第34話 それぞれの思惑
戻ったマリニスへ、側近達が近づく。連れて行ってもらえなかった彼らの心配そうな表情すら苛立って、八つ当たり気味に追い払った。誰も近づけぬよう高温の炎を纏ったまま、マリニスは炎の山と呼ばれる火山の火口にたたずむ。
傲慢に白炎を操るリオネルの姿が目の前にちらつく。あの男が素直に魔王を継承すれば、こんな惨めな思いをしなくて済んだ。だがそれは魔王になる夢を断たれることでもあった。
譲られた魔王位に価値はあるのか。
彼の苛立ちと呼応する形で、火山が活発に大地を揺らす。
「マリニス、お前も戻ったのか」
すこしぶっきらぼうな口調に後ろを振り返れば、風の魔王ラーゼンが立っていた。眷族を連れて来ないのは、封印される前からだ。彼がマリニスに会いに来るときは、いつも供を連れていなかった。
「ラーゼン」
「またリオネルに会ったと聞いた。もう放っておけ」
自分達が復活したのなら、死神ジフィールにかけた『鎖の封印』も解けている。ならば一緒に封じた彼の眷属も復活したはずだ。不愉快になる相手にわざわざ会いにいくマリニスの気持ちが、ラーゼンには理解できなかった。
3魔王の中でもっとも長い年月を生きたラーゼンは、物や人に一切執着しない。そういった意味では、ジルに近い感性をもっていた。どんなに執着しても失われる経験を繰り返して学習したのだ。
どんなものであっても――同じ刻を共にできないと。
そんなラーゼンが最近になって執着したのは、新しく魔王位についたマリニスだった。炎という特性が成せるのか、若いからか。マリニスは憎悪や苛立ち、怒りの感情をむき出しにする。それは人間の喜怒哀楽に似ていて、ラーゼンの気を引いた。
魔王として認められる膨大な力を振り翳しながら、人のように感情に振り回される姿を『欲しい』と思ったのだ。失いたくない、守りたいと考える。同時に彼ならば簡単に失われないのではないか……淡い希望もあった。
己の気持ちに名をつけず、ただマリニスに寄り添うようになったのは1200年ほど前。それから僅か200年で、マリニスやトルカーネが戦いに身を投じた。傍観する手もあったが、マリニスに頼まれると心が躍る。素直に彼の手を取って、ジルと対決した。
あの僅かな時間は数年程であったろうか。マリニスに必要とされ頼られることが嬉しくて、側近も遠ざけて彼の隣に立ち続けたのだ。1000年の封印に値する時間であった。
「俺は……」
「リオネルなど放っておけ。炎の魔王の名に相応しいのは、そなただ。我が風の魔王の名にかけて誓おう」
目を見開いたマリニスは、言いかけた言葉を飲み込むように唇を噛んだ。そっと近づいて赤い髪に手を触れる。鮮やかで情熱的な色は、マリニスによく似合う。感情を煌かせる赤い瞳を覗き込んで、ラーゼンはふわりと笑った。
「炎の魔王マリニス、我はそなたを気に入っている」
緑の髪が火口の熱に煽られた。そっと赤い髪の先に接吻けを落とし、唖然とするマリニスを引き寄せる。お気に入りである赤い髪を指先で遊びながら、ラーゼンは己の中に芽生えた気持ちに擽ったさを覚えた。
そうか……我に忠誠を誓う配下も、似たような気持ちを抱くのやも知れぬ。護り、助け、必要とされたいと――。
「魔王の封印はすべて解けた。残るは……」
そこで意味深に言葉を切る。言葉が真実になる恐怖を知るレンは、大きく息を吐き出した。
「どうしました?」
魔族から傍観者になったレンと対を成す少年が首を傾げる。まだ年若い外見だが、神族として350歳前後だった彼は、突然傍観者としての運命を与えられた。
傍観者となって2000年程で神族の滅亡を記録した彼だが、消せない記憶に対して何か不満を述べたことはない。淡々として感情の起伏があまりない少年は、お茶のカップを用意しながら首を傾げた。
「封印が解けたら、また何か起きるのかと思ってさ」
予定調和が仕掛けられているのはわかる。問題は仕掛けた人物が誰なのか、最終的な目的は何か。様々な世界の要因を紐解いて組み立て直す緻密な作業を繰り返し、クモの糸で絡めるように動きを制御する特殊な魔術だ。
そこまで複雑な予定調和を施しても、標的や関係者が上位ならば覆されてしまう。常に不安定で危険が伴う魔術を仕掛ける理由がわからない。
世界が記憶するすべてを受け継いだはずなのに、予定調和に関する記憶だけが空白だった。その違和感がレンに警告を与える。……もしかしたら、その警告すら予定調和かもしれない。疑い出せばキリがない状況に苛立ちが募った。
「関与できないなら同じですよ」
丁寧な口調ながら、投げやりな言葉が返って来た。確かに彼のいうとおりだ。傍観者に状況を変化させる手出しは許されていない。強大な力を揮う魔王やジルのように、予定調和を否定する実力もなかった。
「確かに何も出来ないな」
友人が封じ込められる瞬間も、すべてが嫌になって戦いすら放棄した態度も、何もかも覚えている。忘れることが出来ない不自由さに、レンは溜め息を吐いた。
リオネルは『鎖の封印』がなされていたテラレスの上空で眉を顰めた。歪んだ封印の痕跡がまだ残っている王宮の地下へ転移する。金剛石が保管されていた宝物庫だ。侵入防止用の結界や攻撃魔法陣が刻まれているが、すべてを己の魔力でねじ伏せた。
「おかしいですね」
金剛石が1000年に渡り保管されたのなら、もっと色濃く魔力が残る。霊力によって清められた形跡がない部屋の状況に首を傾げた。
主である死神ジフィールの、二つ名の所以は『神族と魔族の子だから』だ。霊力を操り精霊を従える神族が1000年も存在した場所なら、地上の王宮は聖域並みに浄化されるはずだった。天地の魔王の子である魔族を封じるなら、テラレス迷宮は規模が小さすぎる。
なぜ封印した金剛石を保管できたのか。1000年に渡り封印を維持するなら、何かしらの魔法陣や結界が必要だったはず。ジルの魔力を完全に封じられなかったから、この場所は迷宮として機能していた。逆に考えるなら、最初から封印は綻びていたのだ。
主が復活したあと、リオネルが不思議に感じたのは『テラレス迷宮』の強度の低さだった。綻びた封印状態である金剛石が、どうして1000年も保ったのだろう。誰も金剛石を外へ持ち出そうと考えなかった理由は? 王家の宝であっても、売却や分割する話は出なかったのか。
そもそもレンは何故ジフィールに仕掛けたのか。レンを追いかけて飛び回る際、彼はわざと水の魔王の地下湖や風の魔王の風の渓谷を経由した。そんな必要はないのに……?
最初の敵対行為のあと、一切反撃しなかったレン。もし創造主である闇帝の予定調和だとしたら、主であるジフィールの封印が解けた切欠さえ術の一環ではないか?
見えないクモの糸に絡まった蝶のような、不自由さと違和感が残る。ほつれた封印、機能しない迷宮、浄化されない聖域、人の子による封印の破壊……まるで結末を知る観劇を強要されるような、不快感が溜め息となって零れた。
封印を解いた『ルリアージェ様』が触れる行為そのものが、予定調和の鍵だとしたら?! 彼女は何も知らずに予定調和に組み込まれ、ジフィールを操るためだけに生まれ存在させられる可能性もある。
今更、主がルリアージェ様を手放す選択はない。己の存在を消す結果になるとしても、世界を滅ぼすことになろうと、決して離れないだろう。
気付いてはいけない。警鐘が頭の中に響く。忘れなくてはならない。身体を切り刻む恐怖の中、リオネルは艶やかな金の髪を乱暴に握りしめた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます(o´-ω-)o)ペコッ
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