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第43話 氷の大地

 凍りついた一面の大地を前に、ルリアージェは言葉がなかった。真っ白な景色は物の凹凸がわからなくなるのだと、驚きながら純白の景色を見渡す。吹雪いているため、ジルの結界が彼女を包んでいた。


 風船の中にいるような状況なので、寒さはほとんど感じない。城を出る前にしっかり防寒用のコートを着込み、帽子を被り、手袋を付けられた。大げさだと笑った少し前の自分に、足りないくらいだと教えてやりたい。


「すごい、な」


「だろ? だからもう少し毛皮を羽織ったほうがいいと思う」


「そうね。リアの格好は寒そうだわ」


 毛皮の固まりかと疑うほどライラは着膨れている。寒いのが苦手らしい。温度を操ることが得意なリオネルはスマートにコートを羽織った程度で、周囲を魔力で覆っていた。薄い膜のように見える魔力が寒さを遮断するようだ。


 パウリーネは首筋に狐らしき毛皮を巻いて、真っ白な毛皮を羽織っていた。コートというより手足もすっぽり覆うローブに近い形だ。足元まで届くポンチョに近い。リシュアは人間として振舞った頃の名残なのか、帽子や手袋を含めしっかりコートやブーツで覆って素肌をほとんど見せなかった。


「そうか?」


「この結界を出ると寒いから、首にはこれ。あと……耳当ても欲しいかな」


 ピアスがあると危険だと、装飾品はほとんど身につけていない。毛皮やコートの下に隠れる指輪とネックレスだけ残し、ピアスも髪飾りも外していた。手袋とお揃いのブルーグレーの毛皮で作られた、マフラーや耳当てをジルが取り出す。


「お前も寒そうだぞ」


「うーん、オレはあまり寒さとか暑さとか感じないからな」


 そう呟くが、さすがにリオネルのような薄着ではない。黒に近い濃グレーのコートを羽織り、同色の手袋と帽子を身に着けていた。黒髪を珍しく短くしている。魔族の身体は魔力の塊ともいえるので、ある程度爪や髪の長さは調整が可能なのだ。


「さすがにその格好では、旅行者として通用しませんよ」


 リシュアの指摘に、防寒しすぎのライラ以外は考え込んだ。


「結界を張った馬車は?」


「そんなの、王侯貴族くらいしか利用しませんので目立ちます」


 パウリーネの提案は、あっさりリシュアに却下された。確かに王侯貴族並みの装備を整えた旅行者は目立ちすぎるだろう。


 冷たい風が吹いている外を見ながら、ルリアージェは初めての雪景色に見惚れていた。こうして実害がなければ、ずっと見ていられそうな気がした。南の鮮やかな風景とは真逆の、白しかない景色は眩しい。


「普通の旅行者はどうするのよ」


 素直に尋ねるライラへ、リシュアが眉をひそめて考え込む。彼も王族だったため、一般人の旅行支度に詳しくない。ある意味、世間知らずばかりだった。6人もいて、誰も普通の人族の生活を知らないのだ。


「すこし手前の町に戻って、旅行者として入国し直すか」


 ジルの提案が一番現実的に思われた。氷の大地は一度見たのだし、観光の目的のひとつは終わりだ。しかし本命が雪祭りなのだから、他の観光客と一緒に乗合馬車で移動すれば目立たない。もっともな意見に、パウリーネが難色を示した。


「私達が目立たないわけがありませんわ」


「あたくしも、そう思うけれど……ほかに案がないのよね」


 ライラもどこか渋い顔をしている。ルリアージェがこてんと首をかしげて見回し、すぐに納得した。やたらと美形が多い。種類の違う3人の美形、美女、狐尻尾の少女、自分……誘拐やら勧誘が引けを切らない集まりだろう。彼らが巻き込まれた場合、騒動は大きくなって目立つのは必然だった。


 下手すれば関係者以外の馬車ごと消されかねない。


「王侯貴族は自前の馬車なのでしょう? だったら貴族のフリをすればいいわ」


 パウリーネの提案は目から鱗だった。ぱちくり瞬きしたルリアージェにとっても、非常に有用な案のような気がしたし、ライラは「そうね」と賛同しかけている。


「サークレラの貴族って名乗ればバレないだろ」


 ジルは無責任に、リシュアに話を振る。元サークレラ国王だった彼が頷けば、この話は決まるだろう。そして主至上主義のリシュアがジルの提案を断るわけもなく……。


「サークレラの公爵家にしましょうか」


 にっこり笑ったリシュアの言葉が決定打となり、目立つ集団はサークレラ国の公爵家ご一行様として国境付近まで戻ることとなった。






 国境の町ハシエラに転移で戻った彼らは、ひとまず大きな屋敷に陣取った。リシュア曰く、かつての公爵家の別宅らしい。現在のサークレラ国の公爵家は2つ。それを3つに変更してくると言い残して消えてしまった。


「大丈夫だろうか」


「国王だから平気だろ」


 ジルはけろりと言い放ったが、ルリアージェが心配するのは「無事に公爵家を増やせるか」ではなく「騒動を起こさずに彼が戻ってくるか」なのだが、気付いていない。


「リシュアは魅了があるから、簡単に情報を書き換えて戻るわ。ついでだから今後も肩書きとして利用すればいいのよ。そうしたらリアが追われることはなくなるもの」


「追われているのですか?」


 何も知らないパウリーネが首をかしげる。そこで彼女への説明が中途半端なことに気付いた。様々な来客騒動で忘れていたとも言う。


 窓の外は白い雪に覆われていた。元公爵家の館は放置された十数年の月日分の埃が積もっていたが、元の造りがしっかりしていたのか、雨漏りもなく使えそうだ。家具はそのまま残されており、上に被せた白い布をはげば日焼けもなく綺麗だった。


 家具を確認して部屋の埃を消していたライラは、満足そうに掃除が終わった部屋を見回している。


「リオネル、説明頼んだ」


 面倒だと押し付ける主に苦笑いし、リオネルが端的に説明を始めた。テラレスの宮廷魔術師だったルリアージェが、ジルの封印を解除したこと。それによって封印石であった国宝の金剛石が砕けて、犯罪者として手配されている現実。もちろん、隣国であるシグラとウガリスも便乗した事情。


 アスターレンでジルが暴走して国を滅ぼしかけ、最後にサークレラの騒動まで。すべてを並べると9つの国の半分以上で騒動に巻き込まれた形だった。


「……波乱万丈ですのね」


 短い期間で起きた内容の濃さに、パウリーネは絶句する。リオネルは語らなかったが、女王ヴィレイシェが滅びた話も含めたら、とんでもない規模の冒険譚だった。


「公爵など荷が重い」


 ぼやくルリアージェの溜め息に、お茶を用意し始めたリオネルがくすくす笑い出した。


「役割次第ですよ。当主をジル様にして奥方にリア様、娘をライラ様とします。リシュアはジル様の弟、その妻にパウリーネ。私は執事を勤めますので、面倒ごとは私かリシュアが片付けます」


「賢いな、さすがはリオネル」


「お褒めいただき、恐縮です」


 お茶のカップを差し出しながら告げるリオネルとジルのやり取りに、ルリアージェは真っ赤な顔で俯いていた。妻、公爵夫人なんて。


「あたくしが娘なのはいいけれど、ジルがお父様なのは嫌だわ」


「ご安心ください。ライラ様、貴女くらいの女の子は父親と距離を置く年頃です」


 さほど親しい様子を見せなくても問題ありません。


「それもそうね」


 なぜかライラはリオネルの説明に納得してしまった。魅了の力もないのに、リオネルの口先三寸はたいした能力である。この中でもっとも外交能力が高い魔性かも知れない。


「リシュアが戻るまで、ゆっくりするか」


 ルリアージェをソファに誘導したジルがぱちんと指を鳴らすと、何もなかった暖炉に火が灯る。薪もない状態で、魔法陣の上に暖かなオレンジ色の炎が揺らめいた。

いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ

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