表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/18

第1話:赤ずきんの復讐者(2)

「んぁ・・・・・・」

 コォォォ パチッ パチッ

 火花が散る音が聞こえる。それに何だか――暖かい。いつの間にか身体中に毛布が巻かれている。足下にはまきがくべられ、火がいてある。

 なんて目覚めの悪い夢だ。過去の忌まわしい記憶を、こんなにも鮮明に見せられるとは。

 未だにうつろな目で辺りを見ると、すたれた部屋の中、すぐ右に1人の男がいた。

「お、目が覚めたか。良かった良かった」

 黒いジャケット、黒いズボン、黒いシャツに、黒いハイカットブーツ。全身を真っ黒に包み込んだ、黒い短髪の青年である。眼鏡も『黒』と来たもんだ。

 どうやらこのいかにも怪しい男が、凍死寸前・溺死寸前の彼女を助けてくれたらしい。

「その様子だと、意識はハッキリしてるようだな―――、目は虚ろだが・・・・・・」

 怪しい男は、にこやかに話しかけた。

「ここは・・・・・・?」

 少女が尋ねると、男はチラリと天井を見上げて答えた。

「ああ、ここか? ここは廃ビルの2階に位置する。さっきお前が戦っていた場所からは2kmほど離れているから、奴らが来る心配はない。もっとも、他の奴らのテリトリーだったらマズいんだが」

「あなたは・・・?」

「ああ、そうか。自己紹介してなかったな」

 男は彼女の枕元に座り直して、こう言った。

「俺の名は“白銀狼牙しろがね・ろうが”」

「しろ・・・がね・・・?」

 男はふと気付いたように、

「あ、日本語名は呼びづらいか。だったら英語名で呼んでくれ」

 そして狼牙は、彼女にとって衝撃的な名前を口にした。

「俺は“ウルフ”(I am "Wolf")。“ウルフ・ヴァン・レイヴェント”(Wolf Van Laivent)だ」



 少女は男の名を聞いた瞬間、カッと目を見開いた。

「ウルフ・・・ウルフですって・・・!?」

 彼女はバネのようにウルフから飛び退くと、すぐさま二丁拳銃を構えた。

 ――――否、構えようとした。

「!?」

 自分の腰に拳銃が無い事にようやく気付いた。拳銃はおろか、背負っていたスナイパーライフルも無い。

「ああ。悪いが銃は濡れてたんで、分解して乾かしてるぞ」

 ウルフは驚いた様子を見せたが、すぐに本調子に戻った。

 足下で焚かれている炎の近く、タオルの上に置かれた銃の部品ばかりが輝いていた。

「・・・・・・っ!」

 彼女は自身の迂闊うかつさに舌打ちした。

「体が冷えるとマズいんで、流石に服は脱がせられなかったが・・・そんなに動けるなら、ちゃんと暖まったってことだな」

 彼女は憮然ぶぜんとしたおも持ちで座り込んだ。ちょっと不貞ふて腐れてるようにも見える。

 ウルフは続ける。

「その身のこなし、運んだ時に感じた筋肉量、そしてこれらの“やや扱いづらい銃”から察するに――お前は、かの有名な“赤ずきんの復讐者”(The Avenger of Little Red Riding Hood)だな?」 

「・・・・・・・・・・・・」

 “赤ずきんの復讐者”と呼ばれた少女は――答えなかった。

「まあ、あの有名な童話から名付けられた組織だ。イメージにある可愛らしい“赤ずきん”とはかけ離れたものだと思っていたが、童話のような姿の復讐者もいたもんだな――ぐはっ!」

 全く油断して「うんうん」と頷いていたウルフは、繰り出された右フックに微塵も気付かなかった。

 顔を真っ赤にした彼女は、体をワナワナと震わせて叫んだ。

「私は子供ガキじゃない! これでも24歳の、れっきとした乙女おとめだぁっ!」

 呆気あっけにとられたウルフは、しばらく何も言えなかった――。



「はははは! いやいや、それは済まなかった。まさか、その身なりで24の歳になるとは思いもよらなかったからな。ははははっ!」

 ウルフは突然殴られた事を気にも止めず、ケラケラと笑い出した。

「だがまあ確かに銃を構えたくなるだろう。『ウルフ』なんて、いかにも『狼』を想像するような名前は『あの侵略』以来、忌避きひされてきたからな――」

 ――そう。『ウルフ』『アドルフ』『ルドルフ』『ヴォルフ』など、『狼』を連想・想像させる名前は『あの侵略』――人狼たちの侵略を機に『不吉な名前』としてみ嫌われた。わざわざ改名する人もいるくらいだ。というか、ほとんどの人間が改名かいめいした。

 だって侵略者を連想させるような名前なんて、誰もが嫌がるじゃない。

 そんな『ウルフ』なんて名乗る物好きは、今までで初めて見た。

「そういえばアヴェンジャーさんよ。お前は何て名前なんだ?」

 一通り笑って気が済んだのか、表情を戻してウルフが尋ねる。

「・・・ジャンヌ」

「ん?」

「ジャンヌ。アタシはジャンヌだ」

 ぼそっと呟いたせいかウルフには聞こえづらかったらしい。疑問符を打たれたので、若干強めに言い直した。

「なるほど、ジャンヌか。いかにも救国の英雄じゃないか。いい名前だ」

「その女、起きたのか」

 すると知らぬ女が口を挟んで階段からやってきた。ブロンド髪のロングストレートに、均整きんせいのとれた細い筋肉。スレンダーなシルエットを服装に浮かび上がらせる彼女は、左頬の輪郭りんかく沿った斬り傷の跡を持っている。

「ああ、そうだ――――ってなんだ、ホークアイ起きてたのか」

 ウルフはその女を「ホークアイ」と呼んだ。

「当たり前だ。お前1人に寝ずの番をさせるわけにはいかないだろう? その女が何をしでかすか、分かったもんじゃないしな」

 ホークアイは苛立いらだちを隠しもせずにスパッと言ってのけた。

「他の連中は?」

 ウルフがたずねる。

「ぐっすりだよ。今頃は遠い夢の中さ」

「そりゃ良かった」

「ちゃんと説明しろよ? 急にこんな奴、助けやがって」

 ホークアイはジャンヌをじろりと睨む。

「分かったからお前も早く寝ろ。お前、このところ全然寝てないんだから」

「アタシはいいんだよ。急に余所者よそもの連れてくるお前の方が心配で、おちおち眠れもしない。寝首を掻かれても知らねぇぞ?」

 そう言ってホークアイはウルフの隣に胡坐あぐらをかいて座りこんだ。

 その時点で、ジャンヌの脳裏に疑問符が浮かび上がった。

「ん? ホークアイ?」

 どこかで聞いた名前だ。しかし一体誰だったか――――?

「あ、そうか。紹介してなかったな」

 と、ウルフが思考に口を挟んできた。

「彼女はホークアイ。北部戦線で人類解放のために戦ってきた射撃の名手であり、勇猛果敢な戦士だ。聞いたことくらいはあるだろう?」

 ・・・聞いた。

 聞いたとも。

 『赤ずきん』のようなレジスタンスたちの間ではもっぱらの有名人だ。ロシア軍に所属していた彼女は、持ち前の狙撃の腕とその頭脳で、過酷な侵略を切り抜けてきた。そして蜂起した解放軍を率いて大々的な反乱を起こした。その反乱は、人類と人狼の双方に甚大な被害を及ぼした。その後の噂では人狼側に捕縛されたらしいが、目の前に本人がいる以上、その話はデマだったのかも知れない。事実、彼女の噂を耳にしなくなった今でさえ、ロシアでの闘争は類を見ないほど激しいものだと伝聞している。

「どこかで聞いたと思ったら、そういう事ね」

 記憶は繋がった。

 だが分からない事がある。

「北部戦線の英雄が、どうしてこんな場所に?」

 当の彼女に面と向かって尋ねる。

 ウルフは、う~ん、と悩ましげに両腕を組んだ。

「・・・話してもいいか?」

 ウルフはチラリとホークアイを見やる。

 ホークアイは若干、苦々しい面持ちで答えた。

「・・・いい。私が話す」

 あの戦いで何があったのかを、と付け足して。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ