第64話 幻妖の森の所以
カラフルな植物が走り回る幻妖の森に再び降り立ったルリアージェは、夜明け前の森で声を失った。以前は騒がしく走り回っていた茂みや木々は動きを止め、僅かに小さな花々が動いているだけ。求める日差しがない時間帯の森は、驚くほど静かだった。
「この森はこんなに静かになるのか」
「うーん、動物がいないから余計に静かに感じるかもね」
ジルに手を離さないよう言われたので、しっかり腕を組んでいる。動きやすい格好に着替えると主張したが、戦うわけじゃないと押し切られて、結局裾の長いロングドレスだった。歩きやすいようヒールが低い靴に履き替えたが、アクセサリーをつけた盛装姿が似合う場所ではない。
「ジル、やはり着替えた方がよくないか?」
遠まわしに着替えたいと再度の希望を伝えるが、尋ねた相手以外から反論がきた。
「私の選んだドレスではお気に召しませんか?」
「リア様によくお似合いですよ」
「危険もない迷宮ですから、着替える必要はないかと」
死神の眷属3人からの言葉に、これ以上着替えの話を持ち出せなくなってしまう。なぜか自分が悪いような気がしたのだ。こういった話術自体、魔性の得意分野だった。
性格は子供で自分の我が侭を振りかざす魔性だが、生きた年数だけは長い。遠まわしな言い方を好む者、直接的な表現を使う者とタイプは分かれるが、どちらも己が望む方向へ相手を誘導する話術は自然と長けていく傾向があった。
「もうすぐ夜が明けるわ。植物が動く前に中心へ行きましょう」
ライラは迷う素振りもなく、まっすぐに左側へ歩き出した。そちらは植物が密集しており、人が入れる隙間などなさそうだ。
≪道をあけなさい≫
精霊王の娘の命令に、大地は静かに従った。密集して絡みついた植物が身を捩り、ゆっくり花びらが開くように中央に隠された宝が現れる。
「これは?」
輝く大粒のエメラルドがあった。親指と人差し指で円を描いたほどのサイズだろうか。くすみがない深緑の宝石は、明らかに人為的なものだ。
「あたくしのお父様、大地の精霊王だった霊力とお母様の魔力が混じった宝石なの」
得意げに告げるライラに悲しむ色はなかった。子を成しても引き裂かれた異種族の2人が、別れずに済む方法として選んだ封印は、娘にとって愛の証なのだろう。優しい目で見つめた彼女は無造作にエメラルドを手に取った。
「触れてみて、リア」
「……いいのか?」
「ええ、あたくしの大切な主人だもの」
そっと受け取った石は予想に反して温かい。ひんやりしない程度の温度だが、なんだか嬉しくなって頬を緩めた。ルリアージェは両手で抱いた緑柱石を持ち上げ、目線の高さで声をかける。
「ルリアージェと言う。ライラの友人だ」
ライラの父母への挨拶感覚で撫でると、そっとライラの手に返した。彼女が植物の蕾の中心に宝石を戻したが、植物達はまだ緑柱石を抱こうとしない。苦笑いしたライラが宝石を拾い、無造作に服の内側へ放り込んだ。
「ライラ?」
「だって一緒にいたいなんて、親が子供みたいな主張するのよ」
くすくす笑いながら宝石がある胸元を撫でたライラは、言葉より優しい表情をしていた。どうやら両親は封印された状況であっても、娘の側を望んだらしい。
大地の精霊王が統べる対象は、宝石などの鉱石から植物や土も含まれる。ライラが精霊王の能力を受け継いでいるため、鉱石となった父母の意思を汲み取れたのだ。照れたように唇を噛むライラの頬に、ルリアージェは手を伸ばして触れた。
「素敵なご両親だ」
「ありがとう」
幻妖の森――迷い込んだら生きて出られないと恐怖された地だが、封印された『力あるモノ』は素敵な夫婦だった。色取り取りの動く植物が闊歩し、互いに日差しや栄養を奪い合う異形に守られていたのだ。
「エピソードは素晴らしいのに、どうしてこうなったのでしょうね」
リシュアが不思議そうに首をかしげた。幻妖の森はかなり古く、少なくともジルが封印される前から存在している。毒々しい植物が華やかに踊る地だと知られているが、その所以は広まらなかった。
人を避ける異形の噂を作り出すために、意図して隠したのか。
「動く植物はお父様の趣味よ、色はお母様の趣味だわ」
「うちもだが、変わった親だよな~」
ジルが感心したように唸る。大地の精霊王として踏み躙られる植物を哀れに思った男は、植物にも反撃のチャンスを与えようと動き回れる手足を与えた。その植物に毒々しい色を与えたのは、ちょっと変わり者の奥方だ。ある意味、似合いの2人だった。
「幻妖の森の中核であるご両親を連れ出して、この森は存続できるのか?」
もっともなルリアージェの問いに、反応は2つに分かれた。迷宮と呼ばれる場所は『力あるモノ』が封印されている。その力あるモノが外に出てしまったら、その場所は迷宮たり得ない。
そう考えたのはリシュア、パウリーネ、ライラだった。しかしジルとリオネルの反応は違う。
「迷宮は『力あるモノ』を封印した場所であり、封印を維持できた場所でもあります。その場所自体がある程度の力を持っている証拠ですよ。ですから封印の要がなくなっても、数百年は迷宮として機能します」
「そうだな。テラレス王宮も、魔性の間では今も迷宮扱いだぞ」
リオネルとジルの説明に、4人は顔を見合わせた。力あるモノを封印する場所にも、条件があるとは知らなかったし、封印が解けてもしばらくは迷宮のままなのも驚いた。
「テラレスは、しばらく魔性の干渉を避けられるのか」
意外だと呟くルリアージェに、苦笑いしたジルが説明を追加する。
「王宮の地下に金剛石を保管してたが、実際に封印は機能していなかった。オレを封じたのは、魔王達の呪縛だからな。あの土地にそんな力はない。だから気付いた魔性がちょっかいだす可能性は否定しないぞ」
近々誰かが興味を示して、テラレスを襲うかも知れない。利用して遊ぶ可能性もある。だが迷宮が解除されていると気付かない輩もいるだろう。どちらに転んでもおかしくない土地だった。
今まで1000年近くの長い年月を魔性の干渉なしで守られてきたテラレスは、最大の守りを失ったのだ。いつ狙われても不思議はない。少なくとも魔王の側近クラスは、あの迷宮が消えたことに気付いているはずだった。
「この森は魔力溢れる植物の宝庫だ。あと数百年は存在し続けるだろう。このエメラルドが戻れば、また『迷宮』として機能するし」
ジルがライラを振り返る。大切な両親を胸元に入れた彼女は、少し考える素振りを見せた。
「そうね、お父様とお母様が戻ると言い出したら戻すわ」
言葉と裏腹に、大切そうにライラは胸元を押さえた。両親が戻ると言い出す可能性はほとんどなさそうだ。微笑ましい気分でライラを見守るルリアージェに、リオネルが声をかけた。
「リア様、次の迷宮は『魔の森』になさいますか?」
「森続きね。私は海底にある『人魚の涙』がいいと思うわ」
「それなら亜空間にある『時の牢獄』も面白いですね」
パウリーネとリシュアが魅力的な提案をする。どれも興味深いが、魔の森は以前にお茶をするので寄ったことがあった。どうせなら知らない場所から訪ねてみたい。
「うーん、『神々の廃墟』もあるぞ」
さらに選択肢が増えていく。ジルが口にした場所の名に、3人は一瞬だけ目を伏せた。ルリアージェが気付かぬうちに表情を取り繕うが、『神々の廃墟』はかつて神族が作った神殿跡だ。ジルにとって嫌な思い出が多い場所だろう。
「一番近い場所にしよう」
迷って悩んだルリアージェの一声で、神族の丘の地下にある『神々の廃墟』へ行くことが決まった。
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