第5話_事件・混乱・招待・集結
たったたたたか、たたたたた。
花の都ガデニアの中枢地区地下最下層、地下365階の金庫室、大宝庭にツバキ、サクラ、萌枝、そしてミコの四人が駆けつけた。未だ警告音がなる非常事態。エレベータは最寄階でドアを開けたまま緊急停止してしまっているので、四人全員階段である。地下77階のツバキの研究室から最下層の地下365階まで移動するのは、下りと言えど苦行であった。
延々とターンを繰り返して下を目指すこの移動。階段がコの字型で下が見えないから、終わりもまるで見えないのだ。これが螺旋階段ならば中の中空を飛んで落ちられるのにと、萌枝以外の三人は道中かなり愚痴った。飛べない萌枝を抱えてでも飛行して一気に下まで落ちられればどんなに早く、なにより楽だろうかと現実に苛立ちつつも必死に駆け抜け、288階分降りきった。地下365階へ滑り込んだ時、四人は到着の達成感よりも苦行からの開放感と安堵感に浸っていた。サクラと萌枝は立っていられず仰向けに寝そべっているし、ツバキとミコも膝に手をつき、肩で息をしている。汗が熱気で蒸発し、不気味に空気を歪ませる。
「つ、着いたあ……はあ、ひぃ」
ツバキがなんとか詞を紡ぐが、聞いてもなんの御利益もない無味乾燥なフレーズだった。聞くだけ無駄、無理して喋らず黙ってりゃいいのに――と、サクラは胸中でぼやく。ともあれ、自分は寝転がってヒイハア言っている状態なので、口にできなかったのは不幸中の幸いであろう。泥沼にならずに済んだのだから。
と、階段の入口スペースで息も絶え絶えに身体を落ち着けようとしている四人のもとに、中から現れる人影が三人。
「来たわね、ツバキ!」「サクラも。萌枝も」「うわ! ほんとにレインちゃんいるよ」
中から現れたのは花一族の重鎮、委員会の委員である三人の女性――。
営業・プレゼンテーション担当委員、キク。
研究現場統括委員、カーネーション。
環境管理統括委員、コスモス。
以上三名の女委員が、サクラたちのもとへと駆け寄ってきた。出てくる過程、ちゃんと金庫の扉は閉めて。
駆け寄って早速、キクがサクラたち四人に労いの詞をかける。
「早かったわね、貴方達。私達が非常ベルを鳴らしてからまだ30分も経ってないわよ。特にツバキは会議室のある地上区画から来たんでしょう? エレベータも止まってるのに。無茶したら老化が進むわよ」
「労うならそれっぽいテンプレがあるだろよ! キク、お前のトークは営業癖が板に付いてて謙遜するくせに我が強いわ! 俺達ゃエレベータのドアもロックされてたから、マジ階段駆け落ち回りして疲れてんだぞ。いかん、突っ込んでたら気が……」
「ツバキ兄さん!」サクラの心配も一歩及ばず、そう言ってとうとうツバキまでもが膝を地に着けた。肩で息をしていてなお呼吸は荒い。労うつもりが茶化してしまったキクや傍らにいたカーネーションとコスモスもその様子に気まずくなったようでお口にチャック。気まずい沈黙が場を支配する――。
と、そうは問屋が卸さなかった。ふゅーと聞こえる落ち着いた感じの呼吸音。サクラを始め、皆がその方向を向くとそこにいるのは――。
ミコ=R=フローレセンス。
すっかり汗も乾き涼しささえ思わせる清涼な顔つき目つきでキク、カーネーション、コスモス達の方を向くミコ。周囲がどよめくのも気に留めず、ミコは嬉々として話しだす。
「お久しぶりね。キク、カーネーション、コスモス。もう何年ぶりになるかしら? ほんと、時が経つのは早いわねー。お互い女の子とは名乗り辛い年齢になっちゃったかな?」
「はあ、あんたまだ女の子とかほざいてんのかよ? 嫌味にしか聞こえね。あたしらもうアラサーだ。あんただって知ってんだろ」
普段から女っぽさ皆無の男勝りな口調でカーネションが思いっきり毒づく。長身美女の外見に、秘めた年齢はもうすぐ30。しかもこの三人、揃って独身。通称「アラサーシングル」のトリオである。女の子なんて詞はとうに捨てた――そんな覚悟が聞こえた気がした。
が、決して一枚岩ではないのがこのアラサーシングルの欠点(もしくは美点?)。未だに乙女心全開満喫の者もいる。今が出番よと永遠の幼女、コスモスが口を割って入れる。
「あら、心がピュアなら女はいつまでも女の子よ。ねーレインちゃん。あ、ゴメンねー。今はミコちゃんだったねー」
調子のいいことお花畑な妄想虚言をのたまうコスモスによって場は混乱の体を示しだす。真っ先に先の自分の発言を否定されたカーネーションがコスモスの肩を揺さぶり説得行為に打って出る。
「いいかげん目を覚ませよ、コスモス! あたしらはもうすぐおばさん……残酷だけどそれが現実なんだ。そりゃあたしだって、いつまでも乙女でいたいさ。でもな、人生の若い時期にいつまでも留まってばかりじゃその先に未来はないぞ! さあ、目を覚ませ! 共に未来への一歩を踏み出そうぜ……」
「えー、そんなの親に摺り込まれた悪しき風習だと私思うなー。それに、カーネーションは勘違いしている。私は永遠の幼女だけど、同時に常に進化し、そして成長するタイプだよ。言わば『革命女子』ってとこ。この若い感性はそのままに、大人の知恵を貪欲に吸収しかき混ぜ練り上げ焼き上げてこそ至高の料理……もとい成果が得られるのだ。さあ、心の根に水をやって! これからも一緒にミコちゃんみたいに女の子を名乗ってこ?」
カーネーションとコスモス。どちらも一本芯が通っているので、どっちもこっちも引きやしない。どうやら通った一本の芯は、交わることはないようだ。つまりは平行線ということ。
となると重要なのがその二本を繋ぐ可能性のあるもう一本――もとい最後の一人ことキクの主張。カーネーションもコスモスもそこに気付き、同時に視線をキクに向ける。
「キク、お前はどうなんだよ」「キクの意見で全てが決まるねー」
二人からの熱視線を受けたキク。が、その様子にたじろぐ気配はまるでない。彼女の指差す人差し指が指し示したのは、ミコだった。
「カーネーション、コスモス。貴方達は既にミコの権謀術数に引っかかっているわ! 思い返してごらんなさい。貴方達二人の主張が水と油の関係なのは、他ならぬ貴方達自身が一番よく知ってるはずよ。それでも貴方達は根本で認め合っていたはずでしょう? それがどうしていまさらになって、アラサーの歳になってまた火種になるのか――答えは決まっている。火をつけた奴がいるからよ。貴方達を踊らせた犯人――それがミコよ!」
「てめえ!」「ミコちゃーん」
キクの責任転嫁を真に受け、カーネーションは憤り、コスモスは泣き寝入り。しかしミコもなんのその。全く悪びれる様子も見せずに応対する。
「バレちゃった? もー、キクが余計なこと言うから私が悪者みたくなっちゃったじゃない。少し暇つぶしになればいいと思ってやったのにー」
「その動機、一体何の本音を隠しているのかしら?」
キクのさらなる追及に、ミコは口笛をぴゅーっと鳴らして答えた。
「ほら、来てほしい人達がまだ到着してないこのごろでしょ? じーっと待つよりも少しばかりドラマ性があったほうがおもしろいかなー、なんてね」
「そのためにあたしらを仲違いさせようと思ったのか? 何様だお前!」
ミコの傍若無人な発言にカーネーションがカッとなるが、その身体を後ろから、抑える影が二つ出現。キクとコスモスの二人である。この二人はミコの言い分も一理あると理解していたのだ。そしてもうひとつ、別の意味で時間を忘れさせてくれた点も評価していたらしい。こんな詞でカーネーションをなだめにかかる。
「まあまあカーネーション、落ち着き給えよ。ミコの言う通り、時間をぐだぐだイライラと過ごすよりかは有意義だったわよ。ちょっと面白かったしね」
「どういうことだよ、キク。まだこいつら以外、誰も来てねえだろ」
「そっちは残念ながらだけどねー。でも、ここに来てバテていたツバキ達は、この間に持ち直したみたいだよー」
「あん?」そりゃどういう意味だコスモスと繋げるカーネーションにキクとコスモスはミコじゃなく、別の方角を指差した。そこにいるのはさきほどの間に呼吸を整え立ち上がったサクラ、萌枝、ツバキの三者。その光景を見てカーネーションの目から鱗が落ちる。
「なんだお前ら、いつの間に回復したんだ」
「コスモス姉さんの言ってた通り、ミコさんの戯れで姉さん達が踊らされていた間にです」
サクラがはっきり明言すると、カーネーションもそういうことかと呟いて、暴れようとしていた体勢を取り止め、キクとコスモスにも制止の手を解かせた。首を横にならしてサクラ達の方を真っ直ぐな目で見つめるカーネーションは、やがてその手で綺麗な長髪をがさつに掻きむしって愚痴る。
「なるほど、あたしらがミコの脚本で寸劇かましている間にツバキ達は立てもしねえ状態から持ち直したってわけか……。コスモス、お前いつ気付いたんだよ?」
カーネーションが自分と同じく踊らされておきながら、自分よりも早くサクラ達の回復に気付いたコスモスにそのタイミングを訊く。するとコスモスは顎に人差し指を当てて、子供っぽさ全開の仕草と態度で答えたのだった。
「うーんとねー。キクがミコちゃんを犯人って指差したときかなー。そのとき私の視界にはね、ミコちゃんだけじゃなくて大分息を整えてたサクラと萌枝ちゃんが遠目に見えたんだー。それが見えたとき思ったの。ひょっとしてこれは『あれー?』ってなことなんじゃないかって」
「くそ……やられた! あたしはあのときミコしか見えていなかった。サクラ達なんて眼中になかった。研究現場統括委員として、一生の不覚なり!」
両手の拳を握りしめ、絶叫するカーネーション。反省するのはいいことだが、この暑苦しいノリにはどうもついていけないサクラである。そんなサクラに萌枝が寄り添ってくる。萌枝もまたこの熱狂発狂的姉貴分委員カーネーションを苦手としているのである。元から。
この状態になったカーネーションを止められるのは、アラサーシングルの仲間のみ。サクラ達はキクとコスモスに目配せする。その視線をすぐに汲み取ったキクがカーネーションの肩に手をのせ、そこまでよと諭す。その後すぐに両手でパンパンと手を鳴らし、話題転換を図りだした。
「話を戻しましょう。こうしてコントで時間を潰しても未だ他の面子が来る気配はナシ。リバムークが奪われたっていうのに、なにをノロノロしてるのよ」
営業で鍛えた仕切り節でほんとに話のポイントを変えたキク。その手腕はたいしたものだが、現状への文句は少々的を外している。ならば諌言しなければとでも思ったのか、ツバキが手を挙げ意見する。
「仕方ねえよ。委員会の会議の途中で現物持って来ようぜって流れになって、お前達を取りに行かせたら、やってきたのは有無を言わさぬエマージェンシーモードじゃねえか。何事かってあわてた俺ら会議室の委員会メンバーにお前らが寄越した連絡が『リバムークが盗まれた!』だぜ? ご丁寧に証拠画像付きで、ショックを受けない奴がいるかよ。俺だから会議室をすぐに飛び出したけど、他の連中は皆唖然呆然。挙句の果てには椅子ごと倒れて気絶した奴もいたんたぞ」
「はあ? なによそれ。それがこの一大事に対する対応なの! けしからん! 時は金なりよ! 仮にも一族を束ねる委員達でしょ。ちょっと確認する」
ツバキの説明に怒り心頭となったキクは携帯電話を取り出すと、端末操作モードで地下365階の壁に格納していたディスプレイを展開すると、そこに呼び出す相手の電話番号を入力し、その映像を映し出した。
そして確認し……絶句し顔を引きつらせた。
キクだけでなく、残る皆も。ただ……ツバキとミコだけがその映像を――彼は苦々しく、彼女は興味深くだが――眺めていた。
ツバキの言う通り、残る委員達は全員地上の会議室で気絶、自失、現実逃避という有様。唯一花君だけが一人ゆっくりと階段を降りてこっちへ向かっているようだが、映像で確認できた現在位置は地下85階。遅すぎる。
これでは今日のリバムークの発表会など二重の意味でできようが無い。サクラ達は事態の深刻さを再認識させられ、にわかにじりじりと慌てだす。考え悩む女達。しかしなんの解決策も見えてこない。万事休すの地獄入りかと思われたとき、ミコの声が聞こえた。
「誰か答えて。この非常事態モードは解除しないのよね?」
唐突な質問に聞いた皆が戸惑うが、時は金なりの営業姿勢を実践するように、キクがその問いに回答した。
「しないわ。私達が把握しているのはこの大宝庭に保管していたリバムークが盗まれたという事実だけ。そもそも調査部門は私達の管轄外だしね。それでも犯人がまだこの中にいるかもしれない可能性を否定できない。ならば出口は封鎖する。エレベータも止め続ける」
「なかなかの推理に的確な対応ね、キク。それじゃ次の質問。今あなたたちが解決すべき唯一無二の問題はなに?」
ミコが投げかけた第二の質問。またも聞かされたサクラたちは瞬間的に戸惑うが、やはり考えてしまう。訊かれたら答えるのが礼儀だし、ミコの問いもこの事態を収拾するための質問だとサクラたちにも理解できたから。
だが今度の質問はなかなかどうして難しかった。理由はミコの質問文にある「唯一無二」という文言。たったひとつの最優先事項はなにかという求めに、キクでさえも考え込む。
と、ここで上がる一本の手。その手の持ち主――カーネーションがミコに答えを語る。
「悩んだけどこれしかねえ。ズバリ! この無様な体たらくを晒している残りの委員達に今起こってる事態の深刻さを教えてやることだ!」
やはりそうなるか――サクラも無言で頷いた。他の面子も沈黙という名の肯定を示す。実はサクラは悩んでいた。というのも今もっとも問題なのは、カーネーションも言った通り映像中に映っている委員達の無様な光景の解決ともうひとつ、そもそもの原因であるリバムークの奪還のふたつであり、このふたつに甲乙をつけ難かったのだ。それくらい悩む二択だったが、率先してカーネーションが口にした委員達の問題解決でよかったのだろう。たとえリバムークの奪還が優先とされても、この機能不全を解決しないことには意味がないからだ。それに、仮にも一族を束ねる立場の委員達の今の醜態は度を越している。綱紀粛正が必要であろう。
そういう感じにサクラが納得していると、回答を聞いたミコがまた評価を、そして再度最後の質問をしてくる。
「分別のある判断よカーネーション。それじゃ最後の質問。問題解決のためにはいったいなにをどうすべきか?」
……はあ?
ミコの投げかけた第三の質問、最後の質問はそれにふさわしい内容であったが、それだけに一番の難問であった。抽象的すぎる。ひとつの答に絞れるようなものなのかと疑念が先にわいて出た。
しかしサクラの熟考に反し、またも上がる他人の手。その手の持ち主――コスモスが得意満面の顔で、可愛い声でもって答える。
「愚問なり―。そりゃーもう、ここにみんなを連れてくること! そうすればいくらでも活は入れられるんだから。でもそうなると最初の答がネックになるよねー」
「そうよね。となると、わたしの出番でしょ?」
えっ……? サクラが掻き消えそうな小声で呟くと、ミコは影帽子のがま口チャックを開き、中から黒い札束らしきものを取り出し、封を切る。突然の行動に皆が戸惑うが、やがてコスモスだけは「あー」となにやら納得の御様子。「そういうことね」と言って続ける。
「なるほどね。ここにいるミコちゃんはかつてカゲナシのレインと呼ばれた人物。影の秘術に頼れるってことだねー」
コスモスの発言をきっかけに、皆が一様に理解する。なるほど、それはありうると。
しかし実際にその術を見るのは、みんな今日が初めて。他人を瞬間移動させる術など、ミコとの付き合いが長いツバキでさえ知らないようである。なのでみんな固唾を飲んでミコの動作を見守った。特に好奇心の強い萌枝など、サクラの横に進み出て爛々と輝く目でミコを注視している。するとミコは平然と自分の能力――黒い札束の力について語り出した。
「影の秘術……昨日も色々使ったけど、今日のはちょっとアクが強いかな。この黒い招待状はね、他人の影をこの場に招待し、次いでその影の持ち主も招待するって代物なの」
「おおスゲー。コスモスの予想どうりの展開じゃん」カーネーションが飾り気のない質実剛健な賞賛を浴びせるが、ミコはなぜか苦笑した。
「そうでもないんだなー。これ、62枚1セットになっているんだけど、複数を同時に使用するとリスクがあるのよ」
「リスク……ですか?」サクラの復唱にミコは頷いた。
「この黒い招待状は62枚1セットをさっき切った紙の封で束ねてあるの。でもね、作ったときのこだわりっていうか、招待効果と対象を無制限に設定した反動もあって一回でも使用したら必ず招待状を再生させて62枚の封付きに戻さなきゃ次の使用はできないのよ。さらに問題なのが時間。特に複数枚を一斉に使ったときが厄介でね。1枚だけなら再生にかかる時間は62秒で済むんだけど、2枚を同時使用した場合は2枚まとめての再生になるんだけど、再生に要する時間は1枚目の62秒と2枚目の62秒×2の和になるんだなあ」
「なにそれ? 勿体無いわね。2枚まとめての再生には実質3枚分の時間がかかるってこと?」
キクが心底勿体無いという体でまるで自分のことのように悔やんでいる。サクラからしてもそれは納得である。時は金なりを自分の是としている営業ウーマンのキクにとって、時間の浪費ほど嫌いなものはないからだ。
しかしそれさえ序章に過ぎなかった。ミコの話はさらに続く。
「2枚同時使用のときは『62秒+62秒×2』なんだけど、お察しの通り、この2枚目以降の係数は枚数の数に対応しているのよ。3枚目は3を62秒に掛けて2枚目までの再生時間に足す必要があるし、4枚目では4と62秒の積をさらに足す――等差数列の和、つまりは等差級数ね。1枚多く使用する度にその枚数分の係数で再生単位時間62秒と掛け合わせた数の総和になるわけ。MAX62枚全部を使うと再生に要する時間は121086秒。33時間と38分6秒もかかる。ゆうに丸一日は使えなくなるわけよ」
「そんなら1枚ずつ使って62秒のインターバルでやればいいじゃない。3782秒で62人呼び出せるわよ」
キクがごもっともな意見を出すが、ミコは悲しげに首を振って違うんだな〜と否定する。
「キクの提言は有能な意見だわ。でもこの能力、そううまくもいかないの。それやっちゃうとね、後になるほど招待の精度が落ちちゃうのよ。1枚ずつ連続して使うにせよ、インターバルは2番目なら次まで124秒、3番目なら186秒と休ませてやらなきゃいけない。これは言わば禁則でね。この禁を破って短時間に連続使用すると精度がどんどん落ちてっちゃう。この技――影殻招待は黒い招待状が招待対象の影を象ってから本体も招待するってプロセスで成り立ってる。その精度が落ちてくると影の変形が不十分なままになっちゃって招待対象の肉体まで異形な形に変えちゃったりするし、最悪の場合本体を招待している最中に影が変質しちゃって本体が出現できずに消えたままになることだってある。そうなると直すの大変なのよ。ゆえに再利用までの時間はかかっても事故の危険がない完璧な精度で招待できる複数枚同時使用が好ましいってこと。それにさ……」
「それに……?」あえて詞を切ったミコの流れにのせられ、話を聞いていたサクラ達全員が鸚鵡返しに言い返す。その反応を待って、ミコは話を再開した。
「いちいち再利用でやってくなら最初から62枚の札束になんかしないわよ。62枚の束にしたのなら最初から複数使用を前提にしなくてどうすんのって話。時間を惜しむあまり使う量まで惜しんだらそれこそもったいないわよ。使わないもの持ってるなんて……宝の持ち腐れなんじゃない?」
「あ……言われてみればもっともだ」アラサーシングルの三人が全く同時に同じ台詞を吐く。ほんといいトリオだわ――サクラは胸の中で脱帽した。
それはともかく……ミコの意見はまさに正論、もといもっともな言い分だった。影の秘術、そしてそれを使った技を熟考し、習熟させた『使い手』だからこそ言えるセリフ。今になって考えると、他人の能力にあれこれ口を出していたのは失礼だったのかもしれない。
「さて、説明も終わったことだし、使いますか。何人ここに招けばいいの?」
紙幣の札束を数えるがごとく、黒い招待状の札束をめくりながらミコが問いかける。
訊かれたサクラ達は今一度キクが展開したディスプレイを眺め、そこを指差してミコに示す。代表して答えたのはキクだった。
「この残る委員達8人に花君様の計9人ね。そいつらだけでいい。他の連中にはメールでその場待機を言い渡すわ。コスモス、メールの方をお願い」
「いいよー」コスモスは相変わらずののんきな間延び口調で返事して、携帯電話を取り出しメールを打ち始めた。
時を同じくして、ミコの方も札束から9枚めくり取ると、その9枚を誰もいない場所に放り投げた。一枚たりとも、重ならないように。
するとどうだろう。ミコが話していた通り、黒い招待状はひとつひとつ別々の形に変化し始め、まもなく九体の人影がそこに現れた。
そして瞬きする暇もなく、そこにあるべき九人の実体も転送され、この場に呼び出されたのであった。その光景にサクラと萌枝は圧倒される。
「9枚使ったから再生時間は2790秒……悪くないわね。ハイ終わり」
「キクー、メール送信終わったよー」
ミコとコスモスの仕事完了の報告を受け、改めてサクラ達はミコの影殻招待で呼び出された者達と対峙する。なによりもまずは頭を下げる。招待された中にいらっしゃる一族の長、花君ストックに拝謁しなくてはならないからだ。
「花君様、此度の緊急事態、私共不覚の限りでございます。申し訳ありません!」
サクラ、ツバキ、キク、カーネーション、そしてのんびりやのコスモスも含め、自意識を保っていた花一族の五人が花君様と呼ばれた女性に一斉に頭を下げ、猛烈苛烈に陳謝する。このような事態を起こしてしまったこと、そしてみすみす見逃してしまったことも自分達の責任と謝る。上司へ尽くす部下として当然の姿勢である。
しかし肝心の花君はそんな部下達の謝罪をあっさりさらりと受け流し、こともあろうにミコの方を向いて彼女と話し始めたのだった。
「久しぶりーレインちゃん。相変わらず黒いヘッドにカラフルなボディ、そして影の秘術なんだね。懐かしいなあ。あのころの私はいち委員だったけど、今はこうして出世したんだよ?」
「は、花君様〜」
無視されたサクラ達は悲しくなって涙目涙声になるが、ストックは下々の声など全く聞いちゃいなかった。完全にミコに話しかけることに夢中である。
しかもミコまでその話に応じたのだから一層サクラ達の立つ瀬がなくなった。これでストックとミコの間にトークが成立し、サクラ達部外者が割って入ることができなくなった。
「ええ。久しぶりね、ストック。ほんと、あのころが懐かしいわ。あなたはまだ委員会の新参委員でわたしは気象一族の戦闘部隊だった。でもまあ、今の状況は当然の帰結でしょう。あなたとわたしがこの休戦をもたらしたのだから。それと!」
「それと……?」ストックは首を傾げはてなの仕草。
「今のわたしはレインじゃなくて、ミコよ。ミコ=R=フローレセンス。ツバキから聞いてるでしょう? まあレインの名のころの過去バナだったからレインの名に応じたわけなんだけど。今のわたしにとってレインはR! それオンリーなので、よろしく!」
「はい。了解しましたよ。ミコちゃん」
ストックが花……華……否、万華鏡のような至高の笑みを見せる。サクラや萌枝、ツバキ、アラサーシングルの三人はその殿堂級の美貌に悩殺されてしまうが、ミコは全く微動だにせず、乾いた感性持ってます的な顔と適当にあしらうように手を振って、一緒に呼び出した非常にみっともない委員達を指差し、ストックにある要求を突き付ける。
「花君様にまで出世したなら部下の叱咤激励はあなたの役目でしょ? コレ、お願いね」
「はいさ、わかりましたよミコちゃん。それじゃ久々にやりますかあ!」
腕まくりし、意気込むストック。その動作からサクラ達はこれから何が起こるのかを悟り、全身の毛が総毛立つ。萌枝を引っぱり、すぐさまその場から遠い場所へ、できる限りの遠くへと非難する。
「ちょっ……どうしたの。サクラちゃん」
一般人ゆえにサクラに抱えられて非難させられた萌枝が、なにがなにやらわからずと言って説明を求めるが、その必要もなかった。
避難の途中で煽りを受け、吹っ飛ばされたからだ。花君ストックが花一族の面々の中でもっとも得意とする特技、花粉散布からの粉塵爆発を起こしたのである。サクラ達の避難が完了する前に。
「ぐおっ!」「きゃあっ!」
サクラ、萌枝、ツバキ、キク、カーネーション、そしてコスモスの六人は爆風で紙飛行機のように宙に浮かぶが、そこは五人が花一族。下級極意の枝骸装甲を纏って衝撃吸収に務めると同時に、枝で作った第三、第四の腕でしっかり壁にへばりつく。壁に衝撃を逃がして安全を確保すると、各々我流の着地を見せる。サクラは萌枝を抱えていたとはいえ、まだまだ青い芽の若手なのでとにかく友達である萌枝の安全第一を優先に質実剛健な着地。一方対外戦闘部隊の隊長だったツバキや曲がりなりにも委員であるアラサーシングルの三人は各自独特のアレンジやポーズを入れて優雅に着地と相成った。しかもその着地姿勢がまた綺麗なのである。負けた、わたしはまだまだだ――サクラはいらぬ敗北感に打ち拉がれる。
しかし今は予断を許さぬ事態。自己嫌悪などおいておけと、すぐにサクラは気を取り直す。枝骸装甲を解除し、抱えていた萌枝を降ろし立たせて、噴煙の中を見やる。未だわけがわからずと言った感じの萌枝に友としてサクラが説明してやる。
「花君様が不甲斐ない姿を晒していた委員達を起こしたのよ萌枝ちゃん。お客様の前でなに体たらくかましとるんじゃー、いいかげん起きろーって」
「爆発で起こすの? そんなの今時のアクション映画でもしないことだよ……」
「あたしら花一族だからな。身体の造りが違うのさ」カーネーションが割って入る。
「そうねー。動物の人間に植物の花をかけあわせ、完璧な生命体となりて神の問題に挑もうとしたのが、私達花一族の由来よー、萌枝ちゃん」
コスモスが萌枝の方に笑顔を振りまきさらに解説を入れる。なんか洗脳っぽくなってきたぞ……危惧を抱き始めるサクラ。そこに(実に)いいタイミングで、話題転換になり得る叫び声が未だ爆煙立ちこめる煙の中から聞こえてきた。
「なんなんだ一体! 目の前が真っ暗になったと思ったら突然周囲が爆発したぞ!」
「おはよう。アサガオ」
「お早うじゃねえっすよお頭! この爆発臭、やっぱあんたの仕業か、これは!」
「あら、目覚めが悪いようね。筆頭の私に口答えするなんて……」
「こんな仕打ち受けりゃ当然だろ! ふざけんな!」
ミコの影殻招待で花君ストックと共に招待された八人の委員の一人、気絶していた輩のアサガオが怒鳴り散らす。ブランド品のメンズスーツもボロボロの布切れに変わっており、見ていて非常にみすぼらしい。
その様子を遠くから見ていたサクラ達。爆煙が空調のおかげで収まってきたので、爆発の全体像を遠目に眺めることができた。といってもその様子はたったの二通りにしか分類できない。
アサガオを始めとして、爆発の余波で黒焦げの咳き込み状態になりつつもようやく自我を取り戻した委員達と、爆発を起こした側&けしかけた側であるストック&ミコの二通り。大雑把すぎるかもしれないが、逆にこれ以上の細分化など到底不可能であった。
加害者と被害者――これほどわかりやすく、かつ納得のいく構図が他にあるだろうかと言う話である。とはいえ、正義や大義といったものはむしろストックとミコの方にあるのだが。
それにしても、あの爆発のほぼ真ん中にいながら服に灰のひとつも寄せ付けないストックの凛々しい立ち姿はさすがお頭と言わざるを得ない。特に初めてその様子を見たサクラと萌枝は、その姿に憧憬の念を憶える。
そして、同じように隣に平然と立っていた、ミコ=R=フローレセンスにも、等しく同じ思いを抱くのであった。
「すごい……これが花一族の筆頭に史上最高のレインと呼ばれた女傑達の実力、ですか?」
萌枝が発する感嘆の詞。それをツバキが肯定する。
「そうだ萌枝。これが我ら花一族の筆頭ストック様と俺がついぞ勝てなかったミコの奴の力量だ。怒らせるなよ? 敵に回したら百代先まで『安堵』はねえぞ」
ゴクリ……息を呑む萌枝の手をサクラは握り、「大丈夫」と落ち着かせる。その理由を伝えるべく、ここまで全く話しておらず、話したくてウズウズしている営業ウーマン・キクに話す権利を譲った。キクはサクラにありがとうと涙目で感謝して、サクラの代わりの役目を果たすべく、萌枝にその理由を語って聞かせた。
「なぜ大丈夫かと言いますとね、萌枝。ストック様もミコも、もう敵なんて滅ぼしつくしたし、怒りつくしたからなのよ。ま、あなたとサクラは人生まだまだこれからよってことですね」
「そうだな」「そうそう♪」「そうなるな」
キクの話を補完し、補強するがごとくカーネーション、コスモス、ツバキが同調する。
そして彼等委員四人は「そろそろ頃合い」と各々準備運動を始めた。突然の挙動不審に戸惑う萌枝。その横にサクラが付き、こんどこそ「大丈夫」とその理由を自分で語る。
「長い前フリだった上に色々あったけど、ようやく問題解決に向けて動き出せるってことよ、萌枝ちゃん」
「あ、そうか……なるほど。でも今思うと『やっと』って感じだね」
萌枝の意見はもっともだった。がそれだけに遠くまで響いたのだろう。萌枝やサクラ達避難民から割と離れた爆心地にいたストックと焼け焦げた八人の委員達、そしてミコの動きが変わった!
「花一族の筆頭として命じます。私に仕える委員達、全員ここに直りなさい!」
「尊命受理! 直ちに!」
焼け焦げた八人とツバキ、キク、カーネーション、コスモスの計12名の委員会委員が全員即座に筆頭の尊命に応え、瞬時にその御前へと膝をつく。尊命の対象になっていなかったサクラと萌枝は最初見ているだけだったが、ストックの近くでその様子を見ていたミコに振り向かれ手招きされたことを受けて、慎重に、だけど遅いと注意されない程度の速さでミコのいる場所までやってきた。いざかけつけてみると、ミコだけでなく、一族の長であるストックも二人の到着を暖かく迎え入れてくれた。心遣いをありがたく頂戴しつつ、サクラと萌枝はミコの方に寄る。一族筆頭のストックの傍では虎の威を借る狐に見えかねないから。
二人がミコに寄り添うと、あたかもその構図はミコが二人を守っているようだった。ミコも景気づいたのか、元気象一族のくせにこんなセリフを口走る。
「さあごらんなさいサクラちゃん、萌枝ちゃん。これがあなたたち花一族の中核を成す委員会委員12名よ!」と。
人事・対外防衛担当委員、ツバキ。
営業・プレゼンテーション担当委員、キク。
研究現場統括委員、カーネーション。
環境管理統括委員、コスモス。
デザイン・アートワーク担当委員、ヒマワリ。
資金調達担当委員、アジサイ。
経理・予算編成担当委員、タンポポ。
渉外・接待・外交担当委員、アサガオ。
資材調達担当委員、キキョウ。
都市管理・政治運営対策委員、ヘレニウム。
陳情受付係の委員、スイートピー。
諜報工作員総括兼審査部門管轄委員、カトレア。
以上12名の兵達が一族筆頭、花君ストックの前に膝をついて畏まっているのである。その光景を第三者的視点から眺めて、震えない方がおかしかった。サクラも、萌枝も、立っているだけで痺れてくる。それくらいの戦慄、壮観。




