拘束していた手も緩んでしまうが、自分の口も自由が利くことに気付く。そうか、萌枝ちゃんも同じ気持ちなのねとリセットされていたサクラの頭脳が再起動する。ちょうどそのタイミングでストックは二人を撫でる手はそのままに、ミコに声を掛けた。
「全く……ミコちゃんは相変わらず不穏ですね。わたしの率いる一族の中に裏切り者がいるなんて言うんですから。おかげでサクラちゃんと萌枝ちゃんがショックで固まっちゃったじゃないの」
その発言を受けサクラと萌枝はハッとなる。自分達が周りの衆目を集めてしまっていることに気付き、狭く近くに閉ざしていた目の焦点を広く遠くに切り替える。すると見えてくる周囲の状況。
こっち――より正確には自分達ではなく、ストック――を見上げる委員達に、全く見向きもせずに背中を向け続ける、ミコ=R=フローレセンス。
ミコの態度・対応は健全か不健全かで判定するなら多数決の余地もなく不健全であった。だがその背中は不健全な行動と判定させる要素――不遜、不敵、無礼といった類のものをなぜか感じさせない。それどころか、その背中に見えるものは……あるようでないような、そこにいるようでいないような、存在の確証、ミコという『個』の証明さえ見る者に疑わせる、不思議で奇妙な『印象』だった。
まるで、そこにいる姿は絵画の一部、背景と同化しているのではと思わせるくらいに――。
そこまで感じてサクラはそれ以上の潜入潜考を取り止めた。目を瞑り、スイッチを切り替え、意識をサクラ個人のものではなくこの場にいる集団のものへと調整する。今大事なのは幼い自分達の心のざわめきではなく、全員が共通して問題にしている非常事態の解決だから。個は二の次におくべきであろう。そう意識してサクラは目を開けた。隣の萌枝にも目配せして言い聞かす。萌枝もこくりと頷いた。
そんな健気なサクラの決意を皆はしっかり汲み取ってくれた。ストックの方に向けていた目をサクラと萌枝の位置にまで下げ、優しく、されど強い眼差しで見つめる。そしてアイコンタクトを取り合うと委員達はミコの方に首を曲げる。サクラと萌枝も改めてミコの背中を見やる。ミコはその動きを敏感に察知したようで、こんな詞を投げかけてくる。
「もういいの? まだストックの発言から5秒も経ってないわよ。サクラちゃんと萌枝ちゃんのこと、もう少し大事にしてあげたら? わたし、べつに急いでないし」
「そのご心配には及びません。わたしたち、子供ですけど、それ以上にれっきとした一族の一員と盟友ですから」
萌枝の手から解放された口でもってサクラが答える。ついで萌枝もまたミコに問い質す。
「サクラちゃんの言う通りです。わたしたちは子供ですが、足手纏いになるつもりはありませんよ、ミコさん。手始めにわたしが尋ねましょう。ミコさん、本気で花一族に下手人がいるとお思いなんですか?」
萌枝の詞は鋼の如し。真っ直ぐ、強く、光り輝く。
だがミコは平然とその背でもって受け止め、語る。
「もちろん。でなきゃ説明つかないことの方が多いんじゃない? でも根拠もなしに言っても説得力に欠けるだろうから、こうしてわたし自ら実演しているわけ」
「実演?」サクラがぶつける疑問。ミコは解説する。
「実演って詞がわかりにくかったら実験でもいいわ。コンソールパネルの警備認証システムに要求されるまま操作して開けてみせようってわけ。そうすればわたしの唱える正面突破説も現実味を帯びるでしょう?」
なんと……絶句させられるサクラ達花一族の面々に萌枝。そんな光景にもミコはまるで興味を持たないようで、相変わらずまったくこっちに顔を向けず、コンソールパネルの操作に夢中だ。そして実際かなりのところにまで達していた。未だ鳴り響く警告音で若干聞こえは悪かったが、システムナビゲータが『キープレートを挿入し、金庫用パスコードを入力してください』という音声を発していたのだ。もう最終関門である。早い!
しかしそこでミコはそれまで躊躇いもなく動かしていた手を停めた。当然であろう。キープレートはゲスト用の特別製を借りているが、パスコードについては全体を守る金庫用と個々を守る個別用問わず一切知らないはずだから。だって、赤の他人だし。そもそもここのパスコードなど、一族の一員であるサクラでさえ全く知らない。金庫に入る必要も入れる必要もないからである。大多数の一族メンバーでさえ知らない暗号。ミコが知っていたらそれこそが問題だ。
にもかかわらず、ミコが再び手を動かし、指でなにやら入力したら――。
金庫の扉が開いたのだ。重厚な軋みを響かせながら、ゆっくりと。
唖然とさせられた。サクラだけじゃない。萌枝も、12人の委員達も、そして花君ストックさえも。皆が受け入れ難い現実に顔を強張らせている。
「Oh、開いた開いた」唯一開けたミコ当人だけがその様子を当然のように見つめ、無邪気能天気な声――端から見ればサクラや萌枝より子供っぽい声を上げてコンソールパネルを閉じ、澄ました顔で金庫の中へと入って行く。その際ようやくミコの横顔を見れたが、それも些細な問題。今は詰問が先である。一番槍は資材調達担当委員にしてツバキと同じ元対外戦闘部隊の偉丈夫、キキョウだった。
「不可解なり! なぜ貴殿はパスコードを知っているのだ! これは花君閣下が作成し我々幕僚に配備する最高機密の暗号だぞ。はっ……さては貴殿、正面突破と見せかけて栄華会館のシステムに破壊工作を仕掛け深刻な損害を与えたのではあるまいな?」
対外防衛担当のツバキよりもよほど戦士らしい話し方をするキキョウの投げた一番槍、とりあえずミコの歩みを止める程度の効果はあった。ミコがこっちにその顔を向けて、サクラ達全員を憐れむような目で眺め、やれやれと嘆息してから買い詞を返してくる。
「今でも兵站を担当していたころの口調が直ってないわね、キキョウ。まあいいわ。いい機会だし、答えてあげる。破壊工作なんてしてないわよ。ちゃんと正解を入力したの」
「馬鹿な……入手経路を説明しろ! ミコ=R=フローレセンス!」
「入手経路て……仰々しいわねー。そんな大したことはやってないわよ。ヒントを元に推理しただけ。パスコードを知らなくたって、それがどういうものか考えることはできる。そしてヒントも知っている。かつてあなたたち対外戦闘部隊がわたしに語ったこと、今もわたしは憶えてる。大宝庭をはじめとして栄華会館のセキュリティは全て一族筆頭、花君が決めることだって。それを知っているならあとはストックの思考回路を推理すればいい。ストックは礼儀正しく、人望がある爆破マニア。そして先達を非常に尊敬していた。そこまで考えて閃いたの、ストックは先代筆頭、トケイソウの名をネタに使うんじゃないかって。かといって単純に名前や花詞を使ったのではひねりがない。少しもじっているはずと思ったわ。トケイソウの花詞は『聖なる愛』、それと名前を組み合わせればうまい詞ができあがる。『saintclock=聖なる時計』ってのがね。で、入力したらドンピシャ。どう、異論があるならぐうの音でも出してみたら?」
出せなかった。誰一人。ミコの導きだした答が正しいことは、開いた扉が証明している。パスコードを知らなかったサクラと萌枝も、パスコードを当てられた委員達やストックも、口を縫い付けられたかのように、一切口答えできなかった。
その反応を見届けたミコは、「ほら、次行くよ。ついておいでよ、カトレア以外」と言って金庫の中へと消えていく。サクラは頭を動かして頭上の花君様にお伺いを立てると、花君ストックはその視線を受け止め、小さく頷いた。それを合図に、サクラと萌枝、ストック、そしてカトレア以外の委員達の順に続き、金庫の中へと入って行く。
大宝庭の金庫の中、床と天井、そして扉以外の三面壁は全て様々なサイズの個別保管庫で綺麗に埋め尽くされている。初めて覗く大宝庭の内部に、サクラと萌枝は少なからず圧倒された。
だが、そんな感動もさておき、今はミコに注目である。この大宝庭のロックを開けてみせた、ミコ=R=フローレセンスに。
ミコは保管庫の壁をじーっと眺めている。左、右、前と視線を顔ごと動かしているが、やがて正面右側の保管庫目掛けて進み出た。その一歩を踏み出した途端、デザイン・アートワーク担当の女委員、ヒマワリが吃驚仰天と甲高い叫声をあげる。
「どうして……なんでそこだってわかるのよ、あなた。ここのセキュリティシステムは金庫の扉が閉まった時点で仕舞い忘れの保管庫も全て床から飛び出すロボットアームが片付ける。たとえキク達が動転して保管庫を放置していても、ちゃんと片付けられているはず。なのにどうして見つけられるのよ?」
「ヒマワリさーん、保管庫はちゃんと戻したよー。わたしがねー」
「そうそう。あたしらトリオのアラサーシングル。一人抜かっても二人で補うってね」
「つか盗まれたって報告受けて自失状態だったあなたに言われたくないわ。ヒマワリ」
ヒマワリの詞に反応したのは、ミコよりも発見者であるアラサーシングルの三人の方だった。まあ気持ちはわかる。謂われなき流れ弾で疑惑を持たれちゃ敵わないだろう。もっとも、そこはシステムがきちんと補っているのであるから、然程の問題でもない。アラサーシングルの抗議は横道だ。今問題になっているのは、ミコが(サクラは知らないが)リバムークの保管庫がどれか判別してのけた疑問の解決である。先のヒマワリの詰問も、要点はそこだ。
するとミコはいくらか進んだ歩みを止めて、ふふふくくくと不敵に笑う。
そしてある一点――紛れもないリバムーク用の保管庫を指差しこちらを向いて喋りだす。
「ちょっとヒマワリ、なによこれ。保管庫に名札付いてるじゃない。さすがに『リバムーク』とかじゃないけど、今日の日付と主賓って書かれてる……わかりやすいわねー。これだったらもーちょっと目を凝らしとけばよかったわね」
「なに、あなた……その名札を見たんじゃないの? じゃあ、どうしてその方向に」
「そりゃわたしはここに入ったの初めてなんだからどこにあるかなんて知らないわよ。でもさ、一緒に入ったあなたたちならどこになにがあるかくらいわかっているはずでしょう? 花一族を束ねる委員会委員と筆頭なんだから。そこで顔ごと視線を泳がせてみて、カマをかけさせてもらったわ。当たりに視線を向けたときと外れに視線を泳がせたときじゃあなたたちの挙動に変化があると思ったから。目は囮に使う必要があったけど、耳であなたたちの心拍数や呼吸の変化を捉えてた。その結果もっともあなたたちが挙動不審になったのがこの位置だったのよ。あなたたちはわたしに利用されたわけ。おわかり?」
「ぐぬぅ……」ヒマワリを始め大半の委員達が歯ぎしりし、苦々しい顔をする。でもサクラと萌枝は別に利用されたわけでもないので(だってどこにあるかなんて知らないし)、むしろこの一筋縄ではいかない曲者揃いの委員達を見事手玉に取ってみせたミコの手腕に感心していた。もっとも、委員達の中でも唯一コスモスだけはサクラ達同様ミコのことを褒めていたが。ほんとおめでたい人である。その姿といいマジ幼女だ。
話は続く。ミコは改めてリバムークの保管庫に近寄るとまたも備え付けのロック管理パネルにキープレートを差し込んで、パスコード要求画面を引き出す。ここでミコの手は止まった。ふ〜むと顎に指を当て、実に絵になる思案顔でパスコードを推理しているようだ。
「今度のパスコードはなにかしらね―。専用パスコードだからリバムークにちなんだ詞が使われているはず……」
「そんな一朝一夕でわかられてたまるかよ。金庫用パスコードを当てられただけでも正直あたしらのプライドはズタズタなんだぞ」
カーネーションの悪態が響く中、ミコは「そんなんだから女の子になれないのよ」とちゃっかり皮肉を浴びせつつ、不気味な沈黙の中、意味深なくらい考え込んでいた。が、その瞬間は来た! 顎に当てていた指を離してパチンと鳴らす。その音を聞いたサクラ達は思わず身震いしてしまう。「まさか」「マジで」「バレたのか」などと十人十色の懸念が出る中、ミコがさっささささと入力すると、信じられない現実が。
赤色のランプが青色になり、保管庫のロックが外れ、空っぽの中身が登場と相成ったのだ。それ即ち、正しいパスコードを入力したということ。
「だあああああああああ!」ことここに至って遂に委員達の精神の箍が外れてしまった。認めたくない現実への鬱屈した感情が爆発したのである。それがこのシャウト!
しかしこんな中でも花君ストックは別格である。バカ共の絶叫からサクラと萌枝を守ろうと二人の耳をその御手で抑えてくれたのだ。若く清らかなわたしたちの精神を汚染させまいと花君様が守ってくれている――感謝の思いが一層の崇拝へと変わったと自覚したとき、やはり一人はぐれている別ベクトルのバカ、コスモスがミコにまともな質問を投げる。
「すごいねーミコちゃん。どうしてパスコードわかっちゃうのー?」と。
叫ぶ方のバカ委員達に呆れ返っていたミコも、女の子を自称し合うコスモスの質問は無下にできないようで、叫ぶバカを笑う顔はそのままに、でも丁寧丁重な口ぶりでもって、正解を導きだした推理の過程を語り出す。
「ストックのことだからねー、これも盲点をついてくるんだと思ったわ。盲点って言うものの本質は気付かない点じゃなく、気にも留めない点なのよ。気にも留めないことで考えると、もう用なしの死文がうってつけ。実験コードトリコロール。トリコロールは第三言語、アルファベット表記でtricolore。でもこれだけじゃ体当たり式攻撃で当てられてしまう怖れがある。なら変換処置だと思った。アルファベットは26種、数字やアルファベットオンリーじゃやはり不安だと思うはず。両方を混成させた方式――なら13進数でしょ!」
「13進数……?」サクラと萌枝が頭を傾げる。聞いたこともない詞である。
ミコはその表情変化を見逃さなかった人差し指を一本立てて、実に得意気に説明する。
「普通この人間・生命世界で使っている数の数え方は0から9、10でもって桁が上がるでしょ? 10が2桁目の始まりだから10進数。でもね、数学では0から9にアルファベットを加えて、10の表記――2桁目の始まりを普通の10とはずらす手法もあるのよ。よく使われるものと言えば、0から9に足してAからFまでもつかう16進数。コンピュータの表記とかで使われるものよ。これは10がAになり、その後15のFまでが一桁で表され、16になって初めて二桁目の最初、10表記になるってわけ。で、わたしがさっき取り上げたのが13進数表記。13を10に当てはめるから数字にアルファベットのA、B、Cを使うのです。ここ、テストに出るよ」
でないでしょ……サクラは無言でツッコミしつつも、ひと呼吸おいてくれた間に、ミコの説明を飲み込むことができた、つまり10番目はA、11はB、12はC、そして13の表記が2桁の10になるということだ。萌枝の心配はしない。だって自分より頭がいいから。四半期ごとに一緒に受けてきたIQテスト、ずっと負けているのである。地頭の良さはさすが柿之本家の娘よと委員会からも評価される萌枝。きっと自分よりも理解は早いだろう。
とりあえずそこまで理解したタイミングで、ミコの説明が再開される。
「0を当てはめるかどうかでちょーっと悩んだけど、ストックなら1から20までだと思った。キリ番が好きなタイプだって、わたしはストックを見ていたから。あとはこのルールで『tricolore』を変換すると、『17159312c12155』になる。アルファベットもひとつだけど入ってる。これを入力したら見事正解。どう、正面突破説の実験成果は?」
ミコが両手を広げ、自分の実績を誇らしげにアピールする。黙ることしかできないサクラ達だった――と思いきや、ここでとんでもないことをぶちまけた奴がいた。資金調達担当委員にして担当する部門の通り、金にうるさい女狐。アジサイがいままでの流れをぶった切るかのような詞を発したのだ。
「わかったで! 犯人はミコ、お前やな!」
ズルッ! ゴン! バナナもないのにミコは盛大に足を滑らせひっくり返り、後頭部を床にぶつける。それでもすぐに跳ね起きて反論するところがさすがである。
「バカ言わないでよ! なんでわたしが犯人なのよ!」
「ここのセキュリティを突破してみせたやんか。そーゆー奴こそ一番怪しいで」
「な、なるほど……」「あり得る」タンポポとキキョウがアジサイの意見に納得し始めた。これにミコは危機感を抱いたらしい。珍しく強張った顔して弁明に走る。
「ここの存在も知らなかったわたしが盗もうなんて思いつくもんですか。昨日初めて栄華会館に来たとき、地上階層だけの建物と勘違いして、ツバキとサクラちゃんと萌枝ちゃんにこっぴどく笑われたのよ。ねえ?」
「アンタら、そらホンマか?」
「おう。笑いまくったぜ」「ええ」「はいです」
アジサイの確認取りに頷くサクラ達三人。忘れもしない昨日の出来事。ミコの唯一無二の失敗と言ってもいいあの事件は、とても笑えるものだったから。
だからその旨説明したのだが、アジサイはさらに飛躍して食って掛かる。
「騙されたらアカン! 昨日知った、それで十分やろ。忘れてへんか? こいつはカゲナシのレインと呼ばれた女やで。かつて敵対勢力を貶めるために都ひとつを滅ぼした女や。何をしでかすか分からん奴、そしてなによりコレクター――容疑をかけるにゃ十分や!」
やたら主張を押し込むアジサイ。ミコはさらに激しく反駁する。
「言いがかりにも程があるわよ! わたしは大宝庭の存在自体今日のさっきまで知らなかったし、リバムークにも興味ない。わたしの関心はあなたたちに切って捨てられたリバムーク・プロトタイプの種を作ってどっかの荒れ野に蒔きに行くことなんだから。それに都ひとつ滅ぼしたくらいなによ。わたしね、レインだったころ気に入らなかった国を滅ぼしたことあるわよ。損得勘定一切抜き、激情に任せるままにね。都5つ、街34、村59の国を丸ごとひとつ、毒素信号ブレンドした雨を降らせて滅ぼしたの!」
ミコは勢い余ってアジサイの言いがかり以上にとんでもないことを口走るが、そのインパクトは一定の効果があったようだ。言いがかりをつけていたアジサイが口に詰まったのである。ミコはそれを好機とばかりにさらに押し返す。サクラにはその様子が逆襲に見えた。
「大体、リバムークの種なんて盗ってどうするのよ。真のコレクターってのはね、最初から話題になってるようなものには靡かないのよ」
「だったら金やろ。リバムークは金になる!」ここでアジサイが間髪容れず切り返す。が、ミコはその論理を鼻で笑った。
「金が目的だったらなんで手間がかかって換金も面倒な栄華会館大宝庭のリバムークを狙うのよ? 真っ先にここよりセキュリティが甘くて金そのものがある金融都市プリスの銀行を狙うわよ」
「そう言われれば、そうやな……」至極真っ当なミコの主張にこれまで散々難癖つけてきたアジサイさえもううむと唸る。言ったことはことごとく物騒かつ危険極まるものだったが、ミコの力説が実を結んだのだろう。もちろんサクラはミコの無実潔白を信じていた。リバムーク・プロトタイプにかまけていたミコの慈愛溢れる眼差しを知っていたから、本気でリバムークには発表会を覗く以上の興味がないと感じていたから。
そこにさらなる弁護が入る。金庫の中にそれまで外で調べものをしていたカトレアが入ってきて、こう述べたのだ。
「犯人はミコさんじゃないわ。私、監視カメラの映像を調べたけど、地下77階のツバキの研究室でミコさんはずっと寝ていたわ。カメラの映像に残ってた。そしてミコさんの寝顔が記録されている時間帯にこの大宝庭に侵入した影が七つ。こいつらこそが犯人ね」
「なに!」犯人らしき影の発見報告に、ミコを疑った者も疑わなかった者も全員一致でそわそわし始める。早く見せろとカトレアに詰め寄ると、彼女は自前の枝と花粉で持ち運べないディスプレイの代わりにそこそこのフレームと画面端子を構成させる花一族の上級奥義、花芝居でもってその映像を再生してみせた。機械を持ち運べない&携帯電話じゃみんなが見辛いという理由から使用せざるを得なかった苦肉の策としての花芝居、いかにも植物といった感じの褪せた印象があったものの、そこは確かに上級奥義。携帯電話から電波で飛ばして再生させた映像の中に――確かにいたのだ。ミコがしてみせたように正面からこの大宝庭のロックを開け、その後リバムークと思しき花と種を抱えて走り去る七つの人影が。
「おお、ほんとにいるぜ」「複数犯かね」「ですね」「へっ、こいつらか」「これが敵か!」
ツバキ、ヘレニウム、タンポポ、アサガオ、キキョウの順に、委員会の男委員共が口調は違えど意味は同じな詞を個性豊かに吐き散らかす。それを見せていたカトレアはじめ、女委員達は心底ウンザリした様子で心の距離を取っていた。ジェンダーの違いはテンションの違いに如実に現れるものなのである。そしてその壁を乗り越えた者こそ、一族を束ねる筆頭なのだ。ストックがとりあえずの結論を出す。
「ミコちゃんは無実、犯人はこの子達。異論がある方、いらっしゃいます?」
ストックの確認。誰も手をあげる者などいない。なぜなら花芝居の映像には同時刻地下77階ツバキの研究室でのミコの寝姿も映し出されていたからだ。これを見せつけられた以上、ミコの潔白は証明された。サクラと萌枝もホッと胸を撫で下ろす。
カトレアの花芝居が終わると、皆が喋らずとも一様に共通の課題を見出した。即ち、この映像に映る人影の正体究明と居場所の特定である。だがその姿は霧のような色づいた細かな粒子で覆われており、全員人影である以上の特定はできない。が、その事実が逆に花一族にとっては手掛かりであり、恥の証拠でもあった。この正体隠蔽術は花一族の中級秘伝、花粉霧装に他ならないからである。花粉霧装を使っている以上、ミコが言っていたように花一族の誰かが裏切り者として加担していることを、否が応でも認識せざるを得ない――サクラの口の中に苦渋の味がする唾液が溜まっていく。だが花君ストックはそんなサクラの微動も鋭敏に感じ取ったようでサクラの背中を優しくポンと叩き、サクラをビックリさせ、その拍子で溜まった唾液を飲み込ませ、口を開かせてくれた。開いた口を通して新鮮な空気を吸うことができ、サクラの沈みかけた心も、ちょっと軽くなった気がした。否、救われたのだろう。仮にも花君様の御業である、救われたという表現で間違ってない!
そんな風にサクラが狭く小さな自己世界で奮闘している外では、沈黙を破るようにストックがカトレアに訊きだした。
「カトレア、この映像に映っている視覚情報の範囲内でこの花粉霧装が誰のものか特定できる?」
「残念ながら……」カトレアは首を横に振る。「あっちの高画質ディスプレイでも目を凝らして分析しました。ですが、手掛かりとなり得る色があまりにもありきたりすぎてこれ以上の特定は困難です。もう、この色の花粉を使う者を片っ端から調べ上げるしか――」
「必要ないでしょ。待てばいいと思う」
カトレアの王道を否定するミコの邪道な発言。途中で口を挟まれ機嫌を悪くしたカトレアがすかさずミコに口火の矢を放つ。それに伴いサクラ達もみんな振り向くと、ミコはキク、カーネーション、コスモスのアラサーシングル三人組と携帯電話をいじっていた。
「人が話しているときに口を挟まないでくださいミコ! 不愉快です。不条理です。そしてなによりマナー違反です」
「そう怒んなよカトレア。こいつだって根拠もなしに言ってるわけじゃねえって」
ミコの代わりに答えたのはなぜかカーネーション。なんで貴女が答えるのとカトレアが問い詰めると、カーネーションに留まらず、キク、コスモス、そしてミコの四人全員が携帯電話を見せて語り出す。ここで語り手はキクに代わった。
「いやね、ミコにちょっと小声で声かけられたのよ。ネットの表裏全域でリバムークのフライング売買がされていないかチェックするから手と携帯電話を貸してって。それで私達アラサーシングルが助力して四人掛かりで広く深淵なネットの海をくまなく調査。その結果、リバムークの売買契約がされた痕跡は一切なし。昨日から今日の範囲で他人もメールも通話も全て残らず盗み見たけどそれもシロ。ね、ミコ」
「そう。ここから考えられることは、連中は金が目的じゃない可能性があるってこと。あるだけ全てリバムークを盗んだのにも関わらず連中は金に換えようとしていない。ならなにが目的か、考えられるケースはふたつ」
そう言ってミコは人差し指と中指二本でVの字を作り、そこから人差し指一本に変えて「まずひとつ」と語り出す。
「そもそもリバムーク自体が狙いだったケース。これがもっともタチが悪い。盗んだ時点で雲隠れされるからね。でもまあ、追跡できないわけでもない。問題はもうひとつの方、これは盗んだリバムークを取引に使おうとしているケース。こっちはアプローチが見込める分追跡は容易だろうし回収のチャンスも見込めるけど、何を求めているのか読めない点が不気味でわたしは嫌い。花一族が数年ぶりに目玉としたリバムークを盗ませてまで手に入れようとするものは一体何なのか――そこが全く読めてこない。まあ、どっちも一長一短。とりあえずわたしが――」
ピンポーン♪
先程ミコがカトレアの詞を遮った因果応報か、今度はミコの解説が場違いなメロディで遮られた。この音はサクラも聞き覚えがある。それと同時に、その出所を思い起こしてハッと今まですっかり忘れていたその存在に目を向ける。その目の行き先はここまで全く喋っていない、12人いる委員の一人、陳情受付係のスイートピー。このメロディは、彼女の携帯電話へ陳情電話がかかってきたことを知らせる着信音なのだ。
スイートピーは鳴り響く携帯電話を取り出したが、すぐには出ずにまず場のみんなにお伺いを立てる。礼儀正しいがじれったい。そういう行動をよくとるのが、この女委員の特徴だった。
「ぱぱぱ、ミコさんの解説途中、そのタイミングで陳情のお電話。ひょっとしたら……犯人さんからのアプローチかな?」
「かもね。誰から、スイートピー?」他の連中が反論するよりも先にミコがその仮説を肯定してしまったから、懐疑的な委員達は口封じさせられてしまった。そもそもミコの論理とて根拠のない推理の段階。そんな過程の結論に飛びつくのは危険だと大半の委員達は思っているのだろう。それはともかく、電話である。
スイートピーは着信を確認すると、「シクラメンからだよ」と電話相手を公表した。そして何食わぬ顔でその電話を遂に取った。ただし会話はみんなに聞こえるようにして。
「もしもーし、シクラメン?」
「はい。そうですスイートピー様。今ここには私、アキレギア、スオウバナ、それに気象一族のクエイクさんとウェイブさん、自然学派のイヴァンさんミヒャエルさんが一緒にいます」
「ぱー?」スイートピーが詞に詰まる。彼女だけじゃない、話を聞いていた花一族の面々に萌枝、そしてミコもキョトンとしている。シクラメンが話した内容のインパクトが大きすぎたからだ。
なぜ、花一族と気象一族、さらに自然学派の面々が一緒にいるのだ――?
その疑問が頭から離れない。が、答は見つけられなかった。なのに問題は解決する。答が向こうから与えられたからだ。見つけるよりも早く。見つけるまでもなく。
「いやね……今栄華会館の外にいるんですよ、私達。コスモス様からのメールも来たから、そろそろいいかなって思いました」
「ぱ? それはどういうこと?」
「大宝庭からリバムークを盗んだの、私達です」
……え?
思いもがけない自白文。あまりに唐突すぎて、一瞬この場の時は止まった。
が、時間はいつまでも止まらない。やがて時計の針が再び動き出すと、恐慌状態になった委員達の悲鳴と怒号がスイートピーの持つ小さな携帯電話に矢継ぎ早にぶちまけ始める。
「どういうことだてめえら!」「なんてことしてんのよ!」「腹心の部下が反逆を企てるとは!」「最低です!」「クビだ!」など、各々が個性溢れた絶叫と体当たりで携帯電話を持っているスイートピーを取り囲む。完全に出遅れたが、そのおかげで逆に冷静さを保つことに成功したサクラは同様の萌枝と目を合わせ、少なからぬ動揺を確認し合う。そして視線で語り合うと、まだ自分達の後ろにいた、花君ストックの尊顔を二人して見上げる。そして、その目で訴える。
花君様、いったいどうするのですか――と。




