第66話 地下神殿が作られた意味
「ねえ、そろそろ休憩しない?」
ライラが気遣うようにルリアージェをみやる。大地の魔女であるライラも、魔性である他の面々も、食事の必要がなかった。しかし人族であるルリアージェだけは違う。疲れも睡眠も食事も、すべて彼女のために用意されてきた。
「そうだな、軽食を用意させよう」
ジルが同意する。手にした金剛石を覗いていたルリアージェが顔をあげた。ぐるりと見回した後で、珍しく場所を指定する。
「ならば、この上の神殿がいい。彫刻が綺麗だった」
北の国リュジアン王宮を訪ねた時もそうだが、ルリアージェは彫刻や家具の装飾に興味があるらしい。自分を飾る宝飾品や絵画は別だが、地下神殿の見事な彫刻は彼女のお気に召したようだ。
「そうですね、リア様のご希望通りに」
リオネルは先にひとつ上の階に戻っている。一礼して後を追うリシュアが消えた。軽食をどこから調達するのか知らないが、彼らはテーブルや椅子も含めて準備をしているだろう。
「ジル、この宝石はどうする?」
「ん? 分割してリアの指輪や首飾りにでもしたらいい」
一族の秘宝ではないのか? そんな疑惑の眼差しに、ジルは肩を竦めて笑った。
「だって翼ある一族である神族は滅びたし、唯一の末裔が好きにしていいって言えば、誰も文句を言えないだろう。それに、もう迷宮として残す必要もなさそうだ」
意味ありげに上を見上げるジルが、僅かに目元をゆがめた。
「ご用意が整いましたわ」
ジルの様子に首をかしげるルリアージェの気を引くように、パウリーネが声をかける。頷いたルリアージェと手を繋いだライラがご機嫌で階段を上った。
宝石を手の中で転がしながら、後ろにジルが続く。
最後に階段をのぼったジルが、沈んでいる水晶に「戻れ」と命じた。がたがたと音を立てる階段が元通りに台座を形成していく。割れた2つの台座がくっつき、土の精霊達が隙間を埋めて修復した。重力に反した形で戻った水晶が上に乗れば、何も起きなかったように見える。
「よく出来てるな」
感心しきりのルリアージェが水晶を撫でる。一緒に足を止めたライラが、繋いだ手を大きく揺すった。
「リア、早く行きましょう」
「わかった」
促されるまま、地下神殿の中に用意された席につく。薫り高い紅茶が注がれ、いつものお茶会が始まった。並べられた菓子類はなく、ほとんどがサンドウィッチやスコーンのような軽食だ。
普段から食欲旺盛なルリアージェだが、不思議と食べ物を前にそんなに空腹でない事実に気付いた。
「こちらの紅茶はリュジアンからの献上品です。食後はサークレラの緑茶にしましょうか」
色が少し薄い紅茶を差し出され、口元に運ぶ。温度を確かめてからそっと口をつけると、色の薄さから想像できないふくよかな味が広がった。
「サンドイッチはいかが?」
「こちらのスコーンに、オレンジのジャムが合うのよ」
何かに気付いたルリアージェの気をそらそうとするように、ライラとパウリーネがお勧めを差し出す。美しい蒔絵の皿に盛られた軽食を口に運びながら、上の彫刻を眺めた。
「見事だな、これは神族が施した彫刻なのか?」
「正確には精霊達が作ったんだけどな。デザインくらいは神族が関わったかも」
ジルも内側から地下神殿をじっくり見るのは初めてだった。美しい装飾と翼のある美しい人々が彫刻された天井は、見上げる角度によって絵のイメージが変わる。ストーリー性を持たせた流れのある彫刻が、左から右へと続いていた。
「あそこの翼だけ凹んでいるが……」
隅から隅まで眺めていたルリアージェが、ふと違和感を覚えた。角に刻まれた天使らしき人影の背にある翼が、あきらかに内側に押し込まれている。作ったときの意図したものではなく、後から動かした結果と思われた。
「……トルカーネ、かな」
ジルが呟いた名に、全員の視線が集まる。
肘をついた姿勢で上を見上げたジルは、ひとつ溜め息をついて立った。ふわりと背に翼をあらわすと、ルリアージェが指摘した翼の位置に浮き上がる。手を伸ばして確認すると、苦笑いしながら降りてきた。
「間違いないな、トルカーネの奴がここから鍵を持ち出した。だから鍵の霊力がなかったのか」
「鍵の霊力……?」
「ああ、さっき言っただろ。『もう迷宮として残す必要もない』ってさ。この場所が迷宮として機能したのは『鍵』があるからだ。さっきの宝玉は目をそらすための囮だぞ」
さらりと神殿の秘密をばらしたジルは、手元のスコーンをぱくりと頬張った。注がれる紅茶を口に運び、落ち着いてから再び話を続ける。
「鍵がない今は迷宮と呼ぶに値しない。トルカーネが何の思惑で持ち出したかは知らないが、あの鍵が何を解除するためのものかも伝わってない。使い道が分からないんだ」
神族の末裔といっても、彼は一族の者に認められていなかった。神族に伝わる鍵の秘密など教えられるはずがない。そもそも自分を排除した一族が残した物に大した興味もないから、ずっと放置していたのだ。
おそらく地下神殿は鍵を守るための施設として作られた。何らかの意味があったのだろうが、長い年月をかけて神族の中ですら『囮の宝玉を守るため』と意識を摩り替えたのだろう。そのため鍵の存在を知っているのは、限られた数名だけ。
しかし長い年月を生きた水の魔王トルカーネに、その罠は通用しなかった。鍵の意味を知っていて奪ったとしたら、もうこの迷宮に価値はない。
「鍵を取り返さなくていいのか?」
ルリアージェの疑問へ、ジルは首を横に振った。
「神族にとって大切なものなら、なおさら……オレは取り戻す気なんてないね」
生まれる前に殺されかけた時から、ジルと神族は敵対してきた。母親の一族であろうと、同じ血を引いていようと、ジルにとって彼らは敵だ。言い切られてしまえば、誰もそれ以上の追及が出来ない。
「さっきの金剛石は中央から指輪を刳り貫いて、大きな粒を耳飾に、残りを首飾りに加工すればいい。きっとリアに似合うぞ」
にこにこご機嫌で笑顔を振りまくジルの提案に、真っ先に反応したのはパウリーネだった。
「素敵ですわ! ダイヤモンドを刳り貫いて指輪なんて贅沢、滅多に出来ませんもの」
「確かにあの大きさなら可能ね。加工は私が精霊にやらせるわ」
あっさり頷いたライラも、遺跡から奪った宝玉を割ることに罪の意識などない。それはリオネルとリシュアも同様だった。
「ダイヤの中に別の宝石を埋めることも可能でしょうか」
「ちょうど真珠とサファイヤなら手持ちがあります」
ざらざらと親指の爪ほどもある宝石やパールを並べ始める。覗き込んだジルが、ひとつの真珠を摘んだ。
「これがいいかな」
白系が主流の真珠には珍しい、金色系の大粒パールだった。するとライラも手持ちの宝石を引っ張り出してくる。
「ルビーはあるのよ、誰かエメラルドもっていない?」
「琥珀とアメジストはあります」
リオネルも宝石を並べ始め、机の上は軽食用の皿に宝石が並ぶ異常事態となった。誰もがルリアージェが使う宝飾品に自分の持ち込んだ宝石を使おうと、次々と国宝級の石を提供する。
「誰もエメラルドをもっていないなんて」
がっかりした様子のライラが、苦笑いして椅子から降りた。大地に手を付くと何かを願う。その小さな声に反応した精霊達が動き出した。
「……翡翠とぺリドットならあるのね」
近くの鉱脈を探らせた彼女が両手を広げて待つと、大地の精霊達は我先にと宝石を運んできた。エメラルドを望んだ所為か、緑の石ばかりだ。小さなエメラルドがいくつか含まれていたものの、宝飾品として使うには色が淡いうえに白く暈けていた。
「しかたないわ。今回は翡翠とぺリドットにしましょう」
「いいエメラルドが手に入ったら交換すればいい」
ジルまで一緒になって、大量の宝石を使った飾りをあれこれ考え始めた。当事者そっちのけのデザイン会議で、ルリアージェは気に入ったスコーンにクリームを塗って口に放り込む。
「リアはどれがいい?」
「お前達の好きに決めろ」
ようやく水を向けられた頃には、ルリアージェは食べ終えて眠くなっていた。
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