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第16話 復活(1)

 かつて、レンは上位魔性だった。傍観者は常に2人が一対で存在する。世界に選ばれ、魔性から1人、神族から1人が時間の流れから隔離されるのだ。彼らは常に世界の様々な出来事を記録し、記憶し続ける。


 膨大な記憶能力と引き換えに、彼らが生来持っている能力はすべて失われた。彼ら自身は戦う能力を最低限しか保持しない。その代わり魔王や神族の攻撃を浴びても死ねないのだ。


 人と同じように感じる痛みを抱えながらも、彼らは長すぎる時間の中で許されない死に憧れる存在だった。だから1000年前にジルが滅ぼした帝国の末路も、彼らは実際に目にしている。


 死神の恐怖を直接知っているくせに、世界のバランスを取るために敵対する。死がないから恐怖が薄いのか、逆に自暴自棄なのか。どちらにしても、ジルにとって厄介な存在だった。


 仲間でも敵でもない、傍観者ゆえの複雑な立ち位置は天秤のごとく、どちらにも傾くのだ。


「……手が足りない」


 大きく溜め息を吐いた。ルリアージェの記憶回復を優先するか、逃げた傍観者レンを追うか。いくらジルが膨大な魔力と霊力をもつ存在でも分身は出来ない。己の身がひとつである以上、両方同時には動けなかった。


 うーん……首を傾げて考え込む。


 雨は降り続けていた。最初の強烈な降りは落ち着き、しとしと濡れる雨が彼の黒髪に注ぐ。濡れた黒髪の先を弄りながら周囲を見回した。


 焦げた庭はひどい有様だった。これが王宮の一部だとは、誰も信じないだろう。まさに天災級の破壊が尽くされた王宮は瓦礫となり、庭は荒れた森より酷い状況だ。


 焼けた煉瓦や王宮から上がっていた白い煙がようやく落ち着き、これ以上の延焼は食い止められた。散々たる有様に眉を顰めるが、ジルが気にしていたのは街や王宮の様子ではない。


 この有様を見たら、ルリアージェが哀しむだろう――という自分勝手な考えが脳裏を占めた。


「まあ、アスターレンは後回しだ」


 順序からいって一番最後だ。断言して、右耳のピアスを無造作に引っ張った。耳が切れるが、すぐに彼自身の血が傷を塞ぐ。


「これだけ力が戻れば、足りるな」


 己を囲うように水の膜を張り、濡れた服や髪の水分を風の力で飛ばした。雨を防ぐ水の膜の中、赤いピアスを手のひらに乗せたジルが炎を呼び出す。


 すぐに色を変えて白く燃える炎の核となったピアスの石にヒビが入った。


≪我は命ず、かつての右腕の解放を…白炎の化身たる者よ≫


 魔術陣が展開する。放出された魔力を相殺する霊力が付き纏い、炎は青く揺れた。黒髪がふわりと風に舞い、黒衣の裾がはためく。手の中のピアスはついに形を失い、灰が風に煽られて散った。


 残った炎が大きくなり、ジルの手を離れてさらに広がる。炎はさらに温度を増して大きく火の粉を散らし、最後に弾けた。炎があった場所に膝をつく青年が顔を上げる。


「久しぶりだな、リオネル」


「我が主に忠誠を」


 黒衣の裾に接吻けて(こうべ)を垂れる青年に、ジルは立つよう促した。優雅な仕草で身を起こした青年は、鮮やかな紅瞳を柔らかく細める。人当たりの良さそうな彼は褐色の肌をしていた。縁取るように金髪が首筋まで届く。


 よく似た顔立ちだが、きつい印象を与えるジルに対し、リオネルは穏やかな雰囲気を纏っていた。物腰も柔らかく、ゆったりしている。静と動、まさしく両極端の2人だった。


「1000年振りですね。いつ解放されたのですか?」


「数ヶ月前だ」


 淡々と応じるジルが空間を裂いた。大切そうにルリアージェを抱き寄せ、その額に接吻ける。今まで見せたことがない主の様子に驚いたリオネルが、銀髪の眠り姫に視線を注いだ。


「……こちらの方は?」


 丁寧な話し方が標準らしく、驚いてもリオネルの言葉遣いは崩れなかった。


「オレの主になった、封印を解いた()()だ」


 赤い瞳が限界まで見開かれ、リオネルは一歩距離を詰める。視線の先にいる女性は細身で、薄桃色のドレスを身に纏った()()()貴族令嬢に見えた。人にしては魔力量が多く澄んでいるが、それだけだ。


 銀の髪、瞳の色はわからないが……人にしては整った外見ながら、上級魔性にはわずか劣る。上級魔性はその有り余る魔力で己の外見を整えるため、総じて美形が多かった。人でありながら、上級魔性に近い外見はかなり美形に分類されるだろう。


 だが……アティン帝国を滅亡させ、世界を滅ぼしかけた大災厄を閉じ込めた『鎖の封印』を解くほどの実力は感じられない。


 本当かと問う言葉は出ない。主であるジルの言葉を疑う必要はないし、彼が言うなら事実なのだから。


「ならば、私の主でもあるお方ですね」


「ああ、そうなるのか」


 今気付いたと頷くジルへ、苦笑いしたリオネルが疑問を口にした。


「眠り続けるお嬢様はさておき、私を呼び戻した理由をお伺いしてもよろしいですか?」


 紫の瞳を(すが)めて、意味ありげに笑う。


「レンを追え。捕まえなくていいが、探れ」


「承りました」


 主人であるジルににっこり笑い、リオネルが一礼する。そのまま足元へ沈むように姿を消した。彼の能力は上級魔性の中でも特別だ。魔王の側近相手でも引けを取らない実力の持ち主だった。


「さて……リアの方だが」


 どうしたものか。


 記憶を戻す術など使った経験がない。精神を操る魔術は禁じられており、世に残されてこなかった。だが禁止された術ならば、傍観者は()っているだろう。


 やっぱりレンに戻るのだ。世界を傍観し記録するだけ――そう定められた彼らは、世界のバランスを取る義務があった。そのための知識と記録なのだ。


 もし失われた秘術だと仮定するなら、同じく(うしな)われた神族が関わっている可能性はないか?


 思いつきだが、確認してみる必要はあるだろう。もともと治癒を含め内面に作用する術を数多く扱っていた神族が滅びて消えた術であれば、神族の翼を受け継ぐジルなら扱える筈だった。

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