第16話 復活(2)
昔からの相棒を呼び出すのに、このアスターレン王宮跡地は相応しくないだろう。見回した風景に苦笑いし、自分が原因であると忘れたように肩をすくめた。
脳裏に浮かんだのは、かつて神族が治めていた都があった場所。今はひろい草原になっている。転移先を特定し、ジルはあっさり魔法陣を描いた。中心から螺旋を描く形で大きく広がった魔法陣の中心で、ぽんと最後の合図に踵を鳴らす。
1000年前は美しい白亜の城があった。城壁はなく、民は穏やかで戦うことを厭う存在で……人間との共存を望み、魔性や魔物と敵対せずに生きてきた。
背に大きな白い翼をもち、精霊を友として操り、平和という微温湯につかる生活。まさに人間が崇める神にもっとも近い存在だった。
彼らの築いた文明すべてが炎上したのは――忌まわしい一人の人間が原因だ。
思い出した記憶に眉を顰める。それでも感傷を切り捨ててこの場所を選んだのは、ここがもっとも霊力による結界が強く、魔力を相殺するのに長けた土地だからだ。
≪風よ、結界を成せ≫
精霊達が集う丘で、最強の結界を張る。青い草が揺れる地へ、そっとルリアージェを横たえた。淡い色の髪が風に揺れて頬にかかる。
見上げた空は晴れていた。地上の風は柔らかいが、上空は強い風が吹いているらしい。白い雲がいつもより早く流れた。
風の結界を通過し、ジルは距離を置くために足を進める。数十歩いったところで、やっと足を止めて振り返った。左手のひらに右手の爪で2本の傷をつける。塞がらぬように深く刻んだ傷から赤い血が滴った。
≪世界を創りし闇帝の半身たる、死神の名を持つ武器よ。彼の人の左手に納まりたる、優美な弧を描く鎌をここに! 甦りし我が手に戻したまえ≫
不吉な言葉を混ぜながらも、古代神語は祝詞のごとく響く。ぴたりと風がやんだ。周囲から音が消える。
張り詰めた空気がぴりぴりと肌を焼いた。空は晴れたまま、しかし暗くなる。雲がかかったのではなく、ただ明度だけが落ちたのだ。目の前に薄い紗を通したように、視界は遮られた。
意識が縛られ、ジルの左手の傷が痛みを増す。本来、すぐに塞がる筈の傷を内側から破りながら、血は止まらずに滴り続けた。
≪戻れ、死神の鎌よ≫
左手の傷に右手を押し当て、中から黒い柄を引き抜く。傷から生まれ続ける黒い柄は長く、途中で持ち替えてさらに引いた。ジルの身長より長い柄が終わり、刃が現れる。
最後の鋭い切っ先まで取り出した時には、ジルの左半身は真っ赤に染まっていた。足元も背の翼もすべてに赤が滴る。
「久しぶりだな、アズライル」
『随分長い眠りだったな、ジフィール』
「その名で呼ぶな、今はジフィーラルだ」
『また遊びを始めたのか』
「いや、今度は本気だ」
柄を地につき、背より高い翼の先を越える刃に話しかける。大きな半円を描く鎌は、柄に近い方から先へ向けて細くなっていた。真っ直ぐ立てた柄から90度近い地表へ届くほど大きな武器は、戦うことより威嚇や飾りに思える。
己の意思を持ち主を選ぶ武器でなければ、アズライルも飾り物だっただろう。重量感のある見た目に反し、ジルは指先で軽く扱ってみせた。振りきる速さは、三日月の大きな姿から想像もつかない。
主と定めた存在にとって、延長された指先と変わらぬ軽さで扱える武器だった。魔王に匹敵する魔力を持ち、主人の魔力がなくとも単独で攻撃を仕掛けることも可能だ。
非常識なほど強い武器は、ジルが大災厄として封印された際、彼も一緒に封印された程だった。人格がある存在だが、主人がなければ力を放出できない。魔王達の封印に引き摺られ、ジル同様に封じられた。ただし別の空間に、だ。
ジルの封印を堅固なものとするため、同じ空間に封印しなかった魔王達の賢さはさすがの一言に尽きた。
『本気? 貴様が、か』
「酷いな、オレだって本気になることくらいあるさ」
今までの行動を振り返ってみろと言わんばかりのアズライルの発言を、さらりと流す。ルリアージェを守る結界の前まで進み、左手の相棒に彼女を見せた。
外敵を寄せ付けない結界だが、風の精霊が遊んだのか。彼女の銀の髪は少し乱れていた。膝をついて、頬や額にかかった髪を指先で戻してやる。
「なあ、彼女の記憶を戻す方法はわかるか?」
『……改ざんの痕跡はない』
「魔法も魔術も、精霊も絡んでない事故だ」
苦笑いしたジルの「こいつ、ドジなんだよな」が小声で続く。笑ったのか、僅かに震えたアズライルがひとつ提案をした。
『巻き戻せばよい』
「それが出来たらやってる」
封印されたジルの力は魔王クラスが4人がかりで封印した。
風の魔王ラーゼン、水の魔王トルカーネ、炎の魔王マリニス、そして大地を従えるライラ――四大精霊を従える翼ある者を封じるため、彼らは全力を尽くした。
ジフィールの刻と力を封じた核は金剛石となり、滅びたアティン帝国の宮殿跡で発見された。人間は帝国の遺産として金剛石を祭ったが、実際は大災厄そのものだったのだ。
1000年の間に間違って伝わった伝承により、何も知らずに解封してしまったルリアージェに罪はない。長き時間により綻びた封印を突き崩す切欠を外から与えたことは、事実だが。
まだ封印はすべて解けていない。一部の力は戻っていなかった。そして戻らぬ力の中に、刻を巻き戻す力が含まれるのだ。
『忘れたか? 我は刻を戻せる』
「……え?」
そんな話、1000年前も聞いてないけど? ジルが間抜けな声を上げると、アズライルが細かく振動した。銀の刃が光を弾く。
『すまない、伝えていなかったか』
「ああ、聞いてないけど……できるなら頼む」
『お前に頼まれるとは擽ったい』
ジルが使った「頼む」という単語に反応したアズライルが、声に感情を乗せて返す。器用な真似をする武器は、まるで笑ったような響きでジルを揶揄った。




