第4話_祭りの夜にはお友達
夜。祭はまだ終わらず、街はまだまだ眠らない。空からは太陽が消え、遠くで輝く星々と逆光に照らされた雲の群れが夜天を飾る時間帯、ミコとサクラはようやくガデニアの街に戻ってきた。都を支配する花一族の最高機密のひとつだけに、花の墓所、結構街から遠いのだ。
さすがに昼間ミコが辟易したほどの人出ではなかったが、それでも街のにぎわいは他の都のそれを凌駕していると言えた。やはり年に一度のコンベンション期間なので、住民も訪問者も興奮気味だ。路上に並ぶテーブルやビルの屋上に設けられたビヤガーデンで酒盛りが始まっている。こりゃ徹夜もんもいるのだろう。
「ひゅー。祭って感じね。でもウキウキじゃなくてドキドキって感じるとこからして、わたしも歳を取ったわねー」
「それは仕事をして疲れているからじゃないですか、ミコさん? わたしも似たような感情を抱いているんですよ、今まさに。ミコさんはわたしが年寄りだと?」
「えっ! じゃあ違うわね。このドキドキはわたしたち純真無垢な女の子たちが等しく抱くときめきね!」
「女の子って……ミコさーん?」
あなた何歳ですか、自分を女の子だと思っているんですかというツッコミをサクラは寸でのところ……でもない、胃袋心臓あたり――いわゆる余裕の位置で飲み込んだ。この人にツッコミしても意味ない気がすると、なぜかそう感じられたから。
そうなるとサクラの対応は早く、より洗練されたものになる。ミコの手――ではなく手首のところの長袖の裾をつまんで引っぱり目的地、花一族の本拠地「栄華会館」へと黙々と先導していくのだ。脇見ふらふら即NG。隙も与えずミコを引っぱる。そんな自分が、ちょっと誇らしかった。
ほら、行きますよーと前を見たまま意識を自分に向けさせてみると、ミコの方も迷子は嫌〜とかわいこぶった声で応える。甘ったるいわとバッサリ切り捨て二人は人と明かりで賑わうガデニアの通りを歩いていた。
と、そんな風に歩いていた二人に投げかけられる声と、訪れる一陣のつむじ風。
「サクラちゃーん! おーい! おーい!」
「あ、萌枝ちゃん?」
「ん? 萌ちゃん?」
サクラが先んじて声のする方向に振り向き、ミコもそれに倣いその方角に顔を向ける。するとこっちに手を振り流れるような長髪を靡かせながら駆け寄ってくるサクラと同じくらいの背の女の子――よく知っている女の子の姿が確認できた。その子はサクラとの間合いを縮めると、大胆不敵にもサクラに飛びつき抱きついたのだ。当然サクラは吃驚仰天。抱きつかれた衝撃と対応の余波でサクラとミコの繋がりは断たれた。なんとか受け止めようとするサクラだが、ほぼ死角からのタックルに対応するには条件が悪すぎた。足で踏ん張ることもできずに倒れようとする身体。だが。
「っとと」
サクラに引っぱられることのなくなった――フリーになったミコが気を利かせてサクラの背後に回り込み、その背中を支えてくれたおかげでサクラは倒れ込まずに済んだ。背中には、あの暖かい感触が再び。
「ありがとうございます、ミコさん」
「どういたしまして。その子、お友達?」
「はい! 花一族のサクラ一番の親友、柿之本萌枝ちゃんです!」
「かきのもと、もえ……?」
ミコが含みをもたせた声でその名前を復唱すると、言われた当人が元気よく返事をした。
「そうです! わたしは柿之本萌枝。42代続く由緒正しき柿之本家八人兄弟の末っ子です」
へえ〜。サクラが背後のミコを見上げてみると、彼女は意外にも、虚を衝かれたと言った感じの、ちょっと呆けた顔を見せた。おお、ミコさんもこういう顔するんだ――サクラは初めて見たミコの新たな一面に、新鮮な気持ちが湧き上がってくるのを感じていた。
ところが、そんな感傷に浸ってもいられなかった。ミコの方にかまけてばっかで自分がおざなり二の次にされていると気付いた萌枝が、サクラの身体に巻き付けた腕をきつく締め上げだしたのだ。
「痛い痛い痛い! ご、ゴメンて萌枝ちゃん!」
「もー。サクラちゃんまた気移り? わたしという親友がいながらどうして満足できないの?」
「そんなんじゃないって萌枝ちゃん。この人はミコさんっていってわたしたち花一族のお客様なの」
「え?」その詞を聞いた萌枝は目を見開きキョトンとする。初めて知ったよその事実という顔は子猫のように愛くるしい。
その愛らしさはミコにも通じたようで、「可愛い〜」とときめいたような嬌声をサクラの後ろで上げていた。が、その顔を拝むことは叶わぬ夢。今サクラにとってもっとも大事なのは前後から拘束されている状態からの脱出だから。
その意図を込める意味でも、サクラはおしりを後ろに突き出してミコの身体、腿あたりに当てるとそこを土台に踏ん張った。ミコを壁代わりにしたのだ。
目論見は成功。ミコは反作用で押し退けられ、前へと踏ん張ったサクラは抱きついていた萌枝を抱える格好で自立体勢を取り戻したのだ。そしてこの行為は、ミコではなく、萌枝の方を選んだとアピールする意味合いも兼ねていた。
「ほら。今わたしにくっついているのは萌枝ちゃんだけじゃん?」
「ほんとだ……萌枝嬉しいっ!」
安い小芝居を挟んで抱き合うサクラと萌枝。三文芝居だと自分でもわかっているが、そんなんでわだかまりが解消されるのなら安いもん(文字通り)だと、サクラは自己評価を下す。この事実、知りたるは自分ばかりなりと思っていたが、背後からのミコのおお〜という歓声と拍手がわずかながら慰めになった。ひょっとしたら……とも思ったが、訊かなかった。無粋だから。
サクラは萌枝との抱擁を解くと、萌枝と共にミコの方を振り向く。そしてミコを紹介した。
「というわけで紹介するね、萌枝ちゃん。この人ミコ=R=フローレセンスさん」
「ミコさん、ですか……。はじめまして。柿之本萌枝です。『萌枝』は萌芽の『萌』に『枝』と書きます。漢字ですよ。わかりますか?」
サクラの腕をしっかり掴んで下から見上げる萌枝に対し、ミコも安心感を与える柔らかい笑顔で応える。
「ええ、わかるわよ。萌枝ちゃんか……いい名前。漢字はわたしも昔学都スコラテスで勉強していたから読み書きできるし、実はわたしのミコって名前もね、本当は漢字表記なの」
「ええ!」サクラと萌枝は顔を揃えて驚いたという表情をする。するとミコはちょっとイジワルな笑みに顔を変えて影帽子のがま口チャックを展開。中から飛び出た手帳を取ると、その氏名欄を二人に見せてきた。そこにはミコの名前がちゃんと、漢字混じりで書かれていた。
巫=R=Florescence――と。
初めて文字で、ミコ本人の筆跡で見るミコの本当の氏名表記。そのインパクトもさることながら、サクラはその筆致の美しさに目を奪われた。隣の萌枝も感心しているのが間違いではないその証拠だろう。萌枝は書の道を嗜んでいるから、サクラよりも書の美が何たるかを知っているのだ。その萌枝が無言で魅入っているのである。サクラが感心するのも然り、当然であろう。
「ほんとだ……わたしとおんなじ漢字の名前!」萌枝が興奮した口調ではしゃぐ。無理もないこと、第一言語の文字とは言え、漢字は公共の場ではもう使われることはない。旧家の誇りと知識層の権威、そして書道家の表現美のためだけの用途にしかならない、今や廃れた文字なのだ。実際ここガデニア在住の市民で漢字の氏名を名乗っているのは柿之本家だけである。家族以外の漢字名を持つ人物と出会えたというのは、少なからず萌枝の心に響いただろう。それがこれから醸成される萌枝とミコの繋がりに善い方向に役立てばなお良い、サクラはそう密かに願った。
実際願ったのは満更でもなく、萌枝はサクラを取られまいとミコに向けていた険しい態度をかなり軟化させたのだ。客人扱いとした紹介と名前の話題が萌枝に若干の余裕を持たせたのだろう。大いに結構な風向き――まさに順風満帆である。
「ふーん。漢字の名をもつお客様か。で、そのミコさんはどういったご用件で花一族のお客様になったのですか?」
「ああ、それはね……」ミコは萌枝の問いに答え、自分のガデニア訪問の目的からそのために取った行動、これからの予定などを包み隠さずすらすら語る。さすがに自分が元気象一族のレインであることは伏せていたが、それでも話す内容には寸分の狂いも違いもない。そしてその内容は、サクラにも増して無垢で好奇心旺盛な少女である萌枝の心を大きく揺さぶるには十分すぎた。むしろ大きすぎだったかもしれない。ミコの話を聞いた萌枝は群衆の中にも構わず、感涙を流していたのだから。
「いい話ですー。そんな愛情持ってるなんて、わたし感動しちゃいますー」
素直に感情を顔に出すのが萌枝のいいところであり、サクラの親友たりえる美点なのだが、少々状況はよろしくない。おいおいと一目もはばからずなく萌枝の姿を周りが何事かと注目しだしたのだ。衆目を集める事態はできれば御免蒙りたい。ここでもサクラの対応は早かった。
「ほら、泣き止んで萌枝ちゃん。続きはウチでやりましょう。ミコさん、萌枝ちゃんも連れてきますから」
「わたしは全然OKだけど、萌枝ちゃんは大丈夫なの?」
至極もっともなミコの指摘。だが、それはサクラにとっては杞憂というもの。
「大丈夫ですよ。この街を治める我ら花一族と旧家柿之本家は盟友関係にありますから。萌枝ちゃんは栄華会館フリーパス、VIP待遇なんです」
ミコさんと違って――そう締めくくってニヤリとサクラが笑うと、ミコは感心したといった感じにおみそれしましたと述べて、さっささささとサクラの先導のもと、三人揃ってその場を後にした。
実にあっさり、なにも残さず。
風のように、雲隠れしたのだ。




