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第19話 大地の魔女(2)

「魔王が復活?」


 ルリアージェの呟きに、舌打ちしたジルがライラを睨む。まだ知らせるつもりはなかった事実をあっさりバラした大地の魔女は、肩を竦めてジルの視線をかわした。


「隠してもバレるわよ」


「説明しろ、ジル」


 長い黒髪の先を掴んで引っ張るルリアージェの仕草に、驚いたライラがジルを見つめる。彼は黒い翼と黒髪を厭っていた。ずっと呪いに近い感情を持って、己の外見を否定してきたのだ。なのにルリアージェが触れることを許している。


 封じられた1000年前には想像もできなかったジルの変化に、ライラは好ましさを感じた。きっといい傾向なのだろう、彼にとってルリアージェは救いなのだ。


 精霊を使役する神族の血を引く翼ある者(ジル)は、精霊の子であるライラにとって居心地の良い相手だ。だから彼の声が名を口にした瞬間、召還の意思がないと知りながらも顕現した。魔王に組して己を封じたライラを許さず殺そうとしても仕方ない。そう考えていたのに、彼はあっさりライラを受け入れた。


 その変化は、魔性殺しの異名を持つ『死神』に相応しくないかも知れない。ジルの行動を縛り、彼を不利な状況に追い込む原因となる可能性もあった。


 だとしても、悪い変化ではないのだ――彼自身にとって。


「あたくしが説明するわ。ジルは神族の母と上級魔性の父を持つ『禁忌の子』なの。アティン帝国全盛の頃にジルはある事情で人間と敵対した。その辺はあとで彼自身が話してくれると思うから、省略するわね」


 子供の外見に似合わぬ大人びた気遣いを見せるライラは『ある事情』の詳細を省いた。ほっとした顔で目を伏せたジルに気付かないルリアージェは静かに頷く。


「アティンを滅ぼしたジルは止まらなかった。狂気に身を任せて、世界を滅ぼしかねない力を揮ったのよ。魔性は人間が滅びても気にしないけれど、魔王達には世界を滅ぼしたくない理由があった。だからジルを止めるために、彼らは協力し合ったの。足りない力を補うために、あたくしも協力したわ」


 長い三つ編みを弄りながら、ライラは悪びれずに話を続ける。かつての己の行動を一切恥じていないし、後悔もしていない証拠だった。あの時は世界を維持するために、ジルを封じる必要があった。その力を持っている以上、精霊にとって主に等しい翼ある者に逆らうのも仕方ない。


 ライラの身勝手な考えではなく、ジルも同様に考えるだろう。敵味方の区別や思考の過程が、人間と他の種族の大きな違いだった。


「魔王達の思惑とあたくしの想いが一致した結果、ジルは封じられた。あのときの貴方、途中で手を抜いたものね」


 くすくす笑いながら、ライラはくるんと手の中で茶色の三つ編みをまわす。


「ジルを封じた時にトラブルが起きたの。ありていに言えば呪いみたいなものよ。大きすぎる力を揮った代償として、魔王は全員が深い眠りについた。目覚めの鍵はジルの解放――つまり、これから彼らが目覚めるというわけ。あたくしも巻き込まれて力の大半を封じられて、しばらく身を隠す破目に陥ったわ」


 肩を竦める仕草は大人そのものだ。子供の外見との違和感が大きい。


「ジルが解放されれば、魔王の眠りも解ける。だから魔性達の動きが活発になっているわ」


 そこから先は言われずとも分かった。彼らが活発に活動する理由は、ジルへの攻撃だ。魔王が目覚めるときの手土産として、敵対者の消滅を報告したいのだろう。配下の暴走を止める者が不在ならば、己の能力で撃退するしかない。


「つまり、襲撃はしばらく続くのだな?」


「……リアったら、王族みたいな言葉を使うのね」


 何気ないライラの指摘に、わずかに笑みを濁らせたジルに気付いた存在はいない。ライラも深い意味のある指摘ではなかったらしく、そのまま話を流してしまった。


「そう、しばらく襲われるわ。でも安心して? あたくしがリアを護るわ」


「それはオレの役目だ。手を出すな」


「あら、あたくしの実力は知っているでしょう? まだ封印が残っている貴方より、解放されたあたくしの方が強いわよ」


 ライラがまたもや爆弾を投下する。基本的に自由なのか、身勝手なのか。彼女は相手の立場や心境を思いやる前に暴露する癖があるようだ。


「確かにすべてを解放していないが、残念ながら拮抗するレベルの力は使える」


 霊力と魔力を合わせれば、全力のライラ相手でも勝てる自信があった。だから彼女が仲間になると言い出したときに反対しなかったのだ。脅威になる存在ならば、身のうちに危険分子を取り入れるような真似は許さない。


 ぶわっと強い風が彼らの間を駆け抜けた。咄嗟に結界を張ったジルが、ルリアージェの腰に手を回して引き寄せる。無視されたライラが頬を膨らませて、腰に手を当てた。怒っているぞと全身で示すが、抗議するより先に風の刃が飛んでくる。


 ヒュ! 乾いた音で刃が通り過ぎ、ライラの三つ編みの先を少し落とした。はらはら散る茶色の髪を見送ったライラが、三つ編みの穂先を握る。すっぱり切り落とされた痕跡に、少女の表情が強張った。


「ちょっと……誰に刃を向けてるの? 貴方、殺すわよ!」


 ライラが左側の崖を指差す。宙に浮く魔物が鮮やかな赤毛を揺らして一礼した。長い髪はツインテールに結ばれ、同じ色の瞳は大きい。彼女が礼を尽くしたのはライラだけらしく、ジルに向き直る彼女の眼差しは厳しかった。睨みつける視線に、ルリアージェが肩を揺らす。


「聞いてるの? あたくしのリアを睨むなんて100年早いのよ!!」


 叫んだライラの声に呼応する形で風が渦巻く。風の魔王の配下相手に、風を操る主導権を奪うのは、さすがだった。精霊の血を引くライラだから出来る芸当だ。


 風の渓谷はその名が示す通り、風の精霊にとって強い意味をもつ場所だった。ライラは大地の精霊の子だが、他の属性も相性よく使いこなす器用さを兼ね備える。


「ライラ様、ここは風の魔王ラーゼン様の領域です。手をお引きください」


 遠まわしに消えろと言われて従うようなライラではない。ぶわっと彼女の毛が逆立つように風が乱れた。足元から噴出した怒りの感情に焼かれた風が上昇気流となって吹き荒れる。


 足元まで届く茶色の三つ編みが軽いリボンみたいに揺れた。身に纏う水色のワンピースがはためき、緑の瞳が細められる。苛立ちに尻尾を揺らす猫のようだ。


「下がりなさい。あたくしに命じる権利など、下っ端にはなくてよ」


 魔王の側近になれない()()は、()()と呼ぶレベルにない。魔力量を推し量ったライラの傲慢な物言いに、赤毛の女が舌打ちした。目下の失礼な態度を許すほど、少女は寛大ではなく……。


「消えなさい」


 あくまでも命令の形を崩さず、上に振り上げた右手を彼女に向けた。矢を放つでもなく、刃を向けるでもない。ただ指差すように赤毛の魔物を示しただけだ。にも関わらず、魔物は2つに切り裂かれた。


「邪魔なの」


 真っ二つになった魔物が下へ落ちて、渓谷の底を流れる川に吸い込まれる。見送ることもなく、ライラは溜め息をついて気を治めた。


「最近は無礼な若者が増えて困るわ。あたくしの顔を知っているだけマシだけれど」


「ライラ、聞いてもいいか」


 小首を傾げて待つ少女へ、ジルは「オレが復活した後に、上級魔性…側近クラスを見たか?」と尋ねる。さきほど、リオネルも懸念していた。水の魔王の領域に入って、若い魔性が応対したと。側近クラスや古参が姿を消し、代わりに若造が台頭する。


 ジルの懸念を察したライラがちらりとルリアージェに視線を向け、言葉を選んだ。


「そうね、あたくしは()()()()()わ。それに感じられないの」


 彼らの気配も魔力も感じないと告げれば、ジルが肩を竦めた。


「奴らの復活は、噂じゃ済まないな」

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