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配置された成功  作者: Koji Townsend


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第3話 命の順番

2025年7月2日 19:05

東京都港区 オフィス


会議室の空気は、どこか慎重だった。

テーブルの中央のモニターには、会社が開発している新しいサービスの画面が映っている。


健康相談アプリ、名前は「メディパス」。

ユーザーが症状を入力すると、受診の目安や対処法を提示する仕組みだ。


開発リーダーの藤本が画面を指しながら言った。

「問題はここです。途中離脱が多いんですよ」


症状チェックの画面に質問が並んでいる。


熱がありますか。

呼吸が苦しいですか。

めまいはありますか。

吐き気がありますか。

胸の痛みはありますか。


上司の後藤が言った。

「五問目まで行くユーザーが三割しかいないのか……」


会議室が静かになる。


後藤が腕を組む。

「つまり……重い症状に辿り着く前に、ユーザーがアプリを閉じてしまう、ということだ」


誰もすぐに答えなかった。


遥は椅子に浅く座り、画面をぼんやり見ていた。

そして、ぽつりと言う。「順番、変えたら?」


全員が遥を見た。


藤本が眉をひそめる。

「……順番、ですか?」


遥はモニターを指差す。

「うん、“胸の痛みありますか”を最初に置くの」


藤本は即座に言い返す。

「でも、それだと……初期症状を見逃すような設計になり、医学的なロジックが崩れます」


遥はあっさり言った。

「そうかなぁ……でもさ、人って楽な順番じゃないと続けないでしょ?」


後藤が腕を組んだまま遥を見る。

「楽な順番?」


遥は画面を見ながらこたえる。

「最初に軽い質問が続くと、“まだ大丈夫かな、似たような症状は色々あるし、

面倒だし”って思って閉じるのよ。でも最初に”胸の痛みありますか?“って聞かれたら……」


遥は少し笑う。

「みんな、ちょっと真面目になる」


会議室がまた静かになった。


遥は肩をすくめる。

「別に診断を変えるわけじゃないし。質問の順番を変えるだけ。

それなら問題ないでしょ?」


後藤がゆっくり頷いた。

「……まあ……そうかもな……」


藤本も渋々言う。

「確かに、アルゴリズムは同じです。表示順だけですね」


「……他に案がなければ、試験的にやってみるか……」

後藤がそう締めくくり会議はそれで終わった。



――二週間後、メディパスはリリースされた。

数字はすぐに出た。


途中離脱率 38% → 12%。受診推奨画面の到達率 2.1倍。


藤本が遥のデスクに来て、眼鏡を少し押し上げながら言った。

「……正直、半信半疑でしたけど、当たりでした」


遥はコンビニのおにぎりを食べながら答えた。

「ほらね。人はあの順番の方が動くのよ」


藤本は苦笑し、何か言いかけてやめる。

結局「……そうですね」とだけ言って、自分の席に戻っていった。


そのとき、遥のスマートフォンにある通知が表示された。

ユーザーレポート、一件のフィードバック。

「このアプリのおかげで病院に行きました。心筋梗塞でした、助かりました」


遥はしばらく画面を見ていた。

「……ほら、やっぱりね」


そしてなにげなく、画面を下にスクロールする。

同じ画面に、もう一件のログがあった。


「胸の痛みがありますか?」という質問のところで、操作は止まっている。


その下に、システムの記録。

《ユーザーがアプリを終了しました》


遥は少しだけ画面を見た。

「……なるほど、まあ……」


小さく呟く。

「痛くないから違うなって、やめる人もいるか……」


それ以上は考えなかった。

スマートフォンをポケットに入れた。

ただ、なぜか遥の手はそのときわずかに引きつった。



2024年8月18日 21:12

東京都港区 オフィス


夜のオフィスは、ほとんど人がいなかった。

蛍光灯の白い光の下で、パソコンの画面だけが静かに並んでいる。


モニターのひとつに、新しいサービスの管理画面が表示されていた。

オンライン相談サービス、名前は「ココロライン」。


匿名でメッセージを送ると、専門の相談員がチャットで対応する仕組みだ。


ただし、一つ問題があった。画面の右上。

《現在の待機人数:214人》


後藤が、椅子の背にもたれながら言う。

「人手が足りないんだよな……」


会議室には五人だけ、誰もすぐには答えなかった。


藤本が渋い顔で言う。

「でも相談員を増やすにも、予算がですよね……」


桐山が画面を覗き込む。

「どんなアルゴリズムで対応順番を決めているんですか?」


藤本が答える。

「今は単純に、来た順で対応している」


相談メッセージの一覧が、画面に流れていた。


仕事が辛い。

眠れない。

家族とうまくいかない。

死にたい。

消えたい。


遥は指先でペンをくるくる回しながら、ぽつりと言う。

「順番、変えたら?」


全員がまた、遥を見た。


桐山が先に反応する。

「……また順番ですか?」


遥は頭を傾げながらこたえる。

「そう、来た順ってさ……公平っぽいけど、合理的ではないよね?」


遥は椅子を少し回し、画面を見ながら続けた。

「相談ってさ……内容の重さ、全然違うじゃない。

眠れない人と、今から死ぬって言ってる人」


遥は桐山を見て。

「同じ順番で並べるの、変じゃない?」


桐山が言う。

「つまり……優先順位ってことですか?」


遥は短く答えた。

「危なそうな人から先」


藤本が眉をひそめる。

「それは……」


遥は肩をすくめる。

「倫理的に問題あるかな?」


誰も答えない。


遥は続ける。

「全員同時には救えないんでしょ……

だったら、助かる確率が高い順にした方が合理的じゃない?」


藤本がこたえる。

「AIで判定するってことか……」


遥は頷く。

「うん、“死にたい”とか”今から”とか……そういうワードを拾って、前に出す」


藤本は少し考えた。

「……それで、救える人は増える?」


遥は少し笑って、あっさり答える。

「たぶんね。少なくとも来た順よりは」


会議室は静かだった。


後藤が言った。

「……メディパスの例もあるしな……」



――三週間後、ココロラインのログが更新された。


新しい優先アルゴリズム。

①自殺を示す言葉 

②緊急性を示す言葉 

③投稿時間。


結果はすぐ出た。緊急相談対応率 3.2倍。


桐山が遥のデスクに来て、興奮気味に言った。

「成瀬さん、すごい数字ですよ!確実に命を救えてますよ、これ!」


遥はデスクでヨーグルトを食べながら、そのログを見ていた。

「ほらね、順番よ」


遥は画面をスクロールする。


《ユーザーID:44521》

「死にたい」

「今から飛び降りる」

対応時間。

送信から31秒。


相談員がすぐ返信している。

「今どこにいますか?話しましょう」

ログは四十分続いていた。


最後のメッセージ。

「ありがとう」


遥は画面を見ながら、小さく頷く。

「間に合ったね」


画面をさらに下にスクロールする。


《ユーザーID:44703》

「最近眠れなくて」

「どうしたらいいんでしょう」

優先順位は低い。

返信時間、13分後。


相談員の返信。

「ご相談ありがとうございます」


その下には何もなかった。ログの最後。

《ユーザーが退室しました、以降の操作ログなし》


遥はその画面を少しだけ見ていた。


桐山が隣から覗き込んで言う。

「……この人、返信来る前にいなくなっちゃったんですね」


遥は少しだけ画面を見た。

「……まあ、全員同時には無理なんだから」


桐山は黙った。


遥はスマートフォンをポケットに入れた。

そのとき、空調の音がなぜか過敏に遥の耳元で響いた。



――帰り道。

夜の横断歩道、赤信号。


遥は立ち止まり、信号をぼんやり見上げていた。

今夜の赤は、いつもより長く感じた。


隣に、人の気配がする。

濃いグレーのコート。あの男だった。


男が静かに言う。

「また、順番を変えましたね」


遥は横目で見る。

「うん、その方が合理的だから」


男は頷く。

「誰かが、救われました」


遥は肩をすくめる。

「そうみたいね」


信号の赤い光が、男のコートを照らす。


男が静かに言った。

「でも誰かが、待ちました」


遥は小さく笑う。

「順番ってそういうものでしょ?全員を同時には救えないのよ」


信号が青に変わる。

遥は歩き出す。数歩進んで振り返る。


男はいなかった。

いつものように、消えた瞬間がなかった。


遥は気にせず歩きながら呟く。

「……私は並べ変えただけ」


遠くで救急車のサイレンが鳴っていた。


夜の街の信号が、また赤に変わった。

今夜のそれは、ただの赤ではなく、何かの区切りのように見えた。

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