第33話 炎の魔王、屈辱の撤退
城がある空間は閉じられている。魔王達もそれぞれお気に入りの空間を閉鎖して城を構えているが、やはり外には繋がっていないのだ。閉ざされた空間とは、ガラス玉のようなものだった。
中に不純物を大量に放り込めば、出口がない空間は破裂して消失する。この闇の城がある空間はすでにジルの魔力と霊力が満たされていた。そこに大量の魔物を送り込んだ上級魔性の思惑はひとつ。ジルにとって有利な空間を壊してしまう乱暴な手法だった。
殺されるのを承知で大量の魔物を送りこめば、死神の二つ名をもつジルが魔物を殺すだろう。殺された魔物から解放された魔力は、ガラス玉を破裂させる不純物となる……はずだった。
「オレは綺麗好きなんだよ」
みえみえの手に嵌ってやる義理はない。勝手に放り込まれた不純物を、ガラス玉の外へ転送する。簡単に行われた作業だが、マリニスが驚くほどの緻密な魔術だった。魔力を分類してそれぞれに転送先を振り分ける。自動的に行えるよう、魔法陣を複雑に重ねた。
「ひとつ貸しだ、スピネーに伝えておけ」
水の魔王の側近の名を上げ、ジルは無造作に魔物たちの足元に魔法陣を複数出現させた。それぞれの魔物を主の前に放り出すため、強制転移を仕掛ける。吸い込まれる魔物たちを見送り、半分ほどになったところで魔法陣が消えた。
「リシュア、残りはやる。ライラも好きにしていいぞ。あと……コイツの相手は」
オレがやる。そう続くと思われたが、ジルはにやりと嫌な笑みを浮かべた。右手をかかげて、指をぱちんと鳴らす。
「リオネルに任せる」
名を呼ぶ召還に応じた眷属が、黒衣をさばいて膝をついた。長い黒髪を高い位置で結んだ主の顔を見つめ、それから主の衣の裾に触れる。
「承知いたしました。我が君の仰せのままに」
金髪に縁取られた褐色の青年は、優雅に膝をついてジルの黒衣を掲げる。裾に接吻けて立ち上がった彼は、すこしだけ目を見開いた。
「おや、これは……お久しぶりですね。炎の魔王マリニス」
かつてライバルであった男へ、気負った様子なく挨拶をする。炎の魔王は当初、白炎のリオネルに継承されるはずだった。炎獄のマリニスが必死に手を伸ばして届かない高みである魔王の地位を、彼はあっさりと拒絶したのだ。
理由が「トップに立つ性格をしていない」という人を馬鹿にしたものだった。魔王の地位は人気や実力だけで決まるのではない。世界を創造した闇帝の描いたシナリオに従い、強制力を帯びて与えられる。マリニスがいくら望んでも、闇帝が選んだリオネルの決定を覆すことは出来なかった。
目の前にいる2人は、それを簡単に覆してみせたのだ。魔王を拒否したリオネルは、禁忌の存在である死神の配下に下った。死神ジフィールがリオネルを魔王候補から下ろした行為は、世界の理を捻じ曲げるのと同じだ。
マリニスは切望した魔王の地位を譲られた――選ばれた他の魔王と違い、次点繰上げの形となったマリニスの屈辱は誰にもわからない。ましてや、魔王候補最有力であった彼が平然と他者に跪く姿など、目にするのも厭わしかった。
「よくも俺の前に顔を出せたな」
「お言葉を返す形になりますが、我が主の領分に勝手に入り込んだのは貴方の方ですよ。私は今の地位に満足しておりますし、我が君の意に従って貴方を排除するだけです」
沸いて出たくせに文句を言うな。一刀両断したリオネルは、性根の捻じ曲がり具合を表すように残酷な笑みを浮かべた。
「私の実力はご存知でしょう?」
次点で魔王になった貴方は私より下だ。丁寧な口調で、刃より鋭く心を切り刻む。リオネルは右手に白い炎を呼び出した。すべての炎の中でもっとも色が薄く、もっとも温度が高い。白炎を二つ名にもつリオネルは、魔性の中でもっとも炎の扱いに長けている。
いまだ白炎を完全に手懐けられぬマリニスを嘲笑うリオネルが口を開くほど、炎の魔王から冷静さが失われていった。だから、まだ未熟な魔王と云われるのだ。狡猾な水の魔王トルカーネや冷静沈着な風の魔王ラーゼンならば、この程度の挑発に引っかかりはしない。
「死ねっ! 消し炭となって消えろ!!」
マリニスの炎がリオネルを包む。陽炎が立ち上る高温を平然と受け止めたリオネルは、右手の白炎に吐息を吹きかけた。周囲の精霊を焼くほどの火炎の中で、白炎は混じることなく燃える。逆にマリニスの炎を吸収する形で、白炎は大きく燃えて鳥の形をとった。
使い魔のような扱いで、腕に止まらせた鳥の尾はかなり長かった。人格は存在せず、己の意思も持たぬ魔力の塊だが、鳥の形が一番安定する。
「あら、炎の精霊王の欠片ね」
ライラが指摘したとおり、白炎を手懐けた際に精霊王から与えられた形だった。どうやら精霊同士ならば区別がつくらしい。
「オレは戻るが、後片付けを忘れるなよ」
勝手に入り込んだ魔物や魔王を確実に結界の外へ放り出せと命じて、ジルは城を振り返った。気まぐれに作った城に愛着はなかったが、中にルリアージェがいると思うだけで嬉しくなる。
さっさと身を翻したジルは浮かれた気分で、緊迫した戦場を後にした。
広間を改装したばかりの部屋に戻ると、ルリアージェの姿が見えない。いや、ベッドが膨らんでいるので寝ているらしい。近づいて覗き込んだジルは、そっと顔をみせた銀髪の美女に微笑んだ。
「どうしたの? 眠い?」
「……違う」
見惚れた自分が恥ずかしかったのだが、それを説明すると根掘り葉掘り聞かれそうな気がした。だが眠くはないので否定だけしておく。
「リシュアやライラは?」
「リオネル含めて3人で遊んでるぞ。オレは抜けてきたけど」
遊んでいるという表現に、どうやら苦戦するほどの実力者はいなかったのだと安心する。ほっと表情を和らげたルリアージェに、ジルは手を差し出した。顔と手を交互に見つめるルリアージェが手を乗せる。そこに警戒心や不安は見られなかった。
「たいした危険もないし、窓から見物でもする?」
「観れるのか?」
「うーん、上の窓が一番観やすいだろうから、階段でも作るか」
ジルは無造作に魔力を操作する。膨大な魔力があるせいで、望んだことはほぼ叶えてきた。魔王達が所有する城は、自分の魔力を満たした空間に作られている。そして城自身も魔力の塊だった。そのため形状の変化は容易に行えるのだ。
魔力を物質化した部屋の内側へ螺旋階段を作り出す。円錐状の部屋の内側を取り巻く形で、洒落た手すりがついた階段が浮かび上がった。艶のある黒い石材のようにみえるが、触れても冷たくない。
「すごいな」
「この空間自体がオレの魔力だからね。形を変えるのは造作もない」
この空間を作り出し、満たし、巨大建造物を維持する魔力量にただ感心する。人には到底届かない領域の話であり、魔族の中でも特に魔力が多いジルならではだった。
広間の上部、天井に当たる部分はもともと透明の水晶のような素材で、外から光を取り込んでいる。螺旋階段の上に扉が出来ており、その先がテラスのように張り出していた。
「さて、もう片付いていないといいが」
ジルは笑いながらルリアージェの腰に手を回した。何をするのか理解したルリアージェは首に抱きつく。ふわりと抱き上げたジルは一瞬で扉の外側へ転移していた。
「便利だな」
「リアのために階段作ったけど、落ちたら危ないし……やっぱり塞いでおこうか」
子供の心配をする親のような発言だが、テラスの上は確かに危険だった。足元は闇になっており落ちる底が見えないし、上も青空は存在しない。薄灰色の空間が広がり、そこに数十まで減らされた魔物がいた。ほんのり明るい空間に地面がなく浮いている城は非常識なのに、どこか違和感が薄い。
見上げた先で、魔物はほとんど残っていない。リオネルの炎で燃やされ、リシュアの風で切り裂かれた魔物は次々と消滅した。ライラは魔物を屠ることに飽きたのか、こちらに転移する。
「マリニスったら、あの後ですぐ逃げたのよ」
不満たらたらでライラがぼやく。普段は三つ編みにする茶髪が解けていた。聞いたことがある名前だが思い出せないルリーアジェを他所に、ジルは楽しそうにくつくつ喉を鳴らして笑った。
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