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第1話 魔王城百貨店、倒産します

世界を救った百貨店に、今度は**「倒産」**の危機がやってきました。


剣も使えない。

魔法も使えない。

それでも直人には、バイヤーとして培ってきた**「商売」という武器**があります。


第Ⅲ部のテーマは、「豊かさとは何か?」


世界最大の商業国家を相手に、直人とリリス、そして四天王たちの新しい戦いが始まります。


笑いあり、恋愛あり、そして今回は百貨店同士の本気の商売バトルあり。


第1話「魔王城百貨店、倒産します」


新章、開店です。

世界を救った百貨店が倒産するまで、あと三十日だった。


「……もう一度、言ってくれ」


「王都店への定期便が止まりました」


朝。


魔王城百貨店の開店ベルが鳴るより早く、俺、高城直人は、自分の店が世界から締め出されようとしていることを知らされた。


目の前に立つゼファーから、いつもの軽薄そうな笑みが消えている。


仕入れと情報収集を任せているこいつがこんな顔をするときは、だいたいろくなことがない。


「理由は?」


「船会社から、一方的に契約を破棄されました」


「エルフの森店は?」


「同じです」


「ドワーフ山岳店」


「配送停止」


「海底都市店」


「定期航路そのものが止まりました」


嫌な汗が背中を伝う。


「……空中都市店は?」


ゼファーが一拍置いた。


「積み荷の受け入れを拒否されています」


机の上には、今朝だけで届いた報告書が山になっていた。


商品未着。


配送中止。


契約解除。


積載拒否。


一件なら事故だ。


二件なら偶然かもしれない。


だが、世界各地に広がった魔王城百貨店の物流が、同じ朝に一斉に止まるはずがない。


「誰かがやったな」


「はい」


「誰だ?」


ゼファーは答える代わりに、一通の黒い書状を差し出した。


金色の紋章。


七本の波。


その上を進む、黄金の帆船。


商売をする者なら知らないはずがない。


七海商業王国ヴェネリア。


世界最大の海上商業国家だ。


俺は書状を開いた。


一行目を読んで、思わず眉を寄せる。


「……冗談だろ」


「残念ながら本物です」


そこには、こう書かれていた。


魔王城百貨店およびその関連企業と取引を行った商会について、ヴェネリア領内の港湾、倉庫、金融、海運、保険の利用を認めない。


ただの取引停止じゃない。


船を使わせない。


倉庫も貸さない。


銀行も使わせない。


保険にも入れない。


しかも、魔王城百貨店と取引した相手まで対象になる。


俺は書状を机に置いた。


「俺たちと商売するなら、ヴェネリアとは商売させない……か」


「そういう意味ですね」


喉の奥が乾いた。


「経済封鎖だ」


世界最大の商業国家が。


剣一本抜かずに。


俺たちの店を殺しに来た。


剣では勝てない戦争


「つまり!」


店長室の扉が勢いよく開いた。


ドンッ!


壁が揺れる。


「船を奪えばよいのだな!」


「違います」


俺は一秒で却下した。


入ってきたのはガルド。


四天王最年長にして、現在は武器売場責任者。


肩には巨大な剣。


顔は完全に戦争開始三秒前だった。


「敵が我らの船を止めたのだぞ!」


「だからって他人の船を奪ったら海賊です」


「海賊か……」


ガルドが顎に手を当てた。


「悪くない響きだ」


「職業選択を始めないでください」


「では買収しましょう」


ゼファーがさらりと言った。


「何を?」


「ヴェネリアの船会社を全部」


「いくらかかる?」


ゼファーが帳簿をめくる。


「ざっと魔王城百貨店三百年分の利益です」


「却下」


「四百年ローンなら?」


「俺が死んでる」


「魔族基準なら短期融資ですよ」


「俺は人間だ!」


その横で、バルグが静かに手を挙げた。


食品と品質管理担当。


巨人族。


そして困ったときほど発言が短くなる男である。


「泳ぐ」


全員が彼を見た。


「……何が?」


「俺が商品を背負って泳ぐ」


「海底都市まで?」


「行ける」


「商品が沈むぞ」


「防水する」


なるほど。


意外と現実的……。


いや待て。


「空中都市は?」


バルグが黙った。


三秒。


四秒。


そして真剣な顔で答えた。


「投げる」


「高度を何だと思ってるんだ!」


パンッ。


乾いた音が響いた。


リリスが手を叩いている。


笑顔だった。


ただし目は笑っていない。


「皆さん」


その一言だけで、ガルドとゼファーとバルグの背筋が伸びた。


「そろそろ、まともな案を出していただけますか?」


沈黙。


そして。


三人がゆっくりこちらを見る。


「店長」


「……やっぱり俺か」


俺、高城直人。


四十二歳。


元地方百貨店食品バイヤー。


剣術なし。


魔法なし。


特殊能力なし。


剣を振れば、敵より先に俺の腰が死ぬ。


なのに、これまで魔王や勇者や国家を相手にしてきて。


今度は世界最大の商業国家らしい。


俺の人生、どこかで難易度設定を間違えていないか?


「まず、状況を整理しよう」


俺は立ち上がり、壁に世界地図を広げた。


魔王領。


人間王国。


エルフの森。


ドワーフ山岳地帯。


東方自由連邦。


海底都市。


空中都市。


その間を、無数の線が結んでいる。


魔王城百貨店の物流網だ。


最初は馬車数台だった。


それが船になり。


飛竜便になり。


魔導列車になった。


かつて敵同士だった種族が同じ倉庫を使い、勇者と魔族が同じ配送会議に参加する。


世界を変えたのは、剣だけじゃない。


商品が人と人の間を行き来するようになったからだ。


その血管を。


ヴェネリアは今、一気に締め上げようとしている。


「ヴェネリアが握っているのは船だけじゃない。港、倉庫、銀行、保険、為替。世界中の商売に食い込んでいる」


ガルドが腕を組んだ。


「なら全部倒せば」


「まだ武力で解決する気か」


「早いぞ、ガルド」


ゼファーが止めた。


「まず買収です」


「お前も同類だ!」


リリスが額を押さえた。


「どうしてこの店の幹部は、力か金でしか物事を解決できないのでしょう」


「店長は?」


全員の視線が集まる。


俺は地図を見た。


そして答えた。


「在庫を数える」


沈黙。


ガルドが本気で心配そうな顔をした。


「直人。怖くなって頭がおかしくなったか?」


「正常だよ!」


俺は帳簿を開いた。


こういうときこそ、やることは昔から変わらない。


何がある。


どこにある。


いつまで持つ。


誰が必要としている。


それが分からなければ戦えない。


剣を抜く前に、在庫を数える。


それが。


バイヤーである俺の戦い方だ。


在庫の数字には、人の顔がある


「本店は?」


「現在の販売量なら約二か月です」


ゼファーが答える。


「海底都市店は十八日ほど」


「薬は?」


「種類によっては十二日」


「食品」


バルグが帳簿を見る。


「二十七日」


「東方自由連邦は?」


「陸路があります。遅延はしますが、完全停止ではありません」


俺は胸ポケットから万年筆を取り出した。


紙に数字を書いていく。


在庫。


販売量。


配送日数。


代替ルート。


不足までの日数。


数字なら整理できる。


二十年以上、そうやって商品を扱ってきた。


だが。


数字を書くたびに、今の俺には人の顔が浮かぶ。


保存食を作る村の人。


薬草を育てるエルフ。


鉄を打つドワーフ。


織物を作る魔族。


海底都市で塩を採る人々。


店が大きくなるということは。


失敗したときに巻き込む人間も増えるということだ。


昔の俺なら、


「在庫二十七日」


それだけだったかもしれない。


今は違う。


二十七日後に困る誰かの顔が見える。


「……店長?」


リリスの声で我に返った。


「何でもない」


「私はまだ何も聞いていませんけど」


「顔に出てた?」


「かなり」


「困ったな」


「何がです?」


「昔は何を考えてるか分からないって、よく言われたんだけどな」


リリスが少し笑う。


「今は分かりやすいですよ」


「そんなに?」


「特に私には」


さらりと言って、彼女は帳簿へ視線を戻した。


俺だけが固まる。


……こういうところがずるい。


恋人になった。


それで何もかも自然になると思っていた。


むしろ逆だった。


四十二歳にもなって、何気ない一言で動揺する。


恋愛という商品の取扱説明書は、どこの売場に置いてあるんだ。


二時間は「睡眠」に入りません


緊急会議は昼近くまで続いた。


在庫移動。


販売制限。


薬と食品の優先配送。


陸路への振り替え。


できる対応は決めた。


だが、すべて延命措置にすぎない。


物流そのものを戻さなければ、いずれ店は止まる。


ガルドたちが持ち場へ戻り、俺が次の書類に手を伸ばしたとき。


ことん。


目の前にカップが置かれた。


「飲んでください」


リリスだった。


「ありがとう」


コーヒーを一口。


苦みが舌に広がる。


少しだけ眠気が遠のいた。


「店長」


「ん?」


「昨夜、寝ていませんね」


危うくむせた。


「寝たよ」


「何時間?」


「……二時間」


沈黙。


怖い。


「何だよ」


「二時間は睡眠ではありません」


「寝てるだろ」


「気絶です」


「ちゃんとベッドで気絶した」


「威張らないでください」


リリスは俺の向かいに座った。


「問題が起きると、昔から全部一人で抱えるのですか?」


「バイヤーって、そういう仕事だったから」


「違うと思います」


即答だった。


「早いな」


「店長は都合が悪くなると、すぐ『バイヤーだから』と言います」


「職業病なんだよ」


「便利ですね、その言葉」


俺は苦笑する。


「心配してくれてるのか?」


軽い気持ちで聞いた。


リリスが俺を見る。


「当たり前です」


予想以上にまっすぐだった。


「……そうか」


「何ですか、その反応」


「いや」


「恋人に心配されて驚く人、初めて見ました」


「その単語を急に出すな」


「事実でしょう?」


「そうだけど」


リリスの口元が楽しそうに上がる。


完全に遊ばれている。


でも。


悪くない。


世界最大の商業国家から喧嘩を売られた日に。


コーヒー一杯で少し救われている自分がいた。


売れ残りじゃない


午後。


地下倉庫へ下りた俺は、入口で足を止めた。


箱。


箱。


そして箱。


朝より明らかに増えている。


本来なら世界各地へ向かうはずだった商品が、次々と戻されていた。


木工玩具。


エルフの香油。


魔族の織物。


保存食。


食器。


革靴。


薬草茶。


若い店員が、途方に暮れた顔で立っている。


「店長……もう棚がありません」


「その箱は?」


開けてもらう。


中には、小さな木の馬車が並んでいた。


ドワーフの職人が作った玩具だ。


子どもの手に収まる大きさなのに、車輪まで丁寧に削られている。


「出荷先は?」


「ヴェネリアです。王都から船に積む予定でした」


「戻されたのか」


「はい」


俺は一台を手に取った。


売れ残り。


久しぶりに、その言葉が頭をよぎる。


この世界へ来たばかりのころ。


魔王城には売れ残りが山ほどあった。


誰も使わない高級魔剣。


腐った食料。


倉庫の奥に埋もれた回復薬。


あのころの俺なら、商品を見れば最初に数字を考えた。


回転率。


利益率。


在庫日数。


でも今は。


この小さな木の馬車を見ていると、作った人間の手が浮かぶ。


誰かが木を選んだ。


削った。


磨いた。


車輪を取り付けた。


商品は。


棚に並べた瞬間に生まれるものじゃない。


そこへ来るまでに、誰かの時間が入っている。


「空いている棚を全部使おう」


店員が目を丸くした。


「全部ですか?」


「ああ」


「でも、この量ですよ?」


「床には置かない」


俺は木の馬車を棚へ戻した。


「これはゴミじゃない」


「……はい」


「売れ残ったわけでもない」


商品が悪いわけじゃない。


客がいないわけでもない。


ただ。


道を塞がれただけだ。


「まだ、必要な人に届いていないだけだ」


店員が木の馬車を見る。


それから。


小さく、力強くうなずいた。


「はい!」


そのときだった。


倉庫の奥から叫び声が響いた。


「直人ぉぉぉぉ!」


嫌な予感しかしない。


魔王、倒産を知る


魔王ヴァルディスが走ってきた。


戦場なら千人の兵を震え上がらせる男が。


今は一束の書類を握って真っ青になっている。


「直人!」


「聞こえてる」


「大変だ!」


「朝からずっと大変だよ」


「財務担当が言っておった!」


魔王は書類を箱の上へ広げた。


「このままでは我が百貨店は……」


ごくり。


なぜか魔王が唾を飲み込む。


「とうさんするらしい!」


俺は一瞬考えた。


「父さん?」


「違う!」


「誰の?」


「倒産だ!」


「ああ」


「なぜそんなに冷静なのだ!」


「朝からその話をしてるから」


「知っておったのか!?」


「ああ」


「で、どうなのだ!」


書類を見る。


笑える数字ではない。


「この状態が長く続けば、あり得る」


魔王が固まった。


城を消し飛ばせる男が。


倒産という二文字で完全に固まった。


「直人」


「何だ?」


「我は魔王だ」


「知ってる」


「城を一つ消し飛ばせる」


「それも知ってる」


「それなのに百貨店一つ救えぬのか?」


「城を消し飛ばす能力と店を黒字にする能力は別物だからな」


「納得できぬ!」


魔王が拳を握った。


「ならばヴェネリアの港を消し飛ばせば!」


「状況が百倍悪化します」


「船だけなら?」


「壊す方向から離れてください」


「魔王様」


そこへガルドが現れた。


「俺は船を奪う案を提案しました」


「おお!」


「意気投合するな!」


俺は頭を抱えた。


強い。


こいつら、本当に強い。


戦場ならこれ以上なく頼りになる。


なのに商売になると、どうして全員こうなるんだ。


思わず笑いが漏れた。


魔王がむっとする。


「何がおかしい」


「いや」


少しだけ。


救われた。


こんな日でも。


こいつらは、いつも通りだ。


だから俺も。


いつもの店長でいられる。


「魔王」


「何だ」


「店は俺が何とかする」


口にしてから、自分で驚いた。


根拠なんてない。


物流は止まった。


相手は世界最大の商業国家。


こちらには剣も魔法も役に立たない。


それでも。


魔王は笑った。


「うむ」


それだけだった。


疑いもしない。


無責任なくらい俺を信じている。


だったら。


逃げるわけにはいかない。


なぜ、俺たちなのか


夕方。


最低限の緊急対応を終え、店長室へ戻った。


窓の外では。


百貨店がいつも通り営業している。


客が笑っている。


子どもが菓子売場を走り回っている。


遠くでガルドが怒鳴っている。


たぶん「走るな!」と言っているのだろう。


いつもの光景だ。


これが。


三十日後には消えているかもしれない。


俺は机の上の通達を見た。


一つだけ分からない。


なぜ、俺たちなんだ?


ヴェネリア側にだって損失は出る。


俺たちの商品を運べば船会社は儲かる。


倉庫も。


銀行も。


保険会社も。


商売だけを考えれば、魔王城百貨店を排除する理由がない。


つまり。


利益以上の理由がある。


「何か分かりましたか?」


「うわっ」


いつの間にかリリスが立っていた。


「いつからいた?」


「五分ほど前から」


「声をかけてくれ」


「三回呼びました」


「……ごめん」


「重症ですね」


リリスが机の横へ来る。


「何を考えていたのです?」


「なぜ俺たちなのか、って」


彼女も通達へ目を落とした。


「魔族だから?」


「人間とも何年も商売してる。今さらだ」


「勇者と和平を結んだから?」


「それも前からだ」


「東方自由連邦は?」


俺は顔を上げた。


視線が合う。


東方統制帝国。


必要な物は国家が与える代わりに。


人々から「欲しがる自由」まで奪った国。


俺たちはそこで店を開いた。


商品を並べた。


人々に選んでもらった。


やがて彼らは商品だけではなく、自分たちの未来まで選び始めた。


そして今。


人間。


魔族。


エルフ。


ドワーフ。


東方大陸。


海底都市。


空中都市。


国家も種族も越えて、同じ物流網でつながっている。


リリスが静かに言った。


「……大きくなりすぎたのかもしれませんね」


「百貨店が?」


「店長が作ったのは、本当に百貨店だけですか?」


言葉が出なかった。


俺はただ。


必要な物を。


必要な人へ届けたかった。


それだけだ。


なのに結果として。


世界中が商品でつながった。


それを脅威だと思う人間がいる?


あり得ないとは言えない。


「考えていても答えは出ないな」


俺は椅子を引いた。


「珍しく諦めが早いですね」


「違う」


世界地図をたたむ。


「現場を見る」


リリスが笑った。


「やっぱり店長ですね」


日本でバイヤーをしていたころから変わらない。


数字で分からなければ。


売場を見る。


客を見る。


商品を見る。


作っている人に会う。


答えは、だいたい現場に落ちている。


なら。


ヴェネリアへ行くしかない。


コン、コン。


そのとき、扉が鳴った。


「どうぞ」


若い店員が入ってきた。


「店長。お届け物です」


「誰から?」


「それが……」


差し出されたものを見て。


俺とリリスは同時に黙った。


黒い封筒。


そこには。


黄金の帆船が刻まれていた。


世界一の商人からの招待状


「開けないのですか?」


店員が出ていったあと、リリスが聞いた。


「開けるよ」


「怖い?」


少し考えた。


「……怖いな」


リリスが目を丸くする。


「店長がそう言うの、珍しいですね」


「剣ならガルドに任せられる」


「ひどい」


「魔法なら魔王だ」


「もっとひどいです」


「でも」


俺は黒い封筒を手にした。


「商売で喧嘩を売られたら、俺がやるしかない」


封蝋を切る。


中には、一枚の上質な紙。


最初の一行。


高城直人殿。


読み進める。


俺が築いた魔王城百貨店について。


戦場へ商品を届けたこと。


敵対していた種族を客へ変えたこと。


東方の帝国に「選択」を取り戻したこと。


すべて知っている。


「詳しいですね」


リリスが隣から覗き込む。


「ああ」


そして手紙には、俺への称賛が続いた。


商人として敬意を表する。


素晴らしい成果だ、と。


俺は顔をしかめた。


「このあと、絶対ろくなことが書いてない」


「なぜ分かるのです?」


「商談で最初に褒めすぎる相手は警戒した方がいい」


「百貨店の知恵ですか?」


「経験則だ」


続きを読む。


案の定だった。


しかし、君には重大な勘違いがある。


指が止まる。


良い商品を必要な者へ届ければ、それで人は幸せになる。


君はそう信じているようだ。


だが。


商品には価格がある。


船には運賃が必要だ。


倉庫には維持費がかかる。


店員には給与を払わなければならない。


善意だけで、商売は続かない。


何も言い返せなかった。


間違っていない。


だからこそ厄介だ。


完全な悪人なら簡単だった。


「店長?」


「続きを読む」


そこには、こうあった。


高城直人。


君が世界一の店長だというなら、七海商業王国ヴェネリアへ来たまえ。


私の市場で。


私の商品で。


私のルールで。


商人として勝負しよう。


署名。


レオナルド・ヴェルガ。


《黄金海運商会》会長。


世界最大級の商人。


港の荷運び人から、一代で世界の海運を握るまでに成り上がった男。


名前は知っている。


だが、会ったことはない。


「挑戦状ですね」


リリスが言った。


「ああ」


「行くのですか?」


俺は答えなかった。


手紙には。


まだ一行残っている。


そこだけ文字が大きかった。


俺は声に出した。


「三十日後」


一度、息を止める。


そして。


最後の一文を読んだ。


『君の百貨店は、世界から消える』


カラン。


その瞬間。


店の外から閉店ベルが聞こえた。


毎日聞いてきた音。


いつもなら、


今日も無事に終わった。


そう思える音だった。


だが今日は。


終わりまでの時間を刻む鐘に聞こえた。


三十日。


失敗すれば。


この店が消える。


ここで働く人がいる。


商品を作る人がいる。


この場所へ来ることを楽しみにしている客がいる。


そして。


隣にはリリスがいる。


「三十日か」


「はい」


「短いな」


するとリリスが笑った。


「三日で魔王城を百貨店にすると言った人が、何を言っているのです?」


思わず俺も笑った。


「……確かに」


あのころは。


商品は腐っていた。


担当者すらいなかった。


魔族は接客という言葉も知らなかった。


それでも店を作った。


だったら。


三十日もある。


俺は万年筆を抜いた。


白紙を一枚、机へ置く。


そして書いた。


《魔王城百貨店 倒産回避計画》


リリスが覗き込む。


「夢のない名前ですね」


「計画書だからな」


「もっと格好よくしましょう」


「例えば?」


「世界市場攻略作戦」


「急に頭が悪そうになったな」


「失礼ですね」


俺は笑いながら、その下に書いた。


一。


ヴェネリアが魔王城百貨店を排除する理由を突き止める。


二。


七海商業王国ヴェネリアへ行き、市場を見る。


そこでペンを止めた。


三つ目は計画じゃない。


数字でもない。


ただの決意だ。


それでも書いた。


三。絶対に店を潰さない。


「店長」


「ん?」


「明日の朝、出発準備をします」


「ヴェネリアへ?」


「当然です」


「危険かもしれないぞ」


「知っています」


「リリスは残っても」


「嫌です」


早い。


「まだ全部言ってないぞ」


「分かっています」


彼女が俺を見る。


冗談のない目だった。


「以前、言いましたよね」


「何を?」


「明日も店を開けるなら、私は隣にいる、と」


覚えている。


忘れるはずがない。


俺が失敗して。


一人で閉店後の売場に座っていたとき。


彼女は励まさなかった。


大丈夫とも言わなかった。


ただ。


明日も隣にいると言った。


リリスが微笑む。


「今回も同じです」


返事を探している間に、彼女は扉へ向かった。


「明日の朝ですよ。今夜は寝てください」


「何時間?」


「最低六時間」


「交渉の余地は?」


「ありません」


「四時間」


「八時間にしますよ」


「六時間でお願いします」


「よろしい」


扉が閉じた。


一人になった店長室で。


俺は苦笑する。


「……商談より厳しいな」


そして。


黒い招待状へ目を戻した。


世界最大の商業国家。


世界最大級の商人。


俺たちの店を市場から消そうとしている男。


怖くないと言えば嘘になる。


だが。


向こうが商売で戦うというなら。


俺も商売で戦う。


剣はいらない。


魔法もいらない。


俺には商品がある。


売場がある。


仲間がいる。


そして。


二十年以上。


売れない商品と向き合ってきた経験がある。


俺は計画書の最後に一行だけ書き足した。


《明朝、七海商業王国ヴェネリアへ出発》


万年筆の蓋を閉じる。


「……上等だ」


世界一の商人が待っている。


なら。


会いに行こう。


そして聞いてやる。


なぜ、俺たちの店を潰す必要があるのか。


その答えを知るために。


俺たちは明日。


世界一豊かな商業国家へ向かう。


そこで最初に目にするものが。


宝石でも。


黄金でも。


世界最大の百貨店でもなく。


ゴミ箱からパンを拾う、一人の少年だとも知らずに。


第1話 完

次回 第2話

世界一豊かな国には、腹を空かせた子どもがいた

次回予告


世界中の商品が集まり、黄金と大理石が街を飾る七海商業王国ヴェネリア。


直人たちは、ついに世界一の商業国家へ乗り込む。


ところが。


直人が最初に目撃したのは、世界一の豊かさではなかった。


ゴミ箱から、捨てられたパンを拾う少年。


しかも、その包装紙には。


《魔王城百貨店》の文字があった。


商品は届いている。


店もある。


金もある。


それなのに。


なぜ、この子は腹を空かせている?


第2話。


「世界一豊かな国には、腹を空かせた子どもがいた」


直人は初めて、


「商品を届ければ、人は幸せになる」


という自分自身の商売を疑うことになる。

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