第3話_ミコちゃんは憧れの的でした
気象一族の中でも年少の部に――いや、幼少の部類にカテゴライズされていたわたし。
わたしにとって、レインは憧れだった。自分達幼少組にはないものを持ち、かといって自分達を年少だとか劣るとか言って見下さず、一族の一員としてちゃんと扱ってくれていた。年寄り連中なんかよりよっぽど好感が持てたし、事実レインは双方の緩衝材だった。一族をまとめあげ、未来を切り開けるのは彼女しかいないとわたしたちは勝手に思っていた。
だからレインが神様の問題を解いたのも、格段不思議とは思わなかった。彼女ならそれくらいのことはやってのけると、納得する気持ちの方が強かった。
なのに――。
帰還した彼女は、一族から去っていった。なにも言わず。なにも残さず。
年寄り連中は激怒した。同年代のライバル達仲間達友達は個々に複雑な思惑を持った。
そしてわたしが抱いた感情は――不可解、だった。
それは神様の問題なんかよりずっとミステリアスでエキサイティングな問題だった。
なぜ行き着いたのか? なぜ去ったのか? 知りたかった。教えてほしかった。
だから個々の思惑は違えども一族が一致団結し、レインを追った。でも彼女は逃げるのがうまくて、いつも余裕の後六歩で逃げられた。それでもわたしたちは諦めなかった。
わたしだってそう、諦められるわけがなかった。
知りたかったから。訊きたかったから。
そして――もう一度会いたかったから。
以上がわたし、気象一族スノウのレインへ抱く思いである――。
雪原。崖。泉。木々――。自然と気象が創り上げる素敵な造形美の中、スノウはとうとうレインに対峙した。吐く息は白く、大きく、荒々しい。必死で追ってきたので呼吸がままならないのだ。なんとか冷静になれとスノウは自制を身体に促すが、おそらく無理だろうとは理解していた。身体は心より正直だから。そのことを知っていたから。
だって、レインさんが目の前にいるんだよ?
そう、レインが目の前にいる。対峙しているとさっき言った。対面していると言ってもいい。なら興奮しない方がおかしいじゃないか。脈は加速し、動悸も早まる。気象一族の中で一番に追いついたという無価値な称号もあいまって、スノウの身体は火照っていった。
「レイン! う〜ん、なんか違和感が。やっぱ違うよぉ……。でもレイン! ここで会ったが運命よ! わたしと神様の宝物を賭けて勝負してぇ!」
スノウは迸る熱気を抑えられないと知るや、逆に追い風に利用しようと一気に宣戦布告する。臨戦態勢を取り、意識を周囲の雪原に撹拌する。そう、今は冬。スノウの呼び名の雪の季節。周囲の雪はそのままスノウの手となり足となり武器となる。
この上ないほど有利な状況だ。戦略ももう10パターン思いついた。頭もオーバーヒート気味ながらちゃんと役目を果たしているようだと、スノウはちょっと感心する。
さあ、あとはレインの出方次第――スノウは改めてレインを見やる。でもレインは、泉に張り出した岩の上に座ったまま、まるで木のように動かなかった。寒くないのか、そうお節介を焼いてしまいたくなる。冬なのに、いや冬だからだろうか。
ずっとこっちを見てるレインの目はまるで一世代前のゆとり世代のように能天気に、そしてどこか生温く見えた。まるで見守ってもらっているよう――そう錯覚さえさせられる。
「――って! そんなんじゃダメぇ! わたしはレインと闘うのぉ!」
スノウはその生温い視線に我慢できず雪を地団駄踏みつけながら叫ぶ。危ないところだった。すっかりレインのペースにのせられるところだったと頭を振り払い、ついでに雑念も振り払ってスノウはレインを指差して再度通告する。
「早く闘ってよぉ! こっちはいろいろ急いでるんだから、決着が優先で特急なのぉ! もう、なんで闘ってくれないのよぉ!」
子供らしさ満点の台詞でスノウが無理難詰すると、レインがようやく口を開く。
「だーかーらー。わたしは急いでないんだってば、スノウ。さっきも言ったでしょう? 待ってあげるって。まずはあなた深呼吸して、そして心を落ち着けなさい。まあ、無理にとは言わないわ。なんせ『感動! 八ヶ月ぶりの再会! レインとスノウ』なわけなんだしねー」
レインは開口一番素っ頓狂な台詞を吐いた。あまりの天然ぶりに、スノウは思わずずっこける。顔に触れた雪は、とても冷たかった。だが寝てばかりもいられまいて。
「なに映画のキャッチコピーみたいなフレーズ勝手に創作してんのよぉ! わたし感動なんかしてないもん。だってあなたは気象一族の裏切り者で……そうよ、感動なんか――」
雪の布団から飛び起きて、感動なんか――ともう一度告げようとしたときだった。
スノウの視界が、突如歪んだ。物体の輪郭がぼやけ、目が情報を認識できなくなる。
「えっ? わたし――?」そうぼやいたときには、既に手遅れ。
スノウの身体は、雪に沈んだ。