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ミコの影帽子 夢心背話(ゆめうらせばなし)  作者: 心環一乃(ここのわ むの)
第3話 野に雪を。雪に背中を。
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第3話_ミコちゃんは大胆で料理がうまい

 夢――夢を見ていた。

 スノウは母に抱かれ、その愛を一身に浴びている。温かい。母の柔肌が背中に密着し、温もりが染み渡ってきている。なんて幸せ――。

 ――ん? スノウはここで意識の自由を取り戻し、思い返し、考える。

(お母さんとは四年前に別れたはず……じゃ、これは夢?)

 記憶と記録を整理し、スノウはこの経験が夢であることに行き着く。同時に、自分の役目も思い出す。

 そうだよ、わたしはレインさんと闘っていたはず――。

「これは夢! 起きろぉ、わたし!」スノウは遂に覚醒し、意識を引きずる夢を破壊し、瞼を開く。すると――。

 左肩にのしかかる重み。振り向くとすぐ横にレインの顔があった。いたのだ。密着するほどすぐそばに。それはもう鼻と鼻がくっつきそうなほどの至近距離。スノウの回路はその時点でショートした。

「えええええぇ!」

 思わず仰け反ったスノウだが、大して離れることができなかった。なぜなら――。

 レインの影帽子から取り出したと思しき黒い毛布が、二人の身体をぐるぐる巻きで密着させていたからだった。

「なにこれぇ……ちょっとぉ、レインさーん!」スノウはもはやレインに泣きすがるほかなかった。一切の抵抗行為が無に帰してしまうのだ。だったら術者本人にすがるしかないではないか。

 だけど肝心のレインは熟睡中……もとい爆睡中なのかちっとも反応しなかった。それどころか、寝ぼけてスノウの身体を抱き寄せる。いい匂いと生肌の感触が心地よい――。

「――って、レインさん裸?」

 今度こそスノウは飛び出した。火事場の馬鹿力とはよくできた詞だ。いままさにスノウはこれまで太刀打ちできなかったレインの黒毛布からの脱出に成功したのである。これを詞で言い表すに、火事場の馬鹿力ほどふさわしい詞はなかろうよ。

「ん……? スノウ、起きたの?」

 と、ここで今まで寝ていたはずのレインが微睡みから目覚めたかのような寝言を発する。

 あ、起きた。スノウはまずそっちに安堵した。

 ふぃにゃあぁ〜と欠伸をあげて大きく腕を伸ばし裸のレインが上半身を黒毛布から起こす。ただ裸と言っても下着はちゃんと着けていたのがスノウにとっては救いだった。

「さて」レインがその目を開きスノウを見つめてくる。その視線を受けると、スノウは思わずドキッとなる。なぜなのか自分でもわからなかった。

 するとレインは毛布をどけて下着姿の半裸姿を見せびらかしてこう言った。

「寒いでしょ? こっちに来るといいわ。憶えてる? スノウ、あなた凍死寸前の状態だったのよ。だからわたしの体温プラス火熱で暖めてあげたのよ。その姿じゃまた凍えちゃうから、こっち来なさい」

 そう言って毛布をマントのように羽織り、こっちこっちと手招きするレイン。

 その詞を聞いてようやくスノウは自分も下着以外全て脱がされていたことに気付いた。逆に言えば今まではレインとの密着状態や彼女の下着姿に夢中で気付かなかったということなのか。そして自分はレインにされるがままに脱がされたということなのか――と、スノウは沸き立つ雑念に悩まされる。

 だが大事なことはそうじゃない。スノウはその結論に達し吠える。

「って! そうじゃねぇもんねぇ! わたしたちは対決する関係なのぉ! だから闘う……闘う、ハクシュン!」

 吠えは吠えでも負け犬の遠吠えで終わった。スノウの名を冠しておきながら、寒さに負けた。屈服したのだ。だからくしゃみで中断&終わり。凍死寸前というのは本当だったようだと、スノウは改めて確認させられた。別にスノウだからって寒さに強いってわけでもない――これが(厳しい)現実。スノウなのに。

 でもレインの誘いに応じたらまた余計な雑念、煩悩を抱いてしまうかもしれない――その自覚がスノウにはあった。その詞に甘えてしまったら、昔のように「レインさん」とさん付けで呼んでしまうかもしれない。そんなことが知れたら現在の気象一族の主流派にこっちが狙われるかもしれないのだ。目下その主流派は「レインのことを呼び捨てにする」という方針を掲げている。逆らえるのはウィンド姉さんくらい。年少組の自分では到底逆らえないのだから。子供はどれだけたくさんいても、所詮子供――でしかないのである。

 それにレインの詞を聞いて確認したのは、自分の半裸姿だけじゃない。いま自分達がどのような状況下にあるかもスノウはちゃんと観察していた。

 場所は洞窟。その奥で自分は寝かされていたわけで、その近くには文明・村レベルの焚き火がメラメラ燃えていた。その熱をレインの体温同様受け取っていたのかと納得すると同時に、その焚き火のすぐ近くに自分の着ていた服とレインの着ていた白に虹色をあてがった服が、これまた影帽子から取り出したと思しき折りたたみ式の木製服掛けに掛けられてきちんと暖められていたのもスノウは見逃さなかった。

 なのでスノウはレインに向かって呼びかける。だが。

「レイン! ……いや、やっぱ合わないなぁ、二人っきりだし」と、呼び名の段階で詰まってしまう。主流派が決めたこととはいえ、スノウにとってレインはさん付けがふさわしい相手なのだ。なのでその気持ちに素直になることにした。他に誰もいないし。

「レインさん! 焚き火のとこにあるわたしの服取ってくださいよぉ。もう人肌は十分です。服だって暖まっているんでしょう?」

「あら、つれないわね。一族の里では一緒にお風呂に入ったこともある仲だったのに。……ひょっとして、第二次性徴が始まってわたしに見せられない身体になったとか?」

「なっ! 違いますよぉ。人として当たり前に恥ずかしがっているだけです。とにかく! 服取ってください!」スノウは慌てふためき否定しつつ、自分の要求を押し通す。その頑固さにレインもとうとう肩を竦めた。

「はいはい。取ってあげますよ」レインはそう言って黒毛布を放り投げると、側に置いていた影帽子を抱え、焚き火の近くにあった自分の服を先に着込み、「あったかい」としみじみ呟いてえらく勿体振ってからスノウの服とコートを渡してくれた。ほんとに全然変わってない、この人を食った所――スノウは服を受け取り着込みつつ、しみじみとそう思ったのである。

「うわ。あったかいなぁ」

「そうよ。感謝なさい? この火だって文明レベルは村クラスだけど使った薪がいいんだから」レインが胸を張って威張る。

「えっ、名産なんですかぁ?」

「もちろん。木の名産地モルク村の天狗山に生えている薪として最高ランクの薪だもの。火の勢いも火の持続性も、俗世一の高級品なのよ?」

 そりゃ大盤振る舞いだ――スノウは貴重な焚き火の恩恵を服から感じつつ、素直な感想をレインに告げた。すると――。

「いやーモルク村もこの前行った水の名所のアルコ村もすんごい辺鄙なところにあるのよねー。辿り着くまで何度テントで野営したことか。ああいう僻地に人が住んでいることが今でも少し信じられないわ。まあ文明レベルは僻地にふさわしく村なんだけどさ」

 レインは名産地、されど辺境の地へと旅することへの苦労話を始めた。そりゃ徒歩ならそうだろうとスノウは頷く。ただアルコ村には自分も行ったことがあるので会話に加わることができた。きっとそれもレイン一流の気遣いなのだろうが、あえて乗っかりスノウは話しだす。

「アルコ村ならわたしも行ったことがありますよレインさん。ウィンド姉さんとクエイクを連れた三人組でした。でもそこまで遠いとは思いませんでしたよ。わたしたちは車でしたので。なにしろあなたを追いかけてましたからね。スピード命」

「あら、あの村にやってきた追っ手はあなたとクエイクにウィンドだったの? 豪華メンバー大判振る舞いね。逃げてよかったけどちょーっと見ておきたかったかもなあ……。ん? わたしを追いかけてたってことはアルコ村特産の名水も飲まずじまいで帰ったの? もったいないわねー」

「別に……そんなの気にしてません。さっきも言いましたけど、わたしたちは車でしたから。舗装されてないとは言え、一応村に通じる道はありましたから車を飛ばせば隣町から一日で着けますよ、あそこ。この件にケリが付いたらそのときにこそ飲みに行きます。車で」

 レインのちょっかいも意に介さずしれっと返してみせるスノウ。実はレインの話し方・話術を真似てみたのだ。言わばミラーコピー。さてさてどんな反応をするだろうとスノウなりに悪知恵を働かせてみたつもりである。気象一族のスノウ、背伸びしたいお年頃。

 するとレインは気難しそうに頭の髪の毛を掻いて、全く違う話題に切り替えてきた。

「さっきから気になっていたんだけど、レインって呼び名、やめてくれない? 捨てた名じゃないけれど、今のわたしは巫。ミコ=R=フローレセンスなのよ」

「それは無理です」スノウはピシャリと切って捨てた。その神業所業に、今度はレインが頭をずっこけさせられる。「あれ?」とレインは不思議がるが、全然疑問ではない。むしろレインがミコなんて名乗っていることの方が疑問だ。

 それにしても、都合が悪くなったと見るや、全く関係ない話題に切り替えるとは――スノウはまた勉強になったとここぞとばかりに悪知恵を本家から吸収する。若いときほど伸び盛り――教育の極意だ。

 ま、目的たるレインの反応を見られたのでもう十分と、スノウはレインの話題替えに付き合うことにした。なんか喋ろうかとも思ったが、それより先にレインが口を開いた。

「おっかしいわ〜。神様の居場所から帰ってからミコってちゃんと改名したのに」

「わたしたちは追った過程で知りましたけど、一族の大半は知りませんよぉ」スノウが応じるが、レインは次にとんでもないことをさらりと発言した。

「ちゃんと都の官庁に正式な届け出出したわよ。戸籍改竄手続願」

「なにとんでもないことしてるんですかぁ! そんなんだから一族の大半から裏切り者ってレッテル貼られるんじゃないですかぁ」

 言質を掬い取って詞責めしてみたが、レインは知らぬ存ぜぬ感じぬの三拍子で鉄壁の防御を敷いているのか、全然堪えた様子を見せない。さすがだ。

「別に裏切った憶えはないわよ。ただね、問題解いちゃった後のわたし――つまり今のわたしは、自分の宿命を知ったせいで生きる意味って言うか……目的が人間とも神様とも違うものに変わっちゃったからね。それに則って行動している時点でもうなに言っても相容れないと思うのよ。ま、三頂老さんちょうろうの年寄り連中に参考書扱いされるのはゴメンっていうのも理由の片隅にはあるけどね」

「うわ……毒舌ぅ」スノウは衰えどころかさらなる冴えを見せるレインの滑舌に感服敬服する一歩手前まで心が揺らいだが、自分の立ち位置を思い出して、慌てて心を建て直し、立ち上がって宣言する。

「危なぁ! すっかりのせられるところでした。レインさん! わたしも回復したんですし、神様の宝物を賭けて勝負――」

 ぐぅ〜きゅるるるる。

 二度目の宣戦布告は腹の虫に遮られた。どうして今鳴るのかと、自分の身体を問い詰めたかった。心はこんなにも滾っているのに。精神と肉体はコインの表と裏なのか?

 するとレインが、くすくす笑った。

「あらら、おなか空いちゃったのね、スノウ。ごはんなら提供できるけど、い――」

「施しは受けないっ!」いる?――と言おうとしたレインの機先を制する形でスノウはピシャリと断った。さっきの名前の時といい、ツッコミの時はキレが出るようだ。

 だが、口は災いの元。そのツッコミはレインを怒らせる結果となった。影帽子を薄紅色の頭に飛び載せたレインは開いていたがま口チャックから黒い巨腕を白いハリセン装備で繰り出すと、ハリセンで一閃、スノウの頭を引っ叩いた。先の先を取られたツッコミ返しに、スノウは為す術無く敗れ去った。その悔しさと哀しみから、思わずこんな詞が出た。

「ぶったぁ……レインさんがぶったぁ。里にいた頃は一度もぶたれたことないのにぃ……」

 嘘泣きまでしてみたが、レインには全く通じていなかった。さすが。

「食を大事にしないからよ。身体を大事にしないから凍死寸前までいったり、いざ闘いってときに腹の虫に邪魔されたりするのよ。とにかく、まずは食べなさい。食事中でよければ質問にも答えるわよ」

 この発言に思わずスノウは面食らった。破格の条件を意図せずに、相手側から引き出せたからだ。

 質問に答える=質疑応答ができる――そんなことが実現すれば、自分の一族での地位もうなぎ上りとなるだろう。そもそも自分達気象一族はレインの持つ『神様の宝物』だけでなく、神様の居場所に行く方法、宝物を盗む手練手管とレインしか知らない秘密も知りたがっているのだ。それを手中に収められれば第二の解答者になることだって夢じゃない。

「わかりました。お食事いただきます。でも、会話ありの食事ですからね。それに身体がいうことを聞くようになったら、闘ってもらいますよ」

 スノウの意気込みと了承の返事を得たレインは、ニッコリ笑う。

「ええ、そうでなくっちゃ面白くないわ。それでこそわたしの見込んだスノウね」

 ハリセンを持った黒い腕をがま口の中にしまったレインは、その口から食品を取り出した。相変わらず便利ながま口チャックだが、以外にも出て来た食品は文明レベル・町の缶詰食品だった。でもラベルに貼られている。食材はどれも美味しそうで食欲をそそるものばかり。ましてや調理するのは気象一族でも有数の料理人レイン。身体が訴える食欲に心を預ける形で、スノウはレインの提案に乗った。

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