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配置された成功  作者: Koji Townsend


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第1話 信号の話

《配置された成功》前書き

──────────────────

全4話の短編小説です。

完結済みです。


合うと思った方は、評価・ブックマークをいただけると励みになります。

10月3日 18:42

東京都渋谷区 表参道交差点付近


成瀬遥(30歳)は横断歩道の手前で足を止めた。


赤信号だった。

「あ……また、珍しいわね……」


独り言のつもりだったが、隣にいた同僚が反応した。

経営企画部2年目の三浦だ。

「今日はついてないですね、成瀬さん」


「そう?」と遥は笑いながら返す。


二人はそのまま歩き始め、また次の赤につかまった。

三回目の信号が、やはり赤だった。


遥は三浦の顔を覗き込むようにして言った。

「前言撤回だね〜。三回連続は、さすがにね」


愚痴というより、雑談に近い。


三浦は前方の信号を見上げながら言った。

「でも、仕事は順調じゃないですか」


「うーん、まあね」と遥は頷く。

「でもそれは、運っていうより――」

少し考え、肩をすくめた。

「たまたま、かな」


三浦は苦笑した。

「またまたと運って一緒じゃないですか?

それに成瀬さんの”たまたま”は信用できないなあ。

いつも上手くいくじゃないですか」


信号が青に変わる。

人の波に混じって歩き出しながら、遥は言った。

「上手くいってるように見えるだけだよ。配置以外変えないって決めてるだけ」


「配置?変えない?」と三浦が訊く。


遥は当たり前といった顔でこたえる。

「うん。仕事だって、なるべく変えないって決めると楽でしょ?

考えなくていいし、早く帰れるし」


三浦は首を傾げた。

「それで失敗したら?」


遥は少しほくそ笑んで言った。

「そのときは、“そういう配置だった”って思うだけよ」


三浦は笑ったが、それ以上は聞かなかった。


二人が次の交差点へ差し掛かったとき、遥だけがふと思い出したように足を止め呟いた。

「あ、あれ買うの忘れてた」


その様子を見て三浦は、手を振りながら

「ぼく、ちょっと急ぐんで」と先に行ってしまった。


すると信号が点滅し始め、また赤に変わった。


遥は少し恨めしそうに三浦に手を振り返し、買い忘れた物を求めて、

信号の少し手前にあった地下のコンビニへ通じる階段を降りた。


遥はそのとき、

『ここのコンビニいつから地下に移築されたんだっけ?』

なぜかふとそう思った。


――その瞬間だった。


上で、大きな音がした。

金属が潰れるような音、人の悲鳴、遅れてサイレン。

遥は階段の途中で立ち止まり、しばらく動けなかった。



その夜、ニュースサイトには表参道交差点で起きた多重衝突事故の記事が並んでいた。


《20代男性、意識不明》

《近隣企業の会社員が巻き込まれる》


遥は画面をスクロールし、名前を見つけて指を止めた。


――経営企画部。

昼に「今日はついてないですね、成瀬さん」と言っていた三浦の顔が、ふと頭に浮かぶ。

「……可愛そうに……なんて配置なの……」

思わず声に出したが、感情が追いつかなかった。



翌日。オフィスは、その事故の話でもちきりだった。


「成瀬さん、昨日あの辺にいましたよね?」と同じフロアの社員が声をかけてきた。


「いたわよ。ちょうど事故現場の信号に差し掛かって……」と遥は答える。


「え、それで……」と、別の社員が言葉を詰まらせる。


「私は大丈夫。赤になったから」

遥がただ、ぽつりと言うと、周囲は安堵したように笑った。


「運いいですよね、本当に」そう言ったのは、後ろの席の若手だった。


遥は少しだけ考えてから「……そうねぇ……確かに……」と呟いた。



遥が自分の席へ戻ろうとミーティングテーブルの前を通り過ぎようとしたとき、

来客用チェアに、見覚えのない男が座っていた。


濃いグレーのコート。季節外れではないが、やけに埃ひとつ付いていない。

背筋を伸ばし、膝の上に揃えた手は微動だにしない。


顔立ちは印象が薄いのに、視線だけが妙に正確だった。

受付を通った気配がない、誰かと話していた様子もない。

なのに、最初からそこにいたような顔をしている。


男は遥ではなく、机の配置を一度だけ見回してから、音もなく近づいてきた。


「運は、いいですよ」

声は低く、抑揚がなかった。

感情を乗せる気がない、というより、最初から用意されていないような声だった。

「見ていました」


「……何をですか?」と遥が聞く。


「信号です」とだけ男はこたえる。


遥は瞬きをした。


男はじっと遥を見つめて言った。

「もし、あのとき青のままだったら、あなたは今ここにいません」


遥は笑った。

「それ、あとからなら何とでも言えるやつですね」


男は否定しなかった。

「そうですね。ただ、赤になった」


「それはただの、配置の問題です」と遥は言った。


「そう、それだけです」

男は立ち上がり、名刺も残さず、受付の方角へも向かわずに去っていった。

遥の他は誰も、男に気づいた様子はなかった。



その週の金曜日。

遥が関わっていたアプリは、ランキングに載った。


新作アプリの社内リリース審査枠の一つが、直前で空いていたのだ。

同じタイミングで申請した他の二本は、やむない理由でアプリの仕様変更が直前に行われ、ガイドラインに抵触し、自動的に審査対象から外されていた。


理由を聞かれても、遥はこう答えた。

「私は仕様を変えなかったのよ。やむない理由って言われたけど別に大丈夫って思ったの。

それに、みんなが仕様変更に動いたから配置が変わるって思ったのよ。

そうしたらやっぱり席が空いて、そこに座れただけ」


「すごいですね」と言われる。


「う、うん」と遥は笑った。


帰り道、遥は横断歩道の前で立ち止まり、青に変わるのを待った。

じっと信号を見つめながら、また配置されている気がした。

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