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第41話 届かない果実ほど…

※ちょっと残酷なシーンがあります。

 戦いに興じていたラヴィアの目に飛び込んだのは、死神の鎌(アズライル)を振り翳したジフィールの姿だった。その先にいたのは、いつも近くにいる氷雷レイリの二つ名をもつ魔性。


 彼女の豊満な胸の間を、美しい曲線の刃が走り抜ける。傷口から血が吹き出ることもなく、肉片が飛び散ることもなかった。ただ静かに身体が二つに裂けていく。


 鮮やか過ぎる切り口で、内臓がまだ動いている姿まで確認できた。切られたことに細胞が気付けぬほどの鋭さで、彼女は真っ二つになる。


「レイリっ!」


 叫んで動いた。到底届く距離じゃないのに、特別ではない女へ手を伸ばす。その指先を水虎が食いちぎった。咄嗟に手を引くが、その間にもレイリは無残な姿になる。


 ジフィールが球体を作って封じた途端、左手からアズライルが消えた。続いて真っ赤に染まる封じ玉の様子に、中で起きている凄惨な状況は想像できる。聞こえるはずのない彼女の悲鳴が聞こえる気がした。


 落ちた半身を受け取ったライラは、植物から作り出した少女にレイリを渡す。あっという間に少女は人の形を捨てて、氷雷の二つ名を持つ魔性を飲み込んだ。手足を蔦や枝に変化させ、絡めとったレイリを吸収していく。養分を吸い取って、少女だった植物は白い花の蕾をつけた。


「うそだっ、嘘だ」


 食いちぎられた右手首を掴んだまま、ラヴィアは叫んでいた。彼女はずっと傍にいてくれたのだ。戦闘狂の性質をもつが故に、どの魔王にも所属()()()()()()俺を、それで構わないと許容した。変わらなくていいと声をかけ、戦いに明け暮れる俺を肯定してくれたのに。


 美しい肢体も淡い水色の髪も、無残にすり潰されていく。その恐怖は全身を震わせた。初めて他の魔族に対して恐怖心を抱いた。魔王すら恐怖を感じず麻痺していたラヴィアの手が震える。


「リシュア、どうしたの?」


「いえ、我が君とライラ殿に獲物を取られましたので」


「譲って欲しいの? 嫌よ」


 パウリーネは手元に残った水虎の頭を撫でながら、形のいい眉をひそめた。我が侭を言っている自覚はあるので、リシュアも苦笑いをして肩を竦める。


「私の獲物だもの」


 その誇らしげな物言いは、「ジル様がくださった」という枕詞が透けてみえた。下手に手出しをすれば、こちらも敵だと認識されますね。そんな感想をいだいたリシュアは溜め息を吐く。


「レイリっ!」


 ジル達の方へ動こうとしたラヴィアの前に、水虎が飛び出す。猫科特有のしなやかな動きで青年に噛み付いて、腕を肩から食いちぎった。半透明の身体に飲み込まれた手が、そのまま透ける姿はグロテスクだ。


「……絵的に、ルリアージェ様のお好みから外れると思いますよ。私は好きですが」


 リシュアの指摘に、パウリーネは慌てて虎の身体を曇りガラスのような色に変えた。どうやら水をすこし凍らせたらしい。


「早く言ってよ! ジル様に叱られちゃうじゃない」


「ですから早めに言いましたよ」


 ジルに指摘される前に教えたと笑うリシュアは、狡猾な政治屋のような表情で首をかしげる。心外だといわんばかりの態度に、パウリーネは薄い胸を張って腰に手を当てた。


「さっさと片付ける気だったけど、リシュアの所為よ。彼を怨んでね」


 リシュアを睨みつけて、後退るラヴィアを横目で確認する。すっと白い指がラヴィアを指差した。


「行きなさい」


 利き腕を食われた青年を、2頭の水虎が囲う。片方は腕を飲んだため半透明だが、もう1頭はまだ透き通っていた。付き合いが長いリシュアは命令の内容を悟って、首を横に振る。


「酷いことをなさいますね」


 他人事の口ぶりで、内容を裏切る楽しそうな笑みを浮かべたリシュアが哀れむ。片眉を持ち上げて「そう?」と呟いたパウリーネは、口元を歪めて笑った。


 右腕を失ったラヴィアの左腕、左足、右足が順番に水虎に食いちぎられる。抵抗とばかり本体を守ろうとする炎龍が牙を剥くが、片方の相手をする間に、もう片方がラヴィアを食らう。繰り返される攻撃に、徐々に炎龍が小さく薄れていった。


「あ、お待ちください。あの龍の核をご所望です」


 誰が……そんな質問は不要だった。リシュアが「()()()」と口にするなら、主であるジルが欲しがったのだろう。邪魔をするでもなく、近くに寄ってきた理由に「なるほど」と思い至り、パウリーネは水虎を一度遠ざけた。


「いいわ」


「それでは失礼いたします」


 両手両足、胴体の半分ほどを食われたラヴィアには見向きもせず、リシュアは炎龍に近づいた。ばさりと前髪を掻き上げて、ただ見つめる。何も言わず近づくリシュアを威嚇する炎龍だが、だんだんと動きは緩慢になった。


 己を生み出した主を守らなくてはならないと葛藤する炎龍へ、リシュアはただ手を差し伸べる。何も言わずにじっと見つめる先で、炎龍の赤い瞳がとろんと和らいだ。


「こちらへおいで」


 誘いかける響きは、命令となって炎龍を支配した。胴体で抱き締めていた()()()()()を放り出し、蛇に似て長大な身体をくねらせる。リシュアの白い手に触れると、黒衣の腕にくるりと絡みついた。


「お待たせしました。パウリーネ、後はお任せします」


 炎の龍を手懐け終わると、優雅に一礼して見せる。優男の外見を裏切る残酷な魅了の術に、パウリーネは眉を顰めて吐き捨てた。


「いつみても卑怯な力よね、あなたが敵じゃなくて良かったわ」


 己の水虎も同じように手懐けられてしまうかも知れない。それは眷獣を扱う魔族にとって、本能的な恐怖だった。自分を最も知っている味方が手のひらを返す可能性……自分自身と戦うのに等しい。


「ラヴィアを消してしまっても平気なの?」


 炎龍を指差して尋ねれば、大人しく絡みついた龍は赤い瞳で睨み返した。宥めるような仕草でリシュアが頭をなでると、巨体を丸めて大人しくなる。


「ええ、ラヴィアの核を残す必要はありません」


 眷獣は自我や核を持つ者と、主の魔力が顕現した物がある。パウリーネの水虎は後者で、ラヴィアの炎龍は前者だった。己自身の核を持つ炎龍を手懐けて使役していたラヴィアから、支配権を奪い取っただけの話だ。彼の生死は炎龍に関係ない。


 逆を言えば、炎龍を手懐けることが出来たラヴィアは運が良かっただけ。彼の二つ名が龍炎である以上、他に特筆すべき能力は持ち合わせていない証拠だった。氷雷のレイリの方が、魔性としては優秀なのだ。


「ジル様の封じ玉と交換していただこうかしら」


 パウリーネはうっとりと物騒なセリフを呟く。水虎達の間に転がる胴体と頭を見ながら、ぐるりと両手で覆うように結界を作った。さきほど主の手にあった封じ玉の大きさを思い出し、手のひらに乗る程度まで圧縮する。


 魔族は世界の法則を無視したような魔法や魔術を使うが、物理の法則が存在しないわけではない。圧縮された封じ玉の中は空気が入る隙間もないほど潰され、魔性であった物体が押し込められていた。破裂しようとする内圧を、外から同程度の圧をかけて押さえるだけだ。


 飽きて封じ玉を解放したり、封じ玉を作った魔性が消滅すれば、内圧に耐えかねて爆発する形で中身は吹き飛ぶ。核が無事ならば、いずれ元の姿に戻る可能性は残されていた。


「上手に出来たわ」


 水虎が拾って運んだ封じ玉を両手で受け取る。目の高さに持ち上げ、自慢げにリシュアへ掲げた。中央は真っ赤に染まっているのに、周囲はまだ透明だ。


「今度は風系統の魔性がいいわ。緑の玉が欲しいもの」


 意味深な笑いを向ける仲間に、苦笑いしたリシュアが「私以外でしたらご協力しますよ」と逃げる。戦いの終わりに気付いたジルが手招きするまで、パウリーネは執拗にリシュアに絡んでいた。

いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ

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