第一話「もしかしてボク達、怖がられてる?」
この世界には、エレノア国いう国がある。
そして、エレノア国には、国を守るために創立された国立の騎士団、通称『黒の騎士団』という存在がある。
国家の敵は塵も残らぬほど飛散し…味方さえも尊敬と畏敬をもってして称えられ、恐れられる。
そして、その騎士団を束ねる5人の団長は…なんと、全員が若き女性である。
一人目の団長…レア・スパイロ 。
黄金色の美しい長髪をさらりと靡かせる彼女は、一見誰もが見惚れる美貌を持ち、穏やかでどこかからかうような笑みを絶やさない完璧な淑女のように振る舞う。
しかし、その赤色の瞳孔は返り血に染まったがゆえと言われ、戦闘の時でさえその笑みを絶やさず敵をなぎ倒すという…。
二人目の団長…サファイア・ローレン 。
その名の通りサファイアのような鮮やかな色彩のやや短めの髪が特徴で、細身でありながらも、無駄のない洗練された動きでさっそうと戦場を駆け抜ける。
冷静沈着。非常に論理的な思考の持ち主だが、噂では大の小動物好きらしい。
しかし、そのクールな蒼眼に見つめられると、とてもではないがその事は聞けないタブーとされている…。
三人目の団長…クレア・ローズ 。
団長達の中でも比較的小柄ではあるが、茜色のツインテールをなびかせて、自分の身体以上の大きさの大槍を片手で振り回す彼女は、『ワイルドホース』と呼ばれている。
非常に快活な人柄で、度々ニッと笑って人の肩を叩く仕草は、団員たちにとってはご褒美イベントではある。
しかし、その力強さに耐えられず脱臼したものも居たとか居ないとか…。
四人目の団長…ロロナ・ブラックウッド 。
黒の騎士団唯一のダークエルフ。エルフ族特有の長耳に、日に焼けたような褐色の肌、銀色のおさげの髪をした一見大人しそうな彼女について、詳しく知るものは少ない。
あくまで噂であるが、この後紹介する総団長にとある戦場で捕虜となっていたところを、救ってもらった後に騎士団に加入したという。
口数は少なくで無表情、殆んど心を開いていないように見えるが、騎士団に悪意や敵意を向けるものは次の瞬間に灰になるほどの魔法の力を持つという…。
最後の五人目…それら団長を束ねる総団長のユリア・エクレシア。
黒髪のショートヘアー、大きな切れ目の彼女は2mに及ぶ長身で非常に美しいが、敵には悪魔とさえ恐れられ、自分の背丈ほどもある大検をまるでナイフのように軽々と扱う。
非常に優しく、繊細な一面もあると噂されるが…その鋭い目つきに睨まれたどの団員もまともに自ら声をかけたことはない。
―――そして、この物語は黒の騎士団、本部の会議室にて始まる。
「みんな、忙しい中集まってもらってすまない」
広い講堂のような会議室の空間に、五人の団長が総集結していた。
集めたのは他でもない、総団長のユリア自身だ。
「いえいえ~、他でもない総団長様のお声かけですもの~」
「それよりも大事な用事はありませんわ~♪」
とレアが微笑みながら。
「しかし、神妙な口調で声をかけられたから心配したぞ。どうした総団長、何かあったのか?」
と冷静にサファイア。
「会議室にわざわざ呼びつけるなんてみずくせーな!どうした総団長!はっきり言えって!あっはは!」
と豪快に机に足を乗せて笑うクレア。
「……ユリア、何か変。ロロナにもちゃんと話して」
と相変わらず表情は少なく、静かに話すロロナ。
「みんな、ボクを気にしてくれてありがとう。大丈夫、そんな大事なことではないんだ」
「ただ、みんなに一つだけ聞きたいことがある…」
ユリアは目を閉じ、大きく深呼吸してから話し始めた。
「あの…まさかだと思うが、ボクたちって国民からも恐れられてないか…?」
――――。
広い会議室に、沈黙が落ちた。
窓の外から聞こえる小鳥の声。
チュン、チュン。
五人は誰一人として動かない。
やがて――
「……え?」
最初に口を開いたのはクレアだった。
「いやいやいや!何言ってんだ総団長!そんなわけねーだろ!」
アハハハ!と豪快に笑いながら机を叩く。
ドンッ!!
重厚な樫の机に、うっすら亀裂が入った。
「だってよぉ!あたしなんて昨日も街歩いてたら、みんなスゲー勢いで道あけてくれたぜ!?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
四人の視線がクレアに集まった。
「…それ」
サファイアが静かに呟く。
「恐れられているのではないか?」
「え?」
クレアの笑顔が固まった。
「ち、ちげーだろ!?あれはこう……尊敬だろ!?『クレア団長だ!道をお譲りしろ!』みてーな!」
「昨日、君と任務の帰りに寄った八百屋の老人が、君を見るなり店の奥へ逃げ込んだ」
「あれは急用だろ!?」
「その後、震えながら野菜を無料で差し出していたぞ」
「サービス精神旺盛なジジイだったんだよ!!」
「…………」
ロロナがぽつりと言った。
「…クレア、怖い」
「お前に言われたくねぇ!!」
バン!!
クレアが立ち上がる。
その瞬間。
机の端が――メキ。
「…………」
クレアは静かに座った。
「……あとで直す」
「うん……頼むよ」
ユリアはこめかみを押さえた。
実を言えば、この疑問を抱いたのは、昨日のことだった。
――昨日、エレノア国の城下町。
ユリアは久しぶりの休日を利用し、一人で街を歩いていた。
黒の騎士団総団長という立場上、普段は鎧姿が多い。
だから、その日は珍しく私服だった。
白いシャツ。
黒いズボン。
背中には念のため大剣。
――念のためである。
そして彼女は、とあるパン屋へ立ち寄った。
「すまない。これを一つ…」
「ひぃっ!?」
店主はユリアを見た途端、飛び上がった。
「……?」
ユリアは首を傾けた。
「あの……このパンを」
「ど、どうぞ!!全部持っていってください!!」
「全部?」
「店ごとでも構いません!!」
「いらないよ!?」
その後。
果物屋ではリンゴを無料で渡され。
花屋では花束を無料で渡され。
食堂では注文していない料理が十二皿ほど並べられた。
そして極めつけ。
小さな女の子が母親と歩いていたので、ユリアは軽く微笑みかけた。
すると――
「ママぁぁぁぁ!!」
少女は泣いた。
「…………」
ユリアはその晩、枕を抱えて三時間ほど落ち込んだ。
――そして現在。
「……ということがあったんだ」
話を聞き終えた四人は言葉を選んでるのか、沈黙を保つ。
「…………」
レアが優雅に紅茶を飲む。
「まあ~♪」
にこっ。
「それは確実に恐れられていますわね♪」
「レア!!」
ユリアが机に突っ伏した。
「やっぱりそうなのかぁ……!?」
戦場では数多の軍勢を前にしても表情一つ変えない女が、
国民に怖がられているという事実だけで完全に心を折られている。
サファイアは腕を組んだ。
「しかし…考えてみれば、我々の評判は少々極端かもしれない」
「極端?」
「黒の騎士団――敵国や悪党からは『黒い死神』と呼ばれている」
「うん」
「レアには『血染めの薔薇』という異名がある」
「素敵でしょう♪」
「クレアは『暴れ馬』」
「ワイルドホースって言え!!」
「ロロナは『灰の魔女』」
「…気に入ってる」
「そして総団長は――」
サファイアは一瞬だけ言葉に詰まった。
「『人の姿をした悪魔』」
ユリアの目が死んだ。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……誰が付けたの、それ」
「たぶん、かつての敵国」
「それなら仕方ないだろ!!」
ユリアが珍しく声を荒らげる。
「ボク、国民には普通に優しくしてるよ!?」
「子供には手を振るし!老人には席譲るし!落とし物だって届ける!」
「…顔」
ロロナが言った。
「え?」
「…ユリア、顔少し怖い」
グサッ。
見えない矢がユリアの胸を貫いた。
「ろ、ロロナ……?」
「…目、鋭い」
グサッ。
「…背、高い」
グサッ。
「…剣、大きい」
グサッ。
「…歩くと、みんな逃げる」
グサグサグサッ!!
「もうやめてロロナ!!総団長のライフはゼロよ~♪」
笑いながら言うレア。
「君は絶対楽しんでるだろ!!」
ユリアは半泣きだった。
一方、レアは頬に指を当てながら考える。
「でも…総団長だけではありませんわよね~」
「どういう意味?」
「私たち全員、似たようなものではなくて?」
レアは微笑んだ。
「私もこの前パン屋さんで、『いつものをくださいな♪』とお願いしただけですのに…」
四人が耳を傾ける。
「店主さんが『命だけは!!』って♪」
「何したんだお前!?」
「何もしてませんわ~♪」
「絶対何かしただろ!」
「強いて申し上げるなら、以前そのお店の前で逃亡兵三十人ほど捕まえましたわね~」
「どうやって?」
「斧で♪」
「原因それだよ!!」
クレアがムカムカとした様子で叫ぶ。
「サファイアはどうなんだ!?」
「私?」
サファイアは少し考えた。
「…子供には好かれていると思う」
「ほう!」
「先日も、公園で子供たちが遊んでいたので近づいた」
「それで?」
「全員いなくなった」
「逃げてるじゃねーか!!」
「違う」
「何が違うんだよ!」
「かくれんぼだ」
「絶対違う!!」
ロロナが静かに手を挙げた。
「…ロロナ、人気ある」
全員が振り向く。
「本当か!?」
「うん」
「誰に!?」
「…猫とか犬とか」
「人間じゃねぇ!!」
――――。
再び、会議室に沈黙が訪れた。
五人は少しずつ理解し始めていた。
自分たちは――恐らく。
いや、かなり。
国民から怖がられている。
ユリアはゆっくりと立ち上がった。
そして両手を机につく。
「……みんな」
四人が総団長を見る。
その瞳には、作戦で幾度となく部下を導いてきた、決意の炎が宿っていた。
「ボクは決めた」
「何を?」
「このままじゃダメだ」
ユリアは拳を握る。
「黒の騎士団は……国民を守るために存在している」
「なのに、その国民から怖がられているなんて……そんなの悲しいじゃないか!」
「総団長……」
「だから――」
バン!!
ユリアは机を叩いた。
「国民と交流しよう!!」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
レアがにっこり笑った。
「交流、ですか~?」
「そうだ!」
「具体的には?」
サファイアが聞く。
「……」
ユリアが固まった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……街に行く」
「いつも行ってるだろ」
「普通に行くんだよ!」
「普通とは?」
「普通は普通だ!」
クレアがニッと笑う。
「つまりアレだろ!みんなで遊びに行けばいいんだろ!?」
「そう、それだ!!」
ユリアは勢いよく指を差した。
「親睦だ!親睦を深めるんだ!!」
「誰と?」
「国民と!!」
ロロナが首を傾げる。
「…どうやって?」
「…………」
ユリアは再び固まった。
そして、とても小さな声で。
「…誰か、普通の人との仲良くなり方……知らない?」
四人は顔を見合わせた。
――黒の騎士団。国家最強の五人。
戦術。剣術。魔法。潜入。籠城。騎馬戦。
あらゆる戦闘技能において、彼女たちは超一流である。
しかし、普通の人間との交流となると話が違う。
それだけは…五人揃って、壊滅的だった。
――こうして。
エレノア共和国最強の騎士団。
黒の騎士団による。
前代未聞の『普通の人と仲良くなろう作戦』が幕を開けたのである。
【プチ後日談】
ユリアが悲しい時に抱きしめる枕には『二号君』の愛称がある。
居たはずの『一号君』は幼いころに行方知らずになった。
ユ「いつもありがとう、二号君…」




