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第20話 傍観者、失格(2)

「綺麗な場所だ」


 ルリアージェの素直な言葉に、ジルは目を見開いた。正直に驚きを表現する男を振り返り、小首を傾げる。何かおかしなことを言っただろうか。


「ああ…そんなこと言ったの、お前が初めてだ」


 普段は名前で呼ぶ。お前という単語で呼ばれた記憶はなくて、ルリアージェは何か違和感を覚える。そこへ割り込んだ声は機嫌の悪さを前面に押し出していた。


「ちょっと、あたくしを追い出すのは失礼ではなくて?」


「ライラ?」


 今舌打ちしたのはジルだ。彼はわざと置き去りにしたのだろう。ルリアージェの予想は半分当たりで、半分ハズレだ。確かにジルはわざとライラを置いていった。その上で追いかけてくることを想定して、嫌がらせの結界を張ったのだ。


 多少手間取るだろうが、入れなくもない。その程度の結界で妨害した。ライラを怒らせてこの空間を壊されるのは少々困る。しばらく身を潜ませる予定の場所だった。城は未練がないので壊してくれて構わなかったが、ルリアージェが気に入ったと言えば死守するつもりだ。


「ああ、忘れてた」


 にっこりと笑顔を貼り付けて話を断ち切った男へ、ライラは呆れたと肩をすくめる。幼い弟の悪戯を許す姉に似た仕草で、「許してあげるわ」と言い切った。しっかり上から目線なのは、完全な意趣返しだ。


「ジル、私はお前のことを何も知らない」


 真っ直ぐに見つめる眼差しも、正面から向けられた言葉も、ジルを責める色はなかった。ただ事実を淡々と突きつけただけだ。しかしジルは拳を握って俯いた。


「ジルが『大災厄』だったのは理解している。解放したのが私なのだから。だが……城も部下も、かつて敵対した魔王の話も聞いていない」


「リア、彼を責めてはダメよ。とてもじゃないけど、惚れた女に話せるような内容じゃないんだから」


 隠して当然、ライラは庇うのではなく言い切った。


 ルリアージェは何も聞かされなかった。それは巻き込んでも己の力だけで解決できると、状況を甘く見ていたジルの判断だ。彼女に悟られずに事態を収められると考えていた。


 できるなら話したくない。知られたくない。


 魔性寄りのジルの考えは、リオネルやライラには理解しやすかった。だから人間の視点で話して欲しいと願うルリアージェの言葉は、棘のような鋭さでジルに突き刺さる。


「ライラ」


 余計なことを言うなと留めるジルの声を無視し、ライラは緑の瞳を細めて続けた。


「この男は最低よ。それはもう、世界を滅ぼそうとしたくらいですもの。だからリアに嫌われたくなくて、いろいろ隠すのは当たり前。逆の立場なら、あたくしだって同じ事を考えるわ」


「ライラ、それでも知りたいんだ」


 今更何を聞かされても嫌う理由にはならない。そう告げるルリアージェに、ライラは首を横に振った。それも大きな溜め息をつけて。


 彼女は分かっていないのだ。話の内容がアティン帝国を滅ぼした過去の罪くらいだと考えている。それは大きな間違いで、現在の世界の在り方から魔性達の動き、喪われた神族の存在にいたるまで……この男は絡んでいた。それが本人の意図に添うかどうかを問わず、ジルがもつ血と能力は世界の脅威なのだ。





「ならば、客観的な立場の者から聞いてみる方が良いのではありませんか」


 聞こえた声と同時に、結界をすり抜けたリオネルが床から現れる。まるで水のように波紋を作る黒い床から、リオネルとレンが浮き上がった。魔法陣が消えた床に膝をついたリオネルが、ジルの黒衣の裾をもって掲げる。


「お待たせいたしました」


「ご苦労さん、リオネル」


 にっこり笑って労うジルが、そのまま作った笑顔をかつての親友へ向けた。


「逃げるなよ、レン。失礼にも程がある」


「……逃げるのが普通だろ」


 あの状況で逃げない奴がいたら教えて欲しいぜ。そうぼやいたレンは肩を竦めて短い赤毛をかき乱す。それから少し迷いながらジルに視線を合わせた。


「悪かったな」


「ああ」


 何を謝ったのか、すぐに察した。ジルとレンの付き合いは長く、リオネルが忠誠を誓った頃にはすでに知り合い同士だった。実力者同士は互いを知っているが、付き合いがあるかどうかは別の話だ。


 魔性達に襲撃をけしかけた事実は謝罪に値しない。ジルならばあっさり退けると知っているからだ。


 問題はあの『白い粉』だった。霊力を持つ神族にだけ効果を発する、今では製造方法も原料も失われた粉だ。今では翼持つ存在はジルのみで、彼にしか効果のない粉をレンは使った。


 ずっと保管していたのか、ジルが解放される保証もない1000年前からずっと?


 新しく製造できる筈がない。()()()()()()()()()()のだから。


「悪いと思うなら、あの粉の出所を言え」


 答えによっては生きたまま引き裂かれても文句が言えないだろう。そんな響きを漂わせる死神の言葉に、目を伏せたレンは静かに返した。


闇帝(あんてい)の予定調和だ。お前を動かすために保管されていた、おれのところにな」


 あっさりバラした時点で、レンは傍観者として失格だった。それでもこの話をする必要があり、またこれも予定調和の一環なのだ。


 傍観者を襲う魔性はいない。人間は存在すら知らない。確かに禁制の品を保管するのに適しているだろう。世界を生み出す闇帝の予定調和という不吉な言葉に、ジルもリオネルも声を失った。


 予定調和という術は、まれに魔性の中にも使える者が現れる。事前に己の望む未来へ向けて、駒を配置するのだ。相手の意識に働きかけ、未来の選択肢を絞っていく。最終的に自分が望んだ結論へ、世界や人々を誘導する術だった。


 複雑な準備と計算を必要とし、魔力を膨大に使用する。己より実力が高い者を完全に操ることはできぬため、不安定な結果しか引き寄せられない欠点があった。それでも珍しく、重宝がられる能力に違いはない。

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